秋の瑞泉寺~報国禅寺~杉本寺(3) - 秋の瑞泉寺~報国禅寺~杉本寺_2014_Nov-Dec
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秋の瑞泉寺~報国禅寺~杉本寺(3)

永福寺跡
前回も見た永福寺跡。室町時代に入ってからの鎌倉は、もうかつての栄光の日々の面影は薄く、永福寺も焼失後は怨念の向け先である源頼朝が没後久しかったので、為政者たちに顧みられることがなかったようだ。
今回もその永福寺跡に立ち寄ってみた。整備工事がほそぼそと続いているようだ。
永福寺跡_1
永福寺跡_2
少し高いところから見てみる
永福寺跡_高い位置から見た様子
護良親王の本当の埋葬場所は、あのこんもりとした山のようだ
護良親王の本当の埋葬場所は、あのこんもりとした山のようだ
かなり整備が進んでいる。鎌倉市の資力をもってすれば、堂宇の再建も無理ではないと思うのだが、…。貴重な観光資源にもなりそうだ。そのような欲が湧いてくる状況だ。
鎌倉市の資力をもってすれば

源頼朝は文治5年(1185年)9月の奥州合戦を契機に、源義経・藤原泰衡をはじめとする数万の怨霊をしずめ、冥福を祈るための寺院の建立を発願。その年の12月には永福寺の建立に着手した。建立には畠山重忠ら関東の御家人の助力があった事が『吾妻鏡』に記載されている。建久3年(1192年)11月25日に本堂が完成し、落慶供養が行われた。
応永12年(1405年)の火災ののち廃絶した。


鎌倉宮を素通りし、荏柄天神社の参道を逆に進み、金沢街道に面した一の鳥居をくぐる。そこで左折し、金沢街道を報国禅寺方面へ向かう。

報国禅寺方面へ向かう
荏柄天神社の一の鳥居
荏柄天神社の一の鳥居_1
この親子の向う方向に二の鳥居があり、その先の山上に荏柄天神社がある。
荏柄天神社の一の鳥居_2
歌ノ橋
由緒ある橋のようだが、二階堂川の流量は微々たるもので、ごく短く小さな橋。石碑がなければ殆どの人が気づかないほどだと思う。
歌ノ橋_1
歌ノ橋_2
歌ノ橋_3
歌ノ橋は、金沢街道の二階堂川に架かる橋で鎌倉十橋の一つ。
1213年(建暦3年)、二代将軍源頼家の遺児千寿丸を将軍に据えようとする企てが露見した。この企てはのちに和田合戦の原因となるが、謀叛を企てたとして捕まった者の中に渋川刑部六郎兼守という者がいた。
兼守は、無実の罪を晴らすために十首の和歌を荏柄天神社に奉納した。その和歌がどのようなものであったかは伝わっていないが、和歌を手にとってみた将軍源実朝が感動し無罪放免となったという。
感謝した兼守が、その御礼として二階堂川に架けた橋がこの「歌ノ橋」と伝えられている。
 
現在の位置を確認
鎌倉街道と滑川とはもつれ合うようにして並んで存在する。この図では、『至鎌倉宮』と書かれているあたりから鎌倉街道に入り、二階堂川を歌の橋を通って渡り、現在地は大懸橋のところだ。つまり杉本寺の真ん前である。
現在の位置を確認_1
滑川が少し蛇行している
現在の位置を確認_2
はなの橋
ここを渡って報国禅寺に向かう。浄妙寺も近いが、今回はパスした。
はなの橋
橋の袂の石像
右から2つ目の石像が何ともユーモラスだ
橋の袂の石像_1
橋の袂の石像_2
橋の袂の石像_3
橋の袂の石像_4

AzTak
Posted by AzTak
投稿 2014年12月06日
最終更新 2014年12月06日

12 Comments

There are no comments yet.

makira  

こんばんは!

AzTakさん、こんばんは!
永福寺跡はそれでも細々と工事は進んでるのですね!
きちんと整備し復元でもすればタカラの山になるのに・・・
それにしても、まあ~、歩く事歩く事半端じゃないですね!
目的地まであるけりという事は健康という事ですね♪

2014/12/06 (Sat) 05:26

モカ  

こんにちは

永福時、再建されたら 良い観光資源になりそうですね^^
それまでとその後の維持も大変そうですが^^;

2014/12/06 (Sat) 11:40

土佐けん  

こんにちは

永福寺跡って広いんですね~~
整備がされているようですが、
復元されたら観光資源として
期待が出来そうですね^^

2014/12/06 (Sat) 11:56

のんびり熊  

AzTakさん

味のある石像、こういう像を好きですね。
道祖神でも、安曇野へ行くといかにも観光用、といったまるで型から取りだしたような道祖神がいくつか有りますが、どうも好きになれません。土地の石工が彫った人間味ある像が好きですね。
永福寺、何時の日か再建なるといいですね。

2014/12/06 (Sat) 12:52

aunt carrot  

永福寺、、もっと大がかりにしてるかと思ったら
結構細々な工事の様子なのですね。
ここが再現されたら凄い観光資源になりますね。
ただ鎌倉の友人は税金が他所より高いと嘆いています。
葉山の友人もです。
なにかを維持していくには地元の方の負担も大きいのでしょうね。

2014/12/06 (Sat) 14:45

AzTak  

Re: こんばんは!

> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、こんばんは。

> 永福寺跡はそれでも細々と工事は進んでるのですね!
> きちんと整備し復元でもすればタカラの山になるのに・・・

まあ、永福寺跡は頼朝に対する怨念が渦巻いている寺だったでしょうから、再建されたらどういう反応があるんでしょうね。

> それにしても、まあ~、歩く事歩く事半端じゃないですね!
> 目的地まであるけるという事は健康という事ですね♪

ここまででは全体の半分までいっていないんです。これくらい大丈夫だと思ったのですが、…。この後、報国禅寺と杉本寺とを回り、鎌倉駅まで歩きました。疲れているときに鶴岡八幡宮から先が大混雑で、速くなど歩けない。それで本当にばてました。
同じ2万歩でも平地の2万歩の方が良かったです。

2014/12/06 (Sat) 20:26

AzTak  

Re: こんにちは

モカ さん、こんばんは。

> 永福時、再建されたら 良い観光資源になりそうですね^^
> それまでとその後の維持も大変そうですが^^;

どうなんでしょうね。怖いもの見たさにお客さんが来るでしょうかね。
早いところ話題を変えないといけませんね。(^_^;)

2014/12/06 (Sat) 20:39

AzTak  

Re: こんにちは

土佐けんさん、こんばんは。

> 永福寺跡って広いんですね~~
> 整備がされているようですが、
> 復元されたら観光資源として
> 期待が出来そうですね^^

もしもと書いただけで、あまりに反応があったので、こちらが驚いています。
変なことを書くものではないと反省しました。

2014/12/06 (Sat) 20:44

AzTak  

Re: AzTakさん

のんびり熊さん、こんばんは。

> 味のある石像、こういう像を好きですね。
> 道祖神でも、安曇野へ行くといかにも観光用、といったまるで型から取りだしたような道祖神がいくつか有りますが、どうも好きになれません。土地の石工が彫った人間味ある像が好きですね。

鎌倉のものは、観光用ではないように見えました。観光用ならば、目立つところに置くと思いますが、よく見ないとわからないようなところにありました。

> 永福寺、何時の日か再建なるといいですね。

なりますかねえ。何せ、頼朝は平家に恨まれたばかりでなく、身内からも強烈に恨まれた人物で、自分が建てさせたくせに、怖くて近づかなったという話です。
怨念渦巻くのは京都ばかりでなく鎌倉もそうだったのかもしれませんね。

2014/12/06 (Sat) 20:56

AzTak  

Re: タイトルなし

aunt carrotさん、こんばんは。

> 永福寺、、もっと大がかりにしてるかと思ったら
> 結構細々な工事の様子なのですね。

そうなんです。

> ここが再現されたら凄い観光資源になりますね。
> ただ鎌倉の友人は税金が他所より高いと嘆いています。
> 葉山の友人もです。
> なにかを維持していくには地元の方の負担も大きいのでしょうね。

まあ、当面は敷地の一角ある民家の買収が済まないと、そういう話にはならないでしょうね。
買収が済んでも、そこまで話が進むか、…。
税金が高いのは、その方の所得が多いからでは。それとも、微妙に住民税率などが高いのでしょうか。私には縁がない話ですが。

2014/12/06 (Sat) 21:05

masa  

こんにちは。

寂しいですね~。
かって栄華を極めたお寺も、火災で焼失!
形ある物は何れは消滅と思えば、時に逆らえない気がしますが歴史は大切にしたいですね。

2014/12/06 (Sat) 23:30

AzTak  

Re: こんにちは。

masaさん、こんばんは。

> 寂しいですね~。
> かって栄華を極めたお寺も、火災で焼失!
> 形ある物は何れは消滅と思えば、時に逆らえない気がしますが歴史は大切にしたいですね。

そうなんですが、後世の者には、そっと蓋をしたままにしておきたかったお寺さんだったのかもしれません。
頼朝は武士でしたから、陰陽師に頼るようなことはしなかったのでしょうが、相当に恐れおののいていたのかもしれません。そう思うくらいならそんな無茶なことをしなければよかったのに、そう思います。天下を取るためにはそうせざるを得なかったのでしょうね。

2014/12/07 (Sun) 21:13

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