祐天寺(1) - 未分類
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祐天寺(1)

このお寺は、私の郷里いわき市と因縁浅からぬ寺院である。
祐天寺開山者である増上寺36世住持の祐天上人は、いわき市四倉町出身の人物だ。
また、異説もあるが、祐天上人はいわきに『自安我楽念仏踊り』を広めた人でもあるとされている。余談だが、この踊りが沖縄に伝えられ『エイサー』になったとも言われる。

祐天寺(ゆうてんじ)は、東京都目黒区中目黒五丁目にある浄土宗の寺院である。山号は明顕山。本尊は、阿弥陀如来(寄木造・坐像)で阿弥陀堂に安置される。本堂には、開山祐天上人坐像が安置される。現在の本堂は、元々は常念仏堂として建立された堂宇を再建したものである。

五代将軍徳川綱吉の息女竹姫より寄進を受けた阿弥陀堂や仁王門、六代将軍家宣夫人天英院寄進の梵鐘と鐘楼、地蔵堂などが震災火災を逃れて現存している。いずれ、もう少し上の扱いの文化財指定があるものと思う。
寺の掲示によれば、平成23年が法然上人800年大遠忌(終了)、平成29年が祐天上人300年大遠忌だそうだ。

表門
表門_1
表門_2
表門_3
仁王門
五代将軍綱吉の息女竹姫が寄進した。
仁王門_1
仁王門_2
仁王門_3
地蔵堂とその前の門
六代将軍家宣夫人天英院が寄進した。
地蔵堂とその前の門_1
地蔵堂とその前の門_2
地蔵堂とその前の門_3
精進殿
『新編武蔵風土記稿』に記載なし。比較的新しい建物だろうが、格式を示すためか、瓦葺屋根の大棟の両端に鴟尾がつけられている。
精進殿_1
精進殿_2
精進殿_3
精進殿_4
阿弥陀堂
『新編武蔵風土記稿』によれば、昔は門を入った右手にあり、地蔵堂と向かい合っていたようだ。いまは、精進殿を挟む形で並んで建っている。五代将軍綱吉の息女竹姫が寄進した。
阿弥陀堂_1
阿弥陀堂_2
阿弥陀堂_3
阿弥陀堂_4
阿弥陀堂_5
阿弥陀堂_6
阿弥陀堂_7
阿弥陀堂_8

祐天寺
境内8530坪、内拝領地2000坪、年貢抱地6530坪村の西の方字原にあり。当寺の拝領地は中下目黒両村にて1000坪づつたまひたれども草創以来当村に属すればここに出せり。浄土宗、芝増上寺末、明顕山善久院と号す。当所は増上寺第三十六世祐天大僧正隠居の地なり。僧正末期に俗弟祐海に属して、当寺を起立せしむ。享保4年祐海遺命を奉じて起立の功を遂げ、僧正を開山として其身は第二世におる。
門。冠木門なり。両柱の間2間。
下馬札・門外にあり、明和3年7月8日土岐美濃守命を傳へて建てしむ。
二王門。表門の正面にあり。5間に2間。明顕山の三字を扁す。左右に力士の像を安ず。
鐘楼。仁王門を入て右にあり。2間半四方、鐘径2尺8寸、高さ5尺。銘末に享保13年と刻す。
本堂。二王門の正面にあり。その間を甍にす。堂は6間に7間。祐天寺の三字を扁す。本尊は祐天大僧正の木像なり。坐像にして長2尺8寸ばかり、前立の像あり、貌長け共に同じ。僧正は明蓮社顕誉上人と号す。陸奥国岩城の農新妻小左衛門と云ものの子なり。幼名を三之助と称す。三縁山の諸化休波和尚は俗縁の伯父たるにより、休波を紹介として、同所袋谷檀通和尚に投じて薙染す。時に正保4年僧正11歳の時なり。長ずるに及で学業怠らず、師檀通に随て諸国を遊行し、道徳日々に盛なり。後三縁山に庵を結び、又葛飾郡牛嶋と云所へ潜隠す。道化大に行はれて僧俗輻輳す。又勢州山田に赴きて念仏を廣む。その後桂昌院殿の召によりて大城に登れり。元禄2年常憲院殿の命を蒙り下総国千葉郡生実大厳寺に住せしめらる。明る庚辰の年同国飯沼弘経寺に転じ、宝永甲甲伝通院に住し、正徳元年増上寺に住し、大僧正となり、分昭院殿の御導師を勤む。程なく隠居して、享保3年7月15日麻布の別業にて寂す。荼毘の中に残りし舌形は今も当寺に持傳へり。本堂の後背に続き9尺四方の堂中に鐘をかく。勤鐘の二字を扁す。鐘の径2尺高4尺、安永7戊戌11月6世祐全と彫る。
客殿。本堂に向て右の方にあり。廊下を設て往来を通ず。この客殿はもと桂昌院殿の御殿なりしを賜りて造りしと云。
阿弥陀堂。門を入て右にあり。寅の方に向ふ。4間に6間。松平大膳太夫法名瑞泰院建立、本尊は座像にて長2尺5寸、堂外に円光大師御遺跡の七字を標出せり、
地蔵堂。阿弥陀堂の向にあり。3間に5間半、申の方に向ふ。開山本地地蔵尊の七字を標す。扁額開山本地堂の五字は穌明にも南無地蔵菩薩の六字を扁し、善久院当寺六世祐全書と落款あり。
阿弥陀堂。地蔵堂の側に有、3間半四方、阿弥陀堂の4字を扁す。当寺二世祐海の落款あり。本尊木佛坐像にて長3尺。
経蔵。同邊にあり。2間半四方。経蔵の二字を扁す。本尊阿弥陀如来坐像にて長2尺5寸。
熊野稲荷合社。9尺に1間、同邊にあり。
裏門。堂後にあり、内に下馬札をたつ。(新編武蔵風土記稿より)
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2012年11月20日
最終更新 -0001年11月30日

