函館観光(9) - 函館観光_2014_Aug
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函館観光(9)

思い出の五島軒さんで昼食を食べたいと思ったのだが、開店時間まで暫くあったので、先に、ベイエリアに向かった。そこで時間を潰せば、五島軒さんに戻ってくるのはちょっと難しいなと思いながら。

函館市地域交流まちづくりセンター
なんとなく見入ってしまった。雰囲気のある建物だなあ。旧丸井今井百貨店函館支店だったんだ。
函館市地域交流まちづくりセンター_1
函館市地域交流まちづくりセンター_2
函館市地域交流まちづくりセンター_3
函館市の中心地、十字街近く、南部坂の上り口に建つ大型のビル。ドームと塔屋があり、ランドマーク的な装飾の多い意匠となっていますが、理由はかつての百貨店(当初は呉服店)だったから。
市電通りから見る北側は3階建て。1階部分にはデパートらしいショウウィンドウが並んでいます。アール状の角に玄関があり、その上に縦長窓、屋上には円形ドームのある欧風の様式。一方、塔屋のある南側は角ばったモダニズム様式の5階建てになっています。
このようなアンバランスな様式が混在しているのは、昭和初期に百貨店の業務拡大につれて、当初3階建てだったものを、5階建てに増築(昭和5年、昭和9年)したためです。その際、北側のドーム部分はなくなり、代わりに南側の塔屋ができたそうです。近年、耐震性の問題から、一部を竣工当初の3階建てに戻すという改修工事がおこなわれ、ドームが復元されたため、このように不思議な組み合わせになったとか。昭和45年からは市の分庁舎として利用されていましたが、現在は「地域交流まちづくりセンター」として再利用されています。函館市景観形成指定建造物の鉄筋コンクリート造り、3&5階建て。
設計は東京高等工業学校建築科を卒業したのち、熊本県立師範学校、岩手県立工業学校教諭、陸軍省委託を経て佐藤組建築事務所を営んだ佐藤吉三郎(1874~1934)。土浦日本聖公会聖バルナバ教会も彼の設計。
設計・施工は北海道コンクリート建築の先駆者といわれる木田保造(きだ やすぞう、1885~1940)。他に不動銀行函館支店、拓銀函館支店、函館商工会議所本館、天主公教会、渡辺合名会社、大谷女学校、百十三銀行、函館貯蓄銀行、称名寺、日魯漁業函館事務所、函館製綱船具など、大正初期から昭和にかけての函館市内の主な建築工事をほとんど手がけています。
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函館市地域交流まちづくりセンター
旧丸井今井百貨店函館支店(丸井今井呉服店函館支店)
1923(大正12)年 / 1930(昭和5)年、1934(昭和9)年増築
函館市景観形成指定建造物
設計 : 佐藤吉三郎+木田保造
施工 : 木田保造(木田組)
函館市末広町4-19


ベイエリア
丸豆岡田製麺末広工房
ちょっと粋な建物だった。ご自由にお入り下さいと書かれていたが、今回は雨に降られる前に見るべきところを見ておきたかったので、パス。
丸豆岡田製麺末広工房
旧茶屋亭
写真だけ撮らせていただいた。後方は赤レンガだし、とにかく目を引く建物が続くようだ。
この旧茶屋亭の建物は明治末期の海産商の店舗兼居宅の店舗部分で当時の港町箱館の隆盛を伝える典型的な和洋折衷建築物として1988年施行の函館市の西部地区歴史的景観条例で左横側のレンガ塀とともに伝統的建造物に指定されました。
青函博の時、当時の持ち主の方がその期間限定で『旧茶屋亭』の名で営業してたそうです。その名を引き継ぐ形で、内装やメニューなどを一新して茶屋旧茶屋亭として1992年にオープンしました。
「旧茶屋亭」は和洋折衷の外観をそのまま補修保存するとともに内部は当時海外との貿易が盛んな箱館の西部地区にあった各国領事館商館が建ち並ぶなかを多くの外国人が往来しその人達が一時の安らぎを求めて立ち寄った大正ロマン漂うサロンを再現致しました。

