またも出かけた日本民家園(8) - またも出かけた日本民家園_2015_Oct
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またも出かけた日本民家園(8)

(11)作田家住宅《関東の村》
作田家住宅は、イワシの地引網漁で栄えた九十九里にあった網元の家。漁具小屋は別に海岸近くにあり、この家そのものは内陸に立地していたそうだ。そのため、特に漁村特有の家屋の雰囲気はあまりないとのことだ。半農半漁の地区で育った私でも、そのように感じる。
外観
分棟型の家屋であり、つなぎ目のところに雨樋が絶対に必要であるとわかる。何故、分棟型にしたのか、その理由はいくら考えてもよくわからない。
外観_1
外観_2
外観_3
外観_4
外観_
外観_6
室内
間取り
間取り
カミ・チャノマ
見事な梁組だ。どうやって組み上げたのだろうか。棟梁の頭の中をのぞいてみたいものだ。
室内_1
室内_2
室内_3
囲炉裏には火棚を設置していない。お蚕さんを飼っていたわけではなさそうなので、そう大量に煙をいきわたらせる必要がなかったのかもしれない。また、この家屋が所在したのが房総地方だったから、冬場もそれほどは寒くなかったのかもしれない。
室内_4
ニワ
ニワ(土間)の梁組はそれほど複雑ではない。だが、この梁組みの下に、ニワがまるまる収まる。馬鹿に広い空間だ。いったい何に利用したのだろうか。
室内_5
室内_6
室内_7
室内_8
分棟型家屋の雨樋
分棟型家屋の雨樋_1
分棟型家屋の雨樋_2
この下から雨水を落とす
分棟型家屋の雨樋_3
分棟型家屋の雨樋_4

国指定重要文化財
旧所在地:千葉県山武郡九十九里町作田
建物区分:漁家(網元の家)、分棟型
構造形式:主屋=寄棟造、茅葺、桁行13.0m、梁行11.1m、風呂場及び便所付属 土間=寄棟造、妻入、茅葺、桁行11.5m、梁行5.6m
建築年代:主屋=17世紀後期、土間=18世紀後期

AzTak
Posted by AzTak
投稿 2015年11月05日
最終更新 2015年11月05日

18 Comments

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のんびり熊  

AzTakさん

おはようございます
半農半漁?どう見ても農村の佇まいですね。
網元の生業は海辺でしていたんじゃないかと思うくらいです。
分棟型にしたというか、後から継ぎ足して行き来できるようにしたのかもしれませんが、どうでしょうか?

2015/11/05 (Thu) 07:28

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2015/11/05 (Thu) 08:17

ララ  

分棟の理由、風?う〜んわからないですねえ。
湾曲した梁の風格はこれはこれで一つの画になりますよね。
この梁を操る昔の大工さんの技量を感じます。

2015/11/05 (Thu) 08:24

tgryu  

こんにちは。
漁村の茅葺屋根家屋ってあまり記憶にありません。
福島県の浜通りでもあまり現存していないかも。
潮風、強風などで傷みやすからか、理由はよくわかりませんが
貴重な茅葺家屋ですね。
分棟型家屋の雨樋も初めて拝見しました。

ryu

2015/11/05 (Thu) 10:39

tugumi365  

古民家が好きなのでいつも楽しみに見ています。北海道は歴史が浅いので特にそう思います。

2015/11/05 (Thu) 12:36

HARU  

こんにちは。

いつ見ても立派な茅葺屋根。一時は茅葺専門の職人もほとんどいなくなって保存が難しくなっていたみたいですね。最近、若者の職人がちらちら増えているようです。僕は数十年に一回の全葺き替えだと思っていたら、傷んだところを差し替えしながら保持する手間も大変みたいです。それと萱場が少なくなっていることも保存の難しさに拍車をかけているとか。とにかく、こうした伝統的な家屋は貴重な文化遺産だと思います。

