目黒不動尊から林試の森まで(1) - 未分類
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目黒不動尊から林試の森まで(1)

有名な目黒不動尊に向かう。寺の案内によれば、目黒線の不動前駅からは徒歩15分、目黒駅からは徒歩20分だそうだ。実際にはもう少し短い時間でいける感じ。当たり前といえば当たり前かもしれないが、昔からある神社仏閣が都合よく鉄道のそばにあるはずもなく、それなりに歩くことになる。

どちらかと言えば、お狩り場に近く、徳川三代将軍家光が、行方不明になった鷹が戻るように祈った時、それが忽ち叶ったということで、将軍の覚えめでたく庇護を受けて大きくなった寺だ。1634年には、53棟におよぶ山岳寺院配置の大伽藍が完成し、『目黒御殿』と称されるほど華麗を極めていたといわれている。
勿論堂宇などは戦災等で消失し、その後再建されたものだ。将軍の覚えめでたいということで過度に持ち上げられ過ぎた嫌いがなくはなかろうが、江戸時代は富くじの発行なども行われ、結構な参拝客があったようだ。あの池波正太郎の藤枝梅安シリーズにも度々登場するくらいだ。現在は、さすがに昔日の威光は失われ、護摩祈願などの日を中心に参拝客が訪れているようだ。

瀧泉寺(りゅうせんじ)は、東京都目黒区下目黒にある、天台宗の寺院。山号は泰叡山(たいえいざん)。不動明王を本尊とし、一般には目黒不動(目黒不動尊)の通称で呼ばれる。江戸五色不動の一つ。

仁王門
昭和37年(1962年)再建の鉄筋コンクリート造。左右一対の仁王像、開口(阿)那羅延金剛と閉口(吽)密迹金剛が建っている仁王門は、三間一戸の朱塗りの楼門で、階上には韋駄天が祀られている。
どうにも迫力がなく物足りなく思えてならない。
仁王門_1
仁王門_2

独鈷の滝
階段左にある独鈷の滝。かつては、水垢離修行が盛んに行われ、薩摩藩士の西郷隆盛も藩主親子の病気平癒を願って水垢離したという。今はそんな酔狂な人は殆どいないようだ。

手水舎の龍の吐出口
手水舎の龍の吐出口
三本爪の龍の吐出口
三本爪の龍の吐出口
玉を掴んだ龍の吐出口
玉を掴んだ龍の吐出口
水かけ不動:柄杓で水をかけるとさまざまなご利益があるといわれている。
水かけ不動
垢離堂
垢離堂_1
垢離堂_2
何と書いてあるのだろうか
何と書いてあるのだろうか

江戸名所図会には、次のような説明がなされているとのこと
『当山の垢離場(こりば)なり。往古承和十四年〔八四七〕当寺開山慈覚大師入唐帰朝の後、関東へ下りたまひし頃、この地に至り独鈷杵(とっこしょ)をもてこの地を穿ち得たまふとぞ。つねに霊泉滑々として漲(みなぎ)り落つ。炎天旱魃(かんばつ)といへども涸るることなく、末は目黒一村の水田に引き用ゆるといへり。
昔は三口にわかれて湧出せしが、いまは二流となれり。そのかみ一年、この流水(たき)の涸れたりしことありけるが、沙門某江島の弁天に起請奉り、再びもとのごとしとぞ。ゆえにいまも、年々当寺より江島の弁天へ衆僧をして参詣せしむること、怠慢なしといへり。『和漢三才図会』に、「倶梨迦羅の滝」とあり。』


本堂
第二次大戦の戦災で焼失したが、昭和56年(1981年)に再建された。台地に建つ大本堂は急な石段を登った先にあり、入母屋造に千鳥破風をもつ大規模な仏堂。堂宇内には開創以来の御本尊不動明王をはじめ左右の拝佛殿には愛染明王・虚空蔵菩薩を安置その脇に普賢菩薩・文殊菩薩が祀られている。そのような説明がなされているが、そんなに大きな仏堂ではない。
天井には川端龍子の『波涛龍図』が描かれている。拝観の場所からもチラと見えるが、堂宇内から見るようになっている感じだ。
本堂_1
本堂_2
本堂へ至る階段。階段下右側に松が見えるが、そのあたりが鷹居の松跡だ。
本堂へ至る階段
絵馬を奉納する納札場:屋根の先には龍がいる。
納札場

本堂裏には大日如来様が鎮座している。完全な露座だったようだが、今は上部のみ屋根で覆われている。

この像は宝髪、頭部、体躯、両腕、膝等十数か所に分けて鋳造し、それを寄せて一体とした吹きよせの技法で造られている。体躯にくらべ頭部を大きく造るのは大仏像共通の特色で、面相も体躯も衣文表現もよく整っている。また、台座の連弁に開眼の年、入仏開眼供養の際の導師や僧俗の歴名等を記し、製作年代は天和三年(1638)、江戸に住む鋳物師横山半右衛門尉正重作等の刻名があることも貴重である。

大日如来と四方を守る眷属
大日如来_1
大日如来_2
四方を守る眷属_1
四方を守る眷属_2
四方を守る眷属_3
四方を守る眷属_4
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2012年09月14日
最終更新 -0001年11月30日

