旧東海道品川宿近辺を歩いた(6) - 旧東海道品川宿近辺を歩いた_2018_Jun
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旧東海道品川宿近辺を歩いた(6)

品川寺
『ほんせんじ』と読ませる。真言宗醍醐派の別格本山。私の好きな粋な建屋がある。歴史をおさらいすると、『海照山品川寺は、品川左京亮(しながわさきょうのすけ)伝の水月観音・聖観音両菩薩霊像を本尊とし奉り、後花園天皇長禄年間、太田道灌公の創建、後光明天皇承応年間、弘尊上人の中興によるところなり。世々「品川観音」と称せられる』とある。太田道灌の創建なのか。う~~ん。
最初から心をつかむ配置構成だ
最初から心をつかむ配置構成だ
銅造地蔵菩薩坐像〈都指定有形文化財(彫刻)〉
坐像の場合は、立てば丈六ということで、半分の8尺の像を丈六像と呼ぶそうだ。ということで立派な大仏様だろう。
銅造地蔵菩薩坐像〈都指定有形文化財(彫刻)〉_1
銅造地蔵菩薩坐像〈都指定有形文化財(彫刻)〉_2
銅造地蔵菩薩坐像〈都指定有形文化財(彫刻)〉_3
江戸六地蔵の由来は、『刊本江戸六地蔵建立之略縁起』によれば、江戸深川の地蔵坊正元が不治の病にかかり、病気平癒を両親とともに地蔵菩薩に祈願したところ無事治癒したことから、江戸に入る6つの街道の入り口に地蔵菩薩の建立を宝永3年(1706)に発願し、多くの人々の浄財を集め、1躯ずつ造立したものです。各尊の前身及び蓮台、台座には勧進者、造立年代などが陰刻されており、神田鍋町鋳物師太田駿河守正義によって鋳造されたことがわかります。六地蔵のうち、深川にあった永代寺の地蔵菩薩(第6番)は、廃仏毀釈で取り壊され、5軀が残っています。
海照山品川寺の六地蔵は、1番古く宝永5年(1708)に造立されたものです。像高は、現存するものの中で1番大きく275cmあり、かつては鍍金が施されていました。
江戸時代中期の鋳造像としては大作であり、かつ遺例の少ないものであることから文化財に指定されました。

山門
山門_1
山門_2
本堂
文句なしの堂々たる風格を示す。鴟尾も見事なものだ。どこの国の寺院か判然としないような外観。これが堪らなく良い。
本堂_1
本堂_2
本堂_3
本堂_4
本堂_5
庫裏(?)
本堂とトーンを合わせてある
庫裏(?)
柴燈大護摩・火渡り荒行を行うスペース
柴燈大護摩・火渡り荒行を行うスペース
柴燈大護摩・火渡り荒行のページにjump

小さな鐘が2つ
大きな鐘とは別に小さな鐘がある。日常の寺務の合図に使っているのだろう。
小さな鐘が2つ_1
小さな鐘が2つ_2
役行者像
役行者像
銀杏
推定樹齢600年。見事なものだ。正面に立つ石塔は庚申塔だと思われる。台座の猿や鶏ははっきり見えるのだが、肝心の部分が良くわからない。
銀杏_1
銀杏_2
銀杏_3
こちらはわかりやすいが、かなり新しそうだ
銀杏_4
弘法大師像
弘法大師と花梨とはなにやら因縁があるようだ。
弘法大師像
『弘法大師(空海)とカリン』のページにjump

