掛川に行ってみた(9) - 掛川に行ってみた_2017_Aug&Sep
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掛川に行ってみた(9)

竹之丸
国宝の彦根城を見に行った時も感じたことだが、城の防衛上重要な場所には家老を住まわせて責任の一端を担わせていた。それと同じようなことが、この掛川城の竹之丸においてもなされていた。当時誰が住んでいたかよりも、維新後のその一画の変遷が興味深い。
竹之丸には、江戸時代から続く葛布問屋「松屋」を営んでいた松本家が住まう。また、その隣接地には、前回取り上げた大日本報徳社が土地を取得したのだ。多くの人に細分されたのではなく、まとまった大きな土地の活用が図られたことは、ある意味で、後世の人のためになった。
前置きは、その程度に収め、中に足を踏み入れてみる。


門をくぐる
昔の家老屋敷のような風格だ
門をくぐる_1
門をくぐる_2
門をくぐる_3
ついでに庭も見ておこう
ついでに庭も見ておこう_1
ついでに庭も見ておこう_2
ついでに庭も見ておこう_3
暑くて敵わないので、屋内に入って涼もう
掛け軸の字を読もうとすると疲れて、余計汗をかきそうなので、早々に断念した
暑くて敵わないので、屋内に入って涼もう_1
暑くて敵わないので、屋内に入って涼もう_2
暑くて敵わないので、屋内に入って涼もう_3
暑くて敵わないので、屋内に入って涼もう_4
離れらしい
ヨガ教室開催中とかで立ち入りはできなかった
離れらしい
メインの部屋
大きな和室だ。四方八方が開け放たれている。それでも暑さを感じない。ゆったり造られている建物はいいなあ。在りし日はどんな使用方法をしていたのだろうか?
メインの部屋_1
メインの部屋_2
メインの部屋_3
喫茶スペース
将棋の対局が行われたのだろうか。棋士2人の色紙が飾られてあった。
喫茶スペース_1
喫茶スペース_2
喫茶スペース_3
喫茶スペース_4
暑くてたまらなかったので、クールダウンを図った。たまにはいいかな。
喫茶スペース_5
この字なら簡単に読むことができる
渡辺明王将の『意志堅固』と、羽生善治三冠の『泰然自若』。ともに個性的な字ではあるが、…。将棋ほどには鍛錬を積んでいなさそうだ。
この字なら簡単に読むことができる
改めて庭を見た
改めて庭を見た_1
改めて庭を見た_2
改めて庭を見た_3

こちらのお宅は、葛布問屋「松屋」を営んでいた松本家が本宅として建築した建物だそうだ。葛布ってどんなものか確認し、小物を土産に買って帰ろうと思っていたのだが、店の前を素通りしてしまったようだ。残念無念。あの裃の生地なのか。う~~ん。

当地に葛布の製法が生まれたのは、その昔、掛川西方の山中にある滝の側で庵を結んでいた行者が、滝水に打たれ、さらされている葛蔓を見つけ、それが繊維として使用できると考えて、信徒の老婆に葛の繊維を採る方法を教え与えたことからと言い伝えられております。
歴史的に認識されて来たのは鎌倉時代からで、当時は、蹴鞠(ケマリ)の奴袴(サシキヌ)に用いられ、江戸時代に入り東海道の掛川宿の繁栄と共に葛布も栄え、広く世間に知られ裃地(カミシモジ)、乗馬袴地、合羽地などに使用され、また参勤交代の諸大名の御土産品としても大変珍重されておりました。ところが、明治維新による武家階級の転落、生活様式の急転により壊滅的打撃を受け問屋は大半が転業しました。
明治の初期、襖の引き手の葛布にヒントを得て、従来の着尺巾を三尺巾に織り、東京に出し大好評を得て以来、襖地として生産される事となり、また明治30年頃より壁紙としてアメリカへ輸出したところ大変評判が良くGrassClothの名で、最高級の壁紙として喜ばれました。
戦後になるとコストの安い韓国産が出回り再び大打撃を受け、現在は織元も三軒になりましたが、伝統を守った葛布の持つ美しさと素朴な味わいは、今でも内外を問わず多くの人々に親しまれ、愛用されております。

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掛川城の郭「竹の丸」
天正18年(1590年)、豊臣秀吉によって掛川城主に任命された山内一豊は、それまでの掛川城に郭を付け加え、城を拡張しました。この時に竹の丸も造成されたと考えられます。
竹の丸は、天守閣や本丸など城の中心部に通じる道筋にあたり、防衛上重要な場所であったことから、家老など重臣の屋敷地に割り当てられていました。
竹の丸の由来
いつ頃から竹の丸と呼ばれていたのか明らかではありませんが、18世紀初頭に描かれた「遠州懸河城郭図」には、「竹ノ丸」という表記が見られます。
現在の建物
江戸時代より続く葛布問屋「松屋」を営んでいた松本家が本宅として建築した建物です。主屋は明治36年に建造され、桁行10間、梁間7間半の平屋建寄棟造です。離れは大正末期から昭和初期にかけて、平屋建から二階建に増築されています。
昭和11年、邸宅は当時の掛川町に寄贈され、現在も掛川市で管理しています。
平成19年1月30日に市の文化財指定を受けた竹の丸(旧松本邸)は、平成19年6月から修復工事を行い、平成21年5月30日に落成式を迎え一般に公開されています。


掛川城公園
はす池
池の中で何やら手入れをしている人がいた。してみるとかなり浅い池のようだ。
掛川城公園_はす池_1
掛川城公園_はす池_2
三の丸から見た様子
幕末の安政東海地震で崩壊するまでは、城郭御殿もこの奥の三の丸にあった。城郭御殿からの眺めはこんな風だったのだろう。
掛川城公園_三の丸から見た様子_1
掛川城公園_三の丸から見た様子_2
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2017年09月17日
最終更新 2017年09月17日

8 Comments

There are no comments yet.

