何度目かの川崎市立日本民家園(13) - 何度目かの川崎市立日本民家園_2015_Jun
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何度目かの川崎市立日本民家園(13)

(21)菅の船頭小屋(すげのせんどうごや)《神奈川の村》
大水が出た時は、鉄輪に棒を挿入し担いで避難した。移動可能なように簡易なものだが、それなりに機能的になっている。
菅の船頭小屋_1
菅の船頭小屋_2
こちらは片側の鉄輪が外れてしまったのだろうか
菅の船頭小屋_3
小屋の内部はこんなふう
菅の船頭小屋_4
川崎市重要歴史記念物
旧所在地:神奈川県川崎市多摩区菅
建物区分:船頭小屋
構造形式:切妻造、杉皮葺、桁行1.8m、梁行1.8m
建築年代:昭和4年(1929)

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多摩川の「菅の渡し」にあった船頭小屋
この船頭小屋は多摩川の「菅(すげ)の渡し場」にあったもので、船頭が客待ち・休憩・川の見張りをするのに用いていました。
菅の渡しは、川崎側の菅と、東京側の調布とを結ぶ渡船場で、商品作物の輸送、肥料や日用品の仕入れ、親戚や寺への往来など、暮らしの中で使われていました。
この建物の屋根は杉皮葺きで、前後に傾斜させた「招き屋根」の形をしています。背面には小さな窓があり、対岸の客を見ることができるようになっていました。
なお、外回りの柱には大きな鉄の輪が取り付けられています。出水のさいにはこの輪に丸太を通して担ぎ上げ、小屋を移動させました。
見どころポイント!
出水時に小屋が移動できるよう、四隅の柱には丸太を通し担ぐための鉄の輪が取り付けられています。
中は狭いながら畳が敷かれ、小さな囲炉裏も設けられています。


(22)工藤家住宅(くどうけじゅうたく)《東北の村》
今回は完璧に見て回ったと思ったのに、大ポカをやらかしてしまった。工藤家住宅をまたもや見落としてしまった。言い訳にもならないのだが、最後の頃で疲れているのと、奥まっているところにあるので、見落としやすい。
今回は、以前に行ったときの写真を再度使用させていただく。(^_^;)

工藤家の間取り
工藤家の間取り
工藤家住宅_1
間取り図でもお分かりただけると思うが、かなり大きな住宅だ
工藤家住宅_2
工藤家住宅_3
下座敷は板の間だったんだ。畳敷きなど滅多に使わないのにもったいないということだろうか。そして天井などはなかったんだ。この方が暖気の回りが良かったのか。う~~ん。
工藤家住宅_4
ここがナンド。客人のための間と家人のための間とを仕切るべくここに作られたのだろうか。
工藤家住宅_5
土間の橋には厩が。暖房の程度は人間と同じか。
工藤家住宅_6
暖気の回りを良くする構造ということだった。よほど大きな囲炉裏なのかと思ったのだが、かなり小さな囲炉裏だった。台所と土間との境にあった。それの、この馬鹿でかい家屋にたった一つ。目を凝らしてみて歩いたが、火鉢も置いていなかったようだ。すぐ上のキャプションで、『暖房の程度は人間と同じか』と書いたが、皮肉を込めて書いたもので、実際はかなり寒かったと思う。
工藤家住宅_7
工藤家住宅_8
工藤家住宅_9
工藤家住宅_10
工藤家住宅_11
工藤家住宅_12
工藤家住宅_13
国指定重要文化財
旧所在地:岩手県紫波郡紫波町舟久保
建物区分:農家(名主の家)、曲屋
構造形式:寄棟造、茅葺、桁行19.2m、梁行11.1m/南面に馬屋突出、寄棟造、茅葺、桁行7.6m、梁行6.3m
建築年代:宝暦(1751〜1763)頃

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馬と共に暮らした南部の曲屋
主屋の前に馬屋を突出させたL字型の民家は、旧南部藩領(なんぶはんりょう、岩手県)に多いことから「南部の曲屋」として知られています。これは、南部馬の飼育が盛んになる江戸時代中期に工夫された形式と考えられます。宝暦頃に建てられた工藤家は現存最古の曲屋の一つといえます。民家園の中で一番敷地面積の広い家です。
主屋には天井がありません。この地方はもともと天井のない家が多く、厳しい冬場は囲炉裏の火で家全体を暖めながらすごしました。ダイドコの囲炉裏はニワからも利用することができます。ダイドコとジョウイは日常生活の場、ナンドは寝室です。ザシキは床の間も備えた特別な部屋で、この広い家で唯一畳が敷かれています。
見どころポイント!
曲がった部分は馬屋になっていました。
土間境にある囲炉裏は、土足のまま踏み込んで暖まれるようになっていました。

