浦賀の幕末前後の遺跡を回る(3) - 浦賀の幕末前後の遺跡を回る_2014_Sep&Oct
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浦賀の幕末前後の遺跡を回る(3)

西浦賀(2)

古い町並み
西浦賀に来たが、すぐ西叶神社に向かうのも芸がない話だと思い、ちょっとだけ古い町並みを見て歩いた。
結構立派な建物が残っている。関東大震災で被害を受けた建物も少なくないようではあるが。

浦賀は干鰯を始め多くの品物を全国に売りさばく町として賑わい、今でも東西の浦賀に残っている15棟前後の蔵に昔の名残を見ることができます。
蔵は大切なものを盗難や火災から守るもので、壁の厚みが一尺ほどあり、耐火建物として様々な工夫がされています。
浦賀には江戸後期に造られた漆喰塗り土蔵と幕末・明治期に造られた石蔵(房州石を使用)が混在しています。
土蔵は漆喰の外壁が関東大震災で被害を受けたため周囲にトタンを巻いており、外からでは分かりにくくなっています。石蔵は比較的そのままの形が現在も残されています。

古めかしい建物も少し残っている
古めかしい建物も少し残っている_1
古めかしい建物も少し残っている_2
古めかしい建物も少し残っている_3
関東大震災の爪痕が未だに残っているんだ。石の蔵は無傷だったようだが、漆喰は一部が剥落してしまった。そこをトタンで巻いたり、放置したり。その頃には、浦賀もかなり没落していて、十分な補修を行うことができなかったのだろう。
古めかしい建物も少し残っている_4
古めかしい建物も少し残っている_5
古めかしい建物も少し残っている_6
古めかしい建物も少し残っている_7
古めかしい建物も少し残っている_8
古めかしい建物も少し残っている_9
東浦賀でも西浦賀でもよく見かけたポンプ
西浦賀のポンプ
東浦賀のポンプ
これは『鏝絵』
西叶神社がどこかを聞いた時、親切に教えてくれたおじさんにこの鏝絵のことを聞いてみた。
そのおじさんが言うには、これは新作とのこと。『由緒有るものは西叶神社にあるから、彫刻の立派さと併せて見ておくとイイ』と教えてもらった。

新作の『鏝絵』
西叶神社(1)
ここで取り上げた分は初日に撮影した分
ここに塩蔵があった
『郷社 西叶神社』と書いてある石柱の奥のある建築中の白い建物がある。そこにはつい最近まで塩蔵があったようだ。
土蔵は漆喰の外壁が関東大震災で被害を受けたため周囲にトタンを巻いており、外からでは分かりにくくなっていたとのこと。貴重な文化財も指定を受けていない限り、保存は難しいのかもしれない。

ここに塩蔵があった
参道を進む
参道を進む_1
参道を進む_2
社殿の見事な彫刻
現在の社殿は、天保8年(1837)2月1日焼失し、天保13年に再建されたもので、本殿、弊殿、拝殿は一連の権現造りである。本殿、弊殿は総檜造りで、その経費おおよそ三千両を要し、以前にも勝る社殿の建立を見るに至った。
殊にこの時、社殿内外に見事な彫刻装飾が施され、その彫刻を施したのが、安房の代表的彫刻師、後藤利兵衛義光である。この叶神社の彫刻は、彼の生涯を通しての最高作と云われ、彼の出世作となった。

社殿の見事な彫刻_1
社殿の見事な彫刻_2
社殿の見事な彫刻_3
社殿の見事な彫刻_4
社殿の見事な彫刻_5
拝殿格天井彫刻が取り上げられているページヘjump
社務所
玄関軒下にわずかに『鏝絵』が写っていた。当然、気がついてもいなかった。これがために仕切りなおしをすることにした。
社務所
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2014年10月22日
最終更新 2014年10月22日

23 Comments

There are no comments yet.

makira  

こんばんは!

