日光へ行った(2) - 日光へ行った_2013_February
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日光へ行った(2)

輪王寺から東照宮へ向かう

東照宮(1)
今回取り上げるゾーンは、東照宮にあっては地味な感じのするものばかり。華があるのは次回以降に取り上げるものになる。
表参道
すごく広々として気持ちのよい空間だ
表参道_1
アイスバーンになっていて非常に歩きにくい
表参道_2

石鳥居…重要文化財
鎮座の翌年の元和4(1618)年、九州筑前(福岡県)藩主黒田長政公によって奉納された。石材は、まず九州から船で小山まで運ばれ、その後の陸路は人力でこの日光まで運ばれた。
上手く将軍家とも関係を保った黒田長政公らしく、逸早く目立つことをしたようだ。

石鳥居_1
石鳥居_2
黒田藩52万石の藩主、黒田筑前守-ちくぜんのかみ-長政が元和-げんな-4(1618)年に奉納した石造りの鳥居で、高さ9メートル、柱の太さ3.6メートル、柱の中心の間隔が6.8メートル。京都八坂神社、鎌倉八幡宮のものと合わせて日本三大石鳥居と呼ばれるが、江戸時代に建てられた石造りの鳥居としては日本最大。後水尾-ごみずのお-天皇が書いた「東照大権現」の額だけでも畳1枚分の大きさがある。使われている石は筑前(福岡県)産の花崗岩-かこうがん-で、エジプトのピラミッドなどと同じ、土嚢-どのう-を積む方法で引き上げた15個の石材で組み立ててある。石材を心棒で継ぎ、柱の上に渡した笠木-かさぎ-・島木-しまぎ-は軽量化のため空洞がある。こうした耐震設計の働きで、昭和24(1949)年に日光を襲った地震のときは、最初の強い揺れでかなりずれた継ぎ目が、余震で元の位置に戻ったという。

五重塔…重要文化財
初層には方位を示す十二支の彫刻があり、正面(東)の彫刻は、徳川三代の干支。寅は家康、卯は秀忠、辰は家光だそうだ。ちょうどうまい具合に並んだものだ。見逃してしまって残念。
五重塔_1
五重塔_2
五重塔_3
若狭-わかさ-(福井県)の小浜-おばま-藩主、酒井忠勝の寄進で慶安-けいあん-3(1650)年に建立されたが、文化-ぶんか-12(1815)年に焼失し、3年後の文政-ぶんせい-元(1818)年に忠勝の子孫、忠進によって再建された。
高さは約36メートル。内部は吹き抜けになっていて、中心を貫く直径60センチの心柱-しんばしら-が4層(4階)から鎖でつり下げられ、その最下部は礎石の穴の中で10センチほど浮いている。建物が揺れても重心は常に中心にあって倒壊を防ぐ耐震・耐風対策といわれる。また、年を重ねると木材が縮んだり、建物自体の重みで屋根が沈み、建物に隙間-すきま-が生じる。そこで心柱を浮かせれば、屋根の下降とともに心柱も下がり、隙間が生じないというわけだ。
初層から4層までは屋根の垂木-たるき-がまっすぐ平行の和様、5層は垂木が扇の骨のように放射状で曲線の唐様-からよう-になっている。初層を飾る動物彫刻は子-ね-(ネズミ=北)、卯-う-(ウサギ=東)など十二支で方角を表している。


御仮殿…重要文化財
本社を修理する際にご祭神(東照宮の場合は徳川家康公)をお移ししてお祀りする御殿で、現在の社殿は寛永16(1639)年の建立とのことだ。御仮殿が常設されているのはここだけだそうだ。
仮殿_1
仮殿_2
仮殿_3
仮殿_4
仮殿_5
御仮殿は、本社を修理する際、神霊-しんれい-を一時的に移しておく建物。寛永-かんえい-16(1639)年の建立とされる。本殿の建て替えや修理にあたっては仮設の社殿を建て、新しい本殿が完成したらそれを取り壊すのが一般的だが、日光東照宮では本社の修理が頻繁だったため、御仮殿は常設の建物になっている。御仮殿といっても本社と同じく拝殿・相の間・本殿からなる権現造り-ごんげんづくり-。神霊が御仮殿に移っているときは、すべての神事が御仮殿の境内でおこなわれ、神事に必要な神楽殿-かぐらでん-・護摩堂-ごまどう-・神輿舎-しんよしゃ-・雪隠-せっちん-などが仮設される。神霊を御仮殿に移すことを外遷宮-げせんぐう-といい、これまで19回おこなわれた。文久-ぶんきゅう-3(1863)年以降は一度もない。

