江戸東京たてもの園(6) - 江戸東京たてもの園_2012_December
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江戸東京たてもの園(6)

鍵屋(居酒屋)[旧武蔵野郷土館収集](E3)
今でも鍵屋という居酒屋さんは鶯谷にあり、相当な繁盛店だそうだ。元々の建物を江戸東京たてもの園の前身の武蔵野郷土館に寄贈していただいたようだ。そのような気風の良さが今でも繁盛しているモトなのかもしれない。
現在の店舗の方にも行ってみたくなった。

居酒屋『鍵屋』外観
居酒屋『鍵屋』店内_1
樽の椅子なんて粋じゃないか
居酒屋『鍵屋』店内_2
居酒屋『鍵屋』店内_3
ずっと気づかずにいたが、カブトビールのPR額があった。明治31年に「カブトビール」の醸造工場として建造されたのが、半田赤レンガ建物だったと聞いたばかりなのに。
居酒屋『鍵屋』店内_4
居酒屋『鍵屋』店内_5
『仏国機那葡萄酒』『機那鉄葡萄酒』とあるが、どんなワインなのだろうか?
居酒屋『鍵屋』店内_6
居酒屋『鍵屋』店内_7
台東区下谷の言問通りにあった居酒屋です。
震災・戦災をまぬがれた鍵屋は、1856年(安政3)に建てられたと伝えられています。
建物と店内は1970年(昭和45)頃の姿に復元しています。
[台東区下谷二丁目/1856年(安政3)]


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AzTak
Posted by AzTak
投稿 2013年01月03日
最終更新 -0001年11月30日

6 Comments

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jsk  

こんにちは
居酒屋「鍵屋」、レトロな雰囲気がいいですね。
格子の引き戸が効いてますね。
当時の銘柄も相当たくさんあったんですね、一升瓶が多いです。
丸っこい小さな冷蔵庫、お燗用の銅蓋もとても雰囲気があります。

2013/01/03 (Thu) 13:28

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは

jskさん、こんにちは。

> 居酒屋「鍵屋」、レトロな雰囲気がいいですね。
> 格子の引き戸が効いてますね。

夏などは雨が降らないかぎり開け放してあったんでしょうね。
私が大学生の頃はまだ、この建物が現役だったようで、知っていれば、…
でも、その頃はオジサン連中と飲むなんてあまり考えられなかったから、知っていても入らずじまいだったかも。今だったら、入り浸りになりそうな雰囲気です。なんて言ったって、江戸時代の建物ですからね。

> 当時の銘柄も相当たくさんあったんですね、一升瓶が多いです。
> 丸っこい小さな冷蔵庫、お燗用の銅蓋もとても雰囲気があります。

昔の居酒屋さんのスタイルだったんでしょうね。私には、一番立ち去りがたい場所でした。

2013/01/03 (Thu) 14:21

梅サクラ  

いい雰囲気ですね!!

時代劇に出てきそうですね。
今にも、番頭さんが出てきそうです。
江戸時代の建物なのですか?
懐かしい感じがしますね。と言っても、私は江戸時代に生きていた訳では
ないですが。爆
でも、良く保存されていると感心します。

2013/01/03 (Thu) 23:13

AzTak  

Re: いい雰囲気ですね!!

梅サクラさん、こんばんは。

> 時代劇に出てきそうですね。
> 今にも、番頭さんが出てきそうです。
> 江戸時代の建物なのですか?