AzTakさん、こんばんは!
叶神社は東と西があり、西が本家のようですね!
教理もそれほど離れていないのになぜ東にも作ったのだろうか?
確かに西叶神社の方が素晴らしい彫り物等があり造りも重厚のようです!
天井の彫り物も凄そうで、流石、大明神です♪
徳田屋の宿帳が残っていれば幕末の錚々たるメンバーの名前が残っていると思うと残念ですね!
渡し船が市営で今でも続いているとは大したものです!
私は「矢切の渡し」しか知りませんが・・・汗)
西叶神社近くの街並みはまだ、関東大震災の爪痕が残っているとは・・・驚)
しかし、AzTakさんは健脚ですね~♪

2014/10/22 (Wed) 00:48

Mika  

AzTakさん、こんにちは♪

最初の方の蔵には、折釘(でいいんでしたっけ?)が付いていますね。
こうやって見ると結構あるんですね^^
何もないつるんとした蔵の壁が
なんだか心許無いようにも思えてきます(笑)

鏝絵、これは新しい物なんですか。
でも、やはり鏝だけで波を表現しているのはすごいですね。
空を青く塗ってあるのは・・・塗らない方がいいかなって思いましたが
余計はお世話ですね(^^;すいません。

2014/10/22 (Wed) 05:46

kanageohis1964  

こんにちは。

西叶神社の一の鳥居右側の蔵、やはりなくなってしまいましたか。残したいのは山々でも使用目的を失ってしまった建物は維持するだけでもコストが掛かりますし、こうなってしまうのは避けがたいことではありますね。鏝絵の新作の様に使われ続ければ命脈を保つ可能性も出て来るのですが。

2014/10/22 (Wed) 09:53

のんびり熊  

AzTakさん

こんにちは
土蔵の「鏝絵」、左官職人が腕の見せ所として、また自分が施した証として塗り込めたようで、当地方にも有りますね。
西叶神社の彫刻、天井格子への彫刻、素晴らしいです。
彫刻師が腕を振るっただけのことはあります。
小さな神社の宮大工が彫ったのとは訳が違います。

2014/10/22 (Wed) 13:03

masa  

関東大震災の爪痕の残る蔵ですか?
井戸のポンプも現役で頑張っているのでしょうか?
古い街並みを歩くのもいろんな発見が出来そうですね。

2014/10/22 (Wed) 13:49

HARU  

こんにちは。

手押しポンプの残る町、時代の変化にゆっくりと時間をかけて順応してきたのだろうと思います。西と東に対になった叶神社。入り江の両脇に鎮座して、古来から守られるべき場所だったんでしょうね。左官の職人技が芸術の領域に達したコテ絵。漆喰を理解した上に積み上げられた職人の技にはすごく興味あります。

2014/10/22 (Wed) 14:51

ララ  

昔を思い出させる蔵や建物が今でも残されているって凄いですね。
そして今は見なくなった懐かしい手漕ぎのポンプ。
みんな今でも健在とは嬉しいですね。

2014/10/22 (Wed) 15:59

モカ  

こんばんは

手押しポンプ 懐かしいです。
小さい頃 実家にありました。
楽しかった記憶があります。
上履きとか井戸水で洗っていました~
途中で自動のポンプに切り替えちゃいましたけど。

2014/10/22 (Wed) 18:12

aunt carrot  

子供が小学校の時に親子遠足というのがあって、
こちらの彫刻を解説付きで見学しました。
小学生の子供たちには興味ないかと思ったのですが、
意外にも凄い、凄いと感動してたのには驚きました。
鏝絵、新しいのがあるのですね。
これは嬉しいことです。
絶対に受け継がれて欲しいですね!

2014/10/22 (Wed) 20:13

AzTak  

Re: こんばんは!

> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、こんばんは。

> 叶神社は東と西があり、西が本家のようですね!
> 距離もそれほど離れていないのになぜ東にも作ったのだろうか?

湾が深く切れ込んでいますから、いつしか東浦賀と西浦賀とが分かれたようです。干鰯の商いで懐が潤っていた東浦賀の住民にすれば、自前の神社を置きたいと考えたんだと思います。

> 確かに西叶神社の方が素晴らしい彫り物等があり造りも重厚のようです!
> 天井の彫り物も凄そうで、流石、大明神です♪

東叶神社も負けず劣らず凄いんですよ。そう見えなかったとすれば、私の腕が良くなかったのかもしれません。
まあ、西叶神社の彫刻も鏝絵も凄いですよね。干鰯の商いで懐が潤っていた東浦賀が段々勢いを失っていったのとは対照的に、段々勢いを増していったのが西浦賀だったようです。

> 徳田屋の宿帳が残っていれば幕末の錚々たるメンバーの名前が残っていると思うと残念ですね!

