山陰への駆け足旅行(5) - 山陰への駆け足旅行_2019_Mar
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山陰への駆け足旅行(5)

松江城(2)
松江郷土館(興雲閣)(2)
興雲閣は、明治36年(1903)の松江市の工芸品陳列所として建設された。その後、明治40年(1907)には、皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)の行啓時の御旅館となった。そして、明治45年(1912)に、正面の階段を奥に移動するなどの改修が行われ、松江市の公的な歓迎所として、また、各種の展覧会会場・会合に使用されてきた。
そして、平成25年9月から平成27年9月(2013~2015)に保存修理工事をおこない、平成27年10月3日に一般公開を果たした。

階段付近
松江郷土館(興雲閣)(2)_1
松江郷土館(興雲閣)(2)_2
松江郷土館(興雲閣)(2)_3
貴顕室
説明書き
松江郷土館(興雲閣)(2)_4
御座所と拝謁の間
松江郷土館(興雲閣)(2)_5
松江郷土館(興雲閣)(2)_6
御寝所
松江郷土館(興雲閣)(2)_7

松江神社
明治32年(1877)に、この地に移築され、それまでの楽山神社から松江神社に改名されたそうだ。江戸時代はここにはなかったんだ。
松江神社_1
松江神社_2
松江神社_3
松江神社_4
松江神社_5
松江神社_6

一ノ門
立派な門と櫓が建っているが、これらは戦後の復興で史実に基づいたものではないそうだ。だが、昔からあるものだと言われても違和感がない感じだった。
一ノ門_1
一ノ門_2
一ノ門_3

ついに国宝の天守閣がはっきり見えるところにたどり着いた。さあ、張り切って見て回らねば。

国宝の天守閣
詳細は次回に続く
国宝の天守閣
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2019年03月18日
最終更新 2019年03月18日

16 Comments

There are no comments yet.

kaz  

おはようございます!

他のどこかの城みたいに派手さはないですが、こんな城の方が城らしいのかな? 中はエレベータありましたか? でもどこの城も階段はきついですね、登りはしんどい、下りは怖い。昔のお侍なんか着物ですから、よくあんな急な階段を上り下りできたんですね?

2019/03/18 (Mon) 08:00

makira  

こんにちは

AzTakさん、こんにちは!
興雲閣や松江神社には行きませんでしたが
いよいよ松江城ですね!
うろ覚えの記憶がどれだけ正確か
確かめられますね 汗)笑)

2019/03/18 (Mon) 14:09

りおん  

わあ~!ステキな内装ですね~@@
どこをとっても、すごく豪華!!
ここまで洋式なのに、寝室は畳なのですね^^
ちょっと意外な感じがしました。

神社の移築、どのような理由があったのでしょうね?

お城、立派ですね~@@
お城のレポートは次回に続くのですね?
楽しみです~^^

2019/03/18 (Mon) 14:44

のんびり熊  

こんばんは
松江城もご多聞に漏れず、関ヶ原の人事模様を表していますね。
何時の世も我が身がが大事、です。
時代は変わっても残るものは残る。

2019/03/18 (Mon) 19:47

x都人x  

少々小ぶりな松江城ですが、、
とても風格もあって素晴らしいお城ですね~

天守から眺める風景は今も
目に浮かびます^^

2019/03/18 (Mon) 19:49

ichan  

こんばんは

松江城に行ったことがないので、楽しませて頂きます。
再建したものも含めてこれだけのものが残っている
のは素晴らしいことだと思います。

2019/03/18 (Mon) 20:43
AzTak

AzTak  

Re: おはようございます!

kazさん、今晩は。

> 他のどこかの城みたいに派手さはないですが、こんな城の方が城らしいのかな? 中はエレベータありましたか? でもどこの城も階段はきついですね、登りはしんどい、下りは怖い。昔のお侍なんか着物ですから、よくあんな急な階段を上り下りできたんですね?

松江城は、築城が徳川の時代になろうとする直前です。もちろん、身体に不具合のある方には思い切り厳しい天守閣です。昔は人生50年と言われていたはずですから、40歳ころまでには倅に家督を相続させて隠居していたのでしょう。というようなことで、壮年まででないと、上り下りは厳しかったと思います。
尤も、天守閣はいざというときのもので、普段は御殿に詰めていたはずです。その御殿が残っていれば最高なんですが、…。
山内一豊は、土佐に移る前に掛川城主でしたが、毎日天守に上っていたと伝えられているようです。殿様が上れば、家来も皆上らざるをえない。厳しい話です。

2019/03/18 (Mon) 21:24
AzTak

AzTak  

Re: こんにちは

> AzTakさん、こんにちは!

makiraさん、今晩は。

> 興雲閣や松江神社には行きませんでしたが
> いよいよ松江城ですね!

そうです。

> うろ覚えの記憶がどれだけ正確か
> 確かめられますね 汗)笑)

天守の地階や1階まではやたら詳しく記述しましたが、2階以降は大幅に手抜き。忘れてしまったからじゃありません。怖いので、あまり見て回る余裕がなく、ひたすら最上階を目指し、着いたらさっさと下りただけなんです。

2019/03/18 (Mon) 21:28
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

りおんさん、今晩は。

> わあ~!ステキな内装ですね~@@
> どこをとっても、すごく豪華!!
> ここまで洋式なのに、寝室は畳なのですね^^
> ちょっと意外な感じがしました。

そうですよね。御寝所に布団を敷いて寝たのでしょうかね。後の大正天皇は足腰が丈夫だったのでしょうか?

> 神社の移築、どのような理由があったのでしょうね?

