川崎市立日本民家園(5) - 川崎市立日本民家園_2014_Jun
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川崎市立日本民家園(5)

道祖神
見ての通り文字碑の方だ。この道祖神は群馬県沼田市にあったもので、享和元年(1801年)に建てられたもののようだ。
道祖神

(6)佐々木家住宅(ささきけじゅうたく)《信越の村》
川崎市立日本民家園を順路に従って巡回すると最初に出会う国指定重要文化財だ。概して軒が高いので、採光性は抜群だ。カブト造りにもしてあるので、さらに採光性は良くなっている。フラッシュを使用しない写真撮影を心がけたので、室内が明るくて非常に助かった。
他の殆どの古民家にはボランティアの人がいて、説明してくれて、床に上がり写真も撮れた(『床上公開』と呼んでいる)のだが、ボランティアの人たちの都合が付かなかったのか、その日のこの家屋では当該サービスが行われておらず、当然防火の観点から囲炉裏に火が入っていなかった。上がってじっくり見たかったのに、ちょっと残念だった。

旧所在地:長野県南佐久郡佐久穂町畑
建物区分:農家(名主の家)
構造形式:寄棟造、一重、一部中二階、茅葺、桁行24.1m、梁行7.3m
建築年代:享保十六年(1731)、延享四年(1747)に座敷普請
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建築工事の古記録が残る名主の家
この建物は名主の家で、長大で軒が高く、中二階の採光のために屋根の東側を「かぶと造」としています。こうした外観の特色のほか、普請帳(ふしんちょう)や記録によって家の歴史がわかる点で重要な民家です。
まず、享保十六年(1731)の新築願から建築した年がわかり、寛保三年(1743)の普請帳から千曲川氾濫の影響によって移築されたことがわかりました。延享四年(1747)の普請帳は座敷の増築を伝えています。上手の二室(マエデノザシキとオクノザシキ)がこれにあたり、客用の便所や風呂を備えていることからも、村内で相当な地位についたことがわかります。農家ですが紺屋を営んだ時期があり、中二階は村の寺子屋としても使われていました。


外側面
かぶと造
かぶと造とは、基本的には寄棟造あるいは入母屋造の屋根のうち、妻(建物の短手)側の屋根を切り上げた形式で、東日本各地に分布する。これだけ切り上げてあれば、十分な採光が可能だろう。
東側のみがカブト造りになっている。

外側面(東側)
川崎市立日本民家園HPの写真を借用
西側は普通の屋根になっている
外側面(西側)
軒下
大八車もあった
外側面(軒下)
正面
出入り口枠にある木の囲い部分は、男性用小便所だそうだ。ちょっと、ここで小用を足す勇気は出そうにない。
正面_1
縁側にはひさしが付いている
正面_2
室内
チャノマとオカッテ
どちらの部屋にも囲炉裏がある
チャノマとオカッテ
ナカノマとザシキ
ナカノマからは畳の間だ
ナカノマ_1
ナカノマ_2
フロバ
来客が湯を浴びる場で浴槽があったわけではないようだ。
フロバ
ドマからみたウマヤ
ドマからみたウマヤ
ドマからみたオカッテ
ドマからみたオカッテ_1
ドマからみたオカッテ_2
ドマからみたオカッテ_3
ドマからみたオカッテ_4
中二階の部屋へ至る階段
この部屋の採光のために東側がカブト造りになっていたのだ。
中二階の部屋へ至る階段
ミソベヤ(味噌部屋)
味噌部屋が用意されているとは、さすがに信州だけのことはある
ミソベヤ(味噌部屋)
佐々木家の間取り
佐々木家の間取り
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2014年06月24日
最終更新 -0001年11月30日

12 Comments

There are no comments yet.

