殿ヶ谷戸庭園(1)
広大な敷地という程ではなかったが、実に落ち着いた気持ちのよい庭園だった。



武蔵野の自然の地形、すなわち段丘の崖にできた谷を巧みに利用した「回遊式林泉庭園」。崖の上の明るい芝生地と崖下の湧水池、樹林で雰囲気が一変する造園手法がみどころのひとつです。
ここは、大正2年~4年に江口定條(当時、三菱合資の本社営業部長で、後の満鉄副総裁)の別荘として整備され、昭和4年には三菱財閥の岩崎家の別邸となりました。昭和40年代の開発計画に対し本庭園を守る住民運動が発端となり、昭和49年に都が買収し、整備後、有料庭園として開園しました。
なお、庭園の名称は、昔この地が国分寺村殿ヶ谷戸という地名であったことに由来します。
本館(管理棟)…案内図ではサービスセンターと書いてある建物
これがなかなか素晴らしい佇まいだ。如何にも由緒ある別邸という感じがする。その佇まいの立派さに暫し動くことができなかったほどだ。一部を展示スペースとした管理棟にとどめておくのは如何にも勿体がない。すべてを展示スペースに切り替えられないものだろうか。
江口家時代から残るものは、隋冝園と書かれた扁額のみ。岩崎彦弥太が別荘を江口から譲り受け、昭和6年頃に本館を建て替えた。そして、昭和36年に大改修を行い2階建て部分を取り壊す前の半分ほどの大きさになった。現在の本館は東京都が土地を買い上げ公園としたとき、建ぺい率の制限で昭和6年当時の1/3の規模になった。
そういう変遷をたどったが、歴とした岩崎家の別邸の建物であったことは間違いがない。