2015/11/05 (Thu) 14:49

S-masa  

こんにちは。

こういう昔の家造りを見るといつも思います。
こんな曲がった木を良く組み立てられたものだと!
昔の大工さんは現在のコンピュータ以上の頭を持っていたのでは。

2015/11/05 (Thu) 20:47

AzTak  

Re: AzTakさん

> おはようございます

のんびり熊さん、こんばんは。

> 半農半漁?どう見ても農村の佇まいですね。
> 網元の生業は海辺でしていたんじゃないかと思うくらいです。

海での作業に必要なものは海のすぐ前にあっただろう番屋のようなところにあったんだと思います。而して、こちらはのんびり暮らしたい思惑があったのか、少し奥まった土地にあったのでしょう。
ところが、鰯の字を見ればわかるとおり、すぐ生き腐れ状態になってしまう魚です。それが潮流の影響かいっぱい獲れだした。そのままでは捨てなくてはいけなくなってしまいます。そこで思いついたのでしょう。干鰯を作っていたのではないかなと思います。

> 分棟型にしたというか、後から継ぎ足して行き来できるようにしたのかもしれませんが、どうでしょうか?

上記の干鰯を作る作業場所が必要になり、屋根のある大きなスペースにしたのだと思います。もちろん、あとから継ぎ足したんでしょう。
たぶんですが、これを目と鼻の先である浦賀に運び、浦賀の問屋が全国に肥料として売っていたんだと思います。

2015/11/05 (Thu) 20:49

AzTak  

Re: タイトルなし

こんばんは。

> 梁の様子が見事ですね。分棟型家屋の雨樋も初めて見ました。こんな複雑なことしなくも、別家屋でもいいような気がしますが、母屋との一体使用が狙いだったんでしょう。人の知恵の素晴らしさに驚きます。

梁はすごいですね。屋外で組み立てて、それを持ち上げたのでしょうが、すごい技術力ですね。
再生能力にたける東大型ではなく、どこかクリエイティブな能力に長けた人たちだったようですね。

たぶん、潮流が変わったか何かの影響で、鰯が獲れすぎて、これを何とかしなくちゃいけない状況に追い込まれたのでしょう。その解決策じゃないかとみています。
干鰯を作る作業場所にしたのでしょう。海辺には十分なスペースがなかったから仕方なくのことかなと思います。

2015/11/05 (Thu) 20:56

AzTak  

Re: タイトルなし

ララさん、こんばんは。

> 分棟の理由、風?う〜んわからないですねえ。

実は、前のコメントに対しての返信で書いたような事情があったのではないかと思います。
ずっと考えていたんです。
鰯なんですが、急に獲れだしたり、全く獲れなくなったりします。私自身も海辺の町で育ちましたから、思い当たるのは、獲れすぎの魚をどうするかです。鰯は字の通り、すぐ腐ってしまいます。始末をしなくてはいけない。その場所が他にはなくて、網元の庭の片隅を利用したのではないかと考えました。

> 湾曲した梁の風格はこれはこれで一つの画になりますよね。
> この梁を操る昔の大工さんの技量を感じます。

いやはやすごいものです。地面で組み立てておおよその感じはつかむのでしょうが、すでに立ててある柱などとうまく組合させないといけないのでしょう。それができるようにどこかに遊びの部分があったのかなあ、などと考えながら見ていました。

2015/11/05 (Thu) 22:02

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは。

tgryuさん、こんばんは。

> 漁村の茅葺屋根家屋ってあまり記憶にありません。
> 福島県の浜通りでもあまり現存していないかも。
> 潮風、強風などで傷みやすからか、理由はよくわかりませんが
> 貴重な茅葺家屋ですね。
> 分棟型家屋の雨樋も初めて拝見しました。
>
> ryu

そういわれればそういう気もします。う~~ん、あまり意識しませんでしたが、あまり残っていませんね。皆無ではありませんが、それを見るたびに見事だなと思うとともに、維持費が掛かりそうだなとも思います。