みすてぃ  

AzTakさん、おはようございます。
門からの昔の家老屋敷のようで大変立派なお屋敷ですね。
日本家屋の良さが、14枚目の襖を取り払っているので、
抜け感があって、座りながらお庭の爽やかな空気を吸えそうです。

かき氷は体の中も冷たさで歓びそうで、これはマンゴーですか?
甘そうでツルンです.....

葛布は素通りされて残念でしたね。
写真を撮っていると、素通りしたり気づかなかったりして
後で行けばよかったと思うことはしょっちゅうあります (*´~`*)

2017/09/17 (Sun) 08:37

tgryu  

こんにちは。
松本家本宅はこれみよがしな豪商の家ではなく
質実で気品のある邸宅ですね。
家を見ると何となく家主の性質や性格が現れているような気がします。
でも大正から昭和期に増築されたという二階家のバルコニーを見ると
大正ロマンに憧れた娘さんかお孫さんねだられて増築したんじゃないかしら?なんて勝手に想像したりしています。

ryu

2017/09/17 (Sun) 14:51

土佐けん  

こんにちは

掛川には一度だけ出かけましたが
拝見していると色んな綺麗な場所があるんですね~
僕達はお城だけ見て帰ってしまいました。
今度はゆっくりと回ってみたいと思います^^

2017/09/17 (Sun) 15:11

x都人x2  

こんにちは
何時も富士山に行く時は通り過ぎてばかりで
とっても素敵な所なので帰りにでも
時間を作って寄れたらなって(^^

2017/09/17 (Sun) 16:23

AzTak  

Re: タイトルなし

> AzTakさん、おはようございます。

みすてぃさん、こんばんは。

> 門からの昔の家老屋敷のようで大変立派なお屋敷ですね。
> 日本家屋の良さが、14枚目の襖を取り払っているので、
> 抜け感があって、座りながらお庭の爽やかな空気を吸えそうです。

当日は東京はむちゃくちゃ寒い一日だとTVで報じていましたが、掛川市はむちゃくちゃ暑かったんです。熱中症になりそうな感じでおしり見学などをしていたのです。が、このお屋敷は、何と冷房無し。耐えられないくらい暑そうだとに思うと思います。ところが、ものすごく居心地がいいんです。
天上が高く、風通しがいい。そして、隣家から冷房の排熱が入り込まない。それだけで、居心地がぐんと違うものなんですねえ。

> かき氷は体の中も冷たさで歓びそうで、これはマンゴーですか?
> 甘そうでツルンです.....

マンゴーでした。日本で食べるのはこの程度で我慢しなくっちゃ。もう少し食べたきゃ、台湾にでも行くしかないかも。もう食べきれないというほど食してみたいものです。

> 葛布は素通りされて残念でしたね。
> 写真を撮っていると、素通りしたり気づかなかったりして
> 後で行けばよかったと思うことはしょっちゅうあります (*´~`*)

昔の裃の生地などにしたそうです。時代が変われば、需要が激減してしまいますよね。今度行く機会があれば、見落とさずにしっかり買い込もうと思います。

2017/09/17 (Sun) 20:44

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは。

tgryuさん、こんばんは。

> 松本家本宅はこれみよがしな豪商の家ではなく
> 質実で気品のある邸宅ですね。
> 家を見ると何となく家主の性質や性格が現れているような気がします。

そんな感じを私も受けました。

> でも大正から昭和期に増築されたという二階家のバルコニーを見ると
> 大正ロマンに憧れた娘さんかお孫さんねだられて増築したんじゃないかしら?なんて勝手に想像したりしています。
>
> ryu

(ФωФ)フフフ・・・、ヨガ教室で使用中で入ることができず、内部は見ることができませんでした。おそらく『和モダン』のしつらえだったんでしょうね。

戸定邸なども、地元に寄付されたようですね。あちらは、国指定の重要文化財。元の持ち主の縁者にその話を聞きましたが、もったいないことだとも思っていないようです。感覚が私などとは大違いのようです。

2017/09/17 (Sun) 20:59

AzTak  

Re: こんにちは

土佐けんさん、こんばんは。

> 掛川には一度だけ出かけましたが
> 拝見していると色んな綺麗な場所があるんですね~
> 僕達はお城だけ見て帰ってしまいました。
> 今度はゆっくりと回ってみたいと思います^^

まあ、きれいというよりは、その昔を偲ぶことができそうな建物が少なからずありましたね。
時間を何とか作り出して、もう少しゆっくり見てやってくださいね。何せ、山内一豊が愛してやまなかった街ですから。

2017/09/17 (Sun) 21:03

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは

x都人x2さん、こんばんは。

> 何時も富士山に行く時は通り過ぎてばかりで
> とっても素敵な所なので帰りにでも
> 時間を作って寄れたらなって(^^

そうですね。明け方まで富士山近辺で粘り、少々仮眠をしたら、ちょうど良い時間に掛川につくのではないでしょうか。
大井川鉄道の撮影の帰途だったら、もっと近いですね。日坂宿と掛川宿と東海道五十三次の25‐26番目の宿場がありますよね。何が残っているのかまでは存じませんが、期待大の行き先かもしれません。

2017/09/17 (Sun) 21:23

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