江戸東京たてもの園(10) - 江戸東京たてもの園_2012_December
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江戸東京たてもの園(10)

E12川野商店(和傘問屋)
傘づくりが盛んであった江戸川区小岩に建てられた和傘問屋の建物です。内部は1930年(昭和5)ころの和傘問屋の店先の様子を再現しています。
[江戸川区南小岩八丁目/1926年(大正15)]

貧乏な武士は傘張りの内職をしていたなどと時代劇では描かれているが、本当にそうだったのかなとずっと考えていた。江戸詰めの武士以外には、運搬コストなどを考えると、そんな内職の口は無かったように思う。
工程が説明されていたが、相当に熟練の業が必要なようで、江戸に住んでいるというくらいで、そう簡単にこの作業をやるわけにはいかなかったのでは。…そんなことを考えながら見ていた。
明治になって、こうした問屋の中心地が青山から小岩に移ったのは、一部で内職を請け負っていた武士階級がいなくなり、自分たちで作業するようになった関係からだろうか。

川野商店(和傘問屋)_0
川野商店(和傘問屋)_1
川野商店(和傘問屋)_2
川野商店(和傘問屋)_3
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川野商店(和傘問屋)_5
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川野商店(和傘問屋)_9
花市生花店、武居三省堂の斜め向かいに、落ち着いた和風建築の「川野商店」がある。大正15年(1920)江戸川区南小岩八丁目に建てられた木造二階建ての建物である。切妻造り桟瓦葺、出桁造りで、重厚な屋根の造りや、江戸以来の町家の正統的特質を継承する格子戸などの造作が特徴である。2階は、両側面の庇と組高欄が視覚的に強い印象を与える。1階の庇を出桁造りとせず通常のおさまりにする一方で、背面を出桁としている。
「川野商店」は、和傘問屋を営んでいた。東京での和傘の製造は、江戸時代には青山あたりが中心であったが、明治中頃から小岩に移ったといわれる。竹材が豊富であったことと、傘を天日干しするために広い土地が必要とされたためである。

AzTak
Posted by AzTak
投稿 2013年01月17日
最終更新 -0001年11月30日

10 Comments

There are no comments yet.

makira  

おはようございます

一瞬、小岩の方まで撮影で出向かれたのかと
思ってしまいました 笑)
貧乏武士の傘張り内職はよくTVなどで見ますが
熟練技が必要ですか?
傘張り内職はマユツバでしょうか?
簡単なようですが、道具もたくさんあって
簡単には出来ないようですね!

2013/01/17 (Thu) 06:12

ぽん太  

なんとも味のある佇まいですね
荷車と連結した自転車も面白いですね
撮ってみたいです。

2013/01/17 (Thu) 08:48

AzTak  

Re: おはようございます

makiraさん、お早うございます。

> 一瞬、小岩の方まで撮影で出向かれたのかと
> 思ってしまいました 笑)

看板建築から一転して、オーソドックスな昔風の建物ですね。

> 貧乏武士の傘張り内職はよくTVなどで見ますが
> 熟練技が必要ですか?
> 傘張り内職はマユツバでしょうか?

眉唾ではないと思いますが、そんなに内職の口があったものどうか、疑問に思っています。
少なくても東北地方などでそんなことをしても、江戸までどうやって運ぶみたいな問題があります。お米以外の藩外への搬出は相当に難しかったのではと思います。
江戸では結構やっていたのかもしれませんが、それなりに注文を切られないように工夫し熟練度を上げていったんだと思っています。

昔、『計量経済学』の授業で、『君たちは江戸時代は町民は一日二食と習っただろうが、そんなの嘘だよ。米の流通量や当時の人口を勘案すれば、すくなくとも江戸中期以降は一日三食…』、なんてやっていたことを思い出しました。
大学生の卒論のテーマくらいにはなりそうですね。

> 簡単なようですが、道具もたくさんあって
> 簡単には出来ないようですね!