AzTak
Posted by AzTak
投稿 2015年07月29日
最終更新 2015年07月29日

10 Comments

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cobo-fe  

幼い頃、築80年とか言われた広い家に住んでいた記憶がありますが、もちろん天井もありですが、それでも冬は火鉢で手を温めることが精いっぱいで、部屋は結構寒かった記憶があります。
もし画像のような家屋で生活をしていたとしましたら、冬期間はかなり辛い思いをしたのではないでしょうか。

2015/07/29 (Wed) 09:32

のんびり熊  

AzTakさん

こんにちは
工藤家住宅はかなり大きい梁や柱が真っ直ぐですね。
大きな杉などを製材したように見えます。
大事な稼ぎ手の馬を人と同じようにに大切にしていたんでしょう。

2015/07/29 (Wed) 12:48

S-masa  

こんにちは。

移動式の船頭小屋!
今のキャンピングカーみたいな物ですね(笑)

2015/07/29 (Wed) 13:38

めぐる  

こんばんは

なにも工藤家住宅に限った事ではありませんが昔の家屋は床下からして通気性がよく室内もがらんとした感じで冬が囲炉裏だけでは寒そうです。昔の人は寒さに強かったのかそれとも茅葺き屋根だと保温が抜群なのでしょうかね。

2015/07/29 (Wed) 18:19

AzTak  

Re: タイトルなし

cobo-feさん、こんばんは。

> 幼い頃、築80年とか言われた広い家に住んでいた記憶がありますが、もちろん天井もありですが、それでも冬は火鉢で手を温めることが精いっぱいで、部屋は結構寒かった記憶があります。
> もし画像のような家屋で生活をしていたとしましたら、冬期間はかなり辛い思いをしたのではないでしょうか。

岩手県ですから。相当な寒さだったんだと思います。念入りに見て回ったんですが、あまり大きいとはいいがたい囲炉裏が一つだけ。信じられないような寒さだったのではないかと思います。厚着をして耐えたのでしょうかね。

2015/07/29 (Wed) 18:20

AzTak  

Re: AzTakさん

> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 工藤家住宅はかなり大きい梁や柱が真っ直ぐですね。
> 大きな杉などを製材したように見えます。

そうですね。それなりにお金をかけた家屋なんでしょうね。

> 大事な稼ぎ手の馬を人と同じように大切にしていたんでしょう。

そうしないと大事な大事な馬さんが死んでしまいますから。それなりに気を遣ったんでしょうね。
どこでも馬屋は屋内にあったようですが、なんでL字型にしたのでしょうね。そこが今一つ理解できていません。やっぱり臭いなどの問題で、少しは居住性を考慮したのでしょうかね。

2015/07/29 (Wed) 18:34

AzTak  

Re: こんにちは。

S-masaさん、こんばんは。

> 移動式の船頭小屋!
> 今のキャンピングカーみたいな物ですね(笑)

人間が担いだものですが、渡しの小屋ですからかなり岸辺にあったのでしょう。いざ、大水が出たら必死になって逃げないと命がいくつあっても足りません。小屋も同様です。
傍から見たら珍妙な光景に見えたことでしょうね。

2015/07/29 (Wed) 18:39

AzTak  

Re: こんばんは

めぐるさん、こんばんは。

> なにも工藤家住宅に限った事ではありませんが昔の家屋は床下からして通気性がよく室内もがらんとした感じで冬が囲炉裏だけでは寒そうです。昔の人は寒さに強かったのかそれとも茅葺き屋根だと保温が抜群なのでしょうかね。

茅葺きの家はそれなりに暖かかったと思いますが、小さめの囲炉裏が一つでこの大きな家屋では、寒くて仕方がなかったと思います。昔の人は我慢していたんでしょうね。

2015/07/29 (Wed) 18:44

土佐けん  

こんばんは

古民家って味わいがありますね~~
でも、今と違って気密性もないでしょうから
冬は寒かったでしょうね(^^;

2015/07/29 (Wed) 22:03

AzTak  

Re: こんばんは

土佐けんさん、こんばんは。

> 古民家って味わいがありますね~~

そうですね。

> でも、今と違って気密性もないでしょうから
> 冬は寒かったでしょうね(^^;

囲炉裏の空気をすぐに排出するのではなく、室内を循環させますからそれなりの温かさがあったのだとは思います。ですが、このだだっ広い家屋に大きいとはいいがたい囲炉裏一つでは、かなり寒かっただろうと思っています。

2015/07/30 (Thu) 05:47

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