川越を歩く(7)
蔵造りの街並み、時の鐘と並んで、川越の代名詞のごとき寺院
多宝塔
埼玉県指定有形文化財(建造物)。なぜ、国指定の重要文化財になっていないのかと調べたら、老朽化により移築した際にかなりオリジナルのものに手が入ってしまったからのようだ。昭和48(1973)年に、現在地に移し、復元修理を施したそうだ。いずれ、国指定の重要文化財になるものと考えている。


有料ゾーンからの眺め
有料ゾーンの建物内部は撮影厳禁。撮っては見たいがルールには従わなければならない。かろうじて撮影が許されているお庭など屋外の分を撮ってみた。これがまた実に良い感じだ。
轉合(てんごう)の庭
家光公お手植えの桜(二代目)が中央に植えられてあった。非常に見事な庭だと思った。






曲水の庭
こちらの遠州流庭園も同様に見事




渡り廊下から




説明書きによれば、『轉合の庭』というようだ。『てんごう言って』とは『御冗談でしょう』的な意味合いの言葉らしい。たまたま読みかけの時代小説に盛んに出てくる。『癲狂(てんごう)』から出た語らしいとか。

その他
こちらからだと光線の加減がだいぶいい感じだ


慈覚大師が830年(天長7)に創建した天台宗の名刹で、正式には星野山無量寿寺喜多院という。
江戸時代初期、名僧天海大僧正が住職をつとめた寺として、また江戸城から移築された三代将軍徳川家光・春日局ゆかりの建物をはじめとする、多くの文化財を所蔵している喜多院の名は川越をというより、埼玉県を代表する寺院として全国的にも有名である。
徳川家康の信任を得ていた天海僧正が第27世住職になると、幕府からの厚い庇護を受け、江戸城から豪華な壁画や墨絵で装飾された「客殿」と呼ばれる家光誕生の間や、3代将軍家光の乳母として知られる春日局が使用していた「書院」と呼ばれる春日局化粧の間などが移築された。江戸城ゆかりの建造物に加え、山門・鐘楼門・慈眼堂などが重要文化財に指定されており、また隣接して、駿府で没した徳川家康公の遺骸を日光山へ運ぶ途中で法要が行われたことから建設された日本三大東照宮の一つである仙波東照宮もあり、江戸時代の香りを色濃く残す徳川家とゆかりの深い寺である。 また、日本三大羅漢の一つに数えられるこちらの五百羅漢は、人間の喜怒哀楽をよくとらえた様々な表情の石仏群でおよそ540体が境内に並び、観光客の人気を集めている。いずれも見学可能で、正月はだるま市・2月は節分会・春は桜まつりなどの催し物が開催され、四季折々の寺の風景も楽しめる。