番傘程度ならいざしらず、高級感漂う和傘は相当に難しそうです。私などはいくら手ほどきを受けてもできるものでは無さそうに見えました。

2013/01/17 (Thu) 09:22

AzTak  

Re: タイトルなし

ぽん太さん、お早うございます。

> なんとも味のある佇まいですね
> 荷車と連結した自転車も面白いですね
> 撮ってみたいです。

世代の違いなんでしょうね。私などは、懐かしくて仕方がない存在です。リヤカーと繋いいだのは傘を運ぶためでしょうね。
あの荷物用の自転車に荷物を満載して走っていたおっさんが多かったんですよ。自転車自体が耐荷重を考えてがっちり作ってあったので重く、さらに、荷物が重く、軽かったのは食糧事情が悪くてろくな物を食べていなかったおっさんたちの体重くらいだったのでは。
今のポタリングで、『この自転車は重い…』なんていうと、当時のおっさんたちに叱られるかもしれません。

そういうものが、過去のものになったんですね。そんなに昔ではないんですが。

2013/01/17 (Thu) 09:34

dさん  

こんにちは

いい建物残ってますねえ

確かに、傘貼りだって相当な技術がいりますから
武士にやれたかどうか疑問ですね
一部手先の器用な武士がやったかも・・

昔の人は、こんな道具で素晴らしい工芸品を残したのですね。

2013/01/17 (Thu) 15:24

花咲かじいさん  

なんとも懐かしいリヤカー
以前こちらの田舎では普通に見られました
農家にはかならずありましたね
子供同士でリヤカーに乗って良く遊びました
東京に住んでいた学生時代まだ運転免許を持っていず
引越しの時リヤカーで荷物を運んだものです
当時でも東京にリヤカーがあるのは珍しかった
大家さんがたまたま所有していました
今の若い方は知らないだろうな

2013/01/17 (Thu) 19:26

maverick07  

これぞ日本の風上ですね♪
この凛とした佇まいは本当に素敵です(*゚▽゚*)
自転車もいい味がありますね~! いいものを見せて頂きました(*゚▽゚*)

2013/01/17 (Thu) 21:09

AzTak  

Re: こんにちは

dさん様、こんばんは。

> いい建物残ってますねえ

そちらにはかないませんが、なかなか洒落た建物が残っていますよね。移築する際に補強工事をしていますから、経年劣化で危険に晒されるということは無さそうです。敷地がいっぱいいっぱいなので、もう増設の余地が殆ど無いようなのが残念なところですが。都内には残しておきたい建物がいっぱいあると思うんです。

> 確かに、傘貼りだって相当な技術がいりますから
> 武士にやれたかどうか疑問ですね
> 一部手先の器用な武士がやったかも・・
>
> 昔の人は、こんな道具で素晴らしい工芸品を残したのですね。

タイムマシンで作業現場を覗いてみたいものです。高級な和傘になると、使うのがもったいないほどですよね。

2013/01/17 (Thu) 21:11

AzTak  

Re: タイトルなし

花咲かじいさんさま、こんばんは。

> なんとも懐かしいリヤカー
> 以前こちらの田舎では普通に見られました
> 農家にはかならずありましたね

そうですね。実は、こちらの教会でもイベントのたびに資材の運搬が大変だから、リヤカーを買ったんです。
届いたのを見てびっくり。なんとフレームだけなんですね。床板や腰板は自分たちで装着するものだということを知りました。どこの家にもあったので、新しいものを買ったところに行き合わせなかったんでしょうね。

> 子供同士でリヤカーに乗って良く遊びました
> 東京に住んでいた学生時代まだ運転免許を持っていず
> 引越しの時リヤカーで荷物を運んだものです
> 当時でも東京にリヤカーがあるのは珍しかった
> 大家さんがたまたま所有していました
> 今の若い方は知らないだろうな

私の勤め先では、一回り年上の現場の人達は、大八車に必要な機材を積んで東京の街をほっつき歩いていたようです。いまは、大八車はおろか、リヤカーも危なくて、通りで使うのは危険かもしれません。

2013/01/17 (Thu) 21:20

AzTak  

Re: タイトルなし

maverick07さん、こんばんは。

> これぞ日本の風上ですね♪
> この凛とした佇まいは本当に素敵です(*゚▽゚*)
> 自転車もいい味がありますね~! いいものを見せて頂きました(*゚▽゚*)

東京はまだまだ使える建物でも、どんどん取り壊すのが日常茶飯事です。でも、壊すのがもったいない建物がいくらでもあります。そういう内から条件のあったものを引き取って、移築しているようです。その際に、基礎などをしっかりやり直して、ガタのきた板などは張り替えたりしたでしょうから、見違えるほど立派になって、長もちする家屋に変身しているんでしょうね。

2013/01/17 (Thu) 21:27

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