三渓園の財団設立60周年記念重要文化財建造物10棟一挙公開(10) - 三渓園財団設立60周年記念重要文化財建造物10棟一挙公開_2013_June
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三渓園の財団設立60周年記念重要文化財建造物10棟一挙公開(10)

旧矢箆原家住宅

ここだけは常時開放している建築物なので、特段目新しいものはない。とは言うものの、地方出身者の私には、本当に落ち着ける場所だ。
此処の食器や調理器具を見た限りでは、質素な食事が日常食で、蕎麦や豆腐がごちそうだったのかもしれない。手のこんだ料理は専ら客用のものだったのだろう。こんな調理器具を使った手間のかかる暮らしは、現代人にはとても耐えられそうになさそうだ。
この建物の特徴は、合掌造りの二大機能である「住居」と「仕事場」のほか「宿泊施設」機能が付加されている点だそうだ。そのため、式台玄関が設けられ、当時の民家にしては類を見ないほど畳の部屋が多く、建物自体が大きくなっている。1階の玄関から左半分が、家人が通常使用しない部分だったそうだ。
もったいない話だが、客人をもてなすことは土地の有力者としての大切な役目だったのだろう。そこまでして地区の為を考えたのは、『塩硝』と呼ばれる火薬の原料を密かに作っていたことに関連するのだろうか。

旧矢箆原家住宅_1
旧矢箆原家住宅_2
旧矢箆原家住宅_3
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もてなし用の部屋で家人が使用したわけでは無さそうだ。
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式台玄関が設けられている
旧矢箆原家住宅_式台玄関
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「ネソ」と呼ばれるマンサクの若木の結束材も効果的に使われている。
旧矢箆原家住宅_16
この階段の上に中2階の部屋があり、そこが息子夫婦の寝室だったそうだ。
旧矢箆原家住宅_17

『財団設立60周年記念重要文化財建造物10棟一挙公開』に当たっての案内記事へjump
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2013年07月03日
最終更新 -0001年11月30日

10 Comments

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makira  

こんばんは!

AzTakさん、こんばんは!
あれっ!?
ここはあの囲炉裏のあった建物ですか?
食器や調理器具等の展示があったとは!
完全に見逃しています 汗)
客人をもてなすことは分限者として
当然のことだったのでしょうが、
専用スペースがあったとは大したものですね!
煙硝ですか?人糞、鶏糞、豚糞などを床下に積んで
発酵、熟成させ、ここから硝石を抽出したようですが
最大の秘密だったのでしょうね!

2013/07/03 (Wed) 02:31

AzTak  

Re: こんばんは!

> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、おはようございます。

> あれっ!?
> ここはあの囲炉裏のあった建物ですか?
> 食器や調理器具等の展示があったとは!
> 完全に見逃しています 汗)

あれま、残念なことでしたね。

> 客人をもてなすことは分限者として
> 当然のことだったのでしょうが、
> 専用スペースがあったとは大したものですね!
> 煙硝ですか?人糞、鶏糞、豚糞などを床下に積んで
> 発酵、熟成させ、ここから硝石を抽出したようですが
> 最大の秘密だったのでしょうね!

普通、そこまでもてなしの設備を揃えるようなことはしないでしょう。
土地の有力者として接待を一手に引き受け、ごく限られた人しか知らない物騒な特産品を、他の人達には知られないように、知っている人達には機嫌を損じないように、最大限の配慮をしていたのかもしれませんね。
私の勝手な想像です。

http://www1.odn.ne.jp/~vivace/Gifu/gassyodukuri.html

2013/07/03 (Wed) 07:25

dさん  

こんにちは

お客様をもてなすために、多くの部屋を空けておくなんて
私など狭い家で生活する者には、想像もできませんが
これも、有力者の財力のなせる技なんでしょうね

ところで、途中の写真で細長い人間が寝て入れるような
ものは風呂なんでしょうか、もしそうなら
この時代にすでに西洋式文化をとりいれてあるように、感じられて、興味深く拝見しました。