表門…重要文化財
東照宮最初の門で、左右に仁王像が安置されているところから仁王門とも呼ばれているそうだ。これから続く絢爛豪華な世界に誘う門としてはかなり地味な感じだ。
表門_1
表門_2
表門_3
表門_4
表門_5
表門_6
此処から先はめくるめくような絢爛豪華な世界が
表門から内部は別世界
表門は正面左右に「阿吽-あうん-」の仁王像(身長4メートル)を安置しているので、昔は仁王門と呼ばれていた。仁王は仏教の守り神。明治4(1871)年実施の神仏分離で、この仁王像は大猷院-たいゆういん-の仁王門に移された。それ以来、門の名称も表門と呼ばれるようになった。仁王像が戻ってきたのは明治30(1897)年。
門の側面にいる唐獅子-からじし-や獏-ばく-、通路に面した麒麟-きりん-や虎-とら-など82の彫刻が施されている。裏面の虎のうち右から2頭目の体の模様が違う。縞-しま-ではなく丸、つまりヒョウであるが、江戸時代、ヒョウは虎の雌-めす-と思われていた。
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2013年02月22日
最終更新 -0001年11月30日

13 Comments

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はせがわ  

おはようございます。

平日だとこうも違うかと思うほど静かですね。
寒かったせいもあるのでしょうがやはり日光は平日に行くべきでAzTakさん正解でしたね。
私は撮影分の10分の1くらいしかアップして無いのでかなり省略してありますが日光を知りたい方はAzTakさんのブログで堪能出来そうです。

2013/02/22 (Fri) 08:20

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

2013/02/22 (Fri) 08:41

AzTak  

Re: おはようございます。

はせがわさん、こんにちは。

> 平日だとこうも違うかと思うほど静かですね。
> 寒かったせいもあるのでしょうがやはり日光は平日に行くべきでAzTakさん正解でしたね。

前日が雪だったようで、それがアイスバーン状態になっていて、往生しました。まさか、世界的な大観光地で転けそうになるとは思いませんでした。トレッキングシューズを着用すべきでした。
そういう事はありましたが、何でだか空いていましたね。ゆっくり写真を撮れて、ゆっくり見学できて、良かったなと思いました。

> 私は撮影分の10分の1くらいしかアップして無いのでかなり省略してありますが日光を知りたい方はAzTakさんのブログで堪能出来そうです。

それは無理です。日光の色鮮やかさが全く再現されていません。自分の目で見て感動しれまくった極彩色が、どうしてこんなにまで色がくすんでしまうのか、ショックでなりません。雪の白さに負けたとか、理由は幾つもあるんでしょうが、またしてもRAWにし忘れ、どうしようもありません。
悔しさを忘れない内に、再度行く機会を作って、何とかもう少しマシな写真にしたいと思います。

2013/02/22 (Fri) 13:04

makira  

こんにちは!

AzTakさん、こんにちは!
五重塔の芯柱の構造には頭が下がる思いですね!
耐震性ばかりでなく、日本の気候風土に即した造りには
素晴らしい先人の知恵が伺えます。

久しく行ってませんが、暖かくなったら
行きたくなりましたよ。

2013/02/22 (Fri) 13:58

AzTak  

Re: こんにちは!

> AzTakさん、こんにちは!

makiraさん、お早うございます。

> 五重塔の芯柱の構造には頭が下がる思いですね!
> 耐震性ばかりでなく、日本の気候風土に即した造りには
> 素晴らしい先人の知恵が伺えます。

たしか、スカイツリーがこの構造を取り入れているんではなかったかと思います。尤も、スカイツリーは興福寺のそれを取り入れたと言っていたと記憶していますが、同じことでしょう。

> 久しく行ってませんが、暖かくなったら
> 行きたくなりましたよ。

是非是非行ってきてください。
次回分から極彩色で勝負しなけれないけないゾーンに入るんですが、あまりにも酷い発色になっていて、愕然としています。カメラやレンズの所為ではなく、偏に私の腕の無さが原因です。それがために、悪いものを見せてしまう結果になりました。
makiraさんに、東照宮はこんなに綺麗なのだと宣伝して貰えれば、有り難い限りです。

2013/02/22 (Fri) 14:31

梅サクラ  

こんにちは!

