東京駅ビルを見に行く(6) - 東京駅ビルを見に行く_2013_January
FC2ブログ

東京駅ビルを見に行く(6)

今回の東京駅見学+αの最後に、皇居東御苑に行ってみた。以前に気になったところのおさらいをしてみる。

皇居正門石橋旧飾電燈
これだけ、江戸城ゆかりのものではないのに展示してあった。何故、この場所にあるのだろうか?
皇居正門石橋旧飾電燈

百人番所
任務についていた4組の内、伊賀組、甲賀組、根来組の3組は名称通り忍者集団であることは明白だが、『二十五騎組』という組がどうしてもわからなかった。あちこち調べてやっと分かった。黒田二十五騎組で、「酒は飲め飲め、飲むならば、日の本一のこの槍を、飲み取るほどに飲むならば、これぞまことの黒田武士」に出てくる母里太兵衛友信も当初のメンバーの一人だったようだ
百人番所
江戸城の正門である大手門から本丸に入る最大の検問所が、百人番所です。ここには、伊賀組、甲賀組、根来(ねごろ)組、二十五騎組の4組がそれぞれ同心百人ずつを配して鉄砲隊を組織し、江戸城の護りを固めていたので、百人番所と呼ばれています。
なお、当初は下記のような本来の伊賀、甲賀、根来等の忍者、あるいは黒田二十五騎のような剛の者の集まりであったが、それが組の名前として存続していったと思われます。

伊賀組:伊賀上野(三重県上野市)の服部氏が率いる伊賀武士の集団で、家康により召抱えられ、徳川幕府のために諸大名の内情を探ったり、江戸城下の治安を警護したりした。伊賀組同心を支配していたのが、服部半蔵であり、江戸城の半蔵門は、伊賀者が警護しており、服部半蔵の名に因んでその名が付けられた。なお、松尾芭蕉も伊賀上野の出身であり、隠密であったという説もある。定かではないが、「奥の細道」も密偵の旅であったかもしれない。
甲賀組:滋賀県の南東部(滋賀県甲賀市)の甲賀武士の集団で、伊賀組同様、家康に召抱えられ、江戸城の警護に当たっていた。地理的に伊賀上野と隣り合っており、当時は甲賀流、伊賀流という忍術の2大流派を形成していた。
根来衆:紀州根来(和歌山県那賀郡)の根来寺の僧兵を中心とした紀州の鉄炮軍団。信長の時代から活躍していたが、秀吉の根来攻めにより敗北した。しかし、その後徳川幕府の下で警護の任にあたったようである。8代将軍吉宗は、紀州から連れて来た者を「お庭番」として活用したが、これは伊賀や甲賀の忍者とは別といわれている。もしかすると根来衆かもしれない。

黒田二十五騎組:秀吉の命によって九州を平定した黒田如水(官兵衛)は、その後徳川家康に仕えたが、如水の下には、黒田長政以下二十五騎の強兵がいた。これが「黒田二十五騎」である。有名な後藤又兵衛や母里太兵衛(黒田節で有名)もその内の1人である。

富士見櫓
前回納得のいく写真が撮れなかったので、リベンジしたがかわりばえがしないかな。
昔は富士山や海の眺望を楽しんだそうだが、今だったら一段低いところにある当時の西の丸、今の皇居がよく見えるはず。当然のことだろうが、なかに入ることを許すわけはなかろう。ということで目隠しの役を果たしている。

当初、太田道潅が「精勝軒」と呼ばれた櫓を作り、富士山や海の眺望を楽しんだといわれていますが、富士見櫓は、その跡地に作られました。富士見櫓は、高さ15.5mほどの三重の櫓で、万治2年(1659年)に再建されたものが今に残っています。江戸城の建物の中では、現存する貴重な建物です。また、富士見櫓を支える石垣は、自然石をそのまま積み上げた堅牢な「野づら積み」だそうです。
富士見櫓

二の丸庭園
菖蒲田
今の時期は菖蒲田の水が抜かれている。ある時期になると水が張られ、やがて開花を迎える。花が旬の時期は相当に混雑することだろう。
菖蒲田_1
菖蒲田_2
菖蒲田_3
菖蒲田_4
シモバシラ
ここにも植えられていた。だが、残念なことに霜柱は融けてしまっていた
シモバシラ_1
シモバシラ_2
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2013年02月02日
最終更新 -0001年11月30日

8 Comments

There are no comments yet.

Mika  

百人番所の説明書き興味深く拝見しました。
伊賀、甲賀で池波正太郎さんの小説が頭に浮かびました(笑)
根来衆:根来寺の僧兵を中心とした紀州の鉄炮軍団にはびっくりです。
お寺の僧が鉄砲を抱えて戦っていたんですか!?

富士見櫓で富士山や海を眺めていたなんて趣がありますね。
今となっては、その時に見えた景色を想像するのは難しいですね(^^;

昨日のロウバイ、やさしい色でとても綺麗です♪

2013/02/02 (Sat) 02:29

makira  

こんばんは

AzTakさん こんばんは
やっぱり東御苑まで足を延ばしていますね!
AzTakさんも私に劣らず元気のようです 笑)
菖蒲田は大きくはありませんが、こじんまりとまとまった
花菖蒲が見られ、仰るとおり混雑します!
シモバシラのこんな表示がありましたか?
冬に向って作ったのでしょうね!
秋にはなかった気がします 汗)


2013/02/02 (Sat) 03:38

AzTak  

Re: タイトルなし

> 百人番所の説明書き興味深く拝見しました。
> 伊賀、甲賀で池波正太郎さんの小説が頭に浮かびました(笑)
> 根来衆:根来寺の僧兵を中心とした紀州の鉄炮軍団にはびっくりです。
> お寺の僧が鉄砲を抱えて戦っていたんですか!?

