戸定邸を見に行ってきた - 未分類
FC2ブログ

戸定邸を見に行ってきた

今年は幕末にパリ万博が開かれて150年の年。江戸から明治へと世の中が大変革を遂げた激動の年。坂本龍馬はこの年に暗殺された。
その激動の年に、将軍慶喜の名代としてパリ万博に参加した。そのことを記念する一連のイベントが松戸市戸定歴史館で開催されている。そのことに関連した話を館長に聞きながら、あわせて、戸定邸を見に行ってきた。
ここでは、その時に撮った写真を中心にご覧いただく。今回は、すべてG5Xで撮影した。

屋外での様子
入り口付近
紅葉がきれい。ゆったりとしていた。
入り口付近_1
入り口付近_2
入り口付近_3
入り口付近_4
入り口付近_5
歴史館と戸定邸との間の様子
楓やイイギリなどが美しく色づいていた
歴史館と戸定邸との間の様子_1
歴史館と戸定邸との間の様子_2
歴史館と戸定邸との間の様子_3
歴史館と戸定邸との間の様子_4
歴史館と戸定邸との間の様子_5
歴史館と戸定邸との間の様子_6
歴史館と戸定邸との間の様子_7
歴史館と戸定邸との間の様子_8
歴史館と戸定邸との間の様子_9
歴史館と戸定邸との間の様子_10
歴史館の案内
館内は撮影できないので、徳川昭武公の往時の写真をこれで見ていただく。14歳のときの肖像だ。
歴史館の案内
戸定邸玄関
戸定邸玄関_1
戸定邸玄関_2
千葉大キャンパスに至る道
千葉大キャンパスに至る道_1
千葉大キャンパスに至る道_2
千葉大キャンパスに至る道__3
樹形の見事な木々
盆栽のように強制したものではなく、自然にそうなっていたものを見つけたと説明していた
樹形の見事な木々_1
樹形の見事な木々_2
樹形の見事な木々_3

戸定邸内部の様子
石蔵
案内図には内蔵(うちくら)と記載があった。葵のご紋がある長持と追加で寄贈された睡蓮鉢とがあった。う~~ん、お見事。
石蔵_1
石蔵_2
石蔵_3
石蔵_4
石蔵_5
旧徳川昭武庭園
客間や二の間から見た様子。立派なたたずまい。館長はかなり詳しく説明していた。専門家には蘊蓄を語るだけの内容があるのだろう。
旧徳川昭武庭園_1
旧徳川昭武庭園_2
旧徳川昭武庭園_3
この方角からは富士山が見えた
この日は、G5Xだけしか持参してこなかったので、丹沢山塊の大山が華路地てわかる程度にしか撮れなかった。長いレンズを持っていた方の話では、中央の無粋なビルの奥に富士山の半身くらいがかろうじて映ったようだ。肉眼では富士山が見えるような見えないような微妙な感じだった。
この方角からは富士山が見えた_1
この方角からは富士山が見えた_2
室内の様子
明治の初めに建てられた別邸であり、客間に段差を設けるとか、次の間(二の間)からの眺望に差をつけるなどということはしなかったそうだ。一つの見識だったのだろう。
室内の様子_1
室内の様子_2
室内の様子_3
室内の様子_4
室内の様子_5
室内の様子_6
室内の様子_7
室内の様子_8
室内の様子_9
室内の様子_10
使者の間
使者の間_1
使者の間_2
使者の間_3
使者の間_4
使者の間_5
使者の間_6
トイレ
趣があるなあ
トイレ_1
トイレ_2
間取り
間取り
文化財指定書
文化財指定書

1867年パリ万博150周年記念展 第3期「徳川昭武の日仏交流」の記載ページにjump
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2017年11月23日
最終更新 2017年11月23日

22 Comments

There are no comments yet.

MT  

おはようございます

徳川家も随分続きましたが、戦国時代の頃はなかなかピンと来ませんが、最後の頃の徳川家は、写真も残っているし、こうやって色々とその足跡を拝めることもできて親近感もあります。

2017/11/23 (Thu) 06:45

tugumi365  

戸定邸

徳川家のお屋敷がほぼ完全に残っているのですね。
是非一度行ってみたいです。
パリ万博から150周年とのことですが
来年は「北海道」と名付けられてから 150年です。
やはり歴史が変わる激動の時代だったのでしょうか。

2017/11/23 (Thu) 07:00

のんびり熊  

AzTakさん

おはようございます
明治になって、政治とは離れざるを得なかった徳川家。
それでも、三河.駿河の地を忘れないようにか、富士を望む所が良かったのかな?
さすが、素晴らしいです。