多分、何も残っていないのでしょうね。跡地の所有者の息子が大学時代の級友ですから、クラス会の時に聞いてみましょう。でも、酒を飲むと忘れてしまいそうです。

> 渡し船が市営で今でも続いているとは大したものです!
> 私は「矢切の渡し」しか知りませんが・・・汗)

あれがないと、私のような徒歩組は3km回り道をしなくてはいけなくなります。渡船は便利です。何しろ待ち時間は最大で2分ほどですから。

> 西叶神社近くの街並みはまだ、関東大震災の爪痕が残っているとは・・・驚)

残っているのも何か寂しい気がしないでもありませんでした。ちょっと異様ですよね。

> しかし、AzTakさんは健脚ですね~♪

愛宕山の階段を延々、また、延々と登りました。本当にきつかったです。山を下りて、陸軍桟橋の位置がわからずコメ屋の婆さんに道を聞いたら、ついでに奉行所跡のことを聞き、そこを見てから、陸軍桟橋に行きました。
ちょっと感覚が良くなかったようで、出た道が外れてかなり大戻りをして、その末に燈明堂に行きました。全部で高低差を無視すれば、6km位だったと思います。燈明堂に向かう頃には足腰が痛くて、トロトロ歩きになってしまいました。
最初に八幡山に上らなくてよかったです。あそこにも行ったら、燈明堂は諦めていたかも。
健脚ではありませんが、少し頑張ったかもしれません。

2014/10/22 (Wed) 20:41

AzTak  

Re: タイトルなし

> AzTakさん、こんにちは♪

Mikaさん、こんばんは。

> 最初の方の蔵には、折釘(でいいんでしたっけ?)が付いていますね。
> こうやって見ると結構あるんですね^^
> 何もないつるんとした蔵の壁が
> なんだか心許無いようにも思えてきます(笑)

しかしせっかく折れ釘まで用意した本格的な土蔵が、ボロ隠しにトタンを巻いているのはどうも残念ですね。横須賀も関東大震災で大変な被害があったようです。

> 鏝絵、これは新しい物なんですか。
> でも、やはり鏝だけで波を表現しているのはすごいですね。
> 空を青く塗ってあるのは・・・塗らない方がいいかなって思いましたが
> 余計はお世話ですね(^^;すいません。

本格的なものは、次回と次々回とで取り上げますね。残すだけの価値はあるように思いました。
西浦賀は、維新後すぐに没落したわけではなかったようで、暫くは勢いがあったようです。

2014/10/22 (Wed) 20:48

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは。

kanageohis1964さん、こんばんは。

> 西叶神社の一の鳥居右側の蔵、やはりなくなってしまいましたか。残したいのは山々でも使用目的を失ってしまった建物は維持するだけでもコストが掛かりますし、こうなってしまうのは避けがたいことではありますね。鏝絵の新作の様に使われ続ければ命脈を保つ可能性も出て来るのですが。

あれは残念でした。2回めに行った時に探しまわったのですが、見つけることができないなあと思っていたら、あの新築物件に姿を変えていました。
非常に残念ですが、所有者のことを考えると、それ以上は言えません。会津藩士の墓所のように、横須賀市などが買い上げるとかできなかったんでしょうかね。

2014/10/22 (Wed) 20:52

土佐けん  

こんばんは

僕も神社に行くと社殿の彫刻には驚きます^^
そして見入ってしまいます。 素晴らしいですよね~~
日本の伝統の技術、末永く引き継いで欲しいものです!

