山陰への駆け足旅行(8) - 山陰への駆け足旅行_2019_Mar
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山陰への駆け足旅行(8)

松江城(5)
国宝松江城天守閣(3)
天守2階から上の階
高所恐怖症に苛まれてきて、心の目を閉じてしまったきらいがあったようだ。内容をしっかり把握していないので、細かい説明は省略する。画像を見て、想像していただきたい。
天守2階へ上がる階段
これ以降も急勾配の階段ばかりだ。同じような絵になるので、以降は省略する。
天守2階へ上がる階段
出雲の国拝領の歓びを家中に知らせる書面
この文面を認める2日前、第三代将軍徳川家光から出雲国の支配と隠岐国を預かるよう面前で言い渡された。領地の信濃国松本に居る家臣たちへ、嬉しさとともに、数日中に江戸を発ち、入国することを伝えた内容。恥ずかしながら2-3割ほどしか読むことができなかった。う~~ん。
天守2階から上の階_2
天守2階から上の階_3
天守2階から上の階_4
石落とし
これがあるために、外から見たときに、天守2階は1階よりエラが張った感じに見えるとか。私はほぼ同じ大きさにみえたが。
石落とし_1
石落とし_2
石落とし_3
その他で目についたところ
階が高くはないので、それほどの見晴らしではなかった
その他で目についたところ_1
その他で目についたところ_2
前回分で取り上げた鉄製の金具が鎹(かすがい)とともに用いられている
その他で目についたところ_3

途中を思い切り省略する

箱便所
小用を足すためだけだろうと思う。確認する時間もなかったが。
箱便所
最上階
こういう高所の開放空間が怖い。真ん中にとどまる訳にはいかないが、…。
最上階_1
宍道湖は物凄い霧に包まれていた
最上階_2
最上階_3
松江歴史館の方向
最上階_4
最上階_5

下に降りた

付櫓がよく分かる
付櫓がよく分かる
手前は天守の地階部分の外側かな?
こんなに低い位置に窓などがあって大丈夫だったのかなあと思う
手前は天守の地階部分の外側かな?

AzTak
Posted by AzTak
投稿 2019年03月23日
最終更新 2019年03月23日

19 Comments

There are no comments yet.

MT  

こんにちは

何とこのお城にはトイレがあったのですね。どうやって外に出したのだろうかと想像すると身震いがしてしまいました・・・。^^;
それはさておき、意外と松江の街は大きいですね。また、宍道湖にすごい霧がかかっていますね。思わずどんな感じなのか行って見たくなります。

2019/03/23 (Sat) 10:38

りおん  

あ~わかりますわかります~💦
360℃大パノラマとか、スケルトンのエレベーターとか
隙間のある階段とか、オソロシイですよね~💦
コワくない!と言い聞かせて、意を決して進もうとするのに
足が動かないんですよね~💦
自分の意志に反して体が動かないって
ほんっと、もどかしいです~!!
お城の階段降りるとき、大変ではなかったですか~?

お城にトイレ、普通はついていないものなのですね?
箱便所・・・って洋式トイレのような形なのでしょうか?

2019/03/23 (Sat) 11:47

makira  

こんにちは!

AzTakさん、こんにちは!
信濃松本藩7万石から出雲松江藩18万6千石(+隠岐国1万4千石)の
国持ち大名になったのですから、その喜びはひとしおだったことでしょう♪
最上階から道後温泉は見れませんでしたか?
あっ!高所恐怖症でしたね 汗)

2019/03/23 (Sat) 12:29

のんびり熊  

こんにちは
出雲の国、拝領の書面、恥ずかしながらほとんど読めませぬ。。。。
喜びは喜びとして、信州から出雲の国へ家中一同の大移動。
栄転と考えれば気も楽かも。
出雲から諏訪へ来た神様もいたような。
諏訪から出雲へはまだ行ったことがありません。

2019/03/23 (Sat) 14:08

x都人x  

天守あからの眺めは最高ですね!
本当に懐かしがが蘇ってきます ^^

まだ上るときの階段は良いのですが
降りる時が怖いよね(笑

2019/03/23 (Sat) 15:56

ichan  

こんにちは

松江城築城の年代が江戸時代以前なので、攻城戦を意識
した備えが見られますね。
石落としや箱便所はその例だと思います。
それにしても急な階段、万一の際に重たい甲冑を付けて
上り下りできたのでしょうか?

2019/03/23 (Sat) 16:23

徒然草  

こんばんは

階段などで桐が使われているのだとか・・・・。
軽くて湿度調整機能があって加工もしやすく家具などには優れている素材だと思います。
で、お城の階段とか・・・ピンときませんが、なんぞ理由があるんですやろね。
まぁ階段の勾配もそんなにきつうしたら暮らしにくいのにね。
お城のつくりは戦を考えての事かと思われますが、わからんことが多いですわ。

2019/03/23 (Sat) 17:39

yosaku03  

今晩は!