安政3年と書かれていましたから幕末の1856年に建てられたようですね。ちなみに明治元年は、1868年です。

> 懐かしい感じがしますね。と言っても、私は江戸時代に生きていた訳では
> ないですが。爆

少し人生経験を積んできた世代の人には、何か落ち着くような感じがするように思います。彼ら(私も入ります)の若い頃は、まだ古い建物があちこちに残っていた時代でしたから。

> でも、良く保存されていると感心します。

解体して移築再建するにあたり、傷んでいた部分は修理したり補強したりしているはずです。だからなんでしょうね。加えて、これから出てくる農家の建物は、年中、囲炉裏に火をくべて、燻しています。また、茅葺屋根も定期的に葺き替えているようです。バックは東京都ですから、手を抜かずに結構良い仕事をしているようです。

2013/01/03 (Thu) 23:31

ijin  

見憶えあり・・この建物

遅れ馳せながら「新年おめでとうございます。今年も宜しくお願致します。」

東京江戸建物園には2度?行ったことがありますが、梅の花と建物の組み合わせが、目的で、
建物については多くを覚えません。

上の写真は。。。この雰囲気は見憶えがあります。
何処で観たかは定かでありませんが。。
読み下れば、「建物と店内は1970年(昭和45)頃の姿に復元しています。」
昭和45年頃なら記憶はかなり鮮明です。
店内もこんな風の造作の店を思い出します。
その頃なら、私も1パイ遣れる小遣いはありました。

残念ながら「カブトビール」は知りません。

鶯谷のお店も拝見しました。
忘れて居た「煮こごり」「味噌で田楽」。
郷愁を覚えました。

忙しげな世の中が好いのではない。
多少の不効率があってもいいのでは。。
仕事に夢中になれた、あの頃も、貧乏世代から抜け出した歓びがありましたが・・。

有難うございました。

2013/01/04 (Fri) 15:38

AzTak  

Re: 見憶えあり・・この建物

> 遅れ馳せながら「新年おめでとうございます。今年も宜しくお願致します。」

ijinさん、こんにちは。そして新年あけましておめでとうございます。

> 東京江戸建物園には2度?行ったことがありますが、梅の花と建物の組み合わせが、目的で、
> 建物については多くを覚えません。

2度もお出ましになられましたか。まめですねえ。

> 上の写真は。。。この雰囲気は見憶えがあります。
> 何処で観たかは定かでありませんが。。
> 読み下れば、「建物と店内は1970年(昭和45)頃の姿に復元しています。」
> 昭和45年頃なら記憶はかなり鮮明です。
> 店内もこんな風の造作の店を思い出します。
> その頃なら、私も1パイ遣れる小遣いはありました。

もしかしたら、ここにお出ましになったのかも知れませんね。だとすると、江戸時代の末の建物だったわけです。
昭和45年は私にとって想い出深い年で、20歳の誕生日を迎える夏に、親に大変な無理を言って旅費を工面してもらい、ヨーロッパを36日間かけて周りました。1ドル360円の時代です。帰ってきたら、小さな大投手田村君を擁した郷里の磐城高校が甲子園で準優勝し、名前を聞いたこともなかった南沙織と小柳ルミ子とが一躍脚光を浴び、おまけに、祖母がガンで入院していました。予想外のびっくりすることばかり。浦島太郎はこんな気分だったのかと思ったものでした。

> 残念ながら「カブトビール」は知りません。

カブトビールは、かつて丸三麦酒によって半田赤レンガ建物(旧カブトビール工場)で1898年(明治31年)から1943年(昭和18年)まで製造されていたビールだそうです。戦争終結前に企業整備令の適用で姿を消したとのことです。ijinさんさんよりお年を召された方で中部地方にいらっしゃった方なら、あるいはご存知かもしれませんね。

> 鶯谷のお店も拝見しました。
> 忘れて居た「煮こごり」「味噌で田楽」。
> 郷愁を覚えました。

昔はそういうものが酒の肴でしたね。

> 忙しげな世の中が好いのではない。
> 多少の不効率があってもいいのでは。。
> 仕事に夢中になれた、あの頃も、貧乏世代から抜け出した歓びがありましたが・・。

そうなんでしょうね。親の世代が頑張った時期です。感謝してもしきれるものではありません。国力が充実していく過程は本当に気分が乗っていたんだと思います。

> 有難うございました。

今年もよろしくお願い致します。

2013/01/04 (Fri) 16:55

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