秋の日本民家園(5)
水車小屋の前の道端にあった道祖神・庚申塔・馬頭観音(旧所在地は長野県南佐久郡佐久穂町)
道祖神
村の入口や道の辻などにまつり、悪いものが入ってくるのを防ぐ境界の神様。村の守り神、子孫繁栄、近世では旅や交通安全の神として信仰されている。古い時代のものは男女一対を象徴するものになっている。而、この道祖神は一対になっているような痕跡はあるものの、それ以上ははっきりはわからない。

庚申塔
60年に一度、夜通し行われる庚申講の記念として建てられることが多い。万延元(1860)年のものだそうだ。フットボールではなかったようだ。

馬頭観音
死んだ牛馬を供養するため、道端にたてられることが多い。風化していてはっきり見えないからそうは感じないかもしれないが、憤怒の形相はかなり怖く感じる。

石塔の前辺りから、宿場ゾーンを見下ろす
正面入口からは船越の舞台に向かってほぼ上り道となる。最後まで休まずに歩くと、さすがに息が切れる。晩秋の景色というには少し早いかも。

5.水車小屋
私の大好きな水車小屋。近くで見ると、観光用の偽物ではなく、立派な実用の水車だったことがわかる。



左から、粉挽き1・精米臼2・わら打ち1だそうだ。理工系の才能が欠落している私には歯車などを見てもよく理解できないが、粉挽き用の石臼は上部のみがゆっくり回転するのだろう。
その右側の搗き臼は、杵の方が上下するようだ。水車の軸に直結している『なで棒』を反時計回りに動かす。そして杵の方に有る『はご板』に接触し杵を押し上げる。もう少し軸の回転が進むと、羽子板との接触が外れ、その瞬間に杵が落ちて、下の臼にある米などを搗く仕掛けのようだ。動作させるときは杵を穴に通し、直立させて使うはずだ。
そして、杵に引っ掛けてあるのが『輪』だ。何をするかは下記URLを参照されたい。
自分で撮った写真だが、暗くて不鮮明。もう少し、綺麗に撮るようにしなくては。


参考までに昭和記念公園にあった水車を示す
『粉挽き用の石臼』は左端。かなり工夫した歯車の形状になっているようだ。使用しない時は、臼を左側にずらしているようだ。
右側の2つは『搗き臼』と思われる。『なで棒』や『はご板』、『輪』が確認いただけただろうか。こちらは、使用しない時は、杵を高い位置に上げ、『なで棒』と『はご板』とが接触しないようにしているようだ。


『搗き臼』を解説した頁にjump
平面図(手前から粉挽き1・精米臼2・わら打ち1)

断面図(歯車を用いた動力の伝わり方)

立面図(流水が水車の上にかかる上掛式)

川崎市重要歴史記念物
旧所在地:長野県長野市大字上ケ屋
建物区分:水車小屋
構造形式:寄棟造・妻入り、茅葺、桁行4.5m、梁行4.2m
建築年代:19世紀中期
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19世紀の巧みな動力源
水車は使用目的によって二種類に分類できます。ひとつは灌漑(かんがい)などで水を上げるのにつかうもの、もうひとつは動力として用いるものです。
この水車は後者で、米つき、粉ひき、蕎打ちなどに利用していました。
水車を動力に用いる場合、水が車輪に掛かる高さによって上掛け式、胸掛け式、下掛け式に分けることができます。上掛け式と胸掛け式の場合は水をみちびく樋(とい)が必要になりますが、下掛け式の場合は水流に直接車輪をひたします。本園の水車は上掛け式で、車輪の直径は約3.6m。傷んだ場合に修理がしやすいよう車輪は建物本体から外せるようになっています。
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見どころポイント!
粉挽き、米つき、わら打ちの3つの機能が備わっています。
水車に水を導くための樋(とい)があります。