次大夫堀公園民家園~岡本公園民家園~岡本静嘉堂文庫(3) - 次大夫堀公園民家園~岡本公園民家園~岡本静嘉堂文庫_2015_Jun
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次大夫堀公園民家園~岡本公園民家園~岡本静嘉堂文庫(3)

次大夫堀公園民家園(3)
旧城田家住宅主屋
半農半商で酒屋をも営んでいたようだ。入って来やすいように開口部が多い建物だったのかな。その分だけ、冬は寒かったかもしれない。
どこか懐かしい佇まいの家屋だった。江戸時代後期の建物のようだ。

江戸近郊の農村におけるよろずや的な店だったのかな。そんなに多くの商いがあったわけではないだろうから、自らも農業を生計基本においていたのだろう。
旧城田家住宅主屋_1
『厨子二階』って、なんだろうと思った。要は江戸~明治にかけて建てられた古い様式の中二階なんだな。
「つしにかい」と読む。または「中二階」とも呼ばれる。江戸~明治にかけて建てられた古い様式。ミセノマの真上にあたる部屋の天井が低いことが特徴で、昔は主に物置や使用人の寝泊まりに使われていた。2階には開口部として虫籠窓を伴うことが多い。
旧城田家住宅主屋_2
旧城田家住宅主屋_3
かまどの脇に『(台)十能』があった。懐かしいなあ。何に使うかご存知だろうか?十ほどの働きを言えたら凄い。
旧城田家住宅主屋_4
旧城田家住宅主屋_5
このくらいの用意で酒屋の商売は成り立ったのだろうか。誰だ、このくらいは一人で飲んでしまえるなどとほざくのは。
旧城田家住宅主屋_6
旧城田家住宅主屋_7
旧城田家住宅主屋_8
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旧城田家住宅主屋_15
旧城田家住宅主屋_16
旧城田家住宅主屋_17

世田谷区指定有形民俗文化財
昭和60年2月19日指定
江戸時代
桁行6.5間(12.0m)、梁間5間(9.2m)、寄棟造、茅葺
この主屋は、喜多見にある城田家の屋敷から移築しました。城田家屋敷は登戸道と筏道が交わる辻にあって、江戸時代末には酒屋を営んでいたといわれています。主屋は弘化3年(1846)以前に建築されたと推定しています。間取りは喰違い四ッ間型ですが、ドマに広く張り出した板床や厨子二階などの店造りが特徴です。
店舗を併用した江戸時代の古民家の特徴を生かして、園内の売店として活用しています。

AzTak
Posted by AzTak
投稿 2015年06月16日
最終更新 2015年06月16日

14 Comments

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HARU  

こんばんは。

AzTakさんの散歩記事で、都心にはこうした庭園や森がたくさんあることを知りました。東京はビルだらけのイメージですが、ところどころに自然の景観が残され、古民家などが保存されて、ずいぶん都心のイメージが変わりました。外からの観光にはマイナーな場所ですが、都会暮らしの人たちには癒しの場所でもあるのですよね。

2015/06/16 (Tue) 00:55

cobo-fe  

おっしゃる通り夏はよいでしょうが、冬場は差身かったのではないでしょうか。
もっとも酒量が増して商いには良かったかもしれませんが・・・
見事に保存されているのですね。関係者の努力も大変なものでしょう。

2015/06/16 (Tue) 08:06

S-masa  

こんにちは。

「十能」懐かしいですね。
当地では「ジョーナ」と呼んでいました。
十の使い方は?です。

2015/06/16 (Tue) 13:18

花さか爺サン  

こんにちは
次大夫堀公園民家園には珍しい建物や珍しい道具が沢山展示してありますね。
懐かしい道具も沢山あり、興味が沸いてきます。
消火器具の手押しポンプとか農機具の千歯(せんば)、足踏み千歯などとても珍しいものばかりです。
今でも我が家の蔵の中に眠っているものも沢山あり、見ていて楽しいですね。
こういう形で保存し後世に伝えて行くのは大事なことだと思います。

2015/06/16 (Tue) 14:32

めぐる  

こんにちは

「さかや」の文字が目に飛び込んできますわ(笑)。所変わればという事でしょうけど土間から上がり小口の「かまど」は初めて見ました。おおさかでは「へっついさん」なんて言っていたと思います。子どもの頃に見たものがちらほらあって懐かしいです。

2015/06/16 (Tue) 16:41

makira  

こんにちは!

AzTakさん、こんにちは!
横須賀のしょうぶ園かkら地元近くの古民家巡りですか!
それもバスに乗ってまで!
とてもバテ気味とは思えないほどの行動力にビックリです!
どこか懐かしい半少半農の酒屋でしたか!
間口が広く、今は園内の売店の役目も兼ているのですね♪
低い2階建ては「つしにかい」ですか♪
「中二階」とはよく言ったものです。
十能も懐かしい!田舎にありましたが、最近はとんと目にしませんね!

