秋の日本民家園(11)
少しずつ上っている。何の事はない切り通しだが、ちょっと雰囲気があって好きだ。

12.沖永良部の高倉(おきのえらぶのたかくら)
ネズミを寄せ付けないための仕掛けなど、スペインの巡礼路にあった穀物倉庫『オレオ』を思い出した。


川崎市重要歴史記念物
旧所在地:鹿児島県大島郡和泊町
建物区分:倉
構造形式:寄棟造、茅葺、桁行2.7m、梁行2.5m
建築年代:19世紀後期
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高倉といえば東大寺の正倉院校倉(あぜくら)が有名ですが、沖縄・奄美諸島、九州南端、八丈島など黒潮の流れに沿った地域には、柱の上に茅葺屋根をのせた高倉が分布しています。
珊瑚礁岩の礎石に立つ円柱は、イジュという毒性のある木を用い、頭部を鉄板巻きにして鼠などが登らないよう工夫をしています。中は穀物などの貯蔵庫として利用し、出入口には一木でつくった梯子をかけました。
倉下(くらんた)と呼ばれる床下は風が抜けるようになっており、内部の湿害を防いでいます。この場所は子どもの遊び場、休憩所、籾摺り場などにも活用されました。
なお、高倉手前にある石碑は「石敢当(いしがんとう)」といいます。沖縄から九州南部にみられ、邪気を払う神として道路の突き当りや門・橋など祭られます。
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見どころポイント!
ネズミ等の侵入を防ぐため、柱の頭部を鉄板で巻いています。
倉の下は子どもの遊び場や休憩所になっていました。
六地蔵

日本では、地蔵菩薩の像を6体並べて祀った六地蔵像が各地で見られる。これは、仏教の六道輪廻の思想(全ての生命は6種の世界に生まれ変わりを繰り返すとする)に基づき、六道のそれぞれを6種の地蔵が救うとする説から生まれたものである。六地蔵の個々の名称については一定していない。地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道の順に檀陀(だんだ)地蔵、宝珠地蔵、宝印地蔵、持地地蔵、除蓋障(じょがいしょう)地蔵、日光地蔵と称する場合と、それぞれを金剛願地蔵、金剛宝地蔵、金剛悲地蔵、金剛幢地蔵、放光王地蔵、預天賀地蔵と称する場合が多いが、文献によっては以上のいずれとも異なる名称を挙げている物もある。像容は合掌のほか、蓮華、錫杖、香炉、幢、数珠、宝珠などを持物とするが、持物と呼称は必ずしも統一されていない。
日本では、六地蔵像は墓地の入口などにしばしば祀られている。中尊寺金色堂には、藤原清衡・基衡・秀衡の遺骸を納めた3つの仏壇のそれぞれに6体の地蔵像が安置されているが、各像の姿はほとんど同一である。
13.広瀬家住宅
前回は初めての訪問だったので、『土座』に驚いたのだが、さすがに2度めだったので、驚きはしなかった。
前回訪問時は『床上げ公開』をしていたが、『床が無くても床上げ公開とはこれ如何に』と思った。今回は、その『床上げ公開』もなかった。『床上げ公開』ボランティアの説明員の話では、意外に『居心地が良い』ということだったが、囲炉裏に火が入っていないと、どうにも寒々とした感じが拭えなかった。
外観
屋根の頂上はイワヒバを植えた「芝棟(しばむね)」になっている。決して雑草ではない。イワヒバは若干紅葉するようだが、紅葉しているか否かよくわからなかった。
芝棟以上に南側の軒が異様に低いのが印象的。風の強い山の斜面にあったためらしいが、腰をかがめないと入ることができないほどだ。




家屋内部
広瀬家の間取り

『イドコ』
日常生活の中心の場。土座になっている。

『ザシキ』『ナカナンド』
『ザシキ』は土座で、『ナカナンド』は板張り。板張りにしたのは、何か湿気てはいけないものを置いておいたりする理由からなのだろうか?

『ドジ』
かなり広い。何かここで作業をしていたりしたのだろうか。

『ウマヤ』


神奈川県指定重要文化財
旧所在地:山梨県甲州市塩山上萩原
建物区分:農家
構造形式:切妻造、茅葺、桁行14.5m、梁行8.9m
建築年代:17世紀末期
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芝棟と土座のある甲州民家
甲府盆地の民家は切妻造(きりづまづくり)の妻壁(つまかべ)に柱を見せ、屋根中央を「突き上げ二階」とする形式が知られています。この家も移築前はそのような姿でしたが、調査の結果、当初は二階がなかったことがわかりました。屋根裏を養蚕(ようさん)に利用しはじめたことにより、突き上げ二階としたのです。
構造は、内部の四本の太い柱を中心にして組み立てられています。これは「四つ建(よつだて)」と呼ばれるもので、甲州の古式な手法です。屋根の頂上はイワヒバを植えた「芝棟(しばむね)」になっています。内部には土間(どま)と並んでイドコと呼ばれるムシロ敷の居間があります。床板を張らないこのような床を「土座(どざ)」といい、ムシロの下は地面をつき固め、茅束(かやたば)が敷き詰められています。
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見どころポイント!
風の強い山の斜面にあったため、軒が低くなっています。
居間には床板を張らず、地面の上に茅束とむしろを敷いて暮らしていました。
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「芝棟」とは茅葺屋根の棟仕舞の一種です。茅葺屋根は軒から上に(棟)に向かって葺きあげていきますが、葺き終わり(屋根の一番上)に、芝土をのせて、その重さで屋根を押さえると同時に棟からの雨漏りを防ぎます。芝土だけでは不十分と、乾燥に強く根張りのよい植物を植えて、補強することもあります。それが「芝棟」です。