旧東海道品川宿近辺を歩く(4) - 旧東海道品川宿近辺を歩く_2012_October
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旧東海道品川宿近辺を歩く(4)

街道沿いで目立った建物他
銅の外壁とした建物が目立つ。
街道沿いで目立った建物他_1
東海江or東海道…皆が首をひねった標識
街道沿いで目立った建物他_2
街道沿いで目立った建物他_3
街道沿いで目立った建物他_4
街道沿いで目立った建物他_5
街道沿いで目立った建物他_6
古めかしい医院
街道沿いで目立った建物他_7
街道沿いで目立った建物他_8

鈴ヶ森刑場跡
旧東海道の道端にあったのには驚いた。もう少し人里離れたところにあるのではないかと予想していたのだが、…。当時の広さはないが、現在も井戸や、火炙用の鉄柱や磔用の木柱を立てた礎石などが残されている。なお、礎石の位置はかつてあった場所から移動され、供花台も設置されて、一種の供養碑の役割も果たしている。
大経寺のすぐ右が旧東海道で左が現東海道(第1京浜)。刑場跡は大経寺のすぐ南側の緑の場所。
鈴ヶ森刑場跡_地図
鈴ヶ森刑場跡標識_1
鈴ヶ森刑場跡標識_2

火炙台と磔台
火炙台と磔台_1
火炙台と磔台_2
火炙台と磔台_3
火炙台と磔台_4
火炙台と磔台_5

首洗の井
首洗の井_1
首洗の井_2

当時の東海道沿いの、江戸の入り口とも言える場所にあるが、刑場設置当時浪人が増加し、それにともない浪人による犯罪件数も急増していたことから、江戸に入る人たち、とくに浪人たちに警告を与える意味でこの場所に設置したのだと考えられている。
最初の処刑者は江戸時代の反乱事件慶安の変の首謀者のひとり丸橋忠弥であるとされている。反乱は密告によって未然に防がれ、忠弥は町奉行によって寝込みを襲われた際に死んだが、改めて磔刑にされた。その後も、平井権八や天一坊、八百屋お七、白木屋お駒といった人物がここで処刑された。


刑場跡には、こんなものも残っていた。
六十六部供養塔
六十六部供養塔_1
六十六部供養塔_2

「六十六部」は六部ともいわれ、六十六部廻国聖のことを指します。これは、日本全国66カ国を巡礼し、1国1カ所の霊場に法華経を1部ずつ納める宗教者です。中世には専業宗教者が一般的でしたが、山伏などと区別のつかない場合も少なくありませんでした。また、近世には俗人が行う廻国巡礼も見られました。なお、奉納経典66部のことを指して六十六部という場合もあります。…時代が降って、近世の六十六部廻国巡礼に関しては、六十六部廻国供養塔などの石造物が少なからず見られます。

坂本龍馬像
京浜急行電鉄立会川駅前にある坂本龍馬像。浜川砲台跡地より敷石の一部が発見されたことを記念し、高知市より寄贈されたもの。坂本龍馬は嘉永6年(1853年)、土佐藩抱屋敷(浜川砲台跡)警護に動員されており、その縁に因るそうだ。
坂本龍馬像_1
坂本龍馬像_2

立会川
東京都目黒区および品川区を流れる二級河川。坂本龍馬像のすぐ傍を流れている。碑文谷池と清水池に源を発し、南東方向へ流れる。品川区の西小山駅、荏原町駅、西大井駅、大井町駅、立会川駅付近を通り東京湾に注ぐ。
立会川_1
立会川_2
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2012年10月23日
最終更新 -0001年11月30日

18 Comments

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solo  

おはようございます。

旧東海道の道端にあったのには驚いた。
本当ですね!驚きました。
前半の街の風情から後半は一変しドキュメントタッチ!
一粒で二度おいしいブログ記事になってますね♪。
小生のように地方在住で、尚且つ、東京へはご縁がなくなった者には
鈴ヶ森刑場跡の現況は新鮮でした。

2012/10/23 (Tue) 06:25

AzTak  

Re: タイトルなし

> おはようございます。
>
> 旧東海道の道端にあったのには驚いた。
> 本当ですね!驚きました。

見せしめだったようです。火炙り台と磔台とは敷地内で少し動かしたようですが、街道を行く人たちへの見せしめ効果はすごかったのではないかと思います。あまり凝るのも如何かと思い、この辺にとどめました。