2017/11/23 (Thu) 08:41

無無  

おはようございます。

 そちらも木々が色づいているのですね

  それにしても立派なお屋敷で驚きました。

   茅葺きの門とは風情があり素敵です。

    忘れられた日本の佇まいを感じます。

2017/11/23 (Thu) 09:38

aiupa  

おはようございます^^

さすがわとても品のある庭園ですね~
条件によっては富士山も見えるのもいいですね✨

2017/11/23 (Thu) 09:59

tgryu  

こんにちは。
松戸と言えば恥ずかしながら
矢切の渡しや松戸南市場くらいしか知らず
このような立派な歴史建造物があったなんて
全く知りませんでした(^_^;)。
歴史に興味ある人はもとより庭園や紅葉好きにもぴったしですね。

ryu

2017/11/23 (Thu) 10:40

senri32  

「重要文化財指定書」。初めて見ました。

2017/11/23 (Thu) 10:42

お千  

幕末と言えば薩長と、新政府ばかりが取りざたされて、
退場する徳川家のことは表に出てきませんでしたね。
葵の紋も、どこか寂しげで、歴史の浮沈を感じます。
戸定邸、知りませんでした。

2017/11/23 (Thu) 14:58

senri32  

もう、平地にも紅葉が来たと考えてもいいですね。

2017/11/23 (Thu) 15:57

還暦おやじ  

こんばんは。

我が千葉県にようこそ(^_^.)
同じく松戸市の本土時寺の方へもまわられましたか?
本土寺も、紅葉とアジサイがきれいなお寺です。

2017/11/23 (Thu) 17:45

AzTak  

Re: おはようございます

MTさん、こんばんは。

> 徳川家も随分続きましたが、戦国時代の頃はなかなかピンと来ませんが、最後の頃の徳川家は、写真も残っているし、こうやって色々とその足跡を拝めることもできて親近感もあります。

14代将軍家茂がフランスで蚕の伝染病が流行り養蚕家が窮地に陥っているときに、救いの手を差し伸べたそうです。その謝意を込めて、パリ万博に招待したのだそうです。向こうは確かナポレオン三世だったと思います。しかし、家茂が逝去。跡を継いだ、慶喜は国内政情不安でとてもパリに行く余裕などありませんでした。そこで、慶喜の異母弟にあたる昭武公が将軍の名代として渡仏したそうです。
実に興味深い話ですが、門外漢の私にはちんぷんかんぷん。もう少し歴史を勉強しておくんでした。

2017/11/23 (Thu) 19:24

AzTak  

Re: 戸定邸

tugumi365さん、こんばんは。

> 徳川家のお屋敷がほぼ完全に残っているのですね。
> 是非一度行ってみたいです。

明治になって建てたお屋敷です。それも水戸ではなく、縁のあった松戸に建てたようです。
この家屋のポンと松戸市に寄贈したそうです。

> パリ万博から150周年とのことですが
> 来年は「北海道」と名付けられてから 150年です。
> やはり歴史が変わる激動の時代だったのでしょうか。

激動も激動。何もかも変わりましたから。大変な時代だったと思います。
来年は「北海道」と名付けられてから 150年ですか。そんな昔のことではないんですよね。

2017/11/23 (Thu) 19:31

AzTak  

Re: AzTakさん

> おはようございます

のんびり熊さん、こんばんは。

> 明治になって、政治とは離れざるを得なかった徳川家。
> それでも、三河.駿河の地を忘れないようにか、富士を望む所が良かったのかな?
> さすが、素晴らしいです。

水戸から江戸に行くときに、松戸神社の近くの丘で小休止をとっていたと聞きました。川を渡れば、そこは東京。地の利が大変に良いようです。また、その丘からは富士山が良く見えた。ということで、この土地を買い求めたようです。

2017/11/23 (Thu) 19:35

AzTak  

Re: タイトルなし

> おはようございます。

無無さん、こんばんは。

>  そちらも木々が色づいているのですね
>
>   それにしても立派なお屋敷で驚きました。
>
>    茅葺きの門とは風情があり素敵です。
>
>     忘れられた日本の佇まいを感じます。

昭武公はその後は作庭家としても活躍したようです。そういう方の風雅なお住まいなんでしょうね。

2017/11/23 (Thu) 19:37

AzTak  

Re: おはようございます^^

aiupaさん、こんばんは。

> さすがはとても品のある庭園ですね~
> 条件によっては富士山も見えるのもいいですね✨

作庭家としても活躍されたそうです。気合を込めて作られたのかもしれませんね。客間からは普通に富士山が見えたようです。
今は肝心かなめの位置に高層ビルが建ってしまい、目隠し状態になってしまいました。大山阿夫利神社のある大山ははっきり確認できました。