旧茶屋亭
赤レンガ倉庫群
本当に美しい。横浜の赤レンガ倉庫もなかなかに洒落ているが、こちらも引けをとらない。ここでは孫にソフトクリームを食べさせただけで、内部に入ることはしなかった。彼がもう少し大きくなったならば、興味をもつかもしれないが。
函館ベイエリアの顔とも言えるスポット。ベイはこだて、Kanemoori、金森洋物館、函館クリスマススクエア、函館ヒストリープラザ、函館ビヤホール、金森ホール、金森美術館から成る。
明治20年に営業倉庫業用として出来上がった赤煉瓦倉庫軍は倉庫不足となるほど勢いづいていた。1度は火災で不燃質倉庫に再建される。昭和後期に入ると輸送形態の変化や北洋漁業縮小などにより倉庫業は勢いを失った。しかし赤煉瓦で積み上げられた風格ある姿が昭和63年4月、金森赤煉瓦倉庫から金森赤レンガ倉庫と生まれ変わり知名度を高めている。

赤レンガ倉庫群_1
赤レンガ倉庫群_2
赤レンガ倉庫群_3
赤レンガ倉庫群_4
赤レンガ倉庫群_5
赤レンガ倉庫群_6
赤レンガ倉庫群_7
赤レンガ倉庫群_8
赤レンガ倉庫群_9
高田屋嘉兵衛資料館
高田屋嘉兵衛は江戸時代後期の廻船業者、海商。その活躍ぶりは、多くの人の知るところだろう。嘉兵衛の死から6年後の天保4年(1833年)に、高田屋を継いだ弟の金兵衛が幕府からロシアとの密貿易の疑いをかけられ、全財産を没収されて高田屋は没落したそうだ。徳川幕府の出る釘を打つ常套手段に引っかかったのだろうが、残念なことだった。
高田屋嘉兵衛《たかたや かへえ、明和6年1月1日(1769年2月7日) - 文政10年4月5日(1827年4月30日)》は、江戸時代後期の廻船業者、海商である。幼名は菊弥。
淡路国津名郡都志本村(現兵庫県洲本市五色町)の農民の子として生まれる。漁業に従事し、18歳で兵庫へ出て廻船業者を志し、淡路と大坂とを往復する瓦船に乗る。寛政2年(1790年)に樽廻船の水主から、船頭となる。紀州での鰹漁や、和泉屋伊兵衛のもとで船頭となり酒田へ航海して資金を貯める。寛政7年(1795年)には、兵庫の北風家の助けを得て、庄内で1700石積の辰悦丸を建造し本格的に廻船業、蝦夷地経営へ乗り出す。
近藤重蔵や間宮林蔵、最上徳内などの江戸幕府役人と接触し、信を得て蝦夷地交易を許可される。幕命により択捉航路を開き、蝦夷地物産売捌方となる。また、箱館(函館)の北洋漁業の基を築いた功労者である。近藤重蔵に依頼され、国後島と択捉島間の航路開拓を行った。択捉島は鱒・鮭が豊富で、嘉兵衛は17ヶ所の漁場を開き、島に原住していたアイヌの民を雇って漁法を教え、彼らの生活向上に資した。
享和元年(1801年)、国後航路の発見・択捉島開拓の功により、33歳の嘉兵衛は幕府から「蝦夷地常雇船頭」を任じられ、苗字帯刀を許された。嘉兵衛は漁場を次々開拓し、蝦夷地経営で「高田屋」の財は上昇した。
文化3年(1806年)、箱館の大火で町の大半が焼失した時、高田屋は被災者の救済活動と復興事業を率先して行なっていった。市内の井戸掘や道路の改修、開墾・植林等も自己資金で行なうなど、箱館の基盤整備事業を実施した。造船所も建設し、兵庫から腕利きの船大工を多数呼び寄せ、官船はじめ多くの船を建造していった。
文化9年(1812年)幕府によるロシア船ディアナ号艦長ヴァーシリー・ゴローニン幽囚の報復として、嘉兵衛は国後島で副艦長のピョートル・リコルドにより捕えられた(ゴローニン事件)。ディアナ号でカムチャツカ半島ペトロパブロフスク・カムチャツキーへ連行されるが、翌年帰国。帰国後の嘉兵衛は松前奉行を説き伏せ、ロシア側に侵略の意図が無いことを納得させ、人質解放に尽力した。また、幕府の蝦夷御用船頭に任ぜられた。文政元年(1818年)に隠居し、文政10年(1827年)に59歳で死去。

高田屋嘉兵衛資料館_1
高田屋嘉兵衛資料館_2
高田屋嘉兵衛資料館_3
すぐ前の海
すぐ前の海_1
すぐ前の海_2
すぐ前の海_3
すぐ前の海_4
金森マークがズラリ
ピンぼけだった
金森マークがズラリ_1
金森マークがズラリ_2
夜の様子(FREE画像を借用)
夜の様子

