山陰への駆け足旅行(7) - 山陰への駆け足旅行_2019_Mar
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山陰への駆け足旅行(7)

松江城(4)
国宝松江城天守閣(2)
天守1階
天守地階から天守1階への階段
どこでもそうだが、このお城も階段の勾配がきつい。強度の高所恐怖症だし、右膝靭帯が辛うじてつながっているだけの身には辛い。それもあってか全く余裕がなく気づかなかったが、桐でできた階段なんだそうだ。『へえ、そうなの』という感じ。
天守1階_1
天守最大柱
まず目についたのがこれ。薄暗くて撮りにくい。たぶん4本あるんだと思う。最大の柱といっても比較対照するものがなければ。一人で参加しているときには困るシチュエーションだ。1本の太い材木を使用したのではなく、寄せ木だそうだ。芯となる材木の上に向きを考えて板を貼り合わせて、鎹で締めているようだ。
天守1階_2
天守1階_3
鬼瓦
鬼と言うにはちょいとばかりユーモラスな感じだった。
天守1階_4
松江城独自の包板を支えた鉄製品
どういうふうに使ったのか、私には全く分からない。この件に関する質問はご遠慮願いたい。m(_ _)m
2つ上の画像の奥の方の柱を見ていたら、この鉄製品の使い方がわかった気がする。次回分画像では、もっとはっきり分かると思う。
天守1階_5
天守1階_6
刻印を持つ古材
天守1階_7
天守1階_8
松平直政初陣の像
天守1階_9
天守1階_10
刻を知らせた大太鼓
天守1階_11
天守1階_12
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2019年03月22日
最終更新 2019年03月22日

10 Comments

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りおん  

お城の階段、桐で出来ているのですか。
桐というと柔らかいイメージがありますが
階段などにも使われることがあるのですね。
大柱、木を寄せて作られているのですね。
楔の大きさが、柱の重要さを物語っているように感じます。

松平直政像、なんだか子供っぽいなあと思って調べたら
初陣は14歳の時だったのですね。納得しました^^
太鼓、立派ですね。
古くから遺されたもの、守り続けたいですね。

2019/03/22 (Fri) 09:41

鏡花水月  

AzTak様、こんにちは!
建材的視点の木のことは分からないのですが、桐って高級なイメージがありますね。
まさかとは思いますが、桐紋の秀吉を踏みつけてるとか…うがち過ぎですね。

太鼓は刻を告げるには通りの良くない音のように思いました。
鐘みたいに響き渡る音質じゃないから不向き…とも思いましたが、城内だけなら大丈夫そうですね。
リズムによってはメッセージも伝えられますし。

喉の不調で午前中で仕事を早退し、これから立川の昭和記念公園を軽くおさんぽしようと悪だくみしてます。

2019/03/22 (Fri) 13:01

makira  

こんにちは!

AzTakさん、こんにちは!
昨日と違って風もなく
近くの葉桜となりつつある河津桜
今を盛りと咲き誇る安行桜
都内では昨日開花したと言いますが
こちらでは1輪しか咲いていなかった
染井吉野を撮りに行ってきました♪
家康の次男で豊臣家の養子に出された結城秀康の三男、
松江藩初代藩主ですね♪
初陣はまだ子供のようです!
城の内部はほとんど記憶にありません 汗)

2019/03/22 (Fri) 14:21

ichan  

こんばんは

鎹などの金具は包板を柱に固定するものの
ようですね。
寺院などでも古城の古材を再利用している
例がありますが、刻印までしてあるのですね。

2019/03/22 (Fri) 20:28

のんびり熊  

こんばんは
この鉄製品は『和釘』かも?
戦国時代から安土桃山時代に巨大建築がやたら目ったら行われましたね。
巨木がその当時に使い切ってしまった様に思いますがどうでしょうか。
それでも、巨木はあちこちに残っているようです。
マニアも居るようですよ。

2019/03/22 (Fri) 21:01
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

りおんさん、こんばんは。

> お城の階段、桐で出来ているのですか。
> 桐というと柔らかいイメージがありますが
> 階段などにも使われることがあるのですね。

最上階に通じる階段だけは松材でそうです。その他の階段は桐が使われているようです。いよいよ天守閣内部まで攻め込まれたときに、階段を引き上げてしまうようです。下記新聞記事が詳しいようです。これは松江城だけの特徴だとか。
http://www.sanin-chuo.co.jp/www/contents/1493240907377/index.html

> 大柱、木を寄せて作られているのですね。
> 楔の大きさが、柱の重要さを物語っているように感じます。

いろいろ工夫して堅固な天守閣を作ろうとしたようですね。御殿の方は的に火をつけられれば一巻の終わりですから、頼りは天守閣だったのでしょうね。

> 松平直政像、なんだか子供っぽいなあと思って調べたら
> 初陣は14歳の時だったのですね。納得しました^^

(ΦωΦ)フフフ…、わたしも同じことを考えました。単なるチャンバラごっこではなく、本物の戦だったようですね。

> 太鼓、立派ですね。
> 古くから遺されたもの、守り続けたいですね。

今叩いたら、革が破けてしまうかも。物凄い大太鼓ですね。確かに遠くに居ても聞こえる大音量だったことでしょう。

2019/03/22 (Fri) 21:39
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

> AzTak様、こんにちは!

