観音崎界隈を歩く(1) - 観音崎界隈を歩く_2014_Jun
FC2ブログ

観音崎界隈を歩く(1)

川崎市立日本民家園のシリーズが長くなりそうなので、途中で少し別のものを差し挟みたい。最初に茗荷谷のモニュメントを取り上げた。次なるは、『観音崎界隈を歩く』のミニシリーズを差し挟む。
観音崎の表記は、灯台名だけは『観音埼』を使うようだ。

走水神社
以前にも取り上げた『古事記』『日本書紀』にも登場するエピソードに関わり合いがある神社である。
当社の創建年代等については火災などにより明らかでない。社伝では、日本武尊が東征の途上に当地から浦賀水道を渡る際、自分の冠を村人に与え、村人がこの冠を石櫃へ納め土中に埋めて社を建てたのが始まりという。
『古事記』『日本書紀』では、日本武尊が相模から上総に向かった際にどこを通ったか具体的な地名についての言及はないが、『日本書紀』は、景行天皇53年10月条に景行天皇東国巡狩のことを載せ、東海道を海路より淡水門に渡ったと記されている。この際も地名は記されてはいないが、古代の東海道は当地から浦賀水道を渡って上総国に入ることから、景行天皇は当地から淡水門に向かった見られ、日本武尊が東征において浦賀水道を渡る際も当地付近を通ったと考えられる。
上総国へ船出した日本武尊は、海上で暴風雨に遭い、弟橘媛が海へ身を投じて暴風雨を鎮めた。数日後、海岸に弟橘媛の櫛が流れつき、村人は旗山崎(御所ヶ崎)に社を建てて櫛を納めたとされる。この社が弟橘媛を祀る橘神社であったが、明治18年(1885年)に旗山崎が軍用地になり走水神社境内へ移され、その後明治42年(1909年)に合祀された。

境内の様子
参道工事中だが、それでも十分に美しい
参道工事中だが、それでも十分に美しい
本殿に至る階段はかなり急である。横須賀の地なので仕方の無いことだ。
本殿に至る階段はかなり急である
弟橘媛命舵の碑
弟橘媛命は日本武尊が思い続けた人だったのだから、相当な美しさだったのだろう。こんな感じの人だったのかなあ。
弟橘媛命舵の碑_1
弟橘媛命舵の碑_2
浦賀水道航行安全を祈願して奉納されたもののようだ
弟橘媛命舵の碑_3
万葉集の和歌の碑
草枕 旅の丸寝の紐絶えば 吾が手とつけろ これの針(はる)もし
草を枕の旅のごろ寝で袴の紐が取れてしまったら、私の手だと思って縫い付けて下さい。この針を持って。
万葉集の和歌の碑_1
万葉集の和歌の碑_2
弟橘媛命記念碑
1910年、東郷平八郎、乃木希典らが建立。恒久王妃昌子内親王筆。恒久王妃昌子内親王とは、明治天皇第六皇女常宮(つねのみや)昌子内親王、竹田宮恒久王妃のこと。この碑をまた見たくてここに来た。
さねさしさがむのをぬにもゆるひの
 ほなかにたちてとひしきみはも
 勲一等昌子内親王書

さねさし相模の小野に燃ゆる火の 火中に立ちて問ひし君はも
相模の小野で炎に囲まれたとき、火の粉が御自分に掛かっていることにも気に留めず、ひたすら私の身を案じて下さった貴方‥‥‥弟橘比売命
弟橘媛命記念碑
弟橘媛命記念碑付近からの展望
第2海堡などが見える
第2海堡などが見える
手前の入り江は防大の艇庫
手前の入り江は防大の艇庫
本殿
本殿_1
本殿_2
弟橘媛命記念碑を見に行く人たち
若い女性たちもいた
若い女性たちもいた
再び境内の様子
参道
海へ一直線
海へ一直線
包丁塚
包丁塚
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2014年06月30日
最終更新 -0001年11月30日

18 Comments

There are no comments yet.

makira  

AzTakさん、こんばんは!
もう横須賀遠征からお帰りになられたでしょうか?
本当にタフな方ですね!
境内から見上げる本殿の配置が素晴らしいと思いました。
波乱万丈の末に日本武尊の妃になった弟橘媛命は
これくらいの美人じゃないと話になりませんね♪
結構、若い子も来てるんですね~♪
おじさんの励みになりますね 笑)

2014/06/30 (Mon) 03:02

ブーくん  

こんにちは☆
色々な場所におでかけなさって、拝見させていただくのも毎回楽しみです!
行ってみたい場所が増えてしまいます(笑)

コメントをいただいてありがとうございました。
間違ってコメント欄を開けてしまいました・・・。記事のコメント欄をあとから閉じてしまいました。せっかくいただいたのに本当に申し訳ありません。
いつも暖かいコメントにすごくうれしく読ませていただいております!