日本最古のコンクリート製電柱
本当に日本最古なのかと思わせるぐらいしっかりとしていて、今でもその役割を果たしている。触った感じはつるつるしていて、コンクリートの上から何か透明なニスのようなものが塗られていた。形は一般的な丸型ではなく大変珍しい角型で、四角錐になっている。これは電柱マニアでなくても必見である。
1923年(大正12年)10月に函館水電会社(現・北海道電力)が建てたもの。現存するコンクリート電柱としては日本最古のものである。高さ10メートル、底辺47センチメートル四方、上辺が19.5センチメートル四方の鉄筋コンクリート造りで角錐型という珍しい形である。同形の電柱が建物をはさんで建てられたため、夫婦電柱と呼ばれ話題になった。耐用年数を越えても今なお現役として活躍している。

日本最古のコンクリート製電柱_1
日本最古のコンクリート製電柱_2
日本最古のコンクリート製電柱_3

ときおり、小雨程度の雨が落ち始めた。これは引き上げ時だと判断した。息子のリクエストで、『ラッキーピエロ』で昼食用のハンバーガーを仕入れ(店の写真はピンぼけだったので、五稜郭店をあとでUPしたい)、十字街から市電でホテルに帰る。
まだ、昼下がりだが、2日目の観光はこれにてやむを得ず終了。予想通り、五島軒さんに寄る事ができなかったなあ。また、これまた強烈な記憶が残る函館公園内の動物園にも回ることができなかったなあ。いろいろ残念。


十字街の市電停留所
十字街の市電停留所
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2014年08月22日
最終更新 2014年08月22日

16 Comments

There are no comments yet.

aunt carrot  

素晴らしい建築の数々ですね。
目を見張るものがあります。
特に赤レンガ倉庫、、、、これが本当の赤レンガ倉庫だ!と
感動しました。
横浜のは綺麗過ぎるんだなぁと初めて知りました。
貫禄十分の雰囲気で、これは行って自分でも見たいものです。
夜景も素晴らしい!
赤レンガ倉庫の前にあったmoomootaxi、実にユーモアたっぷりで
楽しいですね。
乗るのは恥ずかしいかな?(笑)
今日も楽しませて頂きました。

2014/08/22 (Fri) 09:22

Mika  

AzTakさん、こんばんは♪

さすがに北海道、見どころがたくさんありますね。
北海道に行ったことがないので
行った気分に浸りながら、お写真拝見しています^^
四角い電柱、面白いですね。
電柱なんてみんな同じ形だと思っていたのでビックリです。
昔はここの町の電柱はみんな四角だったんでしょうか・・・?
今も使っているところがすごいですね♪

2014/08/22 (Fri) 10:11

モカ  

こんにちは

赤レンガ倉庫、歴史を感じる外観ですね。
横浜のしか見た事がありませんが、函館のを見ると横浜のは綺麗な観光用の建物に感じます。
ラッキーピエロのハンバーガー美味しかったですか?^^

2014/08/22 (Fri) 11:56

masa  

こんにちは。

函館は北海道の玄関口として発展してきたのでしょうね。
古い建物から昔から栄えた様子がうかがえます。
四角の電柱とは珍しいですね。
電柱は木製時代から受け継がれて丸と思っていましたが、当初は理由があったのでしょうね。

2014/08/22 (Fri) 13:02

のんびり熊  

AzTakさん

こんにちは
有るんですねえ~ 四角い電柱・・
ナニヤラで聞いたような気がしますが、現物が、しかも現役ですか・
面白いです。
高田屋嘉兵衛、北海道商業開拓の先駆者、との認識です。
彼のおかげでどれほど発展したか知れません。
旧茶停? 和洋折衷もこれは不思議な感じです。

2014/08/22 (Fri) 13:34

ララ  

函館に行ったのはもう20年くらい前なんで
懐かしく見入っています。
赤レンガ懐かしいなあ〜
行った時は冬で吹雪いていて周りがよく見えなかったですが
こんなふうになっていたんですね。
20年前に行ったのを思い出しながら見ています。

2014/08/22 (Fri) 14:30

HARU  

こんにちは。

全国に赤レンガ倉庫は数々あっても、地名ではなく商店商標名で呼ばれる倉庫は、ここだけではなかったかと。レンガ色の街はノスタルジックで風情がありますね。お孫さん、アイスクリームやハンバーガーでご機嫌治りましたか(笑)。教訓・・・「子供釣れ旅行ではわが趣味を封印すべし」。おカミさんに口すっぱく言われ続けてきました。オッサンになった息子がいまだに言います。無理やり連れまわされたと。取り返せない過去です(泣・笑)。

