川越(10) - 川越_2013_May
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川越(10)

成田山川越別院
喜多院の手前にあるので、こちらも回ってみた。
成田山川越別院本行院は、埼玉県川越市にある真言宗智山派の寺院。成田山新勝寺(千葉県成田市)の別院で、通称は川越不動。毎月28日には蚤の市(骨董市)で、11月には火渡り祭(柴灯護摩)で賑わう。
成田山川越別院本行院_1
成田山川越別院本行院_2

喜多院(1)
慶長4年(1599年)、徳川家の尊崇が厚かった天海僧正が第27世住職として入寺し、寺号を喜多院と改めた。川越藩主となった老中酒井忠利は喜多院の再興に当たった。慶長18年(1613年)には徳川秀忠の関東天台法度により関東天台総本山と定められ、500石の寺領を賜った。寛永15年(1638年)、川越大火で山門と経蔵以外の伽藍を焼失するが、翌年、徳川家光の命で、江戸城紅葉山御殿の一部を移築した。これが今に残る客殿、書院、庫裏であり、これらを運ぶために新河岸川の舟運が開かれた。川越藩主を経て幕閣で老中にあった堀田正盛は喜多院や仙波東照宮再建の奉行を命ぜられ、天海を助けた。4代将軍・徳川家綱は200石を加増し750石・寺域48,000坪の大寺となり、徳川家に厚く保護され隆盛した。
境内や周辺には五百羅漢をはじめ、多くの史跡などが有ります。江戸城から移築された、家光誕生の間や春日局間も残っています。


国指定の重要文化財
建物内部は撮影禁止。どういう考えに基づいてこのような扱いにしているのかはわからないが、商売上手だという印象しか湧いてこない。
客殿(附:渡廊)
寛永15年(1638年)建立。「徳川家光誕生の間」がある。
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喜多院_客殿(附:渡廊)
書院
寛永16年(1639年)建立。「春日局化粧の間」がある。
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喜多院_書院
庫裏(附:玄関・玄関広間・渡廊及び接続室〔合1棟〕)
寛永15年(1638年)建立
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喜多院_庫裏(附:玄関・玄関広間・渡廊及び接続室〔合1棟〕)_1
喜多院_庫裏(附:玄関・玄関広間・渡廊及び接続室〔合1棟〕)_2
喜多院_庫裏(附:玄関・玄関広間・渡廊及び接続室〔合1棟〕)_3
慈眼堂(附:厨子)
下記の通り、小高い丘の上にある。この丘は7世紀初頭の古墳だそうだ。現在ならば、文化財の上に建物を建てるなど到底許されることではなかろうが、江戸の頃の話だ。それこそお上の強い意向が働いたのだろう。
慈眼堂は、慈眼大師天海をまつる御堂です。
天海僧正は、寛永20年(1643)10月2日寛永寺において入寂されました。
正保2年(1645)に徳川家光公の命によりこの御堂が建てられ、厨子に入った天海僧正の木像が安置されました。建物は、裄行3間、梁間3間の比較的小さな御堂で、屋根は中央から四方の隅へ流れる宝行造り、本瓦葺。
小高い丘の上にあり、この丘は7世紀初頭の古墳を利用しています。

慈眼堂(附:厨子)_1
慈眼堂(附:厨子)_2

山門(附:棟札)
またもや見落とした
山門は四脚門、切妻造で本瓦葺もとは後奈良天皇の「星野山」の刺額が掲げられていた。
冠木の上の斗供に表には竜と虎、裏に唐獅子の彫りものがあるほか装飾らしい装飾もないが、全体の手法が手堅い重厚さをもっている。棟札も残っており、天界僧正が寛永九年(1632)に建立したもので同十五年の大火を免がれた喜多院では最古の建造物である。山門の右側に接続して建っているのが番所で間口十尺(3.03m)、奥行二間半(4.55m)、起屋根、瓦葺の小建築で徳川中期以降の手法によるもので、県内に残るただ一棟の遺構である。

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喜多院_山門

鐘楼門(附:銅鐘)
2階建ての階上に梵鐘を吊るすこの鐘楼門は、裄行3間、梁間2間、入母屋造りで本瓦葺。
1階には袴腰と呼ばれる囲いが付き、2階の前面には竜、背面には鷹の彫刻があります。
建立年代ははっきりとしていませんが、寛永10年(1633)に東照宮の門として鐘楼門が建立されたことが「星野山御建立記」の記録にみえます。その頃、東照宮は今の慈眼堂の場所にあり、鐘楼門再建の記録もないことから寛永15年(1638)の川越大火で焼失を免れた可能性もあるといわれています。
なお、階上の銅鐘は元禄15年(1702)の銘があります。