分かりません。金沢では神社は別のところでしたが、…。

> お城、立派ですね~@@
> お城のレポートは次回に続くのですね?
> 楽しみです~^^

地階と1階だけ、きちんと説明します。2階以上は、高所恐怖症が災いして、詳しく見て回る勇気がなく、ササッと移動したので、大幅に手抜きです。(^_^;)

2019/03/18 (Mon) 21:36
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんばんは

のんびり熊さん、今晩は。

> 松江城もご多聞に漏れず、関ヶ原の人事模様を表していますね。
> 何時の世も我が身がが大事、です。
> 時代は変わっても残るものは残る。

よくぞ残ったものですね。明治の新政府は徳川や松平には殊の外厳しくあたったと思います。それでも残ったというのは、藩主が領民に慕われていたからかもしれません。

2019/03/18 (Mon) 21:41
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

x都人xさん、こんばんは。

> 少々小ぶりな松江城ですが、、
> とても風格もあって素晴らしいお城ですね~

そうですね。まあ、姫路城などから比べれば、少々小ぶりかもしれませんが、戦国時代からのお城で、雰囲気があります。

> 天守から眺める風景は今も
> 目に浮かびます^^

宍道湖ははっきりみえましたか。今回は、濃霧が立ち込めて殆どみえませんでした。

2019/03/18 (Mon) 21:44
AzTak

AzTak  

Re: こんばんは

ichanさん、今晩は。

> 松江城に行ったことがないので、楽しませて頂きます。
> 再建したものも含めてこれだけのものが残っている
> のは素晴らしいことだと思います。

私も今回が初めてです。駆け足旅行だったので時間が押して、最後は集合場所まで駆け足で。ということで、だんだんアップ・テンポになっていきます。
私は天守や櫓ももちろん好きなのですが、御殿が好きなんです。天守以上に現存しているものが少なく、明治新政府の遣り方が恨めしく思います。

2019/03/18 (Mon) 21:48

MT  

こんばんは

昔は政府主導でお城をどんどん取り壊していったのにもかかわらず、今更、残存するお城を国宝にしたりして、大切にするなんてちょっと微妙な感じです。とはいうものの運良く残ったお城はいつまでも残して欲しいものです。こちらは小さいながらも綺麗で形も整っていてすばらしいお城ですね。

2019/03/18 (Mon) 22:02
AzTak

AzTak  

Re: こんばんは

MTさん、今晩は。

> 昔は政府主導でお城をどんどん取り壊していったのにもかかわらず、今更、残存するお城を国宝にしたりして、大切にするなんてちょっと微妙な感じです。とはいうものの運良く残ったお城はいつまでも残して欲しいものです。こちらは小さいながらも綺麗で形も整っていてすばらしいお城ですね。

明治の新政府と今の立法府とではまったく立場が違うでしょうから、明治新政府のような馬鹿なことはやらないのは当然でしょう。
今までのあり方を否定するといっても、廃仏毀釈や城郭の売却処分まで、馬鹿なことをやりまくったものです。そのくせ、キリシタン禁制は継続したんですから、無茶苦茶です。キリシタンの処分には大隈重信も関与していたはずです。欧米列強から『何をするんだ。日本人のバカタレは』と言われて、やっと思いとどまっただけでしょう。
今の韓国も同じようなものですかね。聞く耳を持たない政権ですから始末が悪いと思います。

何とか持ちこたえた天守や御殿はなんとしてでも維持したいものですね。

2019/03/18 (Mon) 22:38

鏡花水月  

AzTak様、こんばんは!
『興雲閣』レポありがとうございます。
ご寝所の床が畳なのが笑えましたが、やっぱり居心地の良さを優先すると、当時はこういう結果になるのですね。
それにしても窓の上に半円の飾り窓がついているの好きです。
赤いカーテンが長くて裾を引きずるのも日本文化的意味がありそうです。
何かは分からないけれど。

松江神社は徳川体制になって、新生松江の町の祖に当たる要人を一気に祀り上げみたいな感じですね。

一ノ門の石垣のテラコッタ風の明るい色合いが日本の石垣には珍しいように思います。
積み方も面白いですね。

2019/03/19 (Tue) 23:52
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

> AzTak様、こんばんは!

鏡花水月さん、こんばんは。

> 『興雲閣』レポありがとうございます。
> ご寝所の床が畳なのが笑えましたが、やっぱり居心地の良さを優先すると、当時はこういう結果になるのですね。

何故、洋間にベッドじゃなかったのでしょうかね。後の大正天皇は、足腰がしっかりしていたようで、そうであれば、落ち着いて眠りに入ることができる可能性のある布団のほうが良かったのかもしれません。
余談ですが、膝の靭帯が限りなく細くなっている私は、布団に寝ると、起き上がるのに、相当の苦労をしてしまいます。

> それにしても窓の上に半円の飾り窓がついているの好きです。
> 赤いカーテンが長くて裾を引きずるのも日本文化的意味がありそうです。
> 何かは分からないけれど。

あれは、寧ろ西洋文化のものまねじゃなかったのかと思いながら見ていました。昔の日本人だと、裾が汚れてしまうようなものは好まなかったような気がします。

> 松江神社は徳川体制になって、新生松江の町の祖に当たる要人を一気に祀り上げみたいな感じですね。

明治以降に旧藩主を祀る神社が前項に流行ったそうです。金沢の尾山神社、高知の山内神社など、同じ流れのようです。
昔のほうが良かったという感じがあったのでしょうかね。

> 一ノ門の石垣のテラコッタ風の明るい色合いが日本の石垣には珍しいように思います。
> 積み方も面白いですね。

そうなんですか。勉強不足で分かりません。(^_^;)
時間に追われていたので、駆け足でけつまずいて転ばないようにしようとだけ考えていました。

2019/03/20 (Wed) 19:54

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