2014/08/22 (Fri) 15:43

AzTak  

Re: タイトルなし

aunt carrotさん、こんばんは。

> 素晴らしい建築の数々ですね。
> 目を見張るものがあります。
> 特に赤レンガ倉庫、、、、これが本当の赤レンガ倉庫だ!と
> 感動しました。

本当に立派ですよねえ。半世紀以上前の私がうっとり見ていたのも無理からぬ事だったのでしょうね。とうじは、まだ、観光事業に本腰を入れる前ではありましたが。

> 横浜のは綺麗過ぎるんだなぁと初めて知りました。

横浜の赤レンガ倉庫は、あれはあれで悲惨な運命にあったようです。
まず、関東大震災で、片方の倉庫の半分が壊れてしまったこと。そして、、いたずら書きだらけの姿になり、再建するにあたっては、レンガを綺麗にせざるを得なかったのでしょう。

> 貫禄十分の雰囲気で、これは行って自分でも見たいものです。
> 夜景も素晴らしい!

大人には楽しい場所だと思います。こちらは孫が一緒なので、すべてパスせざるを得ませんでした。(´Д⊂グスン

> 赤レンガ倉庫の前にあったmoomootaxi、実にユーモアたっぷりで
> 楽しいですね。
> 乗るのは恥ずかしいかな?(笑)

いや恥ずかしくはありませんよ。市電だって、派手派手しいラッピング小ウックになっているし。堂々と利用してください。

> 今日も楽しませて頂きました。

お粗末様でした。

2014/08/22 (Fri) 19:06

AzTak  

Re: タイトルなし

> AzTakさん、こんばんは♪

Mikaさん、こんばんは。

> さすがに北海道、見どころがたくさんありますね。
> 北海道に行ったことがないので
> 行った気分に浸りながら、お写真拝見しています^^

(ΦωΦ)フフフ…、そうですか。私の方は、この間、BSを見ていたら『ジャッカル』を放送しているので最後まで見てしまいました。ジャッカルはモントリオールから五大湖を渡ってUSAに入ろうとしたようです。
そんなに多くのシーンが登場したわけではありませんが、Mikaさんが暮らしている町はこんな街なんだと思いながら、見ていました。それにしても、リチャード・ギア、ブルース・ウィリス、シドニー・ポワチエが登場するなんて、なんて贅沢な作品なんでしょうね。

> 四角い電柱、面白いですね。
> 電柱なんてみんな同じ形だと思っていたのでビックリです。
> 昔はここの町の電柱はみんな四角だったんでしょうか・・・?
> 今も使っているところがすごいですね♪

私も詳しいことはわかりません。初期のものだったので、コンクリート型枠を用意する都合上、四角にしたのではないかなどと考えていますが、…。
丈夫で長もちの典型ですね。

2014/08/22 (Fri) 19:21

AzTak  

Re: こんにちは

モカさん、こんばんは。

> 赤レンガ倉庫、歴史を感じる外観ですね。
> 横浜のしか見た事がありませんが、函館のを見ると横浜のは綺麗な観光用の建物に感じます。

どちらのものも、今では観光用なんですが、横浜はいろいろ比較され、ご受難ですねえ。再開発する前には、横浜のそれは落書きだらけで、とても人前に出せる状態ではなかったようです。それで綺麗に洗浄することから始めたので、綺麗になりすぎましたかねえ。

> ラッキーピエロのハンバーガー美味しかったですか?^^

価格は、そんなに高くはないのですが、ボリュームが凄く、何より美味しかったです。一つ注文すれば、一食分に十分でしょう。ただ、注文が通ってから出来上がるまで、かなり待たされます。でも待つ価値はあると思いました。

2014/08/22 (Fri) 19:28

AzTak  

Re: こんにちは。

masaさん、こんばんは。

> 函館は北海道の玄関口として発展してきたのでしょうね。
> 古い建物から昔から栄えた様子がうかがえます。

北海道の友人に言わせると、現在の北海道は札幌に一極集中だそうで、函館もその他大勢組のようです。とはいうものの、明治、大正の頃の財産がたくさんありますから、ある程度、観光都市としていきていけるんだと思います。