お姉ちゃんの反抗期ですか・・・。女の子の兄弟はまた全然、成長が違うようですね!

2014/06/30 (Mon) 09:45

HARU  

おはようございます。

週末、PCから離れていると何からコメントしてよいのやら迷うほど情報がどさっと。時間がかかります(笑)。
走水神社、海からの参道がいかにも神社の由縁を語っているようで、いい社ですね。ヤマトタケルの物語はむしろ東地域に多く根差すのでしょうね。関西圏ではこの人物の伝承はあまり聞かないので興味深かったです。
↓ 作田家住宅のトユ、イベントで簡易テントを2つ組み合わせるときに別布を使って同じようにトユを作ります。実際にあるのですねえ。納得。
沖永良部の造りは独特のインパクトがありました。

2014/06/30 (Mon) 11:35

masa  

こんにちは。

石段の上に、木々の緑の被われて佇む社殿の姿がいいですね。
石段の数も丁度よさそうです。これ以上は登るのに大変!
工事中での様子で残念ですが、工事によって景観が損なわれませんように。

2014/06/30 (Mon) 15:27

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは☆

ブーくん様、こんにちは。

> 色々な場所におでかけなさって、拝見させていただくのも毎回楽しみです!
> 行ってみたい場所が増えてしまいます(笑)

遠出をすることがあまりなくなり、仕方なしに近所をうろちょろしています。もう少し気の利いたところに出かけたいと思うのですが、…。

> お姉ちゃんの反抗期ですか・・・。女の子の兄弟はまた全然、成長が違うようですね!

おしゃまなんですよ。妹がうまく立ちまわるのがちょっと悔しいらしくて、フラストレーションを抱えているようです。成長の一過程なんでしょうね。

2014/06/30 (Mon) 16:15

AzTak  

Re: おはようございます。

HARUさん、こんにちは。

> 週末、PCから離れていると何からコメントしてよいのやら迷うほど情報がどさっと。時間がかかります(笑)。

(ΦωΦ)フフフ…、何かとりとめない記事こばかりで申し訳ありませんね。

> 走水神社、海からの参道がいかにも神社の由縁を語っているようで、いい社ですね。ヤマトタケルの物語はむしろ東地域に多く根差すのでしょうね。関西圏ではこの人物の伝承はあまり聞かないので興味深かったです。

東方の蛮族の討伐が有名ですから。私が住んでいたところなどは、そういうところだったのでしょうね。
走水の出来事は乞食の方により詳しく書かれているようです。和歌も古事記にのみ登場するとか。
その後倭建命は、足柄坂(神奈川・静岡県境)の神を蒜(ひる=野生の葱・韮)で打ち殺し、東国を平定して、碓氷峠に差し掛かった時、そこから東国を望んで弟橘姫を思い出し、「吾妻はや」(わが妻よ……)と三度嘆いた。そこから東国をアヅマ(東・吾妻)と呼ぶようになったとか。

> ↓ 作田家住宅のトユ、イベントで簡易テントを2つ組み合わせるときに別布を使って同じようにトユを作ります。実際にあるのですねえ。納得。

そういう文化があったようです。昔は曲がり屋のような構造では屋根を葺くのが大変だったのかもしれませんね。

> 沖永良部の造りは独特のインパクトがありました。

そうですね。ネズミや蛇が入り込まないようにしたのでしょうが、人間だってよじ登るのが大変だったことでしょうね。

2014/06/30 (Mon) 16:45

AzTak  

Re: こんにちは。

masaさん、こんにちは。

> 石段の上に、木々の緑に被われて佇む社殿の姿がいいですね。
> 石段の数も丁度よさそうです。これ以上は登るのに大変!

