慶應三田キャンパス
妻のバザー出品の荷物の運搬で、実に久しぶりに三田キャンパスに行った。懐かしいことは懐かしいのだが、校舎(建物)がだいぶ建て替わってしまい浦島さんになったような気分だった。
キャンパス・マップ
マップを見て驚いたのは、随分建物の数が増えていること。学生数が増えたのだろうか?

昔からあった建物(1)
国指定の重要文化財『慶應義塾図書館旧館(改修工事中)』だから、当然私の頃も存在していた。現在はあいにく、前のヤードの工事中のようで、スッキリ撮ることができなくて残念。



昔からあった建物(2)
こちらも同様に国指定の重要文化財『三田演説館』だから、当然私の頃も存在していた。こちらは何かイベントの折でもないと入館できない。まじめな学生とはいいがたかった私めは入ったことがない。福沢先生自らの資金で建設した点がすごい。

かすかに見える醜いシルエットは無視していただきたい



慶應義塾の創立者である福澤諭吉が、明治初期に自らの資金で建設した日本最初の演説会堂。アメリカから取り寄せられた図面をもとに造られたとかで、玄関や窓は洋風でありながら、外観は木造瓦葺になまこ壁といった日本独特の手法が用いられています。建設当初は旧図書館と塾監局の間にあったが、1924年に現在の三田キャンパス南西の稲荷山に移築されたそうです。旧図書館と並んで三田キャンパスのランドマークです。国の重要文化財の木造2階建て。
昔からあった建物(3)
塾監局の建物。いい加減古ぼけた建物だが、しぶとく現役のままだ。味わいがある建物だと私は思っている。


小さく東京タワーが見える


図書館旧館と同じ曽禰中條建築事務所の設計。褐色のタイル貼り2階部分には半円アーチ窓。玄関ポーチの構えや最上部の尖ったパラペットなど、様式主義の色が残った外観です。
全国各地の大学に残る古い校舎と共通点があり、大正期の学校舎建築を代表するデザインといえます。鉄筋コンクリート造り、3階建て。
昔からあった建物(4)
第1校舎はだいぶ古めいてきたなあ。いくつかの授業をこの公社でも受けた記憶がある。
研究室棟は、この裏手だった。そちらは、ゼミの教授に用向きがあるときだけしか行かなかったので、…。



こんなに明るかったかなあ。勉強が好きじゃなかったので、薄暗い陰気な校舎に見えたのかもしれない。


新しい建物(1)
新しい図書館か。すごいなあという印象しかない。昔は何があったかなあ。さっぱり思い出せない。



新しい建物(2)
南校舎。同じ位置に校舎があったが、建て替わったように思う。凄くおしゃれな感じに。

新しい建物(3)
大学院校舎。文科系の大学院は狭き門。まるで縁が無かった。

キャンパス外(1)
見えているのは南館。あんな建物があったかなあ。

キャンパス外(2)
津国屋。築120年の建物だそうだ。創業は明治元年。大好きな看板建築だ。もともとは酒屋さんだったが、いまは居酒屋さんになっている。今度一度、妻と行きたいものだが、当面禁酒ではどうにもならない。吉田類さんが酒場放浪記で取り上げたことがある。ずっとこの店を探していたけど、灯台下暗しだった。
調べていたら、近くに『東京港醸造』という100年ぶりに復活した都心の酒蔵があるようだ。四季醸造により各種商品を製造販売しているとのこと。禁酒生活が恨めしくなる話だ。