> 四角の電柱とは珍しいですね。
> 電柱は木製時代から受け継がれて丸と思っていましたが、当初は理由があったのでしょうね。

個人的には、初期には円筒形の型枠をつくるのが難しかったからじゃないかと考えているんですが、はっきりした事情はわかりません。(^_^;)

2014/08/22 (Fri) 19:34

AzTak  

Re: AzTakさん

> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 有るんですねえ~ 四角い電柱・・
> ナニヤラで聞いたような気がしますが、現物が、しかも現役ですか・
> 面白いです。

函館に残っているとは知っていたのですが、孫連れだったので、私にも見つけられるなんて期待していませんでした。ラッキーでした。

> 高田屋嘉兵衛、北海道商業開拓の先駆者、との認識です。
> 彼のおかげでどれほど発展したか知れません。

当主の高田屋嘉兵衛が死んだら、手のひらを返したように冷酷に扱うなんて、江戸幕府も尻の穴の小さなことをしたものですね。高田屋が没落していなければ、函館はもっともっと面白い街になっていたかもしれませんね。

> 旧茶屋亭? 和洋折衷もこれは不思議な感じです。

多分後方のコンクリの建物は別の建物で、2階が洋風1階が和風になっている和洋折衷なんでしょう。左脇に当時からのレンガの一部が残っています。
函館は坂の町なので、遠くから見える2階部分は洋風に、見えない1階部分は和風にするのが流行ったと聞きました。此処は坂が終わって平坦な土地ですが、それでもそういう流行りに従ってのではと思っています。
ともかく、此処もパスされちゃいましたので、詳しい確認はできていません。

2014/08/22 (Fri) 19:49

AzTak  

Re: タイトルなし

ララさん、こんばんは。

> 函館に行ったのはもう20年くらい前なんで
> 懐かしく見入っています。
> 赤レンガ懐かしいなあ〜
> 行った時は冬で吹雪いていて周りがよく見えなかったですが
> こんなふうになっていたんですね。
> 20年前に行ったのを思い出しながら見ています。

久しく行っていないと気がついたら相当経っていたなんてことが多いですよね。

私は大学受験をせずに済む学校にいたので、高校生の頃から日本各地をよく周りました。
でも、その後は仕事に追われてぱったり。その間に随分景色も変わってしまっただろうなと思う街も少なくありません。
現役の勤め人ではなくなり、時間的な余裕が出来ましたが、悲しいかな飛び回るだけの体力がありません。

それで、他人様の写真を精一杯見させて頂いています。代理体験ってやつでしょうかね。

2014/08/22 (Fri) 20:09

AzTak  

Re: こんにちは。

HARUさん、こんばんは。

> 全国に赤レンガ倉庫は数々あっても、地名ではなく商店商標名で呼ばれる倉庫は、ここだけではなかったかと。レンガ色の街はノスタルジックで風情がありますね。お孫さん、アイスクリームやハンバーガーでご機嫌治りましたか(笑)。教訓・・・「子供釣れ旅行ではわが趣味を封印すべし」。おカミさんに口すっぱく言われ続けてきました。オッサンになった息子がいまだに言います。無理やり連れまわされたと。取り返せない過去です(泣・笑)。

私も今頃孫にとんでもない爺さんだと思われている頃でしょうか。それでも息子と孫は『来年の夏休みはどこに行こうか』などと話していました。懲りないのか、はたまた、本当に楽しかったのか、どちらでしょう?まさか、また『ついてこい』なんでしょうかね。(^_^;)

2014/08/22 (Fri) 20:14

土佐けん  

こんばんは

函館にも助手の大好きな赤レンガ倉庫があるんですよね~~
画を見ながら良いな~とつぶやく助手、早く北海道に
連れて行ってやりたいな^^
時間と金が無い! 働かなければw

2014/08/22 (Fri) 21:33

AzTak  

Re: こんばんは

土佐けんさん、こんばんは。

> 函館にも助手の大好きな赤レンガ倉庫があるんですよね~~
> 画を見ながら良いな~とつぶやく助手、早く北海道に
> 連れて行ってやりたいな^^
> 時間と金が無い! 働かなければw

(ΦωΦ)フフフ…、行くと魅力的なテナントが入っていたりすると、それはそれなりに物入りかも。
孫と行くと、今のところは内部のお店には全く興味を示しませんから、その点は非常に気楽です。でも、気に入らないところだと、『次に行こう』の連発なので、…。写真を撮っているとどこに行ったのか一瞬わからなくなったりして、…。

2014/08/22 (Fri) 21:50

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