会津観光と相馬野馬追見物の旅(3) - 会津観光と相馬野馬追見物の旅_2019_Jul
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会津観光と相馬野馬追見物の旅(3)

鶴ヶ城
このシリーズの冒頭でもちょっと触れたが、故郷の中学卒業後、港北区日吉のとある高校に進学した。その時点では、まだ、天守閣の復元工事が完了していなかった。修学旅行でも当然行かなかった。恥ずかしながら、数年前に初めて鶴ヶ城に行き、天守閣内部を見た。
残念ながら、鉄筋コンクリート造により外観復興再建されたもので、内部は「若松城天守閣郷土博物館」として公開されている味も素っ気もないもの。一度見れば十分なのに二度も見たということで、今回は、天守閣には入らなかった。

天守閣外観
天守閣外観_1
正式な登城口は、この石段だが、脇に設けられた鉄製の階段を上って天守閣内部に進入する。なお、てっぺんに鯱があるが、もともとの鶴ヶ城にはなかったものだそうだ。この鯱は、復元工事を担当したハザマの当時の会長より寄贈されたものだそうだ。
天守閣外観_2
天守閣外観_3
天守閣外観_4
天守閣外観_5
いわゆる銀の鯱。全身の鱗は銀箔、牙は金製、瞳の中心に2カラットのダイヤモンドが埋め込まれているそうだ。昔と一番違うのは、避雷針がついていることかなあ。
天守閣外観_6
次はPDF画像を借用
鯱
茶室『麟閣』ほか
茶室麟閣には、三千家の家元による扁額が奉納されている。全国的に見ても三千家の家元の扁額がある茶室は大変珍しいといわれる。その経緯は、下記説明文にあるとおりだ。三千家の蒲生氏郷公に対する感謝の念は、計り知れないものがあるようだ。
表千家家元揮毫の扁額
麟閣東側:表千家14代家元而妙斎千宗左氏による扁額(平成2年)
『麟閣』と書かれているはずだからなんとか読むことができたが、そうでなければ、『閣』の字は私には読むことができないなあ。
表千家家元揮毫の扁額
裏千家家元揮毫の扁額
麟閣の正門上:裏千家15代家元・鵬雲斎 千宗室氏による扁額(平成7年)
裏千家家元揮毫の扁額
武者小路千家家元揮毫の扁額
脇門上:武者小路千家14代家元・不徹斎千宗守氏による扁額(平成16年)
武者小路千家家元揮毫の扁額
寄り付き
寄り付き_1
寄り付き_2
腰掛待合
腰掛待合
麟閣と蒲鶴亭
蒲鶴亭
麟閣とつながる形で建っている。無駄を省いた茶室麟閣とは異なり、装飾をすることが許されているそうだ。少庵が削ったという「赤松の床柱」も見ることができるとか。床の間の左側の柱が少庵が削ったという「赤松の床柱」かな?
蒲鶴亭_1
蒲鶴亭_2
蒲鶴亭_3
蒲鶴亭_4
麟閣
麟閣_1
麟閣_2
麟閣_3
麟閣_4
麟閣_5
麟閣_6
麟閣_7
茶花
萩、蓮華升麻などが植えられてあった。
茶花_1
茶花_2
由緒正しい牡丹の花。この看板に、三代忠郷公は跡継ぎをなすことができず、御家断絶となったとある。その正室は磐城平藩主の内藤家の姫。正室とその娘の墓は鎌倉扇が谷の薬王院にある。それがあって、内藤家の墓所は、鎌倉材木座の光明寺に移したのではないかと勝手に想像している。
茶花_3
茶花_4
抹茶とお菓子
抹茶とお菓子
野点傘
野点傘
その他
荒城の月碑
鶴ヶ城も『荒城の月』のモデルだったのか
荒城の月碑_1
荒城の月碑_2
この人にもモデルをお願いした
この人にもモデルをお願いした
ホテルでTVを見たら
NHKのニュースで相馬野馬追の初日の様子が報告されていた。頑張って撮らなくっちゃ。
ホテルでTVを見たら_1
ホテルでTVを見たら_2
ホテルでTVを見たら_3
ホテルでTVを見たら_4