2014/10/22 (Wed) 21:51

AzTak  

Re: AzTakさん

> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 土蔵の「鏝絵」、左官職人が腕の見せ所として、また自分が施した証として塗り込めたようで、当地方にも有りますね。

そうですか。三浦の善吉さんは全国的にも有名な職人だったようで、ご一統さんが遺した作品を次回と次々回とに分けて取り上げます。結構な力作だと思いました。

> 西叶神社の彫刻、天井格子への彫刻、素晴らしいです。
> 彫刻師が腕を振るっただけのことはあります。
> 小さな神社の宮大工が彫ったのとは訳が違います。

この木彫も素晴らしいものですね。次回に一部撮り直した写真を載せますので、もっとはっきりするかと思います。後藤利兵衛義光の代表的作品になったとか。渾身の力作ですね。

2014/10/22 (Wed) 22:13

AzTak  

Re: タイトルなし

masaさん、こんばんは。

> 関東大震災の爪痕の残る蔵ですか?

90年以上、応急修理をしたか、何もしないままか、ですもんね。いい加減に修理をしたらと思いましたが、余り使っていないのか、修理をする意思は希薄そうに見て取りました。

> 井戸のポンプも現役で頑張っているのでしょうか?

今でも水は出るようです。非常用にはなるんじゃないかと思います。

> 古い街並みを歩くのもいろんな発見が出来そうですね。

近世になってから動きのあった街のようで、結構面白いですね。知らないことだらけなのにはショックを受けましたが。

2014/10/22 (Wed) 22:20

AzTak  

Re: こんにちは。

HARUさん、こんばんは。

> 手押しポンプの残る町、時代の変化にゆっくりと時間をかけて順応してきたのだろうと思います。西と東に対になった叶神社。入り江の両脇に鎮座して、古来から守られるべき場所だったんでしょうね。左官の職人技が芸術の領域に達したコテ絵。漆喰を理解した上に積み上げられた職人の技にはすごく興味あります。

もともと干鰯や塩などの商いで潤っていた浦賀。それが、幕末近くになってこの辺りは慌ただしくなったようですね。慌てて船を作り、奉行所を伊豆から移し、俄に歴史の最前線躍り出た街になりました。その後も、造船技術を活かして軍艦などもつくったりして、終戦くらいまではかなり栄えた街だったようです。

そういう土地柄だったので、土蔵も結構大事に維持されてきたんだと思います。お金に余裕のある商家や社寺は競って鏝絵などを飾らせたものと思います。

2014/10/22 (Wed) 22:35

AzTak  

Re: タイトルなし

ララさん、こんばんは。

> 昔を思い出させる蔵や建物が今でも残されているって凄いですね。
> そして今は見なくなった懐かしい手漕ぎのポンプ。
> みんな今でも健在とは嬉しいですね。

確かに凄いし、健在といえば健在ですね。こんな状態で90年以上も経過させるとは誰も思わなかったことでしょうね。応急手当をしたあと、船倉になって、建物を治す余裕など無し。終戦後は生きるのにやっとだったことでしょう。
そして少し余裕の出てきた今。90年以上も放置してきたものをどうしたら良いものか、途方に暮れる状況かもしれません。

2014/10/22 (Wed) 22:39

AzTak  

Re: タイトルなし

aunt carrotさん、こんばんは。

> 子供が小学校の時に親子遠足というのがあって、
> こちらの彫刻を解説付きで見学しました。
> 小学生の子供たちには興味ないかと思ったのですが、
> 意外にも凄い、凄いと感動してたのには驚きました。

あれは、だれでも素直に感動するものでしょう。それくらい迫力がありました。
写真がヘボだったので、彫刻も少し撮り直して、次回UP分に加えました。

> 鏝絵、新しいのがあるのですね。
> これは嬉しいことです。

新作で有名な方の作品は浦賀コミュニティセンター分館に幾つか展示されていました。
昔の方と違って、現代に生きる人の感覚が入った作品のような感じがしました。
> 絶対に受け継がれて欲しいですね!

2014/10/22 (Wed) 22:45

AzTak  

Re: タイトルなし

鍵コメさんこんばんは。

> わーっ、関東大震災の?凄い物が残ってるんですね?下から崩れるんですね。

上もかなり壊れたのかもしれません。上にはトタンが巻いてありますよね。あれは無傷だったら、あんな無粋なことはしないように思います。

> あと、神社も凝っていて凄い造りですね。

我町のランドマークということで、皆さん気前よく寄付を出してくれて、思い切る豪勢に作ることができたんでしょう。

> 前から、疑問なんですが、鳥居は、これは、緑系ですが、赤とか、白とかいろんなのがありますが?理由とかわかりますか?

