掛川に行ってみた(5) - 掛川に行ってみた_2017_Aug&Sep
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掛川に行ってみた(5)

掛川城観光(5)
二の丸御殿…国指定重要文化財(2)
掛川城の二の丸御殿は全国でも珍しい現存城郭御殿で、なかでも二の丸御殿が残っているのは二条城と掛川城のみ。残りの高知城と川越城には本丸御殿が現存している。
現在の二の丸御殿は、1854年(嘉永7年)に起きた東海大地震によって倒壊したあとに、藩主であった太田資功公が再建したもの。明治に至るまで、掛川藩の政務所として使われた。江戸時代の建物とはいえ、かなり新しい方の建物になろう。

玄関から中に入る
入ると刀剣がまず目に入る。お城の施設であったことを思い出させる。
玄関から中に入る_1
玄関から中に入る_2
順路に沿って進む
隅にある大太鼓は、以前は『時の櫓』に置かれ、重要な時を知らせていたものだ
順路に沿って進む
次の間
藩主と謁見できる身分の高い武士が通された部屋
次の間_1
次の間_2
縁側からは天守閣がくっきりはっきり見える
たまには藩主も天守閣に上り下りすることがあったのだろう。足腰が丈夫でないとつらいことだっただろう。
縁側からは天守閣がくっきりはっきり見える
御書院上の間
藩主が政治をつかさどった公式の部屋
御書院上の間_1
御書院上の間_2
御書院上の間_3
廊下は畳敷きだ
廊下は畳敷きだ
小書院
藩主が疲れたときにくつろぐ私的な部屋
小書院_1
小書院_2
次の間
先ほど出てきた次の間とは別の次の間。藩主や奥方の用向きを務める者たちの控える部屋
次の間
長囲炉裏の間
今でいう公邸のリビングルームに相当する部屋。なぜだか、杉良太郎さんの寄贈した歴代城主の甲冑等が展示してあった。本物のようだ。天井は見損ねてしまった。
長囲炉裏の間_1
長囲炉裏の間_2
長囲炉裏の間_3
梵天〈幣束(めき)〉
祭礼などに用いられる、大型の御幣を『梵天』と称すようだ。これは、この御殿を立てた大工の伝蔵に上棟式の際に使われたものを城主から下賜されたものだとか。
梵天〈幣束(めき)〉
藩が最盛時のお城の様子
藩が最盛時のお城の様子
裏口
だったのかな、式台玄関がある立派なものだ
裏口_1
裏口_2
一部に二階もあるようだ
一部に二階もあるようだ
徒目付の部屋
徒目付の部屋
吟味奉行の部屋
吟味といっても食事の味見とか毒見をするわけではない。争いごとを捌く役目を果たしていたのだ。
吟味奉行の部屋
大目付の部屋
ピンボケしてしまった
大目付の部屋
御用人部屋
いい部屋だなあ。役得かなあ。
御用人部屋_1
御用人部屋_2
御談の間
藩に用向きがあるものの用件の取次や談合・会議などが行われた
御談の間
廊下には武具の展示が
廊下には武具の展示が
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2017年09月08日
最終更新 2017年09月08日

16 Comments

There are no comments yet.

MT  

おはようございます

こちらは江戸時代からのものなのですか?風通しもよく気持ちよさそうです。
静岡・愛知県エリアは名将を輩出のエリアですが、先日も静岡県地方に出かけてきましたが、直虎放送もあり、戦国時代の英雄一色の駅のPRでした。

2017/09/08 (Fri) 06:49

tugumi365  

徒目付

読み方が分からないので調べました。掛川も遠すぎて馴染みのある地域ではなくて 宮城まり子さんの美術館があるのですね。これは昔日曜美術館で見ていました。徒目付の部屋がなぜ板張りなのか?と疑問を持ちました。
お城の展示内容やジオラマ・打掛など 興味をもって回れますね。
楽しく拝見しています。

2017/09/08 (Fri) 10:44

のんびり熊  

AzTakさん

こんいちは
さすがお城ですね。
頑丈な造りに、余分な装飾は有りません。

2017/09/08 (Fri) 13:09

花さか爺サン  

AzTakさま こんにちは
二の丸御殿が現存するのは、二条城と掛川城とのことですが、国指定重要文化財に指定されるだけの貴重な歴史遺産ですね。
造りも頑丈なようですし。
藩が最盛時には随分沢山の建物があったようですね。
甲冑他杉良太郎様御寄贈とありますが、随分立派なものを集めておられたようですね。

2017/09/08 (Fri) 14:43

tgryu  

こんにちは。
藩の大小や年代をある程度差し引いたとしても
藩主御殿は似たようなものだったでしょうね。
御殿じたいは大きいかもしれませんが
全体的には華美な装飾もなくいたって質素ですね。
生活した部屋にしても四方が襖で現代人なら落ち着かないでしょう。

ryu

2017/09/08 (Fri) 14:48

yosaku03  

今日は!

