江戸東京たてもの園(3) - 江戸東京たてもの園_2012_December
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江戸東京たてもの園(3)

旧自証院霊屋(きゅうじしょういんおたまや)(C2)

私も鮮やかな彩色・彫刻に目を奪われた一人。なんて綺麗な霊屋なんだろうと思った。
自証院霊屋は、三代将軍徳川家光の側室であった「お振りの方(おふりのかた)」を祀った霊廟。江戸時代初期の慶安5年(1652)、新宿・市ヶ谷の円融寺自証院に建てられました。
東京都指定有形文化財(旧都重宝)の第1号に指定された建物で、現在は東京・小金井の江戸東京たてもの園に移築されています。
全体に日光東照宮などを髣髴とさせる鮮やかな彩色・彫刻が施されており目を奪われますが、建築的なプロポーションも端正で、その質は高く評価されています。
これを建てた工匠は、江戸幕府作事方大棟梁・甲良豊前守宗清であり、江戸幕府の正統な血筋を引く建物といってよいでしょう。


外観
外観_1
外観_2
外観_3

向拝、正面御扉、虹梁、蟇股
蟇股を最初、墓股だと誤認していた。どの部分かお分かりか。ど真ん中にあるのでお気づきかと思うが。
向拝、正面御扉、虹梁、蟇股_1
向拝、正面御扉、虹梁、蟇股_2


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AzTak
Posted by AzTak
投稿 2012年12月19日
最終更新 -0001年11月30日

14 Comments

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jsk  

旧自証院霊屋、こんなきれいな霊廟に祭ってもらえれば魂も落ち着くでしょう。
日光東照宮に雰囲気が似ていますね。
霊廟の形も端正で、黒がとても効いているような気がします。
素晴らしいですね。

2012/12/19 (Wed) 00:32

makira  

こんばんは!

AzTakさん、こんばんは!
江戸東京たてもの園は実にいろんな建物があるのですね!
時代とかジャンルに関係なく(江戸時代ではあるけれど)
展示(移転)されているんですね!
旧自証院霊屋はまさに日光東照宮の装飾に引けを取らないですね!
建物だけでなく、貴重な花の情報も頂きありがとうございます。
一度行ってみたいと思います♪

2012/12/19 (Wed) 04:32

solo  

AzTakさん
おはようございます。

>なんて綺麗な霊屋なんだろうと思った。
日本人の美への意識が集約されてますね。

江戸東京たてもの園としたところが好きです。
江戸が先につくこの粋さ・・
現代でも「粋」残っておりますね。

2012/12/19 (Wed) 07:13

AzTak  

Re: タイトルなし

jskさん、お早うございます。

> 旧自証院霊屋、こんなきれいな霊廟に祭ってもらえれば魂も落ち着くでしょう。
> 日光東照宮に雰囲気が似ていますね。
> 霊廟の形も端正で、黒がとても効いているような気がします。
> 素晴らしいですね。

ほんとうに綺麗だと思いました。そして手の入れ方が徹底しているのか、凛とした美しさが十分残っているように思いました。
日光の東照宮に似ているというご指摘ですが、中学校の修学旅行で行ったきりなので、殆ど覚えていなくて、似ているのやらいないやら私には皆目自信がありません。
東照宮建築にあたっては秩父神社のイメージを活かしたという話を聞いたとか、ある方のブログでこれでもかこれでもかと日光の写真をみせられたことなどがあり、これは近いうちに日光に行かなければと思うようになりました。

しかし、家内に重篤な病人がいるため、2泊以上の旅行はできない状況というか、すぐ戻ることになっても可能な行き先しか選択できません。時期を見て、日光には行くつもりでいます。

2012/12/19 (Wed) 08:43

AzTak  

Re: こんばんは!

> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、お早うございます。

> 江戸東京たてもの園は実にいろんな建物があるのですね!
> 時代とかジャンルに関係なく(江戸時代ではあるけれど)
> 展示(移転)されているんですね!