2015/11/05 (Thu) 22:15

土佐けん  

こんばんは

古民家に行くといつも思うのですが
梁の太さに驚かされますよね~~
張り巡らされた梁を見ていると
芸術的に見えてくる僕です^^

2015/11/05 (Thu) 22:27

AzTak  

Re: タイトルなし

tugumi365さん、こんばんは。

> 古民家が好きなのでいつも楽しみに見ています。北海道は歴史が浅いので特にそう思います。

ありがとうございます。
函館にも、その周辺の市町村にも素敵な建物がいっぱいあるかと思います。確かに江戸時代末期以前の建物は少ないとは思いますが。開国の時期のレトロな建物が残っていて、素敵な町だと思います。

実は、私も小学校入学以前の時期に1年ほど函館の元町に住んでいました。昨夏に久しぶりに何泊かの日程で函館に行きましたが、北海道直撃の台風で、あまり楽しめない結果に終わってしまいました。

2015/11/05 (Thu) 22:28

AzTak  

Re: こんにちは。

HARUさん、こんばんは。

> いつ見ても立派な茅葺屋根。一時は茅葺専門の職人もほとんどいなくなって保存が難しくなっていたみたいですね。最近、若者の職人がちらちら増えているようです。僕は数十年に一回の全葺き替えだと思っていたら、傷んだところを差し替えしながら保持する手間も大変みたいです。それと萱場が少なくなっていることも保存の難しさに拍車をかけているとか。とにかく、こうした伝統的な家屋は貴重な文化遺産だと思います。

そうなのでしょうね。今時は地域ぐるみで残そうと頑張っている土地以外では、よほどのお大尽しか残すことができていないことなのでしょうね。
目黒のスズメのお宿に保存してある古民家の場合は、茅葺き屋根に青銅の覆いが被せてあります。そういう時代なのかなあと見るたびに悲しい気持ちになります。

2015/11/05 (Thu) 22:35

AzTak  

Re: こんにちは。

S-masaさん、こんばんは。

> こういう昔の家造りを見るといつも思います。
> こんな曲がった木を良く組み立てられたものだと!
> 昔の大工さんは現在のコンピュータ以上の頭を持っていたのでは。

地面できちんと組み立てたところが殆どなのでしょうね。でも、一部は、既に立ててある柱などとうまく組み合わせたりしなくてはいけないでしょうから、あとで調整する部分もあるのでしょうかね。
考えるのも、実際に手を動かすのも苦手な方なので、驚いて見上げるばかりです。

2015/11/05 (Thu) 22:39

AzTak  

Re: こんばんは

土佐けんさん、こんばんは。

> 古民家に行くといつも思うのですが
> 梁の太さに驚かされますよね~~
> 張り巡らされた梁を見ていると
> 芸術的に見えてくる僕です^^

今のように、製材道具がそろっている時代ではなかったでしょうから、まっすぐな材木ばかりを使うわけにはいかなかったのでしょうね。うまく組み合わせて使うことを志向しなくてはいけなかったのでしょう。
でも複雑すぎて、私の頭はパンク状態です。

2015/11/05 (Thu) 22:43

tugumi365  

ブログにコメントを有難うございました。洗い張りの板は捨てるのがもったいないので再利用しました。また私へのコメントへのお返事も有難うございます。函館に住んだことがあると聞いて親近感を覚えました。これからも楽しみにしています。

2015/11/06 (Fri) 10:48

AzTak  

Re: タイトルなし

tugumi365さん、こんばんは。

> ブログにコメントを有難うございました。洗い張りの板は捨てるのがもったいないので再利用しました。また私へのコメントへのお返事も有難うございます。函館に住んだことがあると聞いて親近感を覚えました。これからも楽しみにしています。

わざわざありがとうございます。
住み続けていれば、そういう再利用の仕方があったことでしょうね。工夫するものですね。
函館に住んだのは、幼児の頃の1年ほどでしたから、それから60年も経過します。カトリック元町教会(白百合教会)の前の坂(大三坂)でそり遊びなどをした記憶があるのですが、温暖化した今では絶対にできないことですね。
何度か行ったのですが、本質的に記憶力に問題があるのか、旧函館区公会堂とか配水場とか、市電とかが記憶に残る程度です。
当時はイカがいっぱい獲れたようで、朝早くから売りに来ていたことなども記憶に残っています。
宜しくお願いいたします。

2015/11/06 (Fri) 20:02

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