2017/11/23 (Thu) 19:42

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは。

tgryuさん、こんばんは。

> 松戸と言えば恥ずかしながら
> 矢切の渡しや松戸南市場くらいしか知らず
> このような立派な歴史建造物があったなんて
> 全く知りませんでした(^_^;)。
> 歴史に興味ある人はもとより庭園や紅葉好きにもぴったしですね。
>
> ryu

こういうものをポンと寄贈するなんて、貧乏人の私には考えられないことですが、お蔭で松戸市には、貴重な文化遺産ができたようです。他にもいろいろあるのでしょうが、水戸街道を通って帰省するとき、いわきまでの道のりははるか遠く、松戸市に途中下車することはありませんでした。

2017/11/23 (Thu) 19:47

みすてぃ  

こんばんは!
明治の徳川家の完全に残る唯一の住まいが、保存されていたのですね。 
よくご存じです。
部屋数多く23で、お庭も広くて23枚目の木のお写真は圧倒されるように
迫ってきます。
お風呂場の次の天井の正方形の編み込んだようになっているのも素敵で
前に写真で同じように編み込んだ長火鉢の外枠がこの造りで印象に残り
ました。

徳川家と言えば葵の御紋なので、長持いいですねー!!

2017/11/23 (Thu) 19:48

AzTak  

Re: タイトルなし

senri32さん、こんばんは。

> 「重要文化財指定書」。初めて見ました。

本物か複製かわかりませんが、ああいう感じなんですよ。
明治期の建物で国指定の重要文化財はあまりありません。異例の早さで指定するだけの価値を国が認めたということなんでしょうね。

2017/11/23 (Thu) 19:51

AzTak  

Re: タイトルなし

お千さん、こんばんは。

> 幕末と言えば薩長と、新政府ばかりが取りざたされて、
> 退場する徳川家のことは表に出てきませんでしたね。
> 葵の紋も、どこか寂しげで、歴史の浮沈を感じます。
> 戸定邸、知りませんでした。

あるお方と話をしていて、偶然知りました。いずれ、ここを訪問してみたいと考えていました。ナポレオン3世に正式に招待を受けて参加することになったパリ万博ですが、将軍の慶喜は国内情勢の混乱のさなか行くことができませんでした。それで、英明な方と評判の高かった昭武公に白羽の矢が立ったそうです。それが150年前のこと。記念イベントが開催されていて、出不精の私も重い腰を上げました。
ナポレオン3世が失脚し、徳川幕府も崩壊したのちも、双方の交流があったようです。

2017/11/23 (Thu) 20:03

AzTak  

Re: タイトルなし

senri32さん、こんばんは。

> もう、平地にも紅葉が来たと考えてもいいですね。

そうですね。そちらのお近くでは、鎌倉の長寿寺がお勧めです。今の時期は12月初めまで、金土日のみ、境内を公開しています。実に見事ですから如何でしょう。

2017/11/23 (Thu) 20:06

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんばんは。

還暦おやじさん、こんばんは。

> 我が千葉県にようこそ(^_^.)
> 同じく松戸市の本土寺の方へもまわられましたか?
> 本土寺も、紅葉とアジサイがきれいなお寺です。

千葉県にお住まいでしたか。今回は、声をかけてくれた方がいて、その方のお誘いでこのイベントに参加しただけでした。仲間の超高級車の送迎が付き、見終わったら、私一人だけ単独行動という訳にもいかず、今回は周辺の名所はパスでした。
本土寺の評判はよく承知しています。いずれ、行ってみたいと思います。

2017/11/23 (Thu) 20:16

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんばんは!

みすてぃさん、こんばんは。

> 明治の徳川家の完全に残る唯一の住まいが、保存されていたのですね。 
> よくご存じです。
> 部屋数多く23で、お庭も広くて23枚目の木のお写真は圧倒されるように
> 迫ってきます。
> お風呂場の次の天井の正方形の編み込んだようになっているのも素敵で
> 前に写真で同じように編み込んだ長火鉢の外枠がこの造りで印象に残り
> ました。
>
> 徳川家と言えば葵の御紋なので、長持いいですねー!!

凄いですよね。今回此処に行き、昭武公とナポレオン三世とが親しくお付き合いをしていたと知り、本当に驚きました。
お誘いしてくれた方は、そんな話何もしていなかったので、最後の水戸藩主の単なる瀟洒な別邸かと思っていました。
ナポレオン三世の失脚がまだ先だったら、戦費調達が実現し、徳川の時代が続いていたかもしれず、歴史の転がり方も、紙一重だったんだなあと思わされました。

2017/11/23 (Thu) 20:25

Leave a reply