そうですね。事前情報はある程度仕入れていったんですが、予想以上に良く保存再現されていました。
もし、行くようなことがありましたら、半年ごとに発行している『江戸東京たてもの園だより』を置いてある分だけ入手して来られるといいと思います。
私は、『大和屋本店』の建物をどこかで見たような既視感があり、ずーっと引っかかっていました。それで帰り道38巻を開いていたら、移転前の建物の姿が紹介されていました。自然教育園からほんの少しだけ清正公方面にいったところにあったお店だったんです。バスで通るときに見ていたんですね。

> 旧自証院霊屋はまさに日光東照宮の装飾に引けを取らないですね!
> 建物だけでなく、貴重な花の情報も頂きありがとうございます。

その内、東照宮には行こうと思います。
花の情報はお役に立てたかどうか疑わしいですが、ないよりはマシ程度でお考えください。シモバシラに着くような形で成長する霜柱は、結構大きくなるようです。日があまり高くないうちに行くと、十分観察ができると思います。そうボランティアの人達が言っていました。
蓮華升麻は夏まで待ってください。これもボランティアの人が言っていました。私も見てみたいものです。

> 一度行ってみたいと思います♪

ぜひぜひ。

2012/12/19 (Wed) 09:00

AzTak  

Re: タイトルなし

> AzTakさん
> おはようございます。

soloさん、お早うございます。

> >なんて綺麗な霊屋なんだろうと思った。
> 日本人の美への意識が集約されてますね。

そういう感じですね。何と言っても、時代背景は徳川幕府が最盛期だった三代将軍徳川家光の頃。彼の側室だった「お振りの方」を祀った霊廟ですから、見事なものになるのは必然なんでしょう。

> 江戸東京たてもの園としたところが好きです。
> 江戸が先につくこの粋さ・・
> 現代でも「粋」残っておりますね。

粋というのは、何もないけど肩肘張って気張って生きていた江戸の人たちを形容するいなせな言葉のようですね。高橋是清ですら『不忘無』を座右銘にして、お金には不自由していなかっただろうに、質素な家に住んでいたりして。粋な生き方だったのかも知れませんね。
我々も『粋』の欠片でもいいから継承したいものですね。

2012/12/19 (Wed) 09:11

君平  

こんにちは。
もう、扉とその上の装飾が他のものとは違う
というオーラを出してる感じがしますよね。
黒に金という組合せって荘厳な印象を受けますが
これを見つけた人はすごいなあと思います。

2012/12/19 (Wed) 12:43

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは。

君平さん、こんばんは。

> もう、扉とその上の装飾が他のものとは違う
> というオーラを出してる感じがしますよね。

徳川幕府に勢いが最高潮の時の将軍の側室ですから、正室ではなくとも相応の処遇だったのでしょう。相当の寵愛を受けたものと思います。

> 黒に金という組合せって荘厳な印象を受けますが
> これを見つけた人はすごいなあと思います。

そうですね。ちょっと話がそれますが、最近オーケストラのフルートパートを見ていると、黒と金ばかりですね。

2012/12/19 (Wed) 18:10

梅サクラ  

こんばんは!

昨日は、我がブログにお越し下さり、有り難うございましました。
また、秩父祭の詳しい説明を有り難うございます。
来年行けたら、是非参考にさせて頂きますね。

で、東京の小金井に「江戸東京たてもの園」があるのですか?
↓の建物もそうでしょうか?
いつか是非行ってみたいものです。

おたまさんは、確か八百屋の娘というか商家の出身だったと思いますが、
こんな素晴らしい霊廟を建てて頂いたとは、
家光の寵愛が深かったのでしょうね!
黒と金。最高の色の色使いですね。

2012/12/19 (Wed) 21:13

AzTak  

Re: こんばんは!

> 昨日は、我がブログにお越し下さり、有り難うございましました。
> また、秩父祭の詳しい説明を有り難うございます。
> 来年行けたら、是非参考にさせて頂きますね。

梅サクラさん、こんばんは。
実はあの後、儀式が執り行われ、その後に帰るべきところに帰っていきます。見たわけではないのですが、その時の帰り道はどこなのか気になっています。あの団子坂を下るのならば相当な危険がつきまといます。どうしたものか、聞けばわかることなのでしょうが、今の私にはわかりません。