2015/06/16 (Tue) 17:54

のんびり熊  

AzTakさん

こんばんは」
おかしいなあ
熊は見ただけですよお・・・ボヤキが聞こえちゃったかなあ
それに熊は下戸(本人はそう思っている!!)だし・・・
そうか十能はそんなに偉いのか。
気軽に使っていました。

2015/06/16 (Tue) 20:28

AzTak  

Re: こんばんは。

HARUさん、こんばんは。

> AzTakさんの散歩記事で、都心にはこうした庭園や森がたくさんあることを知りました。東京はビルだらけのイメージですが、ところどころに自然の景観が残され、古民家などが保存されて、ずいぶん都心のイメージが変わりました。外からの観光にはマイナーな場所ですが、都会暮らしの人たちには癒しの場所でもあるのですよね。

庭園や森がたくさんあるかどうかは別として、都区内でも世田谷区などは昔の感じがところどころに残っているのではないでしょうかね。江戸東京たてもの園や川崎市立日本民家園などがいっぱいになり、土地の余裕のある世田谷区などは、巻き返しにかかっているのかもしれません。
ちょっとしたお宝発見の気分で見て回っています。まさか、此処でお蚕さんを見られるとは思ってもいませんでした。桑の木は敷地に植えてあったかなあ。記憶が…

2015/06/16 (Tue) 21:38

AzTak  

Re: タイトルなし

cobo-feさん、こんばんは。

> おっしゃる通り夏はよいでしょうが、冬場は寒かったのではないでしょうか。
> もっとも酒量が増して商いには良かったかもしれませんが・・・

ここは酒屋であって居酒屋というか食い物屋ではなかったようです。というのは、このお勝手で、客に食べさせる料理まで作るのは至難の業のように思えるからです(つまり、主張の根拠はないのです)。
だから寒い家だと、お客が寄り付かなかったかな。それとも自分の家も同様に寒かったから、商いが増えたでしょうか。どうだったでしょうね。

> 見事に保存されているのですね。関係者の努力も大変なものでしょう。

なのでしょうね。茅葺屋根を維持しているだけでも凄いです。他の区ではそんな気が聞いたものは殆どありませんから。目黒区には古民家が一つあるだけですが、茅葺屋根を銅板で覆っています。詰まらないことですね。

2015/06/16 (Tue) 21:46

AzTak  

Re: こんにちは。

S-masaさん、こんばんは。

> 「十能」懐かしいですね。
> 当地では「ジョーナ」と呼んでいました。

「ジョーナ」と呼んでいましたか。少しずつ違うものですね。

> 十の使い方は?です。

五徳よりは使い出があるということで十能と称したのではないでしょうか。
火が熾きた物を運ぶのに使うのが主用途でしょうが、私の中では焚き火で焼きあがった芋を安全なところに運ぶのが一番重要な用途だったりします。(^_^;)

2015/06/16 (Tue) 21:54

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは

花さか爺サンさま、こんばんは。

> 次大夫堀公園民家園には珍しい建物や珍しい道具が沢山展示してありますね。
> 懐かしい道具も沢山あり、興味が沸いてきます。
> 消火器具の手押しポンプとか農機具の千歯(せんば)、足踏み千歯などとても珍しいものばかりです。

次大夫堀公園民家園のあとに取り上げる岡本公園民家園の方が数年前にできていたのですが、あまり大々的な展示がなく、結構、ちゃんとしてものを作って欲しいというような要求が強かったのでしょうか。
次大夫堀公園民家園は、かなり展示を充実させた感じがあります。特に次回取り上げる家屋は立派なものだと思います。

> 今でも我が家の蔵の中に眠っているものも沢山あり、見ていて楽しいですね。
> こういう形で保存し後世に伝えて行くのは大事なことだと思います。

そうですね。早くしないとどこでも処分されてしまいかねませんよね。

2015/06/16 (Tue) 22:06

AzTak  

Re: こんにちは

めぐるさん、こんばんは。

> 「さかや」の文字が目に飛び込んできますわ(笑)。所変わればという事でしょうけど土間から上がり小口の「かまど」は初めて見ました。おおさかでは「へっついさん」なんて言っていたと思います。子どもの頃に見たものがちらほらあって懐かしいです。

世田谷はかつての江戸ではありません。江戸近郊の純農村だったと思います。なので、酒屋もそれだけで食べていけるほどは商いがなかったのではないでしょうか。
ということで、お勝手仕事をしながら、酒を買いに来る人がいれば、他に誰も居ない時は、炊事をしていた人が応対する。そんなことで、あの場所にしたのではないかと思っているのですが、どうでしょうね。私の勝手な想像です。
大阪あたりの商家の場合は、お勝手は一番奥まった場所にあっただろうと思います。そういう都会と当時の世田谷あたりは全然違いましたから。
解説にある喜多見の登戸道と筏道が交わる辻って、どのへんだったのでしょうね。この公園からすぐの場所だと思うのですが、筏道がどこの道だかよくわかりません。調べたら、品川道のことのようです。品川道は、筏乗りたちが多摩川の上流から河口まで材木を運びその帰り道に利用したので六郷道、府中道、筏道とも呼ばれた道のようです。巨人多摩川グランドの上流の方だったようです。
どう考えてもお百姓さん以外は住んでいなかった土地のように思います。

2015/06/16 (Tue) 22:21

AzTak  

Re: こんにちは!

> AzTakさん、こんにちは!

makiraさん、こんばんは。

> 横須賀のしょうぶ園から地元近くの古民家巡りですか!
> それもバスに乗ってまで!

マイカーがありませんから、公共交通機関利用しか方法がありません。全部歩き通すにはちょっと厳しそうでしたし、世田谷の道は迷ってばかりで苦手なんです。それで往路だけでもバスを利用しようと考えました。

> とてもバテ気味とは思えないほどの行動力にビックリです!