以前兄貴に城崎温泉へ行かないかと誘われたことがありましたが断ってしまいました。
今思えば行けば良かったと後悔しています。
実は大阪より南へ行ったことがありません。
妻を連れて行きたいと思っていますが、現在の体調では無理だと思います。
松江も良いですよね、AzTakさんの所で楽しませて頂きます。
有り難うございます!

2019/03/23 (Sat) 20:39
AzTak

AzTak  

Re: こんにちは

MTさん、今晩は。

> 何とこのお城にはトイレがあったのですね。どうやって外に出したのだろうかと想像すると身震いがしてしまいました・・・。^^;

はい、私もびっくりしました。今まで見たことがなかったですから。徳川の世になって、戦争がなくなり、トイレを作る必要もなくなった事情もあるのでしょうが、それ以前の天守ではどうしていたのでしょうね。
また、戊辰戦争で鶴ヶ城に立てこもった会津藩士たちはどうしていたのでしょう。
ギモンが深まるばかりです。

> それはさておき、意外と松江の街は大きいですね。また、宍道湖にすごい霧がかかっていますね。思わずどんな感じなのか行って見たくなります。

文化程度の高い街だったようです。他の藩よりは裕福だったのではないでしょうか。小泉八雲も興味を覚えて住み着いたくらいですから。

2019/03/23 (Sat) 21:04
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

りおんさん、今晩は。

> あ~わかりますわかります~💦
> 360℃大パノラマとか、スケルトンのエレベーターとか
> 隙間のある階段とか、オソロシイですよね~💦
> コワくない!と言い聞かせて、意を決して進もうとするのに
> 足が動かないんですよね~💦
> 自分の意志に反して体が動かないって
> ほんっと、もどかしいです~!!
> お城の階段降りるとき、大変ではなかったですか~?

もちろん、冷や汗をかきました。でも下りないことには帰れないので、勇気を振り絞りました。でも怖いです。

> お城にトイレ、普通はついていないものなのですね?
> 箱便所・・・って洋式トイレのような形なのでしょうか?

男だけの世界です。立ち小便ができればよい仕掛けなんだと思います。しからば、大きい方はどうしたのでしょうかねえ。
幸か不幸か松江城ができたときは徳川優勢の状況で、大坂(現在の大坂)が主戦場で、松江城自体は攻められたりはしなかったのじゃないかと思います。なので、今で言う宿直の役目の藩士が交代で上ったくらいでしょうから、あまり問題にならなかったのかもしれません。

2019/03/23 (Sat) 21:18
AzTak

AzTak  

Re: こんにちは!

> AzTakさん、こんにちは!

makiraさん、今晩は。

> 信濃松本藩7万石から出雲松江藩18万6千石(+隠岐国1万4千石)の
> 国持ち大名になったのですから、その喜びはひとしおだったことでしょう♪

そうなんでしょうね。喜びがあふれる文面となっていますね。その書状を3割くらいしか読み下せないのは、日本人として恥ずかしい限りです。

> 最上階から道後温泉は見れませんでしたか?

四国の松山城からだったら見えるんでしょうね。ですが、ここは山陰の松江です。見えるとすれば玉造温泉でしょうかね。

> あっ!高所恐怖症でしたね 汗)

そうです。写真を撮ったら、即座に撤収でした。それでも1㎞ほど駆け足し続けで、やっと間に合った次第。如何に駆け足旅行だったかお分かりいただけると思います。

2019/03/23 (Sat) 21:26
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは

のんびり熊さん、今晩は。

> 出雲の国、拝領の書面、恥ずかしながらほとんど読めませぬ。。。。

今の日本人のほとんどすべての人がそうだと思います。研究者は必要だから苦労して読み下せるようになったのでしょうが。

> 喜びは喜びとして、信州から出雲の国へ家中一同の大移動。
> 栄転と考えれば気も楽かも。
> 出雲から諏訪へ来た神様もいたような。
> 諏訪から出雲へはまだ行ったことがありません。

出雲の国の国府は松江にあったんですよね。今は、行政区分が2県に分かれてしまい、複雑なことですよね。
まあ、同じ出雲の国だから、松江城と出雲大社とを見ても日程が何とかなったようです。出雲大社の方は次回以降で取り上げます。

2019/03/23 (Sat) 21:34
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

x都人xさん、今晩は。

> 天守からの眺めは最高ですね!
> 本当に懐かしさが蘇ってきます ^^

楽しめるくらいになりたいものです。早くこの危機的状況から抜け出したい。その一心でした。それなら天守閣に上らなければよいはずなんですが、…。わざわざ松江まできて、お城を極めないでなんとするというところでした。

> まだ上るときの階段は良いのですが
> 降りる時が怖いよね(笑

上るときから血圧が卒倒寸前に跳ね上がっていました。(^_^;)

2019/03/23 (Sat) 21:38
AzTak

AzTak  

Re: こんにちは

ichanさん、今晩は。

> 松江城築城の年代が江戸時代以前なので、攻城戦を意識
> した備えが見られますね。
> 石落としや箱便所はその例だと思います。

そうなんでしょうね。

> それにしても急な階段、万一の際に重たい甲冑を付けて
> 上り下りできたのでしょうか?

