日本民家園(11) - 未分類
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日本民家園(11)

今日から新しい元号『令和』に切り替わる。そして、今日は令和元年5月1日。前の天皇がお亡くなりになられたことによる改元ではないので、改元につきものの重苦しいイメージはなさそうだ。新しい時代はどんな時代になるのだろうか。平和な時代であってほしいと、ただそれだけを願う。

太田家住宅…国指定重要文化財
すでに取り上げた作田家住宅と同様に、分棟型住宅である。作田家住宅の場合は、移築時に直屋に改築されていたので、分棟型住宅だったときの雨樋がどんなものだったか不明だった。それで、この太田家住宅のやり方を真似て設置されている。雨樋に関しては、こちらは完全なオリジナルである。
なお、平成2年7月29日、この住宅はロケット花火で出火した。一旦は鎮火したかに見えたが、消火活動が不十分で、夜間に再度燃え上がり、通常の概念からすれば、全焼の状態になった。空襲で焼けた都心の神社と同じで、ごくわずか焼け残った部分があり、残りを以前と同様に再建した。なので、文化財指定の返上は行わない。そういうことのようだ。詭弁のような気がしてならないが、そういう理屈がまかり通るのか。
外観
分棟型住宅であるとはっきりわかる外観だ
太田家住宅_外観_1
太田家住宅_外観_2
太田家住宅_外観_3
雨樋の端の垂直部分
太田家住宅_外観_4
「五榜の掲示」
第一札
   定
一 人タルモノ五倫ノ道ヲ正シクスヘキ事
一 鰥寡孤獨癈疾ノモノヲ憫ムヘキ事
一 人ヲ殺シ家ヲ焼キ財ヲ盗ム等ノ惡業アル間敷事
   慶應四年三月   太政官

これは、どうって事がない内容だが、第三札は明治新政府の頭の硬さ加減がそのまま出ている内容だ。再びキリスト教の禁止を明示したのだ。大隈重信も本意はどこにあったのかは知らねども、キリシタン弾圧継続に加担した一人だろう。
太田家住宅_外観_5
五榜の掲示(ごぼうのけいじ)は、慶応4年3月15日(1868年4月7日)に、太政官が立てた五つの高札である。太政官(明治政府)が民衆に対して出した最初の禁止令である。

建物内部の様子
広い土間では、炊事の他に、雑穀の処理などの作業も行われていた。名主の家だったそうだから、収穫量も相当あり、一度は、屋根の下に運び、それから少しずつ処理したりしていたのだろう。
太田家住宅_建物内部の様子_1
太田家住宅_建物内部の様子_2
太田家住宅_建物内部の様子_3
太田家住宅_建物内部の様子_4
焼け焦げた梁が再使用されている。焼失した部分は違和感の無いようにエイジング加工したのか、新旧の差異が目立たないようにしてある。
太田家住宅_建物内部の様子_5
太田家住宅_建物内部の様子_6
みえている部分は完全に焼失した部分だろう。
太田家住宅_建物内部の様子_7
太田家住宅_建物内部の様子_8
太田家住宅_建物内部の様子_9
太田家住宅_建物内部の様子_10
太田家住宅_建物内部の様子_11
太田家住宅_建物内部の様子_12

国指定重要文化財
旧所在地:茨城県笠間市片庭
建物区分:農家(名主の家)、分棟型
構造形式:主屋=寄棟造、茅葺、桁行9.6m、梁行8.3m/土間=寄棟造、妻入、茅葺、桁行10.0m、梁行8.3m
建築年代:主屋=17世紀後期/土間=18世紀後期
家の中に雨どいのある二つ屋根の家
この建物は二棟が軒を接して建つ、分棟型の民家です。大戸口(おおどぐち)を入ると広い空間がひろがっています。ドマの右手がウマヤ、左手が主屋です。主屋は日常生活の場であるヒロマ、寝室であるヘヤ、そして畳敷きのザシキに分かれます。ザシキは正式な部屋で、この部屋に客人が訪れる際には土庇が出入口となりました。
広い土間では、雑穀などの農作業も行われていました。
なおこの家には、突出する馬屋や囲炉裏の位置 など、南部地方の曲屋と類似する点があります。江戸時代後期には茨城県や栃木県でも曲屋が作られており、この家はその影響を受けた分棟型といえます。
見どころポイント!
家の中に雨どいがある分棟型民家です。といが詰まると家の中に雨水があふれました。
大戸の上に掛けてあるのは、慶応4年に明治政府が出した「五榜の掲示」の一枚です。

AzTak
Posted by AzTak
投稿 2019年05月01日
最終更新 2019年05月01日

16 Comments

There are no comments yet.

