猿島と海堡とを見る(2) - 猿島と海堡とを見る_2012_October
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猿島と海堡とを見る(2)

第2海堡
行政区としては千葉県となる。数年がかりの補強工事の真っ最中で、もちろん上陸は出来ない。両端にはクレーンが林立しているが、この辺は比較的普通に見える。
それにしても陸地に作られたお台場からでは砲弾が届かないということで造られた堡塁(砲塁)か。相手から丸見えで、海風が間断なく吹きすさぶ。配置についた人たちは怖かっただろうし、…。
第2海堡_1
第2海堡_2
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すぐ傍に見えるのが第1海堡
第2海堡_19
1889年8月起工、1914年6月完成。第一海堡と共に富津市に属する。浦賀水道と内湾の北側境界に位置し面積は約41,000平米。1923年9月1日の関東大震災により被災、その年の内に廃止・除籍された。
その後海軍が使用し、第二次世界大戦中は対空砲が設置されるほか、敵潜水艦の東京湾への侵入を防ぐ防潜網が設置されている。戦後は灯台が設置され、さらに1977年からは独立行政法人海上災害防止センターの消防演習場として利用されている。
以前は神奈川県からの渡し舟で釣り人が渡航していたが、侵食が進んでいることによる安全上の理由から2005年6月末に立入りが禁止された。
現在は第一海堡とともに海上保安庁によって灯台が設置されている。2009年度から耐震化工事が行われるなど、今後も灯台と消防演習場として存続される予定である。


第1海堡
第1海堡_1
すぐ傍に見えるのが第2海堡
第1海堡_2
第1海堡_3
第1海堡_4
1881年8月起工、1890年12月完成。富津岬の沖合いすぐに位置し面積は約23,000平米。東京湾要塞の海堡として最初に運用が開始された。
第二海堡と第三海堡は1923年9月1日の関東大震災により被災し、その年の内に廃止・除籍されたものの、第一海堡はその後も使用され、東京湾要塞の一部として第二次世界大戦の終了時まで運用された。
現在中央部が破壊されているが、これは第二次世界大戦後に日本を占領下に置いた連合国軍により要塞無力化のために破壊されたためである。
土砂の堆積と関東大震災による隆起のため、富津洲と地続きになっていたことがある。富津岬突端の展望台からは横須賀市を背景に第一・第二海堡を一望することができる。
現在は海上保安庁によって灯台が設置されている。なお財務省の所管であり、無断での立ち入りはできない。


第3海堡
今は海上からは痕跡も見えない。
1892年8月起工、1921年完成。横須賀市観音崎沖に建設され、面積は約34,000平米。三つの海堡の中で最も水深が深い位置(約39メートル)に造成されたため難工事となり、完成までに30年を要している。しかし完成から2年後関東大震災により崩壊し4.8メートルも沈下し、全体の三分の一が水没してしまったために復旧は困難と判断されて廃止・除籍された。
第三海堡跡は浦賀水道航路に隣接し、海上交通の輻輳から海難事故の原因と指摘されていた。航路として安全な水深を確保するため2000年12月から撤去工事が進められており、2007年8月に撤去が完了した。吊り上げられた構造物は第三海堡跡南西2,000m の海域に投棄され魚礁などに再利用されているほか、一部は陸揚げして綿密に調査され、当時の土木工事の水準を超えた人工島造成技術が分析されている。
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2012年10月28日
最終更新 -0001年11月30日

4 Comments

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ijin  

猿島、第一海堡、第二海堡の位置づけが解りました。
現役の頃、釣りキチ三平。

釣り場としてしか、猿島は知りませんでした。
終戦直前直後のことは少し聞いてはいましたが・・

猿島周りとか、第一海堡周りとかは、カサゴや鯵の釣り場でした。
冬はアイナメ、カレイ。

千葉の吉野家は東京湾の浅場では有名でした。
そう、秋はハゼ釣りの船。

東京の空襲はしませんが、此処へ中国の船が入り込むことがないように願います。

2012/10/29 (Mon) 14:26

AzTak  

Re: タイトルなし

ijinさん、こんにちは。

> 猿島、第一海堡、第二海堡の位置づけが解りました。
> 現役の頃、釣りキチ三平。

釣りがお好きなんですか?私は釣りなどいくらでも出来る環境に育ちました。海、川、池、何でもあったのですが、釣りが好きになれなくて。社会人になって、根岸の埋立地の工場に配属になったら、今度は外部の方が釣らせてくれと迫って来ました。工場構内はよく釣れました。事務局の私以外は。

> 釣り場としてしか、猿島は知りませんでした。
> 終戦直前直後のことは少し聞いてはいましたが・・
>
> 猿島周りとか、第一海堡周りとかは、カサゴや鯵の釣り場でした。
> 冬はアイナメ、カレイ。
>
> 千葉の吉野家は東京湾の浅場では有名でした。
> そう、秋はハゼ釣りの船。

あんなに海堡の近くまで寄って釣るんですね。今は大型船の往来が激しいからそのたびに釣り船は大きく揺れ、船酔いに弱い方はアウトになってしまうかもしれませんね。カサゴ、鯵、アイナメ、カレイとは、美味しい魚ばかりですね。う~~ん。

> 東京の空襲はしませんが、此処へ中国の船が入り込むことがないように願います。

中国の潜水艦が入り込まないようには十分警戒しているはずです。一般の艦船も十分ウォッチされているはずです。日本の沖合は日・米・中・ロ入り乱れての情報合戦展開中だと思いますが、公海だからどうしようもありません。
東京湾はまだしも、尖閣諸島はどうなるんでしょうね。メタンハイドレードという資源の宝庫だと判明してからは大変です。シェールガスのように採掘が自然に及ぼす悪影響がかなり大きいものとは違います。今でも、中国側の井戸から日本の資源を採掘しまくっているのでしょう。赤い仙谷官房長官が引っ込んでも民主党の超弱腰外交ではなめられっぱなしです。

2012/10/29 (Mon) 15:01

Roman  

今晩は。
猿島や富津岬の砲台のはなしは聞いたり見かけたりしますが、
こんな人口の海堡を見る機会はないですね。
貴重なものを見た気がします。ありがとうございます。
東京湾の入口にこんながあると今では邪魔なものなんでしょね。

2012/10/29 (Mon) 19:11

AzTak  

Re: タイトルなし

> 今晩は。
> 猿島や富津岬の砲台のはなしは聞いたり見かけたりしますが、
> こんな人口の海堡を見る機会はないですね。
> 貴重なものを見た気がします。ありがとうございます。

多分富津岬辺りからは見ることができるんだと思いますが、横須賀側からは全く見えません。東京湾の航路に出て、方角を知っている人が目を凝らしてやっと見える程度です。このときは臨時のクルーズでしたから、近くに行く事ができました。

> 東京湾の入口にこんながあると今では邪魔なものなんでしょね。

第1海堡は富津のすぐ沖、第2海堡もそのすぐ傍です。すごく浅い海域ですが、小型船舶はこういうところでも座礁せずに行けるでしょうから、航路を広く使うという観点からは『邪魔だ、撤去しろ』という声が結構あるようです。でも千葉県側だけにしかありませんから、これを撤去したところで、どれほどのメリットがあるのか、私にはわかりません。撤去して得られる明白なメリットがないのなら、貴重な歴史遺産ですし、江戸前の漁場確保の観点からも、残しておくのも一手ではないかと思います。

2012/10/29 (Mon) 20:34

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