昔は人生50年で、当主が元気な内に息子に家督を譲るという感じだったでしょうから、結構、元気の良い世代が中心だったのかもしれません。万一が起きなくてよかったですね。

2019/03/23 (Sat) 21:41
AzTak

AzTak  

Re: こんばんは

徒然草さん、今晩は。

> 階段などで桐が使われているのだとか・・・・。
> 軽くて湿度調整機能があって加工もしやすく家具などには優れている素材だと思います。
> で、お城の階段とか・・・ピンときませんが、なんぞ理由があるんですやろね。
> まぁ階段の勾配もそんなにきつうしたら暮らしにくいのにね。
> お城のつくりは戦を考えての事かと思われますが、わからんことが多いですわ。

松江城、階段、桐のキーワードで検索すると、下記の記事がでました。攻め込まれたら、階段をあげてしまうようです。でも、火をつけられたら一巻の終わりです。桐を使う必然性が今ひとつ分かりません。
http://www.sanin-chuo.co.jp/www/contents/1493240907377/index.html

まあ、ここで暮らすわけではなかったので、勾配がきつくても支障がなかったのでしょう。普段は『御殿』で藩務に励んでいたはずです。その御殿ですが、すべてが豪勢だったわけではなく、中級藩士が詰める部屋などはそれなりだったようです。当たり前ですよね。
江戸城の大奥のあっただろう辺りに立つと、極めて狭い一画だったんだと愕然とするはずです。

2019/03/23 (Sat) 21:51
AzTak

AzTak  

Re: 今晩は!

yosaku03さん、今晩は。

> 以前兄貴に城崎温泉へ行かないかと誘われたことがありましたが断ってしまいました。
> 今思えば行けば良かったと後悔しています。
> 実は大阪より南へ行ったことがありません。
> 妻を連れて行きたいと思っていますが、現在の体調では無理だと思います。

奥様の問題があり、残念ですが、長旅はおやめになったほうが良さそうですね。
城崎温泉のある豊岡市は、コウノトリの故郷です。yosaku03さんがイカれたならば、放鳥したコウノトリの様子を撮るまでは帰ることができないかもしれませんね。温泉街もきっと素敵なことでしょうね。

> 松江も良いですよね、AzTakさんの所で楽しませて頂きます。
> 有り難うございます!

駆け足旅行なので、これしか見ていないの、って思われることでしょう。決め打ちの旅行なんです。(^_^;)

2019/03/23 (Sat) 22:09

鏡花水月  

AzTak様、こんばんは!
城塞目的のお城の中は風流を楽しむ余地も、女性を侍らせることもできないので、ゴツいですね。
松江城ができた当時、平屋の家しかなかったとして、敵が近づいてきたのが見える程度で充分ならこの高さでも良かったのかもしれませんね。

2019/03/23 (Sat) 22:30
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

> AzTak様、こんばんは!

鏡花水月さん、今晩は。
今日はこのシーズン最後の鳥撮りにしても大丈夫との思いで、明治神宮と代々木公園都を経巡ってきました。途中で雹の攻撃もあり、そうとうなほすうを歩いたにもかかわらず、汗をかきませんでした。とどのつまりは鼻風邪を患ったようです。

> 城塞目的のお城の中は風流を楽しむ余地も、女性を侍らせることもできないので、ゴツいですね。

本当ですね。天守閣をのぼるたびにそう思わさせられます。私のような軟弱者には御殿のほうがふさわしいのにと思いますが、御殿は現存するものがごく少なく関東では川越城の御殿が一部残されている程度でしょうかね。

> 松江城ができた当時、平屋の家しかなかったとして、敵が近づいてきたのが見える程度で充分ならこの高さでも良かったのかもしれませんね。

高所恐怖症の身には十分怖い高さです。見張るということと、城に攻め込まれたときは最後の防御の砦となるということで、見張ることよりも、防御を考えた造りのような気がしています。石垣から天守まで考えるとかなりの金銭がかかっているのでしょうね。

2019/03/23 (Sat) 22:49
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

Hさん、今晩は。

60年以上前の話です。その頃の函館元町は観光資源があったものの、それを活かせるほどの環境にはなかったのではないかと思います。
私たち家族が住んでいたアパートは、聖ヨハネ教会というプロテスタントの教会の聖職者の寮が老朽化したために払い下げられた超おんぼろアパートでした。他の住民の失火で全焼してしまい、やむなく函館を引き払うことになりました。
あの写真のちょうどど真ん中あたりに住んでいました。坂の一番上でしたから、イカ釣り船の漁火がよくみえました。

2019/03/25 (Mon) 22:37

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