上野界隈散歩(4) 2013.02.18 07:54追記 - 上野界隈散歩_2013_February
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上野界隈散歩(4) 2013.02.18 07:54追記

旧東京音楽学校奏楽堂
明治23年に創建された日本最古の木造の洋式音楽ホール。東京芸術大学から台東区に移管され、昭和62年に台東区の手で現在地に移築保存され、一般に公開されるようになった。移築後、昭和63年1月に国の重要文化財に指定された。
移築後25年を経過し、設備等に老朽化がみられるようになったことから、平成24年度に老朽度・耐震強度等の調査を実施した。その結果を踏まえ、平成25年4月から建物保全のため、しばらくの間、休館する予定とのことだ。
前述したとおり、木造の洋式音楽ホールだ。今の木造建築であれば、壁の内側にロックウールを詰めたり、ウレタンフォームを注入したりするところだが、何とその部分に藁を詰めて音楽ホールの響きを調節していたようだ。小規模だが、演奏しやすそうなホールだと思った。

旧東京音楽学校奏楽堂_1
旧東京音楽学校奏楽堂_2
奏楽堂ホール_1
奏楽堂ホール_2
奏楽堂ホール_3
奏楽堂ホール_4
滝廉太郎は別格の扱いのようだ
滝廉太郎の像
旧東京音楽学校奏楽堂_3

ついでに、向かいも門が開いていたのでパチリ。

旧因州池田屋敷表門(黒門)
東京国立博物館の一隅にあり、普段は門が閉じられている。休日だったので開けられたようだ。時間がなかったので、柵外からパチリ。
旧因州池田屋敷表門(黒門)_1
旧因州池田屋敷表門(黒門)_2
旧因州池田屋敷表門(黒門)_3
旧因州池田屋敷表門(黒門)_4

この門は、もと因州(現在の鳥取県の一部)池田家江戸屋敷の表門で丸の内大名小路(現在の丸の内3丁目)に建てられていたが、明治25年、芝高輪台町の常宮御殿の表門として移建された。のちに東宮御所として使用され、さらに高松宮家に引き継がれる。表門は昭和29年3月、さらにここに移建して修理を加えたものである。創建年代は明らかではないが、形式と手法からみて、江戸時代末期のものである。屋根は入母屋造、門の左右に向唐破風造の番所を備えており、大名屋敷表門として最も格式が高い。
国立博物館正門の西にあって道路に面して建ち、国の重要文化財に指定されている。東京大学にある赤門に対してこちらは黒門とも呼ばれる。東京国立博物館の屋外展示のひとつとなっており、土・日・祝日に開門される。
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2013年02月18日
最終更新 -0001年11月30日

7 Comments

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makira  

こんばんは

AzTakさん こんばんは
上野東照宮の冬牡丹は相当お気に入りでしょうか?
2回もアップされて・・・
赤花満作まったく気づきませんでした 汗)
三椏は覚えていますよ!
上野界隈にはいろんな歴史的建物が多く
一度は訪れたいと思いつつ、何年も経ってしまいました 汗)

2013/02/18 (Mon) 00:35

AzTak  

Re: こんばんは

> AzTakさん こんばんは

makiraさん、お早うございます。

> 上野東照宮の冬牡丹は相当お気に入りでしょうか?
> 2回もアップされて・・・

あっとうされてしまい、ついつい2度もUPしてしまいました。(^_^;)

> 赤花満作まったく気づきませんでした 汗)
> 三椏は覚えていますよ!

三椏は咲き始めだったようで、何故こんなのをUPするんだという感じがするかもしれませんが、満開の頃は綺麗なんですよねえ。
福寿草もあったんですが、makiraさんの記述通りに撮影が難しく、見事に撮影は失敗しました。

> 上野界隈にはいろんな歴史的建物が多く
> 一度は訪れたいと思いつつ、何年も経ってしまいました 汗)

そうですね、私は寛永寺に行ってみたいと思います。
ついでですが、上野の東照宮が工事中なので、本家本元の日光に水曜日に見に行くつもりです。

旧因州池田屋敷表門(黒門)の写真もあったので、追記しました。

2013/02/18 (Mon) 08:07

SONOMI  

おはようございます
伝統的な音楽堂 ここはやはり特別なホールですね
格式が高いというか・・一度だけ聞きに行ったことがありますが
身の引き締まる想いが湧き上がってきたのを覚えています
お写真ありがとうございました

2013/02/18 (Mon) 08:28

AzTak  

Re: タイトルなし

> おはようございます

SONOMIさん、お早うございます。

> 伝統的な音楽堂 ここはやはり特別なホールですね
> 格式が高いというか・・一度だけ聞きに行ったことがありますが
> 身の引き締まる想いが湧き上がってきたのを覚えています

プロの方の感想なんでしょうね。あの大きさだと隅から隅まで観客の顔が見えちゃって、却ってアガってしまうかななんて、馬鹿なことを考えていました。拡声装置を使わずとも肉声が響き渡る程度の大きさ。何と贅沢なことでしょう。

> お写真ありがとうございました

写真撮影が禁止という立て札があった部屋もありましたが、このホールにはなく、フラッシュを使用しなければOKだろうと考えたのですが、果たしてそうだったんでしょうか。出来る限り記録に残しておきたい方なので、思い切って撮ってしまいました。(^_^;)

2013/02/18 (Mon) 11:07

-  

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2013/02/18 (Mon) 11:54

花咲かじいさん  

感激です

奏楽堂内部がジックリ見れて感激です。
クラシック好きにとって聖地?に値しますね。
ここから日本のクラシックが広まったんだと思います。
パイプオルガンがあるんですね。
きっと荘厳な響きでしょう。
ここで演奏を聴くと特別な感慨が湧くでしょう。
UPして頂きありがとう御座いました。

2013/02/18 (Mon) 20:43

AzTak  

Re: 感激です

花咲かじいさん様、こんばんは。

> 奏楽堂内部がジックリ見れて感激です。
> クラシック好きにとって聖地?に値しますね。
> ここから日本のクラシックが広まったんだと思います。
> パイプオルガンがあるんですね。

二階にある音楽ホールは、かつて滝廉太郎がピアノを弾き、山田耕筰が歌曲を歌い、三浦環が日本人による初のオペラ公演でデビューを飾った由緒ある舞台です。正面のパイプオルガンは、大正9年に徳川頼貞侯がイギリスから購入し、昭和3年に東京音楽学校に寄贈したものです。アボット・スミス社製でパイプ総数1,379本。いまでは世界でも珍しい空気式アクション機構の、わが国最古の貴重なコンサート用オルガンでやわらかな音色が魅力です。

奏楽堂の華は華麗なるパイプオルガンです。徳川頼貞侯爵が創建した南葵楽堂のために、大正3年(1914)に英国アボット・スミス社に発注されましたが、第一次世界大戦のため完成は大幅に遅れました。大正9年(1920)11月に披露演奏会が開催され、わが国初のコンサート用オルガンとして注目されましたが、その後の大正12年(1923)の関東大震災で南葵楽堂が破損し使用不能となったため、昭和3年(1928)に頼貞氏より東京音楽学校に寄贈され、同奏楽堂に移設されました。

> きっと荘厳な響きでしょう。
> ここで演奏を聴くと特別な感慨が湧くでしょう。
> UPして頂きありがとう御座いました。

ときどき開催していたようですが、近々、大幅な修理の手が入る予定で、しばらく休館になるようです。

2013/02/18 (Mon) 21:52

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