真鶴岬~山中城跡~箱根~富士山(2) - 真鶴岬~山中城跡~箱根~富士山_2012_November
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真鶴岬~山中城跡~箱根~富士山(2)

真鶴岬から国指定史跡の山中城跡に向かう。

山中城跡(1)
山中城は石垣を使っていない珍しい山城で、堀や土塁が良く残っており、発掘調査を基に、400年前の遺構を忠実に環境整備、現状保存している。特に障子堀や畝堀の発見は、水のない空堀の底に畝を残し、敵兵の行動を阻害すると言う、北条流築城術の特徴を示すものとして注目を浴びているそうだ。

国指定史跡「山中城跡」パンフレットをdownload

永禄年間(1558年-1570年)に北条氏康により築城される。北条氏の本拠地である小田原の西の防衛を担う最重要拠点で、城は東海道を取り込む形で造られていた。
北条氏政の代に豊臣秀吉との関係が悪化すると、山中城は改修し防備を固めることになるが、結局間に合わず未完成のまま豊臣軍を迎える。 1590年(天正18年)、小田原征伐で豊臣秀次率いる7万の軍勢が山中城を攻撃、守将である北条氏勝、松田康長、松田康郷、蔭山氏広、間宮康俊ら4千は奮戦し、豊臣方も部将の一柳直末など多くの戦死者を出すものの、猛烈な力攻めの結果わずか半日で落城し、北条方の松田・間宮などの武将や城兵の多くが討死した。戦後、城は廃止された。
1930年(昭和5年)に国の史跡に指定された。1973年(昭和48年)から三島市が公園として整備をはじめ、合わせて学術的な調査もなされた


城跡案内図
城跡案内図
この案内図の右側に当たる部分を歩いた。
三の丸堀
自然の谷を利用して中央に畝を設けて二重堀としているそうだ。東側の堀は水路として利用され、箱井戸・田尻の池からの排水を処理し、西側の堀は空堀として利用されたという。空堀は何のため?上部の平地から石でも落としたのだろうか?
空堀を下から見た様子
空堀を下から見た様子
堀上部の平地
空堀上部の平地
空堀を上から見た様子
空堀を上から見た様子
田尻の池
馬の飲料水用の池であったと思われる。
田尻の池_1
田尻の池_2
木が傾いているあたりになる三の丸堀の水路の方に流れ出る
田尻の池_3
箱井戸
この池の水は飲料水として用いられたと言われる。
奥の通路を登ると二の丸に通じる。
箱井戸
障子堀と畝堀
畝堀の窪みには泥が貯められていたともいわれている。貯めるために畝が必要だったのだろう。
堀底には、落とし穴や、堀底を仕切るような土塁状の障害物を設けることもあって、それらを障子(しょうじ)・堀障子(ほりしょうじ)といい、障子のある堀を障子堀(しょうじぼり)と呼ぶ(形状が明かり障子の桟に似ているからというのは誤った俗説)。土塁状の障子は、堀を掘ったときの堀り残しであり、造成時の手間が少ない。ほぼ一定の間隔に連続した土塁状の障子がある堀を畝堀(うねぼり)ということもある。山中城(静岡県三島市)のものは後北条氏の障子堀として知られるが、この城や後北条氏に限らず日本各地に見られる。
二の丸櫓から西の丸を望む
左側に畝堀が見える。まるで、ティーグラウンドから見たトリッキーな山岳コースのようだ。
二の丸櫓から西の丸を望む_1
二の丸櫓から西の丸を望む_2
溜池のあと
溜池のあと
二の丸櫓
標高583mに位置に建つ。西の丸にも、本丸にも櫓が建ってるが、それぞれ分担して四方を見張っていたのだろう。
二の丸櫓跡と二の丸
二の丸櫓跡と二の丸

二の丸
傾斜地でどういうふうに建物が建っていたのか首を捻るが、所詮は出城だし、曲輪(くるわ)だったのだから、あまり支障はなかったのかもしれない。
二の丸
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2012年11月11日
最終更新 -0001年11月30日

16 Comments

There are no comments yet.

makira  

おはようございます!

AzTakさん、おはようございます!
山中城跡は国指定史跡なんですね!
必見ですか?
分りました♪機会があればきっと行きますね!
私好みの史跡です♪
ご紹介ありがとうございます。

2012/11/11 (Sun) 07:24

AzTak  

Re: おはようございます!

> AzTakさん、おはようございます!

makiraさん、おはよう御座います。

> 山中城跡は国指定史跡なんですね!
> 必見ですか?