MT  

おはようございます

いちど燃えているんですね。それにしても出荷原因がロケット花火とは…。川崎市もさぞかし頭を抱えたことと思います。文化財の指定が消えなかったのは職員さん達の相当な努力があったのかもしれませんね。先日はパリのノートルダム寺院も焼けましたが、文化財の火災はいたたまれません。

2019/05/01 (Wed) 08:24

りおん  

ロケット花火で焼失・・・もっと大事に扱ってほしいですね。
柱1本でも残せば、新築ではなく改築になるのだとか
聞いたことがあります。
それにしても違和感なく再建するものですね~@@

最後のお写真、壁板から漏れる光が
何とも言えなく好きです~^^

2019/05/01 (Wed) 11:24

makira  

こんにちは!

AzTakさん、こんにちは!
新しい元号「令和」のスタートですね!
ただただ災害等の無い平和な時を刻んで欲しいと願うばかりです。
>ごくわずか焼け残った部分があり、残りを以前と同様に再建した。
なので、文化財指定の返上は行わない。
ちょっとおかしいかな?

2019/05/01 (Wed) 11:52

のんびり熊  

こんにちは
文化財は天井裏のホコリまでもが文化財だ、と何かで聞いたような・・・・
焼け残った部分は貴重な文化財ですよ。
茅葺の家は囲炉裏の煙で燻蒸されて非常に強くなるんですね。
悪い虫も着かないし、ネ。

2019/05/01 (Wed) 12:56

x都人x  

令和になりましたね~
さてどのような時代になるのでしょうね^^

此れからも焼けることのない様に
残してほしいですね!

2019/05/01 (Wed) 14:27
AzTak

AzTak  

Re: おはようございます

MTさん、こんばんは。

> いちど燃えているんですね。それにしても出荷原因がロケット花火とは…。川崎市もさぞかし頭を抱えたことと思います。文化財の指定が消えなかったのは職員さん達の相当な努力があったのかもしれませんね。先日はパリのノートルダム寺院も焼けましたが、文化財の火災はいたたまれません。

一度は鎮火したんだそうです。実際には鎮火したようにみえたということなんでしょう。その夜に再度熾火から発火して、いわゆる全焼状態に。今は放水銃がどーんと設置されています。
文化財の指定継続の問題は、文京区のN神社が空襲で全焼したのに、わずかに灰にならなかった柱があるということで、それに継ぎ足すということで再建し、指定返上問題も役人を丸め込んだようです。その(悪しき?)前例があるから、あとからの人は堂々と行けるようです。
考えてみれば、大修理を2-3回すれば、全取替と同じことで、日本の文化財って、本当の意味で昔のままというのは皆無のようです。それからすれば、火事からの再建も問題なしになってしまうのかもしれません。

2019/05/01 (Wed) 20:28
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

りおんさん、こんばんは。

> ロケット花火で焼失・・・もっと大事に扱ってほしいですね。

一度鎮火したと判断し、消防車も全て帰った後に、熾火から再度発火したとか。判断が甘いというより、茅葺屋根の扱い方を関係者全員が知らなかったのが、不幸の最大の原因だったようです。

> 柱1本でも残せば、新築ではなく改築になるのだとか
> 聞いたことがあります。
> それにしても違和感なく再建するものですね~@@

そういう理屈付けをしたのでしょうね。詭弁としか思えませんが。

> 最後のお写真、壁板から漏れる光が
> 何とも言えなく好きです~^^

笠間の家屋です。暑い時期はまだしも、寒い時期は、結構隙間風が冷たく感じたことでしょうね。まあ、それでも家族が揃えば、楽しい我が家だったのかもしれませんね。

2019/05/01 (Wed) 20:39
AzTak

AzTak  

Re: こんにちは!

> AzTakさん、こんにちは!

makiraさん、こんばんは。

> 新しい元号「令和」のスタートですね!
> ただただ災害等の無い平和な時を刻んで欲しいと願うばかりです。

そうだといいですが、新潟も福島も地震には泣かされていますから。新潟の地震のとき、一番遠いいわきの海の前の学校で試験中でしたが、校舎が壊れるかと思いました。誰もカンニングするなんてことも忘れるくらいに。
私はカンニングはしない主義でしたが。

> >ごくわずか焼け残った部分があり、残りを以前と同様に再建した。
> なので、文化財指定の返上は行わない。
> ちょっとおかしいかな?

