またも出かけた日本民家園(14) - またも出かけた日本民家園_2015_Oct
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またも出かけた日本民家園(14)

(18)蚕影山祠堂(こかげさんしどう)《神奈川の村》
今まで小さく脇役としてしか取り上げていなかったが、少し写真が撮れたので、独立して取り上げる。
この建物は川崎市麻生区の東光院境内にあったもので、養蚕の神「蚕影山大権現(こかげさんだいごんげん)」を祀った宮殿(くうでん)と、その覆堂(さやどう)から成っている。
それにしても、蚕が4回も休眠するとは知らなかった。

外観(覆堂)
実にフォルムが美しい。芝棟も実に良い具合になっている。
外観(覆堂)_1
外観(覆堂)_2
外観(覆堂)_3
芝棟のイチハツはどちらの家の方がきれいに咲くのだろうか
外観(覆堂)_4
祠堂内部(宮殿)
正面に唐破風を設けた春日造風の社。蚕影山大権現を祭ってある。つまり養蚕の神様に願いをかけたのだ。川崎市麻生区は財務相の住む土地ではなく、その昔はお蚕さんを大事に飼っていた土地柄だったようだ。
祠堂内部(宮殿)_1
宮殿に施された彫刻
金色姫の苦難の物語、獅子・鷹・舟・庭の4場面が彫刻されている。今までどこにあるのかわからなかったのだが、宮殿の側面にあることがようやくわかった。
祠堂内部(宮殿)_2
祠堂内部(宮殿)_3
祠堂内部(宮殿)_4
祠堂内部(宮殿)_5
祠堂内部(宮殿)_6
金色姫伝説を表現した側面の彫刻です。金色姫は天竺(現在のインド)に生まれ、四度の大苦難ののち、馬鳴菩薩(めみょうぼさつ)の化身として日本に養蚕を伝えたといいます。この彫刻は養蚕の起源を説くもので、四度の大苦難は蚕の四回の休眠(食事をせず動かなくなる脱皮前の時期)を象徴しています。

川崎市重要歴史記念物
旧所在地:神奈川県川崎市麻生区岡上 東光院内
建物区分:宮殿および覆堂
構造形式:宮殿=一間社春日造、向唐破風造、こけら葺
覆堂=正面入母屋造、背面寄棟造、茅葺、桁行4.6m、梁行2.7m
建築年代:文久三年(1863)、宮殿棟札

AzTak
Posted by AzTak
投稿 2015年11月11日
最終更新 2015年11月11日

8 Comments

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土佐けん  

こんばんは

見事な彫刻に感動しました^^

今は関西に来ておられるんですね!
旅行を楽しんでください^^

2015/11/11 (Wed) 22:58

ララ  

落ち着きますねえ〜、日本の古い建物は。
茅葺の屋根でこんなポーズは見たことがないです。
ちょっとした遊び心のデザインかな?

2015/11/11 (Wed) 23:12

tgryu  

おはようございます。
芝棟の葉をこうして間近で見るとけっこう大振りなので
シャガにしては大きいようです(^_^;)。
やはりイチハツで正解でしょう。失礼いたしました。

茅葺の鐘楼やお堂は福島県には会津を中心に現役がけっこう残っていますよ。
個人家屋より共同管理なので保存しやすかったのかも。

ryu

2015/11/12 (Thu) 05:30

たんめん老人  

麻生区

父親が絹関係の仕事をしておりましたので、興味深く拝見しました。なお財務大臣は「アソウ」さんですが、川崎市の区は「アサオ」と読みます。ご存知でしょうが、念のため。

2015/11/13 (Fri) 11:34

AzTak  

Re: タイトルなし

> おはようございます。

tgryuさん、こんばんは。

> 芝棟の葉をこうして間近で見るとけっこう大振りなので
> シャガにしては大きいようです(^_^;)。
> やはりイチハツで正解でしょう。失礼いたしました。

いやいや、書かれているから正解とは限りません。何でも鵜呑みにするばかりじゃ、進歩がないかもしれません。ただし、ここのは、イワヒバとイチハツとは、移築の際に相談して植えるものを決めた節があるようです。何せ、自信たっぷりの書き方でしたから。

> 茅葺の鐘楼やお堂は福島県には会津を中心に現役がけっこう残っていますよ。
> 個人家屋より共同管理なので保存しやすかったのかも。
>
> ryu

そうなのでしょうね。個人で残している方は、相当なお大尽でない限り、難しいかもしれませんよね。茅を葺くのも相当に難しい手順があるようで、片手間に一人でやるものでもなさそうですね。地区総出でやるのが一番なんでしょうね。
なお、江戸東京たてもの園の茅葺き屋根は会津の職人集団に依頼して葺き替えをしてもらっているようです。会津には、それだけの技術があるということなのでしょうね。

2015/11/13 (Fri) 19:30

AzTak  

Re: こんばんは

土佐けんさん、こんばんは。

> 見事な彫刻に感動しました^^

そうですね。その当時は、お米と絹とはお金のなる2台産品だったことでしょうから、お蚕さんに頑張ってほしいと一生懸命に願ったのでしょうね。大都市川崎市の『一角で大々的に養蚕が行われていたんですね。
海辺も漁村で、奥まったところはほとんどが農村だったのでしょうね。

> 今は関西に来ておられるんですね!
> 旅行を楽しんでください^^

コメントをいただいたときは、関西にいました。頑張らなくちゃと思いましたが、返信まで手が回らず、遅くなって申し訳ありませんでした。
行った先の畑の中で寒風に吹かれながらですが、コウノトリを見ることができました。とてもきれいでした。が、悲しいかな、私のファインダーの中では小鳥ほどにしか見えませんでした。いずれ取り上げたいと思います。

2015/11/13 (Fri) 20:03

AzTak  

Re: タイトルなし

ララさん、こんばんは。

> 落ち着きますねえ〜、日本の古い建物は。

いいものですねえ。こういうことができたら、どんなにいいかなとは思いますが、難しいことなのでしょうね。

> 茅葺の屋根でこんなポーズは見たことがないです。
> ちょっとした遊び心のデザインかな?

どうしたことなのかわかりませんが、茨城県には筑波流とかいうものがあって、見事なあしらい方をするようですよ。
それからすると、この程度だと、『うん、なかなかやるねえ』くらいかもしれませんね。

2015/11/13 (Fri) 20:12

AzTak  

Re: 麻生区

たんめん老人さん、こんばんは。

> 父親が絹関係の仕事をしておりましたので、興味深く拝見しました。

神奈川県には、ちょっと前までは、絹産業にかかわりのある方は、相当数おられたのでしょうかね。
福島の方だと、繭玉を出荷するまでだったようですが、その先の、付加価値をつける仕事などがあったのでしょうね。

> なお財務大臣は「アソウ」さんですが、川崎市の区は「アサオ」と読みます。ご存知でしょうが、念のため。

アサオ区ですか。恥ずかしながらアソウ区だと思い込んでいました。
中途半端な神奈川県民だったようです。

2015/11/13 (Fri) 20:25

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