6 Comments

There are no comments yet.

kozoh55  

目黒不動ですね

お晩です、AzTakさん。
確かにここは住宅街の中に突然現れる
結構驚きの場所に佇んでますよね。
今回の東日本大震災の影響をかなり受けている
そんな感じもありました。
静かな住宅街にあるからこそ、
なにか江戸時代の庶民が愛した
楽しい場所であったことが、
不思議でもあり、そういえばそんな面影も
残っているような気もしました
あの寂れ気味の門前町が
往事を偲びますね。

PS 北海道から帰還しました。
   期待の「北海道編」近々アップしますね。

2012/09/14 (Fri) 00:31

makira  

こんばんは!

AzTakさん、こんばんは!
何度も前を通ったことはありますが
一度も中に入ったことはありません 泣)
こんなに立派だったのですね!
目から鱗です 笑)汗)
次回はカメラ持参で行ってみますね!
ありがとうございます!

2012/09/14 (Fri) 02:11

AzTak  

Re: 目黒不動ですね

> お晩です、AzTakさん。

おはようございます、kozoh55さん。

> 確かにここは住宅街の中に突然現れる
> 結構驚きの場所に佇んでますよね。
> 今回の東日本大震災の影響をかなり受けている
> そんな感じもありました。
> 静かな住宅街にあるからこそ、
> なにか江戸時代の庶民が愛した
> 楽しい場所であったことが、
> 不思議でもあり、そういえばそんな面影も
> 残っているような気もしました
> あの寂れ気味の門前町が
> 往事を偲びますね。

将軍の鷹なんぞで取り立てるとは、徳川の時代が安定期に入りハシャギ過ぎの感があった気がしなくも無いですが、昔は非常に繁盛していたところだったようですネ。その広大な寺領がどういうふうに消えていったのか、興味は尽きないんですが、…。
いまは住宅地の中に忽然と姿を表す感じですね。参道の商店街は繁盛しているとはいえず、護摩祈願などの日に来ればよかったと思ったくらいでした。

お寺さんとしては、特別な庇護を受けていない今こそ、寺院存亡を賭けた勝負の時ですよね。再び浮上するきっかけができるといいのですが。少なくとも声明を響かせるくらいの努力をすべきだと思います。

> PS 北海道から帰還しました。
>    期待の「北海道編」近々アップしますね。

お疲れ様。楽しみにしています。

2012/09/14 (Fri) 06:36

AzTak  

Re: こんばんは!

> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、おはようございます。

> 何度も前を通ったことはありますが
> 一度も中に入ったことはありません 泣)
> こんなに立派だったのですね!
> 目から鱗です 笑)汗)
> 次回はカメラ持参で行ってみますね!
> ありがとうございます!

護摩祈願などの日などは、参拝客もそれなりにあり、坊様の読経の声も聞こえてくるんでしょうが、それ以外の日は、『昔の光いま何処』状態です。私が住職だったら、天台声明を盛んにうならせて、『あっ、今も何かあるんだろうな』っていう感じを演出すると思います。
頑張ってほしいものです。目黒で一番有名な場所だったんですから。

2012/09/14 (Fri) 06:47

moo  

懐かしいお不動様。

こんばんは。
目黒不動、非常に懐かしいです。
小学校(第四日野小)まで、かむろ坂を上がったところに住んでいました。
目黒不動は、28日が縁日、お小遣いをもらって、
屋台店で、あれこれ(カルメ焼き・べっ甲飴・綿菓子・・)、
と買って楽しんでいました。
水を吐き出す龍の池では、船を浮かべて遊んだり、
確か、さつまいもを伝えた、青木昆陽のお墓があったような、
いろんなことを、思い出させていただきました。
ありがとうございました。

2012/09/14 (Fri) 21:46

AzTak  

Re: 懐かしいお不動様。

> こんばんは。
> 目黒不動、非常に懐かしいです。
> 小学校(第四日野小)まで、かむろ坂を上がったところに住んでいました。
> 目黒不動は、28日が縁日、お小遣いをもらって、
> 屋台店で、あれこれ(カルメ焼き・べっ甲飴・綿菓子・・)、
> と買って楽しんでいました。
> 水を吐き出す龍の池では、船を浮かべて遊んだり、
> 確か、さつまいもを伝えた、青木昆陽のお墓があったような、
> いろんなことを、思い出させていただきました。
> ありがとうございました。

こんばんは。第四日野小はたまたま品川区に入るようですが、お不動様のごく近くの小学校なんですね。私は中学を卒業するまで福島の片田舎で暮らしていました。だから、お不動様の縁日には縁がありませんでしたが、mooさんの心に残る楽しい思い出だったんでしょうね。
都立大学界隈は明日(15日)と明後日(16日)とは氷川神社のお祭りです。お不動様と違って1年に1度のものですから、結構賑やかです。近くにいる孫2人に祭りデビューをさせようかと思っています。

次回、青木昆陽の墓も取り上げますので、お時間があれば、ご覧になって下さい。

2012/09/14 (Fri) 23:33

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