豊臣秀吉の奥州仕置きによって天正18年(1590)蒲生氏郷が会津に入り(42万石のち92万石)、近世的支配を確立していきました。
氏郷は織田信長の娘婿であり、器がおおきく勇猛な武将であるうえ、この時代を代表する文化人で、特に茶道に親しみ、のち利休七哲の筆頭にあげられるほどでした。
天正19年(1591)2月28日、千利休が秀吉の怒りに触れて死を命じられ、千家が茶の湯の世界から追放された折り、氏郷は利休の茶道が途絶えるのを惜しんでその子、少庵を会津にかくまい、徳川家康とともに千家復興を秀吉に働きかけました。
その結果、文禄3年(1594)と推定される「少庵召出状」が出されたのです。
少庵は京都に帰って千家を再興し、千家茶道は一子、宗旦(そうたん)に引き継がれました。
そののち宗左、宗室、宗守の3人の孫によって表、裏、武者小路の3千家が興され、今日の茶道隆盛の基が築かれました。かくまわれている間、氏郷のために造ったと伝えられているのが「麟閣」であり、以来、鶴ヶ城(若松城)内で大切に使用されてきました。
しかし、戊辰戦争で会津藩が敗れ、明治初年、鶴ヶ城が取り壊される際、石州流会津怡渓派の森川善兵衛(指月庵宗久)は貴重な茶室の失われるのを惜しみ、明治5年(1872)5月、自宅へ移築し、以来百二十年にわたり、森川家はその保全に努めてこられました。
会津若松市では平成2年9月12日、市制90年を記念してこの氏郷少庵ゆかりの茶室を後世へ伝えるため、鶴ヶ城内の元の場所へ移築いたしました。

AzTak
Posted by AzTak
投稿 2019年08月11日
最終更新 2019年08月11日

20 Comments

There are no comments yet.

ヒデの気まぐれ撮影日記  

鶴ヶ城は裏磐梯の撮影帰りに駐車場まで立ち寄ったことが
あるだけで中に入ったことはないです。
鶴ヶ城が若松城だったとは初耳です(詳しく知らないですみません)
歴史に詳しいAztakさんの説明文を読んでいると勉強になります
保科正之が側室の子でなければ将軍になれたのではないかという
ことは何かの本で読んだことはあります。

「荒城の月」が鶴ヶ城をモデルにした歌だったことも
あらためて認識したところです。
あと相馬野馬追も行ってみたいです
(写友の一人に毎年出かけている人がいます)

2019/08/11 (Sun) 04:40

MT  

おはようございます

福島は浜通り、中通りと訪ねましたが、会津若松方面はまだなのです。一度行って見たいです。それにしても立派なお城でびっくりです。こちらの地方には興味津々です。

2019/08/11 (Sun) 05:52

りおん  

大きくて立派なお城ですね~@@
しかもしゃちほこがゴージャス!!
でも、屋根の上では2カラットのダイヤが
見えませんね~^^;

寄り付きの小さな小屋?は何に使うのだろう?
と思って調べてみたら、茶室に関係するものなのですね。
こういう小屋がお庭にあるといいなあ~^^

お侍さん、なかなかいい面構えの方ですね~^^

2019/08/11 (Sun) 09:49

つぅたろう  

相当昔にこの城だと思いますが行きました。会津若松城と言ってたと思います。
見た目に威風堂々とした城でした。天守閣からの眺めが良かったと記憶しています。

2019/08/11 (Sun) 10:30

のんびり熊  

こんにちは
お茶のことは説明されてもよく分かりません。
出されたお茶を黙って飲むだけです。
作法も分からない、ボクです。

2019/08/11 (Sun) 13:19

x都人x  

あの有名な鶴ヶ城ですか~

風格があって素晴らしいですね^^

2019/08/11 (Sun) 13:52

鏡花水月  

AzTak様、こんにちは!
お城のある風景がとてもステキですね。
小田原城も熱海城も、建物は鉄筋で中が博物館と俗物的な土産物店になっていて、和室の復元はされていませんでした。
せっかくなので、内部の復元も見たいですね。
激しく同意です!

茶室『麟閣』の外も中も黄色い壁が面白いですね。
おおよそ和の建築で黄色い外観はとっさに思い浮かびません。
斬新に見えます。

お菓子についているふたつの窪みが目に見えます。
地元のキャラクターでしょうか?

2019/08/11 (Sun) 15:50
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

ヒデの気まぐれ撮影日記さん、こんばんは。

> 鶴ヶ城は裏磐梯の撮影帰りに駐車場まで立ち寄ったことが
> あるだけで中に入ったことはないです。
> 鶴ヶ城が若松城だったとは初耳です(詳しく知らないですみません)
> 歴史に詳しいAztakさんの説明文を読んでいると勉強になります

私も歴史は詳しくありません。似たようなものか、もしかしたら、私のほうが劣るかもしれません。

> 保科正之が側室の子でなければ将軍になれたのではないかという
> ことは何かの本で読んだことはあります。

大変優秀な人物だったようですね。但し、側室の子ではありません。いわゆる秀忠がお手つきをしてはらませた子供です。いわゆる庶子ですね。家光が、目黒不動に行く途中、蛸薬師で休んでいたときに、知らざる弟がいたことを知ったようです。それも極めて優秀な。それから、家光の重用されたようです。