> 前半の街の風情から後半は一変しドキュメントタッチ!
> 一粒で二度おいしいブログ記事になってますね♪。
> 小生のように地方在住で、尚且つ、東京へはご縁がなくなった者には
> 鈴ヶ森刑場跡の現況は新鮮でした。

鈴ヶ森刑場跡は自分も見てみたいと思っていたので、立会川駅前で解散後に足を伸ばしました。受刑者の怨念が漂っているような気がし、あまり長くとどまらないほうがよさそうな気がしました。臆病者ですかねえ。

2012/10/23 (Tue) 07:15

ブーくん  

本当に懐かしく拝見させて頂いております(^_-)-☆
ちょうど今年の梅の時期にブライヤーを連れて、五反田、立会川、鈴ヶ森としながわ水族館まで歩いた事を思い出しました。
まさに、この道だったかしら~とウキウキしながら拝見しました。
何気なく歩いていた道ですが素敵なお写真で拝見すると一つの素晴らしい場所のように改めて感じました。

2012/10/23 (Tue) 13:35

ijin  

品川宿周り

今日は。

会社のOB会で「品川宿」周り探索と称し、幹事が資料を集めて、会員に配り、
4時間ばかり散策したことありました。
あの頃は私も相応の健康度で、それ位の散策には耐えました。

鈴が森刑場は、それだけでドラスティックな歴史の場所ですからよく覚えています。
此処でご案内のその他の場所ははっきり記憶しませんが、民家の商店が昭和の商店の儘であったり、
数多くの歴史のあるお寺が今もちゃんと保存されているのに驚いたものでした。

そこからわずかの距離の超高層のマンションにOBが2人入っていました。
其処へも案内されましたが、時代ショックみたいなのを感じました。

ブログは健康度を表していますね。
こちらのブログのスピードに驚いています。

拙いコメントを御判読願います。

2012/10/23 (Tue) 13:49

AzTak  

Re: タイトルなし

> 本当に懐かしく拝見させて頂いております(^_-)-☆
> ちょうど今年の梅の時期にブライヤーを連れて、五反田、立会川、鈴ヶ森としながわ水族館まで歩いた事を思い出しました。
> まさに、この道だったかしら~とウキウキしながら拝見しました。
> 何気なく歩いていた道ですが素敵なお写真で拝見すると一つの素晴らしい場所のように改めて感じました。

ブーくんさん、こんにちは。

今回は80歳代の方でも歩くことができるようなコース設定でペース配分でした。自分一人の気ままな散歩とはちょいと勝手が違いました。年寄り連中はさすがによく知っている様子で、何度もきたことがある人が多い様子でした。すぐ、脇道に入ろうとする御仁がいらっしゃるもので、ポイントごとの集合時間に間に合うか、気が気でなく…今度、一人でいった時に感想を書こうと思います。『再挑戦する意思あり』というのが、今のところの感想です。それと、海沿いの道なので平坦で助かったことは間違いがありません。

2012/10/23 (Tue) 14:21

AzTak  

Re: 品川宿周り

> 今日は。

ijinさん、こんにちは。

> 会社のOB会で「品川宿」周り探索と称し、幹事が資料を集めて、会員に配り、
> 4時間ばかり散策したことありました。
> あの頃は私も相応の健康度で、それ位の散策には耐えました。

長嶋さん流に言えば、私は『初めての還暦』を過ぎたばかりなので、まだijinさんよりは動けるんだと思います。以前から、イベリア半島の聖地巡礼を志していて、一日最低でも2万歩ほど歩きまわりました。あるとき、足が痛いなと思ったのですが、自分ではトレーニングの成果が出たのかなと喜んでいました。ところが、程なく膝の靭帯を部分断裂してしまう憂き目に。靭帯が切れる音が聞こえた感じでした。それも、1ヶ月の内に3回も。ということで、今度は仲間のお荷物にならないか心配になって来ました。
走って上り降りできた長い階段をゆっくりゆっくり上り降りしなくてはいけないのは、相当なショックでした。
ということで動けないので、もう一つの趣味であるPCいじりに没頭しました。そうしたら今度は、膝だけでなく、首、背中、腰もひどく痛むようになりました。
カイロプラクティック治療などを継続的に受けて、漸く最近になってさしたる痛みが無くなって来ました。ということで、嬉しくて、あちこちに出かけています。今度は気をつけながらです。

