秋の瑞泉寺~報国禅寺~杉本寺(5)
旧華頂宮邸
この邸宅を建てた華頂博信侯爵は、はるか昔に臣籍降下した人物。世間知らずの私が知る由もなかった人物。でも残された邸宅は立派だった。
堂々たる建物
東西の側面は斜面で遮られ、南北に開けた敷地になっていた。その正面(北側)は庭木で丸見えを避けた感じにしていた。私が建て主であってもそうするだろうと思う。





南側は広い庭になっていた。こちら側には木などは植えず、陽光が燦々と差し込む設計になっていた。










東側側面。通用口などはこちら側のようだ。

再び正面。少し東側よりからだと、強烈な逆光を遮ることができた。



庭にて
まだまだきれいな感じ


これからかな


途中で見たイソギク

華頂博信《かちょうひろのぶ、1905年(明治38年)5月22日-1970年(昭和45年)10月23日》
日本の皇族、政治家、海軍軍人。1926年(大正15年)10月19日に勲一等旭日桐花大綬章受章、12月7日に臣籍降下し、華頂の家号を賜り侯爵として華族に列せられた。この際、実兄である華頂宮博忠王の死により断絶していた華頂宮家の祭祀を継承した。
鎌倉市には1929年(昭和4年)に建設された華頂博信侯爵邸がある。1996年(平成8年)に鎌倉市が土地と建物を取得し、通称旧華頂宮邸として庭園部分が一般に公開されている。