東照宮に行かれたのですか?フットワークがいいですね!!
雪の東照宮、風情がありますね・・・。
五重の塔はさすが目を惹きます。
表門華やかさはこれから先の豪華絢爛の前触れですね。

久しく行っていないけど、機会をみて、行ってみたくなりました。

2013/02/22 (Fri) 14:37

AzTak  

Re: こんにちは!

梅サクラさん、こんにちは。

> 東照宮に行かれたのですか?フットワークがいいですね!!

はせがわさんのブログに日光の写真が難解下シリーズで取り上げられていたんです。ついその気になって。
でも、帰ってからPCに取り込んでみて愕然。はせがわさん並とはいかずともと思っていたのですが、まったくダメでした。このままでは出すものがなくなってしまうので、酷い出来であることを承知で取り上げました。

> 雪の東照宮、風情がありますね・・・。
> 五重の塔はさすが目を惹きます。
> 表門華やかさはこれから先の豪華絢爛の前触れですね。

写真は大した出来になっていませんが、次回からの景色は別格でした。極彩色の世界です。実際にお出かけになると納得していただけると思います。

> 久しく行っていないけど、機会をみて、行ってみたくなりました。

そうですね。工事が全て終わるまで待っている内に私はお迎えが来てしまうかもしれませんので、思い切って出かけてみました。暖かい時期にお出かけならどんな靴でもOKでしょうが、近いうちならば、すべらない靴を履いていったほうが良さそうです。

2013/02/22 (Fri) 15:18

いどきち  

こんばんは

私も雪の残る去年の3月に日光に行きました。
その光景が、記憶がよみがえりました。
東照宮は見どころがたくさんあり、面白いですね。

2013/02/22 (Fri) 20:09

花咲かじいさん  

当地に関係あり

黒田長政は中津の大名 親の官兵衛は中津城主
その長政が日光の石鳥居を奉納したとは知りませんでした。
また一つ勉強になりました。
ありがとう御座いました

2013/02/22 (Fri) 20:23

AzTak  

Re: こんばんは

いどきちさん、こんばんは。

> 私も雪の残る去年の3月に日光に行きました。
> その光景が、記憶がよみがえりました。

私は記憶が霞むほど昔に行ったきりでした。当時の仲間3人と行ったのですが、3人とも、昔はあの極彩色はもっとくすんだものだったように記憶していました。本当はどうだったかなあ、と首を捻っているところです。

> 東照宮は見どころがたくさんあり、面白いですね。

そうですね。今更ながらにそう思いました。東照宮は、本来は広大な敷地のはずなんでしょうが、いろいろ超豪華な建築物が目白押しで、広大な敷地に感じなくなってしまいました。実に不思議な感覚です。

せめて1か月後に行くべきでした。寒くて震え上がってしまいました。でも、晴れているのに風花が舞う光景は素晴らしいものでした。

2013/02/22 (Fri) 21:02

AzTak  

Re: 当地に関係あり

花咲かじいさん様、こんばんは。

> 黒田長政は中津の大名 親の官兵衛は中津城主
> その長政が日光の石鳥居を奉納したとは知りませんでした。

黒田長政は、大名としてのスタートが中津でしたね。あれを九州から栃木の小山まで運び、そこからは人力で運んで、組み立てたようですね。大変なことだったでしょうね。

> また一つ勉強になりました。
> ありがとう御座いました。

私もついでに勉強しているんですよ。(^_^;)

2013/02/22 (Fri) 21:08

SONOMI  

雪の日光東照宮 よいですね
雪があるけど 日差しがちゃんとあって
カメラ日和でしたね

2013/02/22 (Fri) 21:25

AzTak  

Re: タイトルなし

SONOMIさん、こんばんは。

> 雪の日光東照宮 よいですね
> 雪があるけど 日差しがちゃんとあって
> カメラ日和でしたね

まあそうなんですが、降ったばかりの雪がかなり残っていたようで、反射光が想像以上に強かったんです。それがために次回以降取り上げる予定の極彩色のはずの建物が色飛びばかりで、…(泣)
こういう状況では、写真の腕前がかなり問われますね。当然、箸にも棒にもかからないほうなので、…
でも雨や雪が降らなくてよかったです。

2013/02/22 (Fri) 21:57

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