いかは、完全な私見です。

赤は普通に見られる鳥居ですよね。防腐剤の役目も兼ねるベンガラの色なんでしょう。白は無垢の木の色だったり、石の色だったりします。
これ以外には材質が青銅製の物があり、緑青の関係でこういう色になります。更に、渋谷にある金王神社には黒の鳥居があります。全国にはいくつかあるようです。これはなんでなのかよくわかりません。
鳥居の色は、なんでも構わないと言ったら語弊があるでしょうが、結構いろいろな色のものがあるようです。要するに材質の色そのものだったり、防腐剤の色だったりするんじゃないかと思います。とはいえ、あまりサイケデリックな色使いははしたないということで排除されるんでしょうね。。

西叶神社のは、上部にのみ青銅の板を被せてあるんですね。なんでこんな中途半端な鳥居にしたんでしょうね。鉄板では海の近くなんで、塩害でボロボロに成ってしまうから、青銅の板を被せたんでしょうが、どうせなら、全部青銅製にしたほうがスッキリしていたように思います。
予算の問題でしょうか。

勝手にそう考えています。

2014/10/22 (Wed) 23:06

AzTak  

Re: こんばんは

土佐けんさん、こんばんは。

> 僕も神社に行くと社殿の彫刻には驚きます^^
> そして見入ってしまいます。 素晴らしいですよね~~

日本人の生まれてよかったと思うときかもしれませんね。

> 日本の伝統の技術、末永く引き継いで欲しいものです!

引き継いでほしいものですが、それを頼むだけの資力のある社寺が少なくなったでしょうし、なかなか一人前になれないということで職人の成り手も多くはない。そんなことで先細りかもしれませんね。
せいぜい壊れないように祈るくらいしか無いかもしれませんね。

2014/10/22 (Wed) 23:11

AzTak  

Re: こんばんは

モカさん、こんばんは。

> 手押しポンプ 懐かしいです。
> 小さい頃 実家にありました。
> 楽しかった記憶があります。
> 上履きとか井戸水で洗っていました~
> 途中で自動のポンプに切り替えちゃいましたけど。

残っていたら、自慢のアイテムだったかもしれませんね。夏は冷たく、冬は暖かいですから、手にやさしい水でしたよね。

我が家ではあの長い柄のポンプでは操作できなかったので、場所を取らない電動式のものでした。その水で庭と道路とに水を撒いていました。
でも近隣で工事をする度に水脈が閉ざされていったのか、極端に出が悪くなりました。建替え時に残念ながら撤去しました。

2014/10/22 (Wed) 23:19

さのあママ  

浦賀だ~ 毎日濃いやりとりをしているお友だちのお住まいなのです
次に住むのは浦賀がいいわね~と言ってます
ポンポン船に乗ってガッコ通ってたらしいです
たくさんのが写真 ありがとうございます
友だちにも教えようっと♪

2014/10/22 (Wed) 23:32

AzTak  

Re: タイトルなし

さのあママさん、こんばんは。

> 浦賀だ~ 毎日濃いやりとりをしているお友だちのお住まいなのです
> 次に住むのは浦賀がいいわね~と言ってます

通勤や通学が地元ならば、最高に良い所ですよね。蒲田も十分暖かい土地でしょうが、浦賀はそのまた上を行きます。住んでいる人たちものんびりした人が多いです。さらに景色は物凄く良いです。

> ポンポン船に乗ってガッコ通ってたらしいです

ははは、長閑だったようですね。地元の学校に通うのが一番ですよね。

> たくさんの写真 ありがとうございます
> 友だちにも教えようっと♪

『こんなところ、知っているところばかりよ』って、言われてしまいますヨ。でも、『陸軍桟橋はどこですか?』って聞いたら、さすが地元のお兄さんも知らなかったです。でも驚いたのはそれから。親切にも地元のおばあさんに聞いてくれて、教えてくれたんです。地元の人達の親切心がとても嬉しく思いました。

2014/10/23 (Thu) 00:07

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