興味ありそうだと感じる方には必見だと思います。三島市がかなり丁寧に仕事をしてくれたようで、素晴らしい史跡になっています。平日は貸切状態かと思います。

> 分りました♪機会があればきっと行きますね!
> 私好みの史跡です♪
> ご紹介ありがとうございます。

たった半日で豊臣方に蹴散らされたんですが、物凄い攻防があったようで、豊臣方のダメージも決して小さくはなかったようです。石垣も無いような出城でよく戦えたものだと感心してしまいます。
是非行ってみてください。ここを回ると主張した御仁が、『知られていない場所だけど、絶対行くべきだ』と申していました。

2012/11/11 (Sun) 10:16

solo  

こんばんは

山中城跡 このお写真は学術的観点からもよく撮れてますね!。
>山中城は石垣を使っていない珍しい山城で、堀や土塁が良く残っており
確かによく残っております。
このような記事アップで知ることの出来る城もあるんですね。
このアップがなければ存在を知らずに一生を終えるとこでした。
ちょっと大袈裟!(笑)。

P.S: パソコンの件 ご親切にアドバイスを頂きありがとうございます。
AzTakさんのようなプロが仲間に居てくれて心強い限りです。

2012/11/11 (Sun) 18:19

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんばんは

soloさん、こんばんは。

> 山中城跡 このお写真は学術的観点からもよく撮れてますね!

そう思ったのですが、仲間に連れて行ってもらっただけで、下調べなどしていなかったので、あとになって、こんなふうに撮るより、…という反省ばかりです。お恥ずかしい限りですが、あとから行く方の多少なりとも参考になればと思います。

> >山中城は石垣を使っていない珍しい山城で、堀や土塁が良く残っており
> 確かによく残っております。

400年も放置されていたものを、三島市が73年に公園として整備したようです。長い間、人々が忘れていた存在だったものが、却って古の姿を復元するのに役だったようです。
三島市もこれだけ頑張ったのだから、もう少し宣伝すればよいものと思います。平日はひっそり閑としていました。

> このような記事アップで知ることの出来る城もあるんですね。
> このアップがなければ存在を知らずに一生を終えるとこでした。
> ちょっと大袈裟!(笑)。

私も仲間に否応なく連れだされなければ、知らないままだったと思います。
三島市ですから、soloさんも少し頑張ればアクセスできる範囲ではないでしょうか?なお、路線バスはありますが、極めて便数が少なく、使わないほうが賢明かと思います。
私は1時間コースの3分の2程度を歩きましたが、出来れば1時間コースをフルに歩いたら如何でしょうか。傾斜がかなりありますから、滑らない靴を履いていったほうが良いと思います。
しかし、これほどまでの出城をいとも簡単に破った豊臣軍の勢いは凄いものだったんですね。

> PS .パソコンの件 ご親切にアドバイスを頂きありがとうございます。
> AzTakさんのようなプロが仲間に居てくれて心強い限りです。

プロではありませんが、多少知っている程度です。お役に立てたら幸いです。

2012/11/11 (Sun) 18:43

solo  

>プロではありませんが、多少知っている程度です。
>お役に立てたら幸いです。

最近、迷惑メールの類がきまして、今のところブロックはされているのですが、ブログを始めてからの現象でして、公開するのを躊躇っておりました。
気味が悪いし、一旦、閉鎖も視野にいれております。

が、AzTakさんのブログは訪問を継続したくご連絡した次第です。
同世代の仲間も出来て互いに刺激しあい質の高い写真を目指そうと思っていた矢先なので残念です。

2012/11/11 (Sun) 19:31

AzTak  

Re: タイトルなし

> >プロではありませんが、多少知っている程度です。
> >お役に立てたら幸いです。
>
> 最近、迷惑メールの類がきまして、今のところブロックはされているのですが、ブログを始めてからの現象でして、公開するのを躊躇っておりました。
> 気味が悪いし、一旦、閉鎖も視野にいれております。
>
> が、AzTakさんのブログは訪問を継続したくご連絡した次第です。
> 同世代の仲間も出来て互いに刺激しあい質の高い写真を目指そうと思っていた矢先なので残念です。

ブログで困るのは、第1に悪質なコメントです。FC2の前に利用していたところは、防御が甘く、いくらでも入ってしまう上に、これを、我々が消去するのが実に面倒でした。随分泣かされました。一晩に2年分くらいの記事にコメントが入れられてしまうのです。SOFTBANKが経営権を握ってから、サービスが悪くなる一方で、そちらから引っ越してきました。
悪質なコメントが入ったらさっさと躊躇なく消すことです。
我々のブログ程度のアクセス数では、敢えてしつこくやるほどのメリットはないはずです。