如何にも残念な感じの佇まいだが、こちら側が一応は前面だ。龍が彫られている。
喜多院_鐘楼門(附:銅鐘)_3
こちらが背面。鳥の彫刻は鷹だそうだ。
喜多院_鐘楼門(附:銅鐘)_1
喜多院_鐘楼門(附:銅鐘)_2
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2013年06月14日
最終更新 -0001年11月30日

6 Comments

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nanaga2  

おはようございます。僕は喜多院の客殿建物内部には入りませんでしたが、撮影禁止だったとは!家光誕生は川越でしたか?まだまだ知らない事が多いです(笑)客殿の渡り廊下は、何であんな形状(アーチ型)をしているのか、不思議ですよね。奥の庭を眺める為なのか・・・慈眼堂は丘の下からのショットしか抑えていないので、間近で観ることができました。ありがとうございます。

2013/06/14 (Fri) 05:39

AzTak  

Re: タイトルなし

> おはようございます。僕は喜多院の客殿建物内部には入りませんでしたが、撮影禁止だったとは!家光誕生は川越でしたか?まだまだ知らない事が多いです(笑)客殿の渡り廊下は、何であんな形状(アーチ型)をしているのか、不思議ですよね。奥の庭を眺める為なのか・・・慈眼堂は丘の下からのショットしか抑えていないので、間近で観ることができました。ありがとうございます。

nanaga2さん、おはようございます。
撮影禁止でがっちり拝観料400円をとるんです。覚えきれない分は、絵葉書を買えという算段です。
家光はどこで生まれたのか知りません。多分、江戸城の大奥だと思います。その誕生の間を天海僧正の縁で、喜多院に持ってきたのです。そんなものばかりなので、喜多院が居丈高な感じになるのはわからないでもないんですが、…。
正直なところ、誰がどこで生まれたってあまり関係なないんじゃないかと思いました。また。春日局がどんな化粧をしていたか知りませんが、そんな部屋を見た所で、有難くも何ともない感じでした。パスして正解だったかもしれません。

2013/06/14 (Fri) 07:04

のんびり熊  

こんばんは
川越にはいろいろ有るんですね~
勿体をつけては浄財(??)を頂く・・・
今も昔も世俗に負けず(?)上手ですね。
アチコチと行った気分になり,嬉しいです。

2013/06/14 (Fri) 20:27

土佐けん  

こんばんは

神社仏閣では撮影禁止の場が増えてきましたね~
京都では特に最近それを強く感じます。
とは言え、京都には行きたいんですよね^^
川越も風情があるので、助手が行きたそうです!

2013/06/14 (Fri) 21:37

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 川越にはいろいろ有るんですね~
> 勿体をつけては浄財(??)を頂く・・・
> 今も昔も世俗に負けず(?)上手ですね。

うふふ、あれには驚きました。昔だって、何がなんだかよくわからないけど、とにかくお参りしておかないと、…みたいなところはあったのかもしれません。

> アチコチと行った気分になり,嬉しいです。

そう言っていただけると、嬉しいです。
でも、そろそろ足腰が疲れておしまいに近くなりました。
一人で行くと、話し相手もいないので、何も食わず、飲まず、休まずみたいなことをして、いつも最後にギブアップって感じになってしまいます。さして体力もないのに損な性格だと思います。(^_^;)

2013/06/14 (Fri) 22:17

AzTak  

Re: こんばんは

土佐けんさん、こんばんは。

> 神社仏閣では撮影禁止の場が増えてきましたね~
> 京都では特に最近それを強く感じます。

そんな感じですね。絵心があれば、それでもへこたれないんでしょうが、私はからっきしなんで…

> とは言え、京都には行きたいんですよね^^

私も実はそうなんです。夏の暑い盛りに1泊で行く予定があります。へばらないように欲張らずにいこうかと思っています。

> 川越も風情があるので、助手が行きたそうです!

そうですか。実現すれば、ちょっとした遠征になりますね。男一人だとなかなか気恥ずかしくていけない菓子屋横丁も、お勧めかもしれません。関西の上品なものとはまた違い、直球勝負みたいかもしれません。

2013/06/14 (Fri) 22:34

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