10 Comments

There are no comments yet.

makira  

こんばんは!

AzTakさん、こんばんは!
東横線の祐天寺駅の祐天寺はこのお寺から取った
駅名なんでしょうか?
祐天寺の存在は知っていましたが、
こんな立派なお寺とは!
是非、訪ねて見なくては 笑)

2012/11/20 (Tue) 02:00

solo  

おはよう
AzTakさん

>『自安我楽念仏踊り』
>余談だが、この踊りが沖縄に伝えられ『エイサー』になったとも言われる。
そうですか!今、娘が孫を連れて沖縄から来てるんですよ。
タイムリーな情報ありがとうございます。

流石に将軍様のお膝元「江戸」ですね。
お寺の数も多く、また立派なお寺が残っているのですね。
江戸で青春時代を送っていながら、遊びに明け暮れた我が身がお恥ずかしい。

三つ葉葵のご紋が威厳を感じる記事となっておりますね。




2012/11/20 (Tue) 07:39

AzTak  

Re: こんばんは!

> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、こんにちは。

> 東横線の祐天寺駅の祐天寺はこのお寺から取った
> 駅名なんでしょうか?

そのとおりです。東横線には、この他に妙蓮寺もそうした駅名ですね。

> 祐天寺の存在は知っていましたが、
> こんな立派なお寺とは!
> 是非、訪ねて見なくては 笑)

祐天上人は、怪僧もどきの活躍をした僧侶のようです。次回取り上げますが、かさね一族の怨霊を鎮め、そのことが歌舞伎に取り上げられ、更に名声が増したとか、増上寺では一度の失火を起こさせなかったということで、八代将軍吉宗が江戸の火消しそしてをつくる際に真似したとか。
いわき出身の有名人第1号でしょうか。
その隠居所みたいなお寺さんです。その人がいなくなってしまうと、もう顧みられないのが普通なんでしょうが、後代の人にも評価されていて、吉宗は『最高の僧侶』と評したとか。いつ行っても静かなんですが、知恩院のように美しい声明が聞こえてこないのが、少し残念に思います。行く時間帯が良くなかったのかもしれません。

2012/11/20 (Tue) 13:40

AzTak  

Re: タイトルなし

> おはよう
> AzTakさん

soloさん、こんにちは。観音崎の灯台を登って、日本書紀にも登場する走水神社を見て、帰って来ました。
足腰が悲鳴をあげています。情けない限りです。
どういうわけか腕も。灯台の階段が怖くて手すりにしがみついていたからです。ますます情けない話です。

> >『自安我楽念仏踊り』
> >余談だが、この踊りが沖縄に伝えられ『エイサー』になったとも言われる。
> そうですか!今、娘が孫を連れて沖縄から来てるんですよ。
> タイムリーな情報ありがとうございます。

祐天上人がいわきの男たちのぐうたらぶりを嘆いて、『自安我楽念仏踊り』を教えて、ひたすら打ち込むことで、勤勉な心を植え付けようとしたと子供の頃に聞かされました。東北最南端で、ほとんど冷害を受けない温暖の地で、男たちのぐうたらぶりは治らず、この踊りだけが残った。そんなふうに聞きました。
勿論、異説もあるんですが、これを伝えたほうが説明的で面白い感じです。
江川卓を見ていると、手抜きはいわきの人の伝統なのかと思ってしまいます。(大苦笑)