2013/07/03 (Wed) 08:28

keico  

こんにちは。
凄いキッチンですね。ご飯の仕度は大仕事だったんですね。コンビニもある今では考えられないです。
火が貴重な時代みたいなので、火をおこすのも大変だったんですかね。女性がやっていたとは、思えませんが。

貴重なお写真、見せていただいて、ありがとうございました。

2013/07/03 (Wed) 09:56

jsk  

こんにちは

旧矢箆原家住宅、実生活の様子がよくわかります。厨房エリアはあまり表には出てこないかと思います。
使い込んだ炊事道具がよく保存されているのには驚きます。囲炉裏のある部屋もいいですね。
各部屋の欄間が趣向に富んでいて素晴らしいです。

2013/07/03 (Wed) 13:24

AzTak  

Re: こんにちは

dさん様、こんにちは。

> お客様をもてなすために、多くの部屋を空けておくなんて
> 私など狭い家で生活する者には、想像もできませんが
> これも、有力者の財力のなせる技なんでしょうね

そこがよくわからない所で、それだけの理由では饗しをこれほど積極的に行ったりしないと思います。
理由が何だったのか気になって仕方がありません。

> ところで、途中の写真で細長い人間が寝て入れるような
> ものは風呂なんでしょうか、もしそうなら
> この時代にすでに西洋式文化をとりいれてあるように、感じられて、興味深く拝見しました。

私も一瞬バスタブみたいなものに見えました。でも、お勝手にそんなものは置かないでしょう。たいてい、外に囲った五右衛門風呂に入ったように思います。
野菜を洗ったりするシンクのように思ったのですが、違ったでしょうか。

2013/07/03 (Wed) 16:50

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは。

keicoさん、こんにちは。

> 凄いキッチンですね。ご飯の仕度は大仕事だったんですね。コンビニもある今では考えられないです。

もてなし分がなければ、質素なもので済ませることも出来たんでしょうが、食器などを見ると、相当のものがありますから、かなりのごちそうもつくられたんでしょうね。土地の食材でのやりくりは大変だっただろうと思います。

> 火が貴重な時代みたいなので、火をおこすのも大変だったんですかね。女性がやっていたとは、思えませんが。

囲炉裏の火を絶やさないでおけば、十能で熾き火を運んでかまどに火を入れるのはそんなに難しくなかったかもしれません。子供の頃のかまどを使った飯炊きは私の仕事でした。今でも、楽勝でできると思います。

> 貴重なお写真、見せていただいて、ありがとうございました。

2013/07/03 (Wed) 17:00

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは

jskさん、こんにちは。

> 旧矢箆原家住宅、実生活の様子がよくわかります。厨房エリアはあまり表には出てこないかと思います。
> 使い込んだ炊事道具がよく保存されているのには驚きます。囲炉裏のある部屋もいいですね。

仏像と違いますから、こういうものは何とか譲っていただけたんでしょうね。でも、木製品は保存するだけではダメなんですよね。実際に使うことにより、木地に水分を染みこませなくては。閉園後にこうした食器を使って、関係者で夕食会でも行なっているんでしょうかね。

> 各部屋の欄間が趣向に富んでいて素晴らしいです。

あれは、本当に凄いですね。臨春閣もびっくりの出来です。飛騨の匠の腕は相当なものですね。

2013/07/03 (Wed) 17:09

土佐けん  

こんばんは

古い食器や什器は当時の生活が偲ばれて
見ているだけで楽しいですね^^
朱塗・溜塗、石臼に自在鍵、歴史を感じますね~~

2013/07/03 (Wed) 21:30

AzTak  

Re: こんばんは

土佐けんさん、こんばんは。

> 古い食器や什器は当時の生活が偲ばれて
> 見ているだけで楽しいですね^^
> 朱塗・溜塗、石臼に自在鍵、歴史を感じますね~~

昔は、長男だけが跡継ぎで、次男坊以下は味噌っかすだったんですねえ。それでも、どっかに行って勝手に暮らせではなく、一緒に暮らせだったんですね。それをするだけの何らかの収入があったのでしょう。
上級武士階級には程遠い身分だったのに、凄い食器を取り揃えて、そこに何があったのかミステリアスですねえ。

2013/07/03 (Wed) 21:58

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