掛川に行ってみた(8) - 掛川に行ってみた_2017_Aug&Sep
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掛川に行ってみた(8)

大日本報徳社(2)
国指定重要文化財である大講堂に驚かされたが、他の建物なども負けていない。私が思わず唸ったのは、仰徳学寮と仰徳記念館と。いずれも、明治の大実力者であった有栖川熾仁(たるひと)親王のお住まいになっていた建物なのだ。有栖川宮家は、熾仁親王にも、後継の威仁親王にも後嗣がなく、宮家が断絶したのか。それで、昭和13年、主のいなくなった建物がこちらに下賜、移築された。133年を経た建物であるが、その風格のすごさは特筆すべきものだった。
建物
仰徳学寮(静岡県指定有形文化財)
実にきれいな建物だった。無粋な私でも唸るほどの立派な建物。さすが宮様の中の宮様の邸宅だっただけはある感じだ。大講堂の見学を申し出るのに、一瞬、建物内に入ったが、じっくり拝見させてもらいたかったのが本心だ。たまたま、ここの施設を借用する予定の関係者が下見に来ていたが、その時に図々しく言えば、一緒に見せてもらえたかもしれなかった。残念ながら、そこまでは知恵が回らなかった。
仰徳学寮(静岡県指定有形文化財)_1
仰徳学寮(静岡県指定有形文化財)_2
明治17年(1884年)竣工の有栖川宮邸の一部であり、同37年(1904年)からは、霞が関離宮の一部であった。大正13年(1924年)からは、帝室林野局仮庁舎として使われ、昭和13年(1938年)に大日本報徳社に移築された。
仰徳記念館(静岡県指定有形文化財)
こちらも下賜された建物。有栖川宮家では何に使用していたのだろうか。デザイン的に美しい建物。強く印象に残った。
仰徳記念館(静岡県指定有形文化財)_1
仰徳記念館(静岡県指定有形文化財)_2
仰徳記念館は明治17年(1884年)有栖川宮熾仁親王邸として建てられたものの一部であり、昭和13年(1938年)に大日本報徳社に下賜され、現在地に移築された。正面14.5間、奥行3間の本体に廊下が取り付く木造平屋寄棟造桟瓦葺きの建物で延べ床面積269.42平米。
淡山翁記念報徳図書館(静岡県指定有形文化財)
1927年に、大日本報徳社によって岡田良一郎氏(雅号:淡山)の功績を讃える記念事業として、淡山翁記念報徳図書館が設立された。1952年からは、小笠郡掛川町の町立図書館として、掛川町立図書館が報徳図書館を借用していた時期もあったそうだ。
淡山翁記念報徳図書館(静岡県指定有形文化財)_1
淡山翁記念報徳図書館(静岡県指定有形文化財)_2
淡山翁記念報徳図書館(静岡県指定有形文化財)_3
冀北(きほく)学舎(静岡県指定有形文化財)
撮るつもりでいたのに、単独のショットを撮り損ねていた。下の仰徳学寮と冀北学舎のツーショットで、我慢していただきたい。今の掛川西高校につながるようだ。
単独の画像は無し m(__)m
冀北(きほく)学舎は、明治10年(1877年)に報徳社長の岡田良一郎により掛川市倉真の邸内に開かれた全寮制の校舎です。遠江(とおとうみ)国に英学(えいがく)を開くさきがけとして、また尊徳の教えを実践する拠点として設立され、入学生徒は300名あまりにのぼったといいます。

正門〈道徳門と経済門〉(静岡県指定有形文化財)
案内の方が、是非とも撮り忘れないようにと念押しした。大日本報徳社の関係者からすれば、非常に重い位置づけなのだろう。私も経済学史の端くれだが、まったく経済的な生き方ができていない。ちょっと気圧された感じだった。
正門〈道徳門と経済門〉(静岡県指定有形文化財)
明治42年(1909年)2月に建設された。花崗岩製の2本の門柱からなっており、右に「道徳門」、左に「経済門」と刻字されており、道徳と経済の調和した社会づくりを目指す報徳の教えを象徴している。道徳門と経済門の名は、報徳の教えの中の「天地の徳に報いるには、内にあっては天賦の良心を養成(道徳)し、外にあっては、天地の恵みである作物の育成を助ける(経済)ことである。」に由来する。

その他
大講堂と仰徳記念館
凄いツーショットだ
大講堂と仰徳記念館
仰徳学寮と冀北学舎
こちらも負けず劣らず凄いツーショットだ
仰徳学寮と冀北学舎
懐かしいホーローのものだ
我が家にもあったなあ。懐かしい番号が3桁のものだ。
懐かしいホーローのものだ
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2017年09月13日
最終更新 2017年09月13日

14 Comments

There are no comments yet.