掛川城の内部も見所が沢山ありますね。
それにしても天気が良くて良かったと思います。。
青空とお城は良く似合います。
何時もながら細かく写真を撮れているので流石です。

2017/09/08 (Fri) 15:19

x都人x  

今晩は
青空と周りの緑に囲まれたお城の
姿は本当に素敵ですね!良い時に行かれましたね^^

最後の武具!良いですね~ゆっくりと見たいな!

2017/09/08 (Fri) 19:30

AzTak  

Re: おはようございます

MTさん、こんばんは。

> こちらは江戸時代からのものなのですか?風通しもよく気持ちよさそうです。
> 静岡・愛知県エリアは名将を輩出のエリアですが、先日も静岡県地方に出かけてきましたが、直虎放送もあり、戦国時代の英雄一色の駅のPRでした。

幕末の1854年(安政元年)末に、安政東海地震が遅い、天守も御殿も大手門も、悉く壊れました。徳川の世に天守などは不要だったのでしょうが、編成の停滞は一刻の猶予もなりません。そのため、三の丸の御殿の修復ではなく、二の丸に新築した新しい御殿だったようです。
それが理由だったのか、国の重要文化財の指定もそんなに昔のことではなかったようです。文科省とか文化庁はおかしな役所だなあと思います。
どうでもいいような重要文化財もあまたありますが、これは意味ある文化財だと思っています。

幕末の1854年(安政元年)末に、東海地方一帯を大地震が襲い(安政東海地震)、掛川城も天守を含む大半の建物が倒壊した。この際、政務所である二ノ丸御殿は1861年(文久元年)までに再建されたが、天守は再建されることはなかった。

2017/09/08 (Fri) 21:04

AzTak  

Re: 徒目付

tugumi365さん、こんばんは。

> 読み方が分からないので調べました。掛川も遠すぎて馴染みのある地域ではなくて 宮城まり子さんの美術館があるのですね。これは昔日曜美術館で見ていました。徒目付の部屋がなぜ板張りなのか?と疑問を持ちました。
> お城の展示内容やジオラマ・打掛など 興味をもって回れますね。
> 楽しく拝見しています。

徒(かち)とは、もともとは、江戸時代、武士の身分の一つで、騎乗を許されない下級の武士。徒歩で行動する階級ということだったのでしょうね。徒目付は、幕府の場合だと、目付の指揮のもとに江戸城内の宿直、大名登城の監察、幕府諸役人の執務の内偵などに当たった役目だったようで、掛川藩でも、同じことだったと思います。板張りの部屋があてがわれたのは当然の身分だったと思います。
あの時代は、そういう時代だったようですよ。

ねむの木学園などもあるようですね。1泊で花鳥園中心の予定だったので、他はあまり見て回ることができませんでした。当然、パスさせてもらいました。

2017/09/08 (Fri) 21:15

AzTak  

Re: AzTakさん

> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> さすがお城ですね。
> 頑丈な造りに、余分な装飾は有りません。

幕末の大地震で何もかも崩壊し、やっとこさ、御殿だけは藩政を切り回すうえで必要不可欠な建物だったので、何とかかんとか間に合わせたものと思います。もう、きらびやかな装飾を施すような財政的な余裕などはなかったのでしょう。
2度の大地震なんて、静岡は大変だったんですね。

2017/09/08 (Fri) 21:20

AzTak  

Re: タイトルなし

> AzTakさま こんにちは

花さか爺サンさま、こんばんは。

> 二の丸御殿が現存するのは、二条城と掛川城とのことですが、国指定重要文化財に指定されるだけの貴重な歴史遺産ですね。
> 造りも頑丈なようですし。
> 藩が最盛時には随分沢山の建物があったようですね。
> 甲冑他杉良太郎様御寄贈とありますが、随分立派なものを集めておられたようですね。