> で、東京の小金井に「江戸東京たてもの園」があるのですか?
> ↓の建物もそうでしょうか?
> いつか是非行ってみたいものです。

是非お出かけください。いろいろな家屋が移築・再建されていて、何時間かかかるかと思いますが、結構楽しいですよ。お勧めします。

> おたまさんは、確か八百屋の娘というか商家の出身だったと思いますが、
> こんな素晴らしい霊廟を建てて頂いたとは、
> 家光の寵愛が深かったのでしょうね!
> 黒と金。最高の色の色使いですね。

お玉はお万の方の推薦で側室になったようで、後の桂昌院で綱吉生母の方のようですね。お振の方は春日局の推薦で側室になった方で、後の自証院で千代姫生母の方です。男色にふけっていたとされる家光が跡継ぎをなさないと困るということで、大奥がつくられたようです。お玉の方とお振の方は強烈なライバル関係にあったようです。
後者のお振の方の霊廟のようです。石田三成の血を引くようで、そういう氏素性を知らないわけはなかったと思うのですが、男色の傾向が強かった家光もあてがわれたお振の方の素晴らしさに、強く惹かれたのかも知れません。
これ以上踏み込むと想像でしか無いので、…。
しかし素晴らしいものを建てたものですね。


2012/12/19 (Wed) 22:25

kozoh55  

美しいです

お晩です、AzTakさん。
いつもお世話になってます。
ここは、あの商店街に行く途中に
ちょっと見かけて、綺麗だなあと感じた建物です。
帰り際にはライトアップされていて、
ああいう黄金色は、さらにまぶしく映りましたね。
柱の上部の配色は、日光・綱吉墓所入り口と似ているなあと
感じつつ、当時の美しさを再現しているため
神々しい感じですね。
正室の鷹司孝子さんと随分扱いが違うものなのですね。

2012/12/23 (Sun) 23:10

AzTak  

Re: 美しいです

> お晩です、AzTakさん。

kozoh55さん、お晩です。

> いつもお世話になってます。
> ここは、あの商店街に行く途中に
> ちょっと見かけて、綺麗だなあと感じた建物です。
> 帰り際にはライトアップされていて、
> ああいう黄金色は、さらにまぶしく映りましたね。
> 柱の上部の配色は、日光・綱吉墓所入り口と似ているなあと
> 感じつつ、当時の美しさを再現しているため
> 神々しい感じですね。

ライトアップされるんですか?私は夕方には別の用事があったために昼下がりには帰ったので、ライトアップされるということは知りませんでした。
すごく綺麗な建物ですね。増上寺の霊廟が消失したまま再建されていませんから、規模は小さいとはいえ、このように立派なまま残っているのは、不思議な感じがします。

> 正室の鷹司孝子さんと随分扱いが違うものなのですね。

正室だったというのが正しい言い方なんでしょうね。男色など、かなり変な趣味の人だったようですから、気位の高い人とはそりが合わなかったのかも知れませんね。よく、毒殺などの憂き目に合わなかったと思うくらいです。73歳まで長生きし、伝通院に葬られているようですね。
側室の内、お振の方には相当入れ込んだフシが伺えますから、このくらいの御霊屋を残すのは当然だったのかも知れません。

2012/12/23 (Sun) 23:36

takeo22  

自証院はお振の娘、千代姫が建立したそうです。千代姫は雛人形のもととなった女性で、美しい姫だったそうです。家光が最も信頼したのは、お万の方といわれていますが、あの家光の子を初めて産んだ女性です。お振にも相当な思いがあったでしょう。お振は魅力的な女性だったのではなないでしょうか。

2013/02/23 (Sat) 06:56

AzTak  

Re: タイトルなし

takeo22さん、お早うございます。

> 自証院はお振の娘、千代姫が建立したそうです。千代姫は雛人形のもととなった女性で、美しい姫だったそうです。家光が最も信頼したのは、お万の方といわれていますが、あの家光の子を初めて産んだ女性です。お振にも相当な思いがあったでしょう。お振は魅力的な女性だったのではなないでしょうか。

まあ、そうなのでしょうね。男女の世界のことに疎い朴念仁なので、細かいことは何も言えるほどの材料を持ちあわせていませんが、お振は間違いなく美しく魅力的な女性だっただろうし、その娘の千代姫も、その血を色濃く継いだんでしょうね。
旧自証院霊屋も数奇な運命を辿って来ましたが、漸く終の棲家が与えられ、本当に良かったなあと思います。

2013/02/23 (Sat) 08:39

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