鏡花水月さん、こんばんは。

> 建材的視点の木のことは分からないのですが、桐って高級なイメージがありますね。
> まさかとは思いますが、桐紋の秀吉を踏みつけてるとか…うがち過ぎですね。

りおんさんへのレスに書きましたが、純粋に防御のことを考えての採用だったようです。詳しいことは、下記新聞記事をご覧になってください。松江城だけらしいですが。本当のことを言えば、怖くて、階段の材質まで確認する余裕がありませんでした。
http://www.sanin-chuo.co.jp/www/contents/1493240907377/index.html

> 太鼓は刻を告げるには通りの良くない音のように思いました。
> 鐘みたいに響き渡る音質じゃないから不向き…とも思いましたが、城内だけなら大丈夫そうですね。
> リズムによってはメッセージも伝えられますし。

どうなんでしょうかね。あれだけの大太鼓です。重低音は遠くまで響いたことがあったのかもしれませんね。
話がそれますが、教会の鐘が聞こえるところまでが中世のヨーロッパの町という概念だったようです。

> 喉の不調で午前中で仕事を早退し、これから立川の昭和記念公園を軽くおさんぽしようと悪だくみしてます。

あれまぁ、お大事に。今晩から明日にかけてかなり冷え込むようですから、お気をつけください。こちらは、一旦外したコルセットを再び装着しようかと考えています。

2019/03/22 (Fri) 21:48
AzTak

AzTak  

Re: こんにちは!

> AzTakさん、こんにちは!

makiraさん、こんばんは。

> 昨日と違って風もなく
> 近くの葉桜となりつつある河津桜
> 今を盛りと咲き誇る安行桜
> 都内では昨日開花したと言いますが
> こちらでは1輪しか咲いていなかった
> 染井吉野を撮りに行ってきました♪

(ΦωΦ)フフフ…、桜の専門家の活躍の時期ですね。こちらは腰痛勃発の直後で母のご機嫌伺いに行っただけで、おとなしく過ごしました。
家を次ぐはずの弟が死に、姉は大腿骨骨頭壊死などという難病にかかり、養子に行ったはずの私がご機嫌伺いの中心に居ます。まあ、いつも叱られに行くようなものですが。
これで、他の日に野鳥さんとの遭遇が果たせないと、1週間を暗い気持ちで過ごさねばなりません。

> 家康の次男で豊臣家の養子に出された結城秀康の三男、
> 松江藩初代藩主ですね♪
> 初陣はまだ子供のようです!

子供でも西軍と戦ったようですね。秀忠には徴用されなかったようですが、家光との関係が非常に良かったようですね。

> 城の内部はほとんど記憶にありません 汗)

私も3階から上は最上階だけしか記憶に残っていません。自慢の記憶力も無きに等しくなってきました。ボケ防止に挑戦している高校数学は、突如としてむずかしい出題が続き、全く手が出せません。イチロー氏と同じ運命を辿りそうです。

2019/03/22 (Fri) 22:03
AzTak

AzTak  

Re: こんばんは

ichanさん、こんばんは。

> 鎹などの金具は包板を柱に固定するものの
> ようですね。

鎹と鉄製金具との併用で、強固な1本の木材並みに仕立て上げたようですね。ときは戦国時代でしたから、兎に角頑丈なものを目指したのでしょうかね。

> 寺院などでも古城の古材を再利用している
> 例がありますが、刻印までしてあるのですね。

あれは急いでいたので、撮っておいたほうが良かろうと思い、写真だけ撮りました。後で写真を見直すと、かなり朽ちていますね。途中でも手を入れ続けたのでしょうかね。
松江城は築城より100年以上経過した江戸時代中期の元文3年(1738年)から寛保3年(1743年)にかけて大改修が行われた。

2019/03/22 (Fri) 22:13
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> この鉄製品は『和釘』かも?
> 戦国時代から安土桃山時代に巨大建築がやたら目ったら行われましたね。
> 巨木がその当時に使い切ってしまった様に思いますがどうでしょうか。
> それでも、巨木はあちこちに残っているようです。
> マニアも居るようですよ。

まあ、和釘なんでしょうね。私もそう思います。

松江城も堀尾氏が築城した頃は、そう大きな戦国大名ではなかったのか、近隣の木材などで建てたのかもしれませんね。巨木などそうそう無く、あったとしても運搬も大変だったことでしょう。まあ、それで寄せ木にして使ったのでしょうかね。

2019/03/22 (Fri) 22:24

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