> 「荒城の月」が鶴ヶ城をモデルにした歌だったことも
> あらためて認識したところです。

実は前回にあそこに行ったときに私も初めて知りました。土井晩翠氏自身が認めていることなので、間違いがないことなのでしょう。

> あと相馬野馬追も行ってみたいです
> (写友の一人に毎年出かけている人がいます)

行くのであれば、ぜひ、あの囲いの中で撮影可能な特別券を入手したほうが良いと思います。すぐ立ち上がる馬鹿な爺さん婆さんにまったく邪魔されずに、迫力ある写真が撮れます。春先に募集すると思いました。どちらかというと短い焦点距離のレンズで撮る感じでしょうか。

2019/08/11 (Sun) 19:59
AzTak

AzTak  

Re: おはようございます

MTさん、こんばんは。

> 福島は浜通り、中通りと訪ねましたが、会津若松方面はまだなのです。一度行って見たいです。それにしても立派なお城でびっくりです。こちらの地方には興味津々です。

浜通り出身の私が言うのも何ですが、浜通り、中通りは省略しても、会津にはぜひとも足を運ぶべきです。
会津には会津若松市、喜多方市など有名な都市がありますが、ほかもなかなかなものだと思います。そして猪苗代湖、磐梯山、五色沼、秋元湖など、風光明媚なところが目白押しです。
会津は新政府になってからずっと冷や飯を食わされた感じでしたが、旧会津藩主・松平容保の六男で外交官の松平恆雄の長女松平節子さんが、秩父宮雍仁親王妃勢津子様となられて、漸く復権に向かったとか言われています。何も泣き言を言わず、ひたすら我慢。会津の人たちにはそういう気風があります。

2019/08/11 (Sun) 20:14
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

りおんさん、こんばんは。

> 大きくて立派なお城ですね~@@

在りし日の若松城(鶴ヶ城)も会津の人の自慢だったのでしょうね。江戸時代以降、天守閣が騒乱の舞台になったのはここだけ。白虎隊の少年たちも鶴ヶ城から煙が立ち上るのを見て、、お早これまでと覚悟を決めて自刃したのですね。

> しかもしゃちほこがゴージャス!!
> でも、屋根の上では2カラットのダイヤが
> 見えませんね~^^;

本来は、若松城(鶴ヶ城)にはなかったものだそうです。もしかしたら、野鳥撮影用に大砲だったら、くっきりはっきり見えるかもしれません。私のインチキレンズじゃだめかも知れませんね。

> 寄り付きの小さな小屋?は何に使うのだろう?
> と思って調べてみたら、茶室に関係するものなのですね。
> こういう小屋がお庭にあるといいなあ~^^

茶室のあるところでも寄り付きまであるのはどれくらいあるんでしょうね。我が家の茶室にはそんなものはありませんでした。

> お侍さん、なかなかいい面構えの方ですね~^^

(ΦωΦ)フフフ…、ハンサムは良いですねえ。私などはついぞ言われたことがありません。

2019/08/11 (Sun) 20:26

ichan  

こんばんは

鶴ヶ城は何度か行きましたが、中まで入ったのは
一度だけです。
あとは桜の見物とか・・・。

茶室のような歴史ある建物を城内に戻す取り組み、
称賛されるべきものですね。

2019/08/11 (Sun) 20:28
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

つぅたろうさん、こんばんは。

> 相当昔にこの城だと思いますが行きました。会津若松城と言ってたと思います。

そうですか。有難うございます。

> 見た目に威風堂々とした城でした。天守閣からの眺めが良かったと記憶しています。

そうですね。鶴ヶ城と言われるだけの見事な外観です。
私は高所恐怖症のくせに、天守閣があれば、必ず最上階まで上がります。それで足を震わせているのですから、滑稽な話です。
まあ、見通しが良くなければ天守閣の役目は果たせませんから、どこも眺望は良いものですね。

2019/08/11 (Sun) 20:32
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> お茶のことは説明されてもよく分かりません。
> 出されたお茶を黙って飲むだけです。
> 作法も分からない、ボクです。

それでも構わないのでは。私の場合、祖母が茶道を教えていましたから、一応真似事くらいはできます。だからって、どうということはありません。心得のない方が正客の立場になることは絶対にないでしょうから、前の方を真似してお点前をいただけばよいのです。

2019/08/11 (Sun) 20:38
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

x都人xさん、こんばんは。

> あの有名な鶴ヶ城ですか~
> 風格があって素晴らしいですね^^

再建は私が15歳のとき。上京してからです。それまで悔しいけれども放置されていたのです。飯盛山に居た白虎隊の少年剣士には、天守閣から煙が立ち上っているのを見たときの絶望感は如何許だったのでしょう。
安藤信正の平藩、松平定信の白河藩は、申し訳ない話ですが、最初から白旗を上げて戦いませんでした。会津には申し訳ないという強い負い目の気持ちがあるのではないでしょうか。

2019/08/11 (Sun) 20:47
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

> AzTak様、こんにちは!