Hiroki Nara  

おはようございます。

昔の木造建築物は貴重ですね。

でも維持費が半端じゃないので

大変ですね。

2017/09/13 (Wed) 08:58

tgryu  

こんにちは。
昭和40年代頃までの小中学校の校舎は仰徳学寮とよく似た
外観でしたね。
おそらくモデルになったと思われる校舎があったのでしょうね。
仰徳記念館はさすが有栖川宮邸だけあって気品があり
特にガラス戸のデザインがとても美しいです。
猪苗代町にも有栖川宮の別邸だった天鏡閣がありますが
こちらは洋館なので外観はあまり似てしません。

ryu

2017/09/13 (Wed) 10:11

ぴあの  

昭和13年ですか
仰徳学寮は懐かしい建物ですね

最近の建物は見た目は良くても安普請で心配ですが
嵐や地震にも遭遇したこともあろうがく持ち堪えてますね

しっかり作られているのですね

良いものを見て来られましたね

2017/09/13 (Wed) 13:12

x都人x  

今晩は
小学校2年くらいまでは木造の校舎で
そんな雰囲気のある建物が懐かしく感じます^^

その後統合されてバス通学になりました(笑

2017/09/13 (Wed) 19:12

のんびり熊  

AzTakさん

こんばんは
宮家の立派なお家。
事情はおありでしょうが、よくぞ残ったものです。
道徳門と経済門??
どちらも縁がないような・・・・・

2017/09/13 (Wed) 19:18

AzTak  

Re: タイトルなし

> おはようございます。

Hiroki Naraさん、こんばんは。

> 昔の木造建築物は貴重ですね。
> でも維持費が半端じゃないので
> 大変ですね。

国指定重要文化財を数件所有している知人に聞いたことがあります。
はっきりは言いませんでしたが、文化財の補修は勝手にはできないのだそうです。必要とあらば、上申して許可を得る必要があるそうです。許可されれば、補修の実施ということになるそうです。
その際、国、地元の管轄地方自治体、所有者の負担割合があるそうです。
所有者の全額負担では、文化財申請者がいなくなってしまうでしょうから、納得できる割合になっているのでしょうね。そういう風にして、文化財が維持されていくのでしょう。
県指定有形文化財でも、国指定重要文化財に準じるのでしょうね。

2017/09/13 (Wed) 19:47

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは。

tgryuさん、こんばんは。

> 昭和40年代頃までの小中学校の校舎は仰徳学寮とよく似た
> 外観でしたね。
> おそらくモデルになったと思われる校舎があったのでしょうね。

そうかもしれませんね。明治時代の皇族や要人は、それまでの、和風建築と一線を画すために洋風建築一本やりかと思いきや、かなり和風の色彩の強い私邸だったようですね。有栖川宮のこだわりだったのでしょうか。
私が撮った写真だと、ごく普通の建物に見えてしまいます。実物は、ものすごく品格のある建物なんです。なぜ、あの素晴らしさが出せないのか、落ち込んでしまいます。

> 仰徳記念館はさすが有栖川宮邸だけあって気品があり
> 特にガラス戸のデザインがとても美しいです。
> 猪苗代町にも有栖川宮の別邸だった天鏡閣がありますが
> こちらは洋館なので外観はあまり似てしません。
>
> ryu

記念館の本来の用途は何だったのでしょうかね。わからないながらも機能的な美しい建物だと思いました。特に直線の使い方が秀逸だったように思います。
猪苗代町の天鏡閣にも行ってみたいものです。

2017/09/13 (Wed) 19:59

AzTak  

Re: タイトルなし

> 今晩は

x都人xさん、こんばんは。

> 小学校2年くらいまでは木造の校舎で
> そんな雰囲気のある建物が懐かしく感じます^^
>
> その後統合されてバス通学になりました(笑

何となく、昔の木造校舎を想起される方が多いようですね。

私は、小学校・中学校ともに、木造の老朽校舎で過ごしました。東北なのに、暖房設備のない校舎で、中3の進学補習授業の時は、隙間風がとてもつらかったです。その後、両方ともに、老朽化し危険ということで、鉄筋コンクリートの校舎に建て替えになりました。
小学校の方は、さすがに流されることはありませんでしたが、内部の破壊がひどく、授業再開まで1年間修復に時間がかかりました。校庭には砂が十数㎝ほど堆積しました。小学校の前の橋は落ちました。中学校の校舎は高台にあり、難を免れました。体育館は一時的な避難先になりました。