第2にメールアドレスを公開していると、確かに迷惑メールが舞い込んできますよね。それを嫌がって、ブログにメールを送る仕掛けを設けていない方も少なくありません。私のところには、以前からいっぱい舞い込みます。バサバサ削除するんですが、うっかり大切なものまで削除するおそれがあるので、注意が必要です。私は大事な相手からの分は、別なフォルダに抽出するようにして、残ったものの中に重要なものがないかざっと見てから一思いに削除しています。

情報を公開している以上、ある程度の嫌がらせは受けるものと考え、あまり神経質にならないほうが宜しいように思います。悪質なストーカーに付きまとわれている場合以外は、ブログを辞めてもあまり得にはならないと思います。

何か有りましたら、私宛にメールを下さい。力になれるかは保証の限りではありませんが…。情報処理技術者『システム監査』資格保有者のいうセリフでなくて、ごめんなさい。

2012/11/11 (Sun) 20:41

君平  

こんにちは。
かなり前に電車で真鶴まで行って、徒歩で一周
回ってみたいと思ったのですが、未だに達成出来て
いません。天候なども選ばないと行けませんし、
意外と、行けるチャンスって少ないですね。
山中城というのは初めて聞きました。
旅行に行っても、知らない城跡があったりしますね。

2012/11/11 (Sun) 20:47

とっしゃん@SHIMA  

 こんばんは。
 コメントありがとうございます。
 また、ルーターについてのアドバイス大変参考なり感謝です。

 写真と説明を読むと、山中城の歴史の一端がよく分かりました。
 後の世に再建されたお城もいいですが、作られて当時のまま残っているお城や城跡は大変貴重なものなのですね。

 

2012/11/11 (Sun) 23:10

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは。

君平さん、こんばんは。

> かなり前に電車で真鶴まで行って、徒歩で一周
> 回ってみたいと思ったのですが、未だに達成出来て
> いません。天候なども選ばないと行けませんし、
> 意外と、行けるチャンスって少ないですね。

近くでうろちょろはしているものの、なかなか岬の突端まで行くのは大変ですよね。駅から路線バスが走っているようですが、便数がどれくらいあるのでしょう。それが心配ですね。今回行ってわかったのですが、車窓からの眺めが抜群です。私がドライバーだと危ないことになっている可能性大なくらいでした。『♫岬めぐりのバスは走る 窓に広がる青い海よ♫』って感じでした。
駐車場近くでは時代劇の映画の撮影なども行われていたりして、期待が高まりました。
天気が良くて何よりでした。逆に天気が悪い時は岬の突端は怖いものです。海辺の育ちだから、そのことはよく承知しています。

> 山中城というのは初めて聞きました。
> 旅行に行っても、知らない城跡があったりしますね。

石垣のないお城なんですよ。たいていの城跡は大なり小なり石垣があり、堀があり、…ということで在りし日の姿の想像がつくと思うんです。ここはそんなに簡単じゃありません。空堀なんてどうやって使うのか、いざというとき水を流しても10分も保たないでしょう。それじゃ、どんな使い方?こんな傾斜地に曲輪をどういうふうに建てたのか?色々考えこんでしまう面白さがあると思います。イメージを組み立てて在りし日の姿の絵が描ける人は、相当な歴史通なのかも。

北条氏が小田原の西を防御するために東海道を跨ぐような形で作った出城。この辺までが北条氏の勢力範囲だったんですね。400年前の世界の再現です。建物が残っていたら、それこそ国宝級なんでしょうが、そんな出城に耐久性はなかったことでしょう。ましてや、半日で戦上手の豊臣軍に完膚なきまでにやっつけられたのだから、建物が残る訳もありません。完全に忘れられた存在だったのだと思います。

それにしても、三島市は宣伝が下手ですね。市内には三嶋大社などの観光名所があるから、それほど熱心になれないのかもしれませんが、なかなか他市町村には無い財産だと思うのですが。

2012/11/11 (Sun) 23:17

AzTak  

Re: タイトルなし

>  こんばんは。

とっしゃん@SHIMAさん、こんばんは。

>  コメントありがとうございます。
>  また、ルーターについてのアドバイス大変参考なり感謝です。

もう少しまともなコメントがかければ良いのですが、底が浅くてごめんなさい。
今後もご迷惑でなければ引き続きアクセスさせてください。

>  写真と説明を読むと、山中城の歴史の一端がよく分かりました。
>  後の世に再建されたお城もいいですが、作られて当時のまま残っているお城や城跡は大変貴重なものなのですね。