> 鈴が森刑場は、それだけでドラスティックな歴史の場所ですからよく覚えています。
> 此処でご案内のその他の場所ははっきり記憶しませんが、民家の商店が昭和の商店の儘であったり、
> 数多くの歴史のあるお寺が今もちゃんと保存されているのに驚いたものでした。

そんな感じでしたね。品川神社はともかく、他は平坦な敷地に立地していますから、ijinさんも、もう一度歩けるかもしれませんね。

> そこからわずかの距離の超高層のマンションにOBが2人入っていました。
> 其処へも案内されましたが、時代ショックみたいなのを感じました。

御殿山の方には超高級マンションがありますね。相当な資金がいるようです。他にも色々できつつあるのかもしれません。

> ブログは健康度を表していますね。
> こちらのブログのスピードに驚いています。
>
> 拙いコメントを御判読願います。

PCはかなり前からいじっていましたので、素材さえあれば、入力は一向に苦にならないんです。子供が小さかった頃は簡単なゲームのプログラムを作って喜ばれたものでしたが、ファミコンが登場してあっさりと出番がなくなりました。最近は、ビジネス用のマクロプログラムを作成したり、くだらないゲームを作ったりしています。が、こちらは飽きてきました。本当のことを言えば、私の使っていたプログラム言語の新しい版が年々高くなり、いまは最低でも6桁の金額になっています。それで金儲けをするわけでないので、趣味への投資はほどほどにしているのです。
師匠に新しいプログラム言語の手ほどきを教わろうかとも思いますが、その70半ばのおじさんは、天才すぎて。こちらが戸惑っているのが不思議でならないようです。付き合っていると、こちらの頭の悪さを悲観して…

出歩きさえすれば記事はできそうですが、出歩くとやはりかなり疲れるようになりました。ここで疲れないようにするか、ちょっと踏ん張ってみるか、目下の考えどころです。

ijinさんの、ゆったりとした感じの記事も笠智衆さんのような味わいがあり素晴らしいと思っています。こちらは、下手な鉄砲の口です。精進しなくてはいけません。

長文ですみませんでした。

2012/10/23 (Tue) 15:03

君平  

こんにちは。
都内にもまだ銅板建築の建物が多少は残っていますよね。
看板建築とも呼ばれていますが、これが建ったときには
銅色が綺麗に光っていたと聞きます。
私は、そのような輝いている姿を見たことがないので、
いつかは見てみたいと思っています。
でも、中々新築ってないですよね。

2012/10/23 (Tue) 18:32

琴音  

こんばんは
先日は拙いブログにお越し下さり、ありがとうございました!

私は風景は殆ど撮らないので、新鮮な気持ちで拝見させていただきました
以前、目黒川近辺で働いておりましたが
立会川は知りませんでした
この辺りは、パワースポットとしても有名ですよね

2012/10/23 (Tue) 20:32

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは。
> 都内にもまだ銅板建築の建物が多少は残っていますよね。
> 看板建築とも呼ばれていますが、これが建ったときには
> 銅色が綺麗に光っていたと聞きます。
> 私は、そのような輝いている姿を見たことがないので、
> いつかは見てみたいと思っています。
> でも、中々新築ってないですよね。

君平さん、こんばんは。

『青銅』なんて書いてしまいましたが、『銅板』でしたよね。記述が間違っていました。m(_ _)m

銅板建築(看板建築)の建物は時々見かけるものの、確かに古めかしいものばかりですよね。関東大震災の直後に流行ったとか。そういうものが残っているということは、戦火を何とか免れたんでしょうね。

屋根以外の新築に使われないのは、何か理由があるのでしょうかね。お役所が建築許可をなかなか出さないとか、施工性が良くないとか、トタンよりはマシだけれど、やはり青サビが出るまでかなり安っぽく見えるとか、目立ちすぎるとか、そういう理由ですかね。本当に良い建築材料だったら、東京には金に糸目をつけないヒトはいくらでもいそうです。レトロ調を出そうと、最近、そういうものを実験的に取り入れようとしている商店街もあるみたいですが。