2017/09/13 (Wed) 20:16

AzTak  

Re: タイトルなし

ぴあのさん、こんばんは。

> 昭和13年ですか
> 仰徳学寮は懐かしい建物ですね

下賜され移築したのが、昭和13年でした。なので、関東大震災は東京でしっかり持ち堪え、東京が空襲でやられたときには、掛川の移築されて難を逃れたようです。

> 最近の建物は見た目は良くても安普請で心配ですが
> 嵐や地震にも遭遇したこともあろうがく持ち堪えてますね
>
> しっかり作られているのですね
>
> 良いものを見て来られましたね

手を抜かずに作られた住宅だったようです。私のヘタな写真で見るのとは比べものにならない素晴らしい建物だと思います。
機会があれば、セレブさんと新幹線の旅もよろしいのではと思います。

2017/09/13 (Wed) 20:24

AzTak  

Re: AzTakさん

> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 宮家の立派なお家。
> 事情はおありでしょうが、よくぞ残ったものです。

宮家に後嗣がなく、廃絶になってしまったんですね。そのお屋敷をどうするかです。不祥事でのお家断絶ではありませんでしたから、引き合いは多かったと思います。それをもらってきたのですから、その政治力たるや、すごいものがあったのでしょう。

> 道徳門と経済門??
> どちらも縁がないような・・・・・

上を見たらきりがありません。下を見たら、しっかり私が控えています。まったく頼りにはならなくて恐縮ですが。

2017/09/13 (Wed) 20:29

yosaku03  

今晩は!

この様な歴史的な建物を調べて行かれるのが凄いと思います。
色々と努力されているのが伝わってきます。
私は余り深く掘り下げて見ることをしませんので随分差が出てしまいます。
地元にも古い建物がありますが、見慣れているので余り関心を示さないですね。
この辺が私とAzTakさんの違いが出てしまいますね。

2017/09/13 (Wed) 21:44

AzTak  

Re: 今晩は!

yosaku03さん、こんばんは。

> この様な歴史的な建物を調べて行かれるのが凄いと思います。
> 色々と努力されているのが伝わってきます。
> 私は余り深く掘り下げて見ることをしませんので随分差が出てしまいます。
> 地元にも古い建物がありますが、見慣れているので余り関心を示さないですね。
> この辺が私とAzTakさんの違いが出てしまいますね。

ははは、買い被りです。私も表面上知り得ることを少しだけなぞっているだけです。本当に熱い方は、原点に何と書かれているのかまで、きちんと調べる方が少なからずおられます。その域までは程遠いです。
写真の説明が何とかできる程度です。なので、コメントに書かれてあることを見て、いつもドキッとしています。はっきり言えば、小心者です。(^_^;)

2017/09/13 (Wed) 22:46

kozoh55  

どれも素敵です

こんにちは、kozoh55です、いつもありがとうございます。
ならんで映っている姿が、また格別ですね。
宮家とも関わりがあるのですねえ。
ガラス格子戸が印象深いです、こういった建物が同じように作られることは、もう2度と無いのでしょうね。
そんな気がしました。またお邪魔します、AzTakさん。

2017/09/22 (Fri) 15:37

AzTak  

Re: どれも素敵です

> こんにちは、kozoh55です、いつもありがとうございます。

kozoh55さん、おばんです。

> ならんで映っている姿が、また格別ですね。
> 宮家とも関わりがあるのですねえ。
> ガラス格子戸が印象深いです、こういった建物が同じように作られることは、もう2度と無いのでしょうね。
> そんな気がしました。またお邪魔します、AzTakさん。

こういうものの下賜を受けるとは、よほどの政治力があったということなんでしょうね。維新のころに逞しく行き、時代をリードした人がいたんですね。その人の思想のバックボーンが何と二宮尊徳翁だったとは。話を真剣に聞いていたようですね。
このような建物は二度と下賜されることはないでしょうね。

2017/09/22 (Fri) 20:13

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