写真で見る感じより、実際の勾配はきつい感じです。特に下り坂で転げ落ちたらカメラがおしゃかになってしまいそうなので、しっかり手摺を掴みました。どういうわけか転げ落ちても自分が死にはしない自信があります。根拠の無い自信ですが。
弟橘媛の歌碑はお姉さんたちが登ろうとしていた先にあります。同じくらい上ります。東郷平八郎、乃木希典らは少なくても、そこまでは上がったと思われます。
更にその上に…。足が痛かったので、そこで止めました。

> 工事中での様子で残念ですが、工事によって景観が損なわれませんように。

社務所前の石畳を補修しているだけなので大丈夫でしょう。

2014/06/30 (Mon) 16:59

AzTak  

Re: タイトルなし

> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、こんにちは。

> もう横須賀遠征からお帰りになられたでしょうか?
> 本当にタフな方ですね!

ふふふ、横須賀から逃げ帰ったというのが正確でしょう。老いてきた母の見守りに週末だけ行くことにしているんですが、爺さんでは何の役にも立たず、…。

> 境内から見上げる本殿の配置が素晴らしいと思いました。

横須賀はすぐ後ろが山という土地が殆んどですから、こんなロケーションになってしまいます。

> 波乱万丈の末に日本武尊の妃になった弟橘媛命は
> これくらいの美人じゃないと話になりませんね♪

日本の恋愛結婚の走りでしょうかね。

> 結構、若い子も来てるんですね~♪
> おじさんの励みになりますね 笑)

神社になんか来て面白いと思うのだろうかと不思議なくらいですが、結構若い女性向けの雑誌などに紹介されているようです。編集者がうまくまとめるのか、ちょっと行ってみようかなと思う人たちが少なからずいるようです。
知らなかったのですが、江原啓之氏が言い出したようですが、女性に霊験あらたかな超弩級のスピリチュアルスポットらしく、そうしたことが関係して若い女性が来ているのかもしれません。

2014/06/30 (Mon) 17:03

モカ  

こんばんは

観音崎へ行かれたのですね~
横須賀に住んでいた頃、観音崎もドライブしたりしました^^

2014/06/30 (Mon) 19:35

AzTak  

Re: こんばんは

モカさん、こんばんは。

> 観音崎へ行かれたのですね~
> 横須賀に住んでいた頃、観音崎もドライブしたりしました^^

そうでしたか。
所々で車を停めてゆっくりと見事な景色を見たいところですよね。
時間があれば夕方近くには相模湾側に回ると、夕日が沈むさまを堪能できたりしますよね。

2014/06/30 (Mon) 19:55

ijin  

走水辺り

今晩は。

走水の辺り。

私は此処の鯵は特別に旨い。
潮の流れが速く、釣り難いが。。

近くの鮨屋の親父さんが、趣味で釣って、店の御客に出して、両得していました。

そのような話より、歴史の話。。。
以前もこの辺りのご案内がありましたが、飛びとびで拝見していましたから、
定かな記憶がありません。

日本書紀や古事記にも纏わる歴史を持つとは。。。

釣りしていた頃は、横須賀の片田舎位に思っていました。

上から1)と2)。。豪快な写真。
女の子とアジサイ。
優しい画像。
新たなカメラが活躍や躍如ですね。

私もカメラを持ち帰りました。
広角も一緒に。。

難しそうなので、気が進まず、昨日と今日未だ開梱していません。

2014/06/30 (Mon) 20:59

のんびり熊  

AzTakさん

こんばんは
横須賀も古い土地なんですね。
熊が知らないことばっかり・・・
何れ訪ねて見たいがそれまで持つかどうかが問題だ。

2014/06/30 (Mon) 21:37

土佐けん  

こんばんは

参道が工事中だったんですね。
工事で風情が損なわれないことを祈ります。
若い女性の後姿の画、良いですね~~

2014/06/30 (Mon) 22:04

AzTak  

Re: 走水辺り

> 今晩は。

ijinさん、こんばんは。

> 走水の辺り。
>
> 私は此処の鯵は特別に旨い。
> 潮の流れが速く、釣り難いが。。

岩場からも、釣り船の上からも、釣り糸を垂らして真剣に構えている人がたくさん居ました。
このへんまで来ると太平洋そのものと言ってもいいくらいで水質は良く、浦賀水道の流れのきつい潮流で育まれた美味しい鯵になるのでしょうね。