稲荷堂
堂内も撮ったが、ピンボケになってしまった
稲荷堂_1
稲荷堂_2
毘沙門天像
東海七福神の毘沙門天とは、これのことだろう
毘沙門天像

大鐘楼と大梵鐘(国指定重要美術品)
大梵鐘は徳川昭武公とともにパリ万博へ出たものの、その後の日本国内の政変で、日本側からの連絡が十分でなかったのか、一時所在不明になっていたのか。よくぞ、見つけて持ち帰ることができたものだ。
大鐘楼と大梵鐘(国指定重要美術品)
明暦3年(1657年)の銘があり、徳川幕府第四代将軍徳川家綱の寄進とされる。鐘身に六観音像を鋳出する。この鐘は幕末に海外へ流出し、パリ万博(1867年)・ウィーン万博(1873年)に展示されたと伝えるが、その後所在不明となっていた。大正8年(1919年)、当時の住職であった仲田順海は鐘がスイス・ジュネーヴ市のアリアナ美術館に所蔵されていることを突き止め、返還交渉を開始した。外務大臣幣原喜重郎ほか多くの人々の尽力により、ジュネーヴ市議会は鐘を日本へ戻すことに同意し、昭和5年(1930年)、同市の好意により品川寺に返還された。
平成3年(1991年)には品川寺からジュネーヴ市に新しい梵鐘が贈られた。品川区とジュネーヴ市は平成3年に友好都市となったが、交流の契機となったのはこの梵鐘である。

もう一度本堂を見る
何度見ても素晴らしい
もう一度本堂を見る

寺伝によると、弘法大師空海を開山とし、大同年間(806-810年)に創建されたという。長禄元年(1457年)、江戸城を築いた太田道灌により伽藍が建立され、寺号を大円寺と称した。その後戦乱により荒廃するが、承応元年(1652年)に弘尊上人により再興され、現在の寺号となった。スイス・ジュネーヴ市と深い縁を持つ梵鐘を始め、江戸六地蔵の第一番にあたる地蔵菩薩像や東海七福神の毘沙門天などがある。
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真言宗醍醐派の品川寺は、海照山普門院と号し、真言宗醍醐派の別格本山です。品川寺の創建年代は不詳ですが、当初金華山大円寺と称し、弘尊が承応元年に中興開山しました。戦国時代、兵火により焼失しましたが、海照山普門院と改称して復興しております。江戸三十三観音霊場31番霊場、東海三十三観音霊場21番札所、東海七福神の毘沙門天となっている他、山門前には江戸六地蔵の一つが安置されています。
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2018年07月09日
最終更新 2018年07月09日

12 Comments

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MT  

おはようごいざいます

品川寺と書いてほんせんじと読むのですね。
境内では菩薩さまをはじめとしてちょっといた貴重なものがちりばめられているのが印象的です。我々だと見過ごされてしまうものがAzTakさんのレポートで日の目を浴びています。いつもながらの観察力が素晴らしいです。

2018/07/09 (Mon) 05:02

aiupa  

こんにちは^^

雨により浸食された仏像の感じが
汗と涙を流して耐えてきた歴史をも表しているようで
思わず手を合わせてしまいますね~(-人-)

2018/07/09 (Mon) 10:55

makira  

こんにちは!

AzTakさん、こんにちは!
朝の8時頃には大雨警報が、その後はからりと晴れて
今度は熱中症警報です♪
ちょっと娘のところに行っただけで大汗です!
今日は家にいたほうが良さそうです 笑)
江戸城を築いた太田道灌の創建ですか!
なかなか立派なお寺ですね~♪
海外旅行までした鐘があるとは驚きです 笑)

2018/07/09 (Mon) 13:58
AzTak

AzTak  

Re: おはようごいざいます

MTさん、こんばんは。

> 品川寺と書いてほんせんじと読むのですね。

寺号は当初は大円寺でした。承応元年(1652年)に弘尊上人により再興され、現在の寺号となったそうです。その時に捻った読み方にしようと考えたのではないかと私は考えています。
品川という川もなかったのを目黒川の河口付近を品川と称し、そこから派生した名前だとか。寺名の読み方は少し捻りたくなるのが人情かもしれません。

> 境内では菩薩さまをはじめとしてちょっといた貴重なものがちりばめられているのが印象的です。我々だと見過ごされてしまうものがAzTakさんのレポートで日の目を浴びています。いつもながらの観察力が素晴らしいです。

私が同のではなく、立派なたたずまいなので、境内に足を踏み入れれば、真剣に見たくなるのではありませんか。

2018/07/09 (Mon) 19:54
AzTak

AzTak  

Re: こんにちは^^

aiupaさん、こんばんは。

> 雨により浸食された仏像の感じが
> 汗と涙を流して耐えてきた歴史をも表しているようで
> 思わず手を合わせてしまいますね~(-人-)

凄い感性ですねえ。そういう風に感じ取るのが一番なんでしょうね。
同じ材質なのだろうに鎌倉の大仏様などと比べて、緑青の流れ出しが激しいですね。鎌倉と品川とでは空気のきれいさが違いますかね。

2018/07/09 (Mon) 20:05
AzTak

AzTak  

Re: こんにちは!