そうみたいですね。本土へ鉄砲を持ち込んだ最初の事例だったような記述がありました。
私の認識では忍者なんですが、最初からの忍者ではなかったようですね。どちらかと言うと腕に覚えのあるものの集団で、傭兵のような存在だったようです。

> 富士見櫓で富士山や海を眺めていたなんて趣がありますね。
> 今となっては、その時に見えた景色を想像するのは難しいですね(^^;

太田道灌の時代は大いなる田舎だったでしょうから、海が見えた所で何も見るべきものなどなく、今の東京湾奥部と、角度を90度以上ずらすと富士山とが見えたに過ぎなかったんでしょうね。
やはり、絵ぢが日本の中心となり、富士見櫓が築かれてからの眺めの方が良かったことでしょう。
ちょっと前までは神楽坂芸者は船で行き来していたようです。昔は江戸の町も海が近かったはずです。もしかしたら紀伊国屋文左衛門の船などが見えたのでしょうか?

> 昨日のロウバイ、やさしい色でとても綺麗です♪

ありがとうございます。あの独特の見かけだけでなく、すごくいい匂いがしていました。

2013/02/02 (Sat) 13:54

AzTak  

Re: こんばんは

> AzTakさん こんばんは

makiraさん、こんにちは。

> やっぱり東御苑まで足を延ばしていますね!
> AzTakさんも私に劣らず元気のようです 笑)
> 菖蒲田は大きくはありませんが、こじんまりとまとまった
> 花菖蒲が見られ、仰るとおり混雑します!

そうですね。今年は何とか横須賀の広大な菖蒲田に行ってみようと思います。次に混雑を覚悟で東御苑も見てみますかね。

> シモバシラのこんな表示がありましたか?
> 冬に向って作ったのでしょうね!
> 秋にはなかった気がします 汗)

雑木林の一角にありました。8:30くらいまでが見頃ですって書いてあったようですが、ノコノコ着いた頃には消えてなくなっている感じかもしれませんね。

2013/02/02 (Sat) 14:02

kozoh55  

形は違うのかもしれませんが

二つの場所で、これとそっくりの外灯を見ました。
一つ目は、あの「江戸東京たてもの園」
高橋是清邸から商店街に向かうとき
途中で見かけた、交番とこんなような外灯。
そして、東京芸術大学のキャンパスの中で
見かけた外灯。
なんだか不思議です。
江戸城のいくつかの番所は、やはり往時を思い起こす
凄い建物ばかりですね。
富士見櫓などは、天守閣亡き後、
自分がそのかわりになるなんて、思ってもいないんでしょうね。
それにしても、綺麗な写真ばかりです。
また叔父邪魔します。

2013/02/03 (Sun) 00:10

AzTak  

Re: 形は違うのかもしれませんが

kozoh55さん、お早うございます。

> 二つの場所で、これとそっくりの外灯を見ました。
> 一つ目は、あの「江戸東京たてもの園」
> 高橋是清邸から商店街に向かうとき
> 途中で見かけた、交番とこんなような外灯。
> そして、東京芸術大学のキャンパスの中で
> 見かけた外灯。
> なんだか不思議です。

そうですか。「江戸東京たてもの園」のものは見落としてしまったようです。芸大には足を踏み入れたことがなく、…。十分時間を確保してじっくり回ってみたいところですね。
わたしは、横浜の『山手資料館』という小さな洋館の前にはに古の共同水栓があるんですが、その水の吐出口が獅子になっているんです。すごく似た感じだなあと思って印象に残っています。

> 江戸城のいくつかの番所は、やはり往時を思い起こす
> 凄い建物ばかりですね。
> 富士見櫓などは、天守閣亡き後、
> 自分がそのかわりになるなんて、思ってもいないんでしょうね。

そうですよね。たった50年しか天守閣が存在しなかったとは、徳川も内情は相当に苦しかったのですね。

> それにしても、綺麗な写真ばかりです。
> またお邪魔します。

ありがとうございます。また、来てくださいね。

2013/02/03 (Sun) 08:44

aaconee  

こんにちは~
星薬科大学は私の同級生が行った学校です。
由緒t正しい感じの建物なんですね。
こんな機会でもなければ拝見できなかったので嬉しいです。

シモバシラなんていう植物があるんですね。
知りませんでした。

2013/02/03 (Sun) 14:38

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは~

aaconeeさん、こんにちは。お勉強ご苦労さまでした。

> 星薬科大学は私の同級生が行った学校です。
> 由緒正しい感じの建物なんですね。
> こんな機会でもなければ拝見できなかったので嬉しいです。

エリスマン邸などを設計した一流の設計家アントニン・レイモンドが、星一先生とサシで勝負して、お互いに、『彼に頼んでみようじゃないか』『星の依頼を受けてやろうじゃないか』と決めて、実現した設計のようです。
星一にすれば、若き日に留学したコロンビア大学のローホールに似せてつくらせたかった。それだけが条件だったようです。
簡単な条件ほど難しい条件だったのでしょう。でもアントニン・レイモンドは立派にやり遂げたんですね。私の母親の誕生よりも古い建物です。関東大震災にもびくともしなかったというがっちり作った建物だったようです。一見の価値ありかもしれません。

> シモバシラなんていう植物があるんですね。
> 知りませんでした。

最初に江戸東京たてもの園の天明家の裏庭でシモバシラにできた霜柱を見たときは本当に驚きました。
『シモバシラがいい具合にできているから見て行きなさい』と声を掛けられたんですが、霜柱くらいどこだってあるじゃないかと思ったんです。でもせっかく声をかけていただいたので、見てみました。本当にびっくりでした。『何だこりゃ』って、感じでした。

2013/02/03 (Sun) 16:05

Leave a reply