ララ  

懐かしい昔の民家、とは言っても大きいですね。
さすが名主の家ですね。
そしてそれが今でも保存されているのに驚きます。
いつまでも残しておいて欲しいですね・・・

2014/06/24 (Tue) 08:48

HARU  

こんにちは。

結婚したての頃、しばらく古民家を借りて生活しましたので、間取りなどすごく懐かしいです。かぶと造りは、こちらではなかなか見れません。天井裏でお蚕さんを育てるのには、かぶと造りは適していたと聞いたことがあります。
土間、板間、座敷をきちんと区別した生活様式。人の考え方にも多分に影響していたことでしょう。

2014/06/24 (Tue) 12:56

のんびり熊  

AzTakさん

こんにちは
懐かしい造りですね。
大八車のワッパだけ家にいまだに有ります。
味噌は、子供の頃には、ウチでも作りました。
チョット、ショッパカッタけれども美味かったですよ。
今は作る人はいなくなっちゃいました。

2014/06/24 (Tue) 12:57

モカ  

こんにちは

部屋の呼び名、実家で小さい頃に読んでいたのと同じでなんだか懐かしい感じがしました。
今はダイニングとかリビングとか言いますからね。
帰省するといつもナカノマで寝ていますw

2014/06/24 (Tue) 14:18

keiko  

こんにちわ(’-’*)♪

お風呂場は、水が抜けるようになっているのですかね?木だから、たいへんですね。

馬屋は、今の駐車場ですね。屋根付きでちゃんとしてて贅沢だな~と思いました。

2014/06/24 (Tue) 14:57

花さか爺サン  

AzTakさま こんばんは

名主様の住宅はさすがに大きく立派な物だと思いました。
カヤブキ屋根で一部中2階にし、採光を取り入れるためにカブト造りの構造とし寺小屋として使ったいたのですね。
味噌部屋、馬屋も取り入れた立派な造りでさすがです。
味噌部屋、大八車、機織り機など懐かしいものばかりですね。
我が家にもこうした物がありましたが、邪魔になり管理にも困りますので、撤去いたしましたが、今となればもったいないことをしたと思っております。
風呂場や便所などもちゃんと設えられて、当時としては最高の佇まいだつたのでしょうね。
それにしても、出入り口枠にある男性用小便所は当時としては当たり前のことだったのでしょうね。
これだけの住宅を保存していくのは大変なことだと思いますが、是非末永く保存してほしいものです。。

2014/06/24 (Tue) 20:19

AzTak  

Re: タイトルなし

ララさん、こんばんは。

> 懐かしい昔の民家、とは言っても大きいですね。
> さすが名主の家ですね。

うわっ、大きいと思いました。そして、とてもきれいな家屋であるのに驚きました。よほど大切に扱い度々修復を行ってきたのでしょう。
しかし、出入り口前に、男性の小便所があるのには驚きました。気が小さな私は出るものも出なくなってしまいそうです。

> そしてそれが今でも保存されているのに驚きます。
> いつまでも残しておいて欲しいですね・・・

昭和40年7月寄贈と書かれていました。それまでは佐々木氏が所有し、大事に使っていたんでしょうね。これからも大事にしたいものです。

2014/06/24 (Tue) 20:26

AzTak  

Re: こんにちは。

HARUさん、こんばんは。

> 結婚したての頃、しばらく古民家を借りて生活しましたので、間取りなどすごく懐かしいです。かぶと造りは、こちらではなかなか見れません。天井裏でお蚕さんを育てるのには、かぶと造りは適していたと聞いたことがあります。

あれま、古民家住まいを体験されましたか。貴重な体験だったのでは。
カブト造りなんて知りませんでしたが、言われてみれば、カブトのような感じなんですね。昔の人のネーミングセンスを感じます。
寺子屋のためにあんな風にしたんでしょうかね。立派な心がけです。私にはとうてい真似ができません。