> 近くの鮨屋の親父さんが、趣味で釣って、店の御客に出して、両得していました。

ははは、それはひと味違う美味しさがあったのでは。

> そのような話より、歴史の話。。。
> 以前もこの辺りのご案内がありましたが、飛びとびで拝見していましたから、
> 定かな記憶がありません。
>
> 日本書紀や古事記にも纏わる歴史を持つとは。。。

日本書紀にはさらっと、古事記にはかなり詳しく書かれているのだそうです。
古くは日本武尊がそして時代が下って日蓮聖人がこの海域で遭難しかかったんですね。日本武尊の時は妃の弟橘媛が入水して、荒れ狂う海を鎮めた。
あの和歌はその前段の話と関連します。古事記の記載です。

相模の国で、国造に荒ぶる神がいると欺かれた倭建命は、野中で火攻めに遭います。そこで叔母から貰った袋を開けると火打石が入っていたので、草那芸剣で草を掃い、迎え火を点けて逆に敵を焼き尽くす。それで、そこを焼遣(やきづ=焼津)という。
相模から上総に渡る際、走水の海(横須賀市)の神が波を起こして倭建命の船は進退窮まった。そこで、后の弟橘媛が自ら命に替わって入水すると、波は自ずから凪いだ。入水の際に媛は火攻めに遭った時の夫倭建命の優しさを回想する歌を詠む。

さねさし相模の小野に燃ゆる火の 火中に立ちて問ひし君はも
訳: 相模野の燃える火の中で、私を気遣って声をかけて下さったあなたよ……

弟橘姫は、倭健命の思い出を胸に、幾重もの畳を波の上に引いて海に入るのである。七日後、姫の櫛が対岸に流れ着いたので、御陵を造って、櫛を収めた。

とまあ、こんなエピソードがあったようです。

> 釣りしていた頃は、横須賀の片田舎位に思っていました。

そのとおりです。ただし風光明媚なところです。

> 上から1)と2)。。豪快な写真。
> 女の子とアジサイ。
> 優しい画像。
> 新たなカメラが活躍や躍如ですね。

有難うございます。

> 私もカメラを持ち帰りました。
> 広角も一緒に。。
>
> 難しそうなので、気が進まず、昨日と今日未だ開梱していません。

せっかくですから、一刻もはやく手に取られて慣れるようにしてみてください。
新しいカメラで撮られたら、どんなふうに撮れたかUPして見せていただきたいと思います。

2014/06/30 (Mon) 23:18

AzTak  

Re: AzTakさん

> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 横須賀も古い土地なんですね。
> 熊が知らないことばっかり・・・
> 何れ訪ねて見たいがそれまで持つかどうかが問題だ。

日本武尊も日蓮聖人もペリーも横須賀には来たんです。歴史があるといえるかどうかは別問題として。
日本武尊も日蓮聖人も対応したのは当時の村人たち。突然の事態が出来し驚いたことでしょうね。それなりに丁寧な対応をしたようです。そういう歴史になっています。

2014/06/30 (Mon) 23:29

AzTak  

Re: こんばんは

土佐けんさん、こんばんは。

> 参道が工事中だったんですね。
> 工事で風情が損なわれないことを祈ります。

参道の敷石だけの取り替えだけですから、大丈夫だと思います。

> 若い女性の後姿の画、良いですね~~

うふふ。女性のスピリチュアルスポットとして騒がれているんだとか。
女性といえば、龍馬の妻だったお龍さん。横須賀の人と再婚して後半生を横須賀で過ごしたんですね。
それほど幸せな余生ではなかったようです。女性が一人で生きていくのが難しい時代だったんでしょうね。

2014/06/30 (Mon) 23:44

ijin  

追加の説明

今日は。

古事記の記載、追加の説明有り難うございます。

2014/07/07 (Mon) 18:04

AzTak  

Re: 追加の説明

> 今日は。

ijinさん、こんばんは。

> 古事記の記載、追加の説明有り難うございます。

お役に立てたか心配ですが。
ところで8月には避暑にお出かけなんですね。信州の夏はのんびりしていて、身体が休まることでしょう。
何枚かEOS M2の写真も撮って見せていただければと思います。

2014/07/07 (Mon) 20:14

Leave a reply