> AzTakさん、こんにちは!

makiraさん、こんばんは。

> 朝の8時頃には大雨警報が、その後はからりと晴れて
> 今度は熱中症警報です♪
> ちょっと娘のところに行っただけで大汗です!
> 今日は家にいたほうが良さそうです 笑)

私は朝一番で、飛鳥Ⅱの着桟を見に行きました。作業終了まで雨が降らずに持ってくれました。
『若大将クルーズ』だったそうです。居合わせた人から『加山雄三は見られますかね』などと話しかけられました。高校の大先輩には、全然興味がなかったのですが、何気なく客の様子を撮った中に彼と思しき人物が移っていました。

> 江戸城を築いた太田道灌の創建ですか!
> なかなか立派なお寺ですね~♪
> 海外旅行までした鐘があるとは驚きです 笑)

将軍から賜った由緒ある梵鐘のようです。なので、徳川昭武公にパリの万国博に出品したいと頼まれたときに嫌とは言えなかったのでしょう。その後、新政府に変わり、一時所在不明になってしまったんですね。それを根性で見つけ出したのですから、お寺の関係者の情熱もすごいものです。
明暦3年(1657年)の銘があり、徳川幕府第四代将軍徳川家綱の寄進とされる。鐘身に六観音像を鋳出する。

2018/07/09 (Mon) 20:14

のんびり熊  

AzTakさん

こんばんは
品川寺の本堂。
このような様式の本堂は始めてみました。
なかなか良いものですね。

2018/07/09 (Mon) 20:20

x都人x  

今晩は
銀杏の大木!
秋の黄葉が楽しみになりますね^^

2018/07/09 (Mon) 20:27

senri32  

品川。昔は京浜急行の終着駅でした。今後、京急線は油壷、城ケ崎まて伸びると思います?私はないと思います。なぜ?都心に出る方がいないからです。爺さんか婆さんしか住んでいないからです。

2018/07/09 (Mon) 21:00
AzTak

AzTak  

Re: AzTakさん

> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 品川寺の本堂。
> このような様式の本堂は始めてみました。
> なかなか良いものですね。

結構粋な感じだと思うでしょうね。築地本願寺ほどではありませんが、異国の仏教寺院という感じがしなくもありませんよね。
私も初めて見たときはびっくりしました。

2018/07/09 (Mon) 22:34
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

> 今晩は

x都人xさん、こんばんは。

> 銀杏の大木!
> 秋の黄葉が楽しみになりますね^^

そうですね。ですが、もっとすごいのが我が家の近くのお寺さんにあります。辺り一面に銀杏の饐えたにおいがしてきて、大変です。近くを女性が通ったら、『私が発した匂いじゃありませんから』って顔緒をするのですが、胡散臭い爺さんがそういうジェスチュアをしてもほとんど無意味ですよね。

2018/07/09 (Mon) 22:39
AzTak

AzTak  

Re: タイトルなし

senri32さん、こんばんは


> 品川。昔は京浜急行の終着駅でした。

今はどこも他社線と乗り入れで、帰宅するサラリーマンが品川からでは座れなくなりましたかね。あまりメリットのない乗り入れのように思うんですが、どうなんでしょうかね。

> 今後、京急線は油壷、城ケ崎まて伸びると思います?私はないと思います。なぜ?都心に出る方がいないからです。爺さんか婆さんしか住んでいないからです。

反対側の路線延伸計画は、計画は絶えず更新していると思いますが、なかなかゴーサインが下りないように思います。設備投資を回収できるか微妙な感じに思いますから。特に油壷の目は無いように思います。

2018/07/09 (Mon) 22:50

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