2012/10/23 (Tue) 20:47

Roman  

今晩は
はじめまして。
いつもこちらのサイトも訪問いただきありがとうございます。
品川の旧東海道にはいろいろ残されていますね。
処刑場に六十六部ですね。
「六部殺し」の話を思い出してしまいました。
今夜は寝られないかも・・・・

2012/10/23 (Tue) 20:56

ゆるポタ  

http://yurupota.blog66.fc2.com/

良いですね〜
私も昔の街道を歩くのは好きです。自転車で(笑)
当時の痕跡をあちこちで発見できますよね。それが楽しいです。
昔を偲ばせる建物も、被写体にもってこいです。

2012/10/23 (Tue) 21:01

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんばんは
> 先日は拙いブログにお越し下さり、ありがとうございました!
> 私は風景は殆ど撮らないので、新鮮な気持ちで拝見させていただきました

琴音さん、こんばんは。
ピントがきちんと合った写真をまず極めたいと思っているのですが、なかなかそう行かずに困っています。そういう意味で、『彩季~SAIKI~』の写真は、大いに刺激される存在です。メガネを変えよう、レンズを変えよう、カメラを変えよう、言い訳のオンパレードは見苦しいですよね。

> 以前、目黒川近辺で働いておりましたが
> 立会川は知りませんでした
> この辺りは、パワースポットとしても有名ですよね

立会川は、私の家からそう遠くない碑文谷池と少しだけ離れた清水池の湧水が水源とされるので、ちょっぴり下流域はどんなふうなのか興味がありました。昔は二級河川としては群を抜いて汚染された川だったようですが、東京駅に地下湧水をここに流すようになって、少しマシになったと聞きました。でも、見た感じあまり綺麗ではありませんね。
鈴ヶ森刑場へ送られる罪人を、その親族や関係者が最後に見送る(立ち会う)場所であることから「立会川」となったという説もあるようです。

目黒川と立会川とは上流側の距離のズレが下流でもその差になっているようで、目黒川のほうが都心寄りなんですね。また、立会川は大部分が暗渠化されているので、知名度がより低くなってしまったのかもしれません。

2012/10/23 (Tue) 21:13

ijin  

突然の故障

一日最低でも2万歩を歩かれた方が突然、膝の靭帯を部分断裂。
これは驚きを超えて、仰天でしたね。

私は現役の頃から高血圧で、序序にハートを壊していたようです。
次に腰痛が出て、次に次々に病気。
これもどこまで続か天を仰ぐのは同じでも、一度に急に出たのではありません。                             

元気な人が急に身体を壊すのはショックでしょう。

私がハートの手術して、退院する時院長が・・
「これからはトレーニングはありません。メンテナンスです」と言われました。
AzTakさんにも能力アップのトレーニングには気をつけて下さい。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                業転ですね、

2012/10/23 (Tue) 21:20

AzTak  

Re: タイトルなし

> 今晩は
> はじめまして。
> いつもこちらのサイトも訪問いただきありがとうございます。
> 品川の旧東海道にはいろいろ残されていますね。
> 処刑場に六十六部ですね。
> 「六部殺し」の話を思い出してしまいました。
> 今夜は寝られないかも・・・・

Romanさん、こんばんは。

先ほど、変身を書きかけていたところでウィルスが入ってきたっというメッセージが割り込み、対処をしていた関係ですっかり遅くなってしまいました。

Romanさんは、HNの通り、ロマンを求めて、地元を丹念に回られているようですね。そういう生き方、尊敬してしまいます。私も定年を迎えたら、一つのことを一生懸命ものにするようなことをしたいと考えていたのですが、言うは易し行うは難しでした。

六部ってのは胡散臭いやつ、もしかしたら、間者かも知れないと疑われていたのでしょうね。場合によっては、闇に葬られたこともあったのかも。あの供養塔がなぜ、鈴ヶ森の刑場跡にあるのか、不思議でなりません。もしかしたら、そちらが先にあったのかもしれませんが。ちょっと疑問に突き当たるとそこで行き止まり。わざと文献等を残さなかったのかもしれませんが、よくわかりません。気にしないで、ゆっくりお休みください。血圧が上がると大変です。