掛川藩は、山内一豊のころはよかったのでしょうが、その後、いろいろな藩主が来て、ガタガタになってしまったようです。井伊の分家もガタガタにした方の藩主だったかと。それを太田道灌の末裔の太田家が藩主になってから、ようやく落ち着きを見せたとのこと。その矢先に大地震。神も仏もありません話ですね。天守は放っておけということで、何とかかんとか三の丸の御殿を諦め、二の丸に御殿を急ごしらえで建てたようです。
なので、びっくりするほど質素な御殿になっていたようです。造りだけは、頑丈にしないといけないという思いはあったものと思います。

流石天下の杉様。お金もちなんですねえ。有難い申し出だったことなんでしょうね。

2017/09/08 (Fri) 21:27

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは。

tgryuさん、こんばんは。

> 藩の大小や年代をある程度差し引いたとしても
> 藩主御殿は似たようなものだったでしょうね。
> 御殿じたいは大きいかもしれませんが
> 全体的には華美な装飾もなくいたって質素ですね。
> 生活した部屋にしても四方が襖で現代人なら落ち着かないでしょう。
>
> ryu

こちらは、川越藩の本丸御殿などに比べると気の毒なほど質素です。幕末に大地震。大地震による崩壊は2度目。天守などは打ち捨てて、藩政を切り盛りするのに不可欠な御殿を二の丸に造るのが精いっぱいだったと思います。時間的にも金銭的にも。
他の三つの御殿からすれば、段違いに質素だと思います。それでも太田道灌の末裔の藩主以下、力を合わせて頑張ったのでしょうね。

2017/09/08 (Fri) 21:32

AzTak  

Re: 今日は!

yosaku03さん、こんばんは。

> 掛川城の内部も見所が沢山ありますね。
> それにしても天気が良くて良かったと思います。。
> 青空とお城は良く似合います。
> 何時もながら細かく写真を撮れているので流石です。

私自身は、初日ではこの御殿をじっくり拝見したいというのが一番の眼目でした。
2度も3度も大火に見舞われた江戸と違い、大地震で2度やられたんですね。幕末に起きたら、御殿を間に合わせるだけで精いっぱい。訳が分からないうちに維新になってしまったというところでしょうか。

そんな当時の混乱は忘れたといわんばかりの好天でした。おそらくレンズの汚れがあったのか、明るい空を撮ったものに限って、汚れが目立ってしまいました。注意してきれいな状態にしておかなくてはいけませんね。

2017/09/08 (Fri) 21:38

AzTak  

Re: タイトルなし

> 今晩は

x都人xさん、こんばんは。

> 青空と周りの緑に囲まれたお城の
> 姿は本当に素敵ですね!良い時に行かれましたね^^

そうだったのですが、天候不順の東京からいきなり改正の掛川で、だいぶ面喰いました。危うく、熱中症になりそうなほどでした。

> 最後の武具!良いですね~ゆっくりと見たいな!

我が家にも日本刀だけはあります。子供のころいじっていて、鞘に傷をつけてしまい、こっぴどく叱られました。ご先祖様が武勲を立てて、とりたてられた家柄です。たっぷり血を吸った刀だったようで、…。
徒手空拳が一番ですよ。刈り上げ君に言って聞かせたいくらいです。

2017/09/08 (Fri) 21:44

土佐けん  

こんばんは

掛川城の中ってこんな風だったんですね~
僕達が掛川城に行った時はまだ、カメラを始めていなかったらしく
自分のブログで検索してみても出てきませんでした。
拝見しているととても素敵ですね~
是非、又行ってみたいです^^

2017/09/08 (Fri) 22:49

AzTak  

Re: こんばんは

土佐けんさん、こんばんは。

> 掛川城の中ってこんな風だったんですね~
> 僕達が掛川城に行った時はまだ、カメラを始めていなかったらしく
> 自分のブログで検索してみても出てきませんでした。
> 拝見しているととても素敵ですね~
> 是非、又行ってみたいです^^

幕末の間の悪い時期に襲ってきた大地震。その影響で、とりあえず、御殿だけ急きょ新築した段階で維新になってしまいました。大慌てで、御殿も質素なものですね。
しかし、二度も大地震に見舞われるとは、…。
それでも、しっかりした御殿が残っていて有難いことです。時間があれば、もう一度見に行ってください。

2017/09/08 (Fri) 22:58

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