函館観光(10) - 函館観光_2014_Aug
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函館観光(10)

函館観光の3日目(実質2日目)は、まずは函館市上湯川町にあるトラピスチヌ修道院に行くことから始めた。
函館駅のバス案内所で翌日の定期観光バスの予約を済ませ、安心して3日目の観光に入った。トラピスチヌ修道院へは、函館駅からのバスに乗車して、正門すぐ傍まで行った。


厳律シトー会天使の聖母トラピスチヌ修道院
カトリックは組織としては一つであるが、内部にいくつかの修道会が存在する。
イエズス会、フランシスコ会などがあるが、一番戒律が厳しいとされるのが、観想修道会である『厳律シトー会』だろう。トラピスチヌ修道院はその『厳律シトー会』の修道院である。私にはよく説明できないので、末尾に転載したHPの説明を参照されたい。
説明板によれば、草創期の修道女の生活は極めて厳しく、フランス本国から引き上げを打診されたほどだったのか。マザー・テレサの『神の愛の宣教者会』のシスターたちの生活ぶりも、相当なものだと思ったけれども、もっとつらいものがあったのかもしれない。

修道院敷地途中までの様子
修道院敷地途中までの様子_1
修道院敷地途中までの様子_2
修道院敷地途中までの様子_3
修道院敷地途中までの様子_4
修道院敷地途中までの様子_5
修道院敷地途中までの様子_6
旅人の聖堂
西暦2000年はキリスト生誕から2000年の節目の年だった。この年をカトリック教会では『大聖年』と位置づけた。この年に旅人のために祈りの場として建設されたとのことだ。
旅人の聖堂_1
旅人の聖堂_2
慈しみの聖母マリア像
此処はカトリックの修道院であるから崇敬するマリア様の像があるのは当然だ。像の下の台座には、聖ベルナールの祈りの言葉が刻まれていた。
慈しみの聖母マリア像
修道院の建物
特に説明書きなどはなく、何のための建物かなどは不明。わからないものの、建物は美しい体裁を誇っていた。また、我々が立ち入りを許されているゾーンには、当然ながら修道女の姿はなかった。
修道院の建物_1
修道院の建物_2
修道院の建物_3
修道院の建物_4
修道院の建物_7
修道院の建物_8
修道院の建物_9
修道院の建物_10
ルルドのマリア像
ルルドのマリア像_1
ルルドのマリア像_2
リジューの聖テレジア像
リジューの聖テレジア像_1
リジューの聖テレジア像_2

隠世共住修道院生活の歴史は長く、その基礎は新約聖書にまで遡り、イエスの模範と教えに基づいています。3~4世紀には、聖アントニオ、聖パコミオ、聖バジリオなど多くの傑出した修道者が現れました。6世紀になって、イタリアの聖ベネディクト(480-547)は隠世共住修道院生活の伝統に基づきながら、自分の修道者のために修道規律を書きました。これが聖ベネディクトの戒律です。これは全ヨーロッパの修道生活と キリスト者の生活の規範となりました。
シトー会は1098年、聖ロベルトと同志たちが聖ベネディクトの戒律をより忠実に守り従うために、繁栄するベネディクト会を後に、フランスのシトーの森に退いた時に興りました。そのカリスマはクレルヴォーの聖ベルナルド(1090-1153)の影響の下に中世を通じて全ヨーッパに広がり、シトー会は教会の中で霊性と文化の中心的な役割を果たすことになりました。
1662年、ド・ランセ(1626-1700)はフランスのトラップ修道院の院長に就任すると、次第に緩んできたシトー会の修道精神を再び厳格に立て直そうと、改革運動を始めました。これがトラピストとして知られる厳律シトー修道会です。
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2014年08月23日
最終更新 2014年08月23日

8 Comments

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のんびり熊  

AzTakさん

こんにちは
函館にはどうしてこんなに多くのキリスト教宗派の教会があるんでしょうか?
ロシア正教の教会もあったような?(ウロ覚えですみません)
北海道開拓史と関係あるんでしょうか?

2014/08/23 (Sat) 13:03

dさん  

こんにちは

カトリックにも、色んな仏教で云う宗派のような組織があるんでしょうか、仏教は今や葬式宗教の体になってしまいましたが、カトリックの戒律は厳しそうですね

私の家にも時々、カトリックの布教のために、立派な紳士や淑女の方が、やってきて本を置いて帰ります。

2014/08/23 (Sat) 17:39

keiko  

こんばんは(^ー^)

なんか、厳しそうな修道院ですね。結婚できないんでしたか?淋しい気もしますが、よくわからないので、何ともいえません。マリア様は素敵ですね。(^ー^)

2014/08/23 (Sat) 18:34

AzTak  

Re: AzTakさん

> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 函館にはどうしてこんなに多くのキリスト教宗派の教会があるんでしょうか?
> ロシア正教の教会もあったような?(ウロ覚えですみません)
> 北海道開拓史と関係あるんでしょうか?