鏡花水月さん、こんばんは。

> お城のある風景がとてもステキですね。
> 小田原城も熱海城も、建物は鉄筋で中が博物館と俗物的な土産物店になっていて、和室の復元はされていませんでした。
> せっかくなので、内部の復元も見たいですね。
> 激しく同意です!

どうせなら、昔のままに復元してほしいものです。が、今はバリアフリーが常識で、大阪でもそのことで安倍首相がやり込められたりしましたね。難しい時代になったものです。

> 茶室『麟閣』の外も中も黄色い壁が面白いですね。
> おおよそ和の建築で黄色い外観はとっさに思い浮かびません。
> 斬新に見えます。

利休の息子が考えた茶室でしょうから、凡人には考えつかない意匠だったのでしょうかね。

> お菓子についているふたつの窪みが目に見えます。
> 地元のキャラクターでしょうか?

薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)ですか。私は、会津の人間ではないので、恥ずかしながら知りません。m(_ _)m

茶室麟閣で茶席菓子として供されている薯蕷饅頭は、膨張剤や添加物など一切使用せず、たんねんに、すりおろした「つくねいも」と米粉の皮でつくられております。さらに、小豆の皮を取り除き炊きあげた皮むき餡を包んで仕上げております。

2019/08/11 (Sun) 21:09
AzTak

AzTak  

Re: こんばんは

ichanさん、こんばんは。

> 鶴ヶ城は何度か行きましたが、中まで入ったのは
> 一度だけです。
> あとは桜の見物とか・・・。

それで十分でしょう。何度も足を運んでいただいて恐縮です。

> 茶室のような歴史ある建物を城内に戻す取り組み、
> 称賛されるべきものですね。

明治の御代に、このままでは由緒ある茶室が取り壊されてしまうと、森川善兵衛がときの政府に願い出て自宅に引き取り、維持管理してきたんですね。それがあったので、平成2年に元の場所に復元できたそうです。ありがたい話です。

2019/08/11 (Sun) 21:16

makira  

こんばんは!

AzTakさん、こんばんは!
懐かしさいっぱいの会津です♪
鶴ヶ城は白壁が目に痛いほどキレイでした!
茶室麟閣等の見所がいっぱいでした♪

2019/08/12 (Mon) 00:11

nagomi(yosaku03)  

今日は!

会津鶴ヶ城は私も2回行きましたが、堂々たる風格で流石に立派なお城です。
1回目は会社の旅行で、2回目は兄夫婦と行きました。
兄夫婦と行ったときは紅葉の時期で良い時期に行ったと思います。
今は亡き兄との旅行は想い出に残っていて行って良かったと思いました。
矢張り鶴ヶ城は何回見ても良いですよね~~~

2019/08/12 (Mon) 16:58
AzTak

AzTak  

Re: こんばんは!

> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、こんばんは。

> 懐かしさいっぱいの会津です♪
> 鶴ヶ城は白壁が目に痛いほどキレイでした!
> 茶室麟閣等の見所がいっぱいでした♪

自分のことを褒められた以上に嬉しいことです。小沢一郎、山本太郎のように未だに福島に近づこうとしない政治屋もいます。
あのような政治屋ばかりでは福島県民はどうやって生きていけばいいのかと暗澹たる気持ちになります。

2019/08/12 (Mon) 21:52
AzTak

AzTak  

Re: 今日は!

nagomi(yosaku03)さん、こんばんは。

> 会津鶴ヶ城は私も2回行きましたが、堂々たる風格で流石に立派なお城です。
> 1回目は会社の旅行で、2回目は兄夫婦と行きました。
> 兄夫婦と行ったときは紅葉の時期で良い時期に行ったと思います。
> 今は亡き兄との旅行は想い出に残っていて行って良かったと思いました。
> 矢張り鶴ヶ城は何回見ても良いですよね~~~

桜の季節も格別だと聞きました。会津の強情っぱりの人たち。嫌いじゃないんです。私は軟弱者の極みですが、…。
会津に生まれたら、もう少しマシな人間になっていたかと、思う次第です。

2019/08/12 (Mon) 22:46

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