> 土間、板間、座敷をきちんと区別した生活様式。人の考え方にも多分に影響していたことでしょう。

そうなんでしょうね。
この先、土座をはじめとしたいろいろなものが登場します。もう少し粘れば良かったのですが、根性が足りませんでした。

2014/06/24 (Tue) 20:38

AzTak  

Re: AzTakさん

> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 懐かしい造りですね。

凄く大きくて、きれいな家屋なのに驚きました。相当注意して使用していたのでしょうね。

> 大八車のワッパだけ家にいまだに有ります。

そうですか。使ったことはありませんか。私が勤めていた会社のだいぶ前の現場作業を担当する先輩たちは、大八車に重い荷物を載せて悪戦苦闘したようですよ。職場の先輩たちの虐めがひどく、上り坂がぶら下がるし、下り坂になると蹴られるんだそうです。勢いに負けて転倒しようものなら、ハイさようなら。
大八車なんか見たくも無いという人たちがいました。

> 味噌は、子供の頃には、ウチでも作りました。
> チョット、ショッパカッタけれども美味かったですよ。
> 今は作る人はいなくなっちゃいました。

定年になったら、味噌とソーセージとビールとを手作りしたいと考えていました。ソーセージは実習してシビアなのでギブアップ、ビールはフォアグラの私には飲みきれなくて断念、残るは味噌なんですが、死ぬ程納豆が好きなもので、今のところ手が出せないでいます。

2014/06/24 (Tue) 20:50

AzTak  

Re: こんにちは

モカさん、こんばんは。

> 部屋の呼び名、実家で小さい頃に読んでいたのと同じでなんだか懐かしい感じがしました。
> 今はダイニングとかリビングとか言いますからね。
> 帰省するといつもナカノマで寝ていますw

ふふふ、この家は、割と普通の呼び方なんですね。これから先、語源は土器にあるんだろうという呼び方が出てきます。びっくりしないでくださいね。土座とか竹簀子床とか、あっと驚くようなものが出てきます。

2014/06/24 (Tue) 20:54

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちわ(’-’*)♪

keikoさん、こんばんは。

> お風呂場は、水が抜けるようになっているのですかね?木だから、たいへんですね。

勿論そうなっているはずです。それに客など滅多に来ないことでしょうから、板が腐ることもなかったのでは。

> 馬屋は、今の駐車場ですね。屋根付きでちゃんとしてて贅沢だな~と思いました。

馬さんは生き物ですし、寒い寒い土地ですからね。屋内でないと大事な馬さんが死んでしまうかもしれません。
大変なのは、むしろ人間様の方だったのでは。ウマヤをきれいにしておかないと臭くなって堪らなかったと思います。

2014/06/24 (Tue) 21:55

AzTak  

Re: タイトルなし

> AzTakさま こんばんは

花さか爺サン様、こんばんは。

> 名主様の住宅はさすがに大きく立派な物だと思いました。
> カヤブキ屋根で一部中2階にし、採光を取り入れるためにカブト造りの構造とし寺小屋として使ったいたのですね。
> 味噌部屋、馬屋も取り入れた立派な造りでさすがです。
> 味噌部屋、大八車、機織り機など懐かしいものばかりですね。
> 我が家にもこうした物がありましたが、邪魔になり管理にも困りますので、撤去いたしましたが、今となればもったいないことをしたと思っております。

そうですねえ。でも仕方が無いんですよね。

> 風呂場や便所などもちゃんと設えられて、当時としては最高の佇まいだつたのでしょうね。

田舎の我が家よりももっと田舎の親戚の家に泊まりに行くと、外に五右衛門風呂があり、同じく便所もありました。寒いし、怖いし、…。でも安心しました。多分客用以外は外だったのかと。特別、私の親戚だけが遅れた生活をしていたのではなさそうで。
それにしても沐浴とは優雅なものですねえ。

> それにしても、出入り口枠にある男性用小便所は当時としては当たり前のことだったのでしょうね。

そうなんですかねえ。丸見えなんですけど。

> これだけの住宅を保存していくのは大変なことだと思いますが、是非末永く保存してほしいものです。

そうですよねえ。頑張れ川崎市です。フロンターレはどうでもいいけど。

2014/06/24 (Tue) 22:04

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