ハリストス正教会やカトリック元町教会は、江戸末期に日本が限定的に開国し、将来は禁教の扱いも変えていくのではないかという見通しの下に、終結したんだと思います。
ですが、トラピストやトラピスチヌは明治の中ごろに入ってきたので、状況は全然違います。
観想修道会という極めて特殊な修道会ですから、適地を探していて、たまたま函館の郊外になったのではと考えています。

2014/08/23 (Sat) 19:07

AzTak  

Re: こんにちは

dさん様、こんばんは。

> カトリックにも、色んな仏教で云う宗派のような組織があるんでしょうか、仏教は今や葬式宗教の体になってしまいましたが、カトリックの戒律は厳しそうですね

カトリックは教皇(法王という言い方がされていますが、何でああいう言い方をいつまでも続けるのかなと思いますが)の指導の下に、一つの組織です。
イエズス会とかフランシスコ会とかいう修道会があり、これを宗派と勘違いする向きがありますが、これが全くの誤解です。
修道会は、その設立目的から、いろいろあるのです。極めて特殊なのが、観想修道会です。基本的に外界との交わりを断つので、確かに凄く厳しいことでしょうね。
ですが、観想修道会関係者は、カトリック信徒のごくごく一部です。
赦しの宗教だということで、マフィアであっても許してしまうのか、イタリアのスケベ男が告解をすれば許してしまうのか、と揶揄されてされています。どちらかというと、ゆるゆるだといわれています。

> 私の家にも時々、カトリックの布教のために、立派な紳士や淑女の方が、やってきて本を置いて帰ります。

それはカトリックではなく、『エホバの証人』とか『世界基督教統一神霊協会』とかじゃないかと思います。基本的にはカトリックではそういうことはしていないと思います。特に後者はキリスト教とは名乗っていますが、とてもキリスト教とは言えない宗教実態だと思います。

2014/08/23 (Sat) 19:36

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんばんは(^ー^)

keikoさん、こんばんは。

> なんか、厳しそうな修道院ですね。結婚できないんでしたか?淋しい気もしますが、よくわからないので、何ともいえません。マリア様は素敵ですね。(^ー^)

観想修道会はとびきり戒律が厳しく、外界との接触を断っています。ひたすら神様と向き合う生活をしています。
そういう生き方もあるんだということです。

2014/08/23 (Sat) 19:40

aunt carrot  

家康の切支丹禁令から迫害のない蝦夷にキリスト教信者が流れたと
読んだことがあります。
その関係か、北海道の教会がこれほど立派な事にまず驚きました。
信仰の意思の強さと神を信じる心の強さが感じられます。
背筋の伸びる思いがいたしました。

2014/08/23 (Sat) 21:06

AzTak  

Re: タイトルなし

aunt carrotさん、こんばんは。

> 家康の切支丹禁令から迫害のない蝦夷にキリスト教信者が流れたと
> 読んだことがあります。

蝦夷の地に流れた人たちもいたのかもしれませんねえ。但し、その人たちの信仰が受け継がれていたのかは私にはわかりません。長崎の浦上で喜び勇んで信仰を告白し、手ひどくやられたのは明治の新政府になってからで、大隈重信などが関与していたはずです。

> その関係か、北海道の教会がこれほど立派な事にまず驚きました。

観想修道会は特別です。一般に、イタリアとかスペインとか享楽的な人種が多く信仰する緩い信仰とみなされている側面があるのは否めません。カトリック内部にも、そうであってはいけない。もっと神と向き合わねばと考える人たちがいたのです。そういう人たちが観想修道会を作ったとお考えください。

> 信仰の意思の強さと神を信じる心の強さが感じられます。
> 背筋の伸びる思いがいたしました。

まあ、彼女たちは筋金入りの修道者です。
でも、一般人と交わっても頑張って生きている修道会はたくさんあるのです。むしろ一般人との関わり合いの中でこそ、救いの手を差し伸べるべきだと考えたのかも、…。
マザーテレサの修道会などは、いつでもどこでも、私の孫のように素足にビーチ用の草履ですたこらさっさと活動しています。その顔の明るさと言ったらありません。そういう生き方もあるのです。

2014/08/24 (Sun) 00:09

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