いつも思うんですが、火事がなくても大修理を2-3階すれば、ほぼ全取替になってしまいます。それからすれば、火事による再建も何も問題なしなのかもしれません。余り言うと、ツツジの名所の神社からクレームが来てしまいます。

2019/05/01 (Wed) 20:46
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 文化財は天井裏のホコリまでもが文化財だ、と何かで聞いたような・・・・
> 焼け残った部分は貴重な文化財ですよ。
> 茅葺の家は囲炉裏の煙で燻蒸されて非常に強くなるんですね。
> 悪い虫も着かないし、ネ。

熊さんの言うような理屈だったのかもしれません。焼け跡の写真を見ると、文化財などというレベルじゃないんですが。
まあ、二度と焼失させないように願いたいものですね。

2019/05/01 (Wed) 20:50
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

x都人xさん、こんばんは。

> 令和になりましたね~
> さてどのような時代になるのでしょうね^^

そうですね。次の時代までは行きられそうにありませんから、暮らしやすい時代であってほしいと思います。

> 此れからも焼けることのない様に
> 残してほしいですね!

熾火を見逃してしまった苦い教訓から、ものすごい放水銃をセットしてあります。きちんとやれば、問題が起きないと思います。

2019/05/01 (Wed) 20:53

ichan  

こんばんは

令和元年、どうぞ今後とも宜しくお願い致し
ます。

保存している古民家がロケット花火で火災と
言うのは管理が不十分と感じます。
築年数が経過し、燃え易い素材でできている
日本家屋、注意が必要ですね。

囲炉裏、改めて憧れます。

2019/05/01 (Wed) 21:22
AzTak

AzTak  

Re: こんばんは

ichanさん、こんばんは。

> 令和元年、どうぞ今後とも宜しくお願い致し
> ます。

こちらこそ、よろしくお願いいたします。

> 保存している古民家がロケット花火で火災と
> 言うのは管理が不十分と感じます。
> 築年数が経過し、燃え易い素材でできている
> 日本家屋、注意が必要ですね。

関係者の誰もが、茅葺屋根に火がついてしまったときの恐ろしさを熟知していなかったのが悲劇の原因だったようです。いったんは鎮火したようにみえたそうです。それで消防も帰ってから、熾火から再度発火したようです。誰も知らないこととはいえ、貴重な文化財を失ってしまいました。

> 囲炉裏、改めて憧れます。

そうですね。あの炎のゆらぎが人の心を落ち着かせますよね。

2019/05/01 (Wed) 22:03

鏡花水月  

AzTak様、おはようございます!
火事の履歴があるのですね。
梁はなんか味があっていい感じだと思っていましたが、そういう理由だったのですね。
強度から言えば、まっすぐ方が高そうです。

2019/05/02 (Thu) 09:15
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

> AzTak様、おはようございます!

鏡花水月さん、こんばんは。

> 火事の履歴があるのですね。

最初の出火を完全に消しおおせる事ができなかったことが痛恨の極みでしたね。茅葺屋根の日の始末なんて、当時は誰も知らなかったのでしょうね。

> 梁はなんか味があっていい感じだと思っていましたが、そういう理由だったのですね。
> 強度から言えば、まっすぐ方が高そうです。

それがそうでもないようです。良くわかりませんが、柱に斜めに臍を噛ませると、強烈に食い込む感じになり、頑丈な構造に仕上がるのでしょうかね。(←全然自信なしです)

2019/05/02 (Thu) 22:33

senri32  

石臼で何かをひいた記憶はあるのですが、何を穴から入れて粉にしたのか思い浮かびません。石臼や削り節の箱、さらには臼杵があったわが家はなんと言っても貧乏でした。

2019/05/03 (Fri) 19:24
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

senri32さん、こんばんは。

> 石臼で何かをひいた記憶はあるのですが、何を穴から入れて粉にしたのか思い浮かびません。石臼や削り節の箱、さらには臼杵があったわが家はなんと言っても貧乏でした。

食糧事情が良くなかった時期がありました。石臼などがあっても、そばとか小麦とか、材料がないことには役立てられません。だから、その当時だと裕福な暮らし向きだったかと思います。

2019/05/03 (Fri) 19:53

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