エイサーとの繋がりは嘘じゃなさそうです。よく取り上げられます。

> 流石に将軍様のお膝元「江戸」ですね。
> お寺の数も多く、また立派なお寺が残っているのですね。
> 江戸で青春時代を送っていながら、遊びに明け暮れた我が身がお恥ずかしい。
>
> 三つ葉葵のご紋が威厳を感じる記事となっておりますね。

将軍自ら寄進したとなると、重文とか国宝とかになっていたのかもしれませんが、まあ、こんなものでよかったのでは。

2012/11/20 (Tue) 13:56

ブーくん  

祐天寺は通ることもありますし、聞きなれた名前ですが
実際にお寺を見たのは、この記事で初めてです!
意外と身近にあっても知らない物ですね。改めて見に行きたくなりました☆

昨日の共済病院付近の目黒川沿いはちょうど今年夜桜を見に行った場所でした!
景色は変わり自分も遠くなりましたが変わらないと何だか落ち着きますね!

2012/11/20 (Tue) 14:26

AzTak  

Re: タイトルなし

ブーくんさん、こんにちは。

> 祐天寺は通ることもありますし、聞きなれた名前ですが
> 実際にお寺を見たのは、この記事で初めてです!
> 意外と身近にあっても知らない物ですね。改めて見に行きたくなりました☆

何回も見ていたのに、実は何も知らずに見ていたようです。次回出てくる大絵馬は派手派手しいのですが、かさね塚と相俟って、祐天上人がどういう人だったのかよくわかりました。今回までですと、何かうまく取り入った怪僧のように見えるかと思いますが、法力の凄い僧侶だったようです。

> 昨日の共済病院付近の目黒川沿いはちょうど今年夜桜を見に行った場所でした!
> 景色は変わり自分も遠くなりましたが変わらないと何だか落ち着きますね!

そこだけは変わっていないんですが、周辺のビルなどは大分変わりつつあるようです。その内に浦島さんになってしまうかもしれませんよ。

2012/11/20 (Tue) 16:21

jsk  

目黒-祐天寺ですか、建築物もかなり立派な寺ですね。三つ葉葵~徳川さんですか。敷地も広そうです。古い寺は趣があっていいですね。
AzTakさんのブログで、いながらにして東京見学ができます。
ありがとうございます。

2012/11/20 (Tue) 18:53

AzTak  

Re: タイトルなし

JSKさん、こんばんは。

> 目黒-祐天寺ですか、建築物もかなり立派な寺ですね。三つ葉葵~徳川さんですか。敷地も広そうです。古い寺は趣があっていいですね。
> AzTakさんのブログで、いながらにして東京見学ができます。
> ありがとうございます。

このお寺の前身は、増上寺の末寺だったようです。それを祐天上人の末寺として買い取ったようです。当時お寺さんの新規開業は結構大変だったようですが、将軍家との繋がりで、特別に許されたようです。ということで、祐天寺としての出発は江戸時代で、そう古くはないのです。

ご近所の紹介ばかりで申し訳ありません。

2012/11/20 (Tue) 20:46

君平  

こんにちは。
東横線にこの駅名が無ければ、存在はきっと
一生知らないままだったかも知れません。
一度だけ、東横線を沿って歩いたときに前を
通過した覚えがあります。
どうも、東京だと神社仏閣を見る気になれない
のが自分でも不思議です。
ここって確か、列車で料理を運んでくるレストラン
があるところでしたよね。

2012/11/20 (Tue) 20:46

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは。

君平さん、こんばんは。

> 東横線にこの駅名が無ければ、存在はきっと
> 一生知らないままだったかも知れません。
> 一度だけ、東横線を沿って歩いたときに前を
> 通過した覚えがあります。
> どうも、東京だと神社仏閣を見る気になれない
> のが自分でも不思議です。

東京で一番古い寺院が深大寺だそうで、あとはおしなべて大した歴史がないようです。
まあ、あまり回る気にはなれないほうが自然かもしれません。
まだ、鎌倉のほうが重みがあるかもしれません。あちらは鎌倉時代に創建されたものが多いでしょうから。

> ここって確か、列車で料理を運んでくるレストラン
> があるところでしたよね。

ナイアガラですね。一度も入ったことがありません。鉄道ファンの店と思っています。

2012/11/20 (Tue) 21:42

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