地元の方が大事に思い、貴重な土地を荒らさないで守ってきたのかもしれません。本当に有難いことです。このお城は北条氏独特の戦法の発露のようなのですが、空堀の使い方なんてクイズのようです。未だに首をひねっています。

2012/11/11 (Sun) 23:26

kozoh55  

お晩です、AzTakさん

いやまた凄いところを紹介してくださって、
ありがとうございます。
こんな山城が、保護され、残っているのですね。
前の記事の真鶴も綺麗でしたけど、
このお城も、自然の美しさも楽しめますね。
私もゴルフを少しできますが、コースのようでもあります。
北条氏は私の住む市川で里見氏と大きな戦いをしてますし、
本当に関東を支配していたんですね。
私的には小田原城跡に行って、
小田原提灯を見たり、小田原評定の話を聞いた位です。
北条市の情けない最後の話が多いんですね。
この後の記事も楽しみです。

2012/11/12 (Mon) 00:06

AzTak  

Re: お晩です、AzTakさん

kozoh55さん、おはよう御座います。

> いやまた凄いところを紹介してくださって、
> ありがとうございます。
> こんな山城が、保護され、残っているのですね。

そうなんですね。私もびっくりしました。

> 前の記事の真鶴も綺麗でしたけど、
> このお城も、自然の美しさも楽しめますね。
> 私もゴルフを少しできますが、コースのようでもあります。
> 北条氏は私の住む市川で里見氏と大きな戦いをしてますし、
> 本当に関東を支配していたんですね。

確かに後北条氏の勢いが関東全域にまで及んだ時代があったようですね。
寄居町で北条祭りを見学したとき、八王子と小田原からもゲストが来ていました。その領地を引き継いだのが徳川家康だったようです。秀吉と対立しなければ、歴史が変わっていたかも。

> 私的には小田原城跡に行って、
> 小田原提灯を見たり、小田原評定の話を聞いた位です。
> 北条氏の情けない最後の話が多いんですね。
> この後の記事も楽しみです。

徐々に単なる観光記事になっていきます。m(_ _)m

2012/11/12 (Mon) 08:42

jsk  

石垣のない城、権威の象徴といったものではなく、これは、純粋に戦いのために作られたものですね。箱根を利用し東海道の要衝に作られた戦闘用の陣地ですか、このような山城がしっかりした形で残っているのは知りませんでした。 郷里が愛知なので東名は時々使います。一度寄ってみたいものです。

2012/11/12 (Mon) 14:22

AzTak  

Re: タイトルなし

jskさん、こんにちは。

> 石垣のない城、権威の象徴といったものではなく、これは、純粋に戦いのために作られたものですね。箱根を利用し東海道の要衝に作られた戦闘用の陣地ですか、このような山城がしっかりした形で残っているのは知りませんでした。 郷里が愛知なので東名は時々使います。一度寄ってみたいものです。

織田信長が見果てぬ夢を豊臣秀吉が達成しようとした、まさに戦国の頃の城ですから、純粋に戦いのために作られたものでしょうね。北条勢は何を想って日の出の勢いの豊臣秀吉に楯突いたのかわかりませんが、激しい戦いがあったのでしょうね。北条方の完敗だったものの、双方で相当数の戦死者も出たと思います。
建物そのものは残念ながら残っていません。見る人が独自に想像するしかないようです。空堀の使い方などがよくわからず、私の中ではまだ、クエスチョンマークが付いたままです。

2012/11/12 (Mon) 16:17

jsk  

AzTakさんへ、こちらにもコメントを入れておきます。
駒沢大学の校内見学について、駒沢大学広報課に確認しました。
耕雲館等公開している場所は問題はありません。できれば、入口に守衛がいるので、※※を見学したいと伝えて頂ければありがたいとのことでした。大丈夫です。
駒沢大学広報課 TEL:03-3418-9828

2012/11/12 (Mon) 16:55

AzTak  

Re: タイトルなし

> AzTakさんへ、こちらにもコメントを入れておきます。
> 駒沢大学の校内見学について、駒沢大学広報課に確認しました。
> 耕雲館等公開している場所は問題はありません。できれば、入口に守衛がいるので、※※を見学したいと伝えて頂ければありがたいとのことでした。大丈夫です。
> 駒沢大学広報課 TEL:03-3418-9828

わざわざ問い合わせていただき有難うございます。近日中に出かけてみたいと思います。
ちんぷんかんぷんで項垂れて帰ってくるかもしれませんが、蛇に怖じない気持ちで挑戦してみます。
有難う御座いました。

2012/11/12 (Mon) 19:26

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