これからも宜しくお願いいたします。

2012/10/23 (Tue) 22:50

AzTak  

Re: http://yurupota.blog66.fc2.com/

ゆるポタさん、こんばんは。コメント有難うございます。

> 良いですね〜
> 私も昔の街道を歩くのは好きです。自転車で(笑)
> 当時の痕跡をあちこちで発見できますよね。それが楽しいです。
> 昔を偲ばせる建物も、被写体にもってこいです。

最初こそ少し違いますが、そこから先は箱根駅伝のコースとそんなに変わらない道筋でしょう。横浜辺りまでは自転車で楽勝コースですね。自転車だと速すぎて、歩行者の動き方と違ってしまうため、見落としてしまうものがあり、一方で、見つけてしまうものもあるのでしょうね。それはそれで面白いかもしれませんね。
あんなに銅板建築が残っていたとは少々驚きました。もっと存在するようです。戦火を免れたのでしょうか。一人で歩いたら、何時間懸かるかわからなくなってしまいそうでした。

2012/10/23 (Tue) 23:02

AzTak  

Re: 突然の故障

> 一日最低でも2万歩を歩かれた方が突然、膝の靭帯を部分断裂。
> これは驚きを超えて、仰天でしたね。

『ああ、やってしまった』と思いました。運動選手ではないので、靭帯は細くなったまま、周囲の筋肉に頑張らせる。それしかありませんでした。これはいうのは簡単ですが、意外に大変でした。道のほんの僅かな傾斜でも足に響きます。脂汗がどんどん出てきました。痩せる思いだったのですが、実際には痩せませんでした。『痩せると足腰の負荷が大幅に軽減できるんだよ』と何度も言われましたが。

> 私は現役の頃から高血圧で、序序にハートを壊していたようです。
> 次に腰痛が出て、次に次々に病気。
> これもどこまで続か天を仰ぐのは同じでも、一度に急に出たのではありません。             >
> 元気な人が急に身体を壊すのはショックでしょう。

大変でしたね。私の方は、ショックは感じなかったのですが、痛いところがあると、庇って変な姿勢になってしまったようです。膝だけでなく、腰も背中も肩も首もひどく痛むようになりました。症状をほぼ取り去るまで、かなりの時間がかかりました。

> 私がハートの手術して、退院する時院長が・・
> 「これからはトレーニングはありません。メンテナンスです」と言われました。
> AzTakさんにも能力アップのトレーニングには気をつけて下さい。

お互いにオーバーワークにならないように気をつけましょう。明日は後見人教育の最終ステップの最後の集合教育があります。眠りこけてしまわないよう、この辺で失礼します。

有難う御座いました。

2012/10/23 (Tue) 23:27

kozoh55  

お晩です、AzTakさん

お店屋さんは歴史があってよかったですよね。
あの金物屋さんとか、畳屋?さんだったかしら。
鈴ヶ森の刑場は私も未訪問の場所、
小塚原の刑場とどんなふうに違うのか
楽しみでもありました。
やはり悲しいお話なんですね。
どちらも泪橋ですもね。
竹内醫院はAzTakさんが秩父で見た建物と
似てませんでしたか、勝手な印象なんですけど。

2012/10/23 (Tue) 23:43

AzTak  

Re: お晩です、AzTakさん

> お店屋さんは歴史があってよかったですよね。
> あの金物屋さんとか、畳屋?さんだったかしら。

銅板建築もしくは看板建築と言うんだそうです。コメントで教えていただきました。
金物屋さんとか畳屋さんとかは、他では取って代わられにくい商売でしょうから、すこしずつ注文は減っても、何とかやってこられているのかもしれませんね。

> 鈴ヶ森の刑場は私も未訪問の場所、
> 小塚原の刑場とどんなふうに違うのか
> 楽しみでもありました。
> やはり悲しいお話なんですね。
> どちらも泪橋ですもね。

ほんとうにそうですね。

> 竹内醫院はAzTakさんが秩父で見た建物と
> 似てませんでしたか、勝手な印象なんですけど。

お医者さんの建物は似てしまう感じですね。実感です。

コメント有難う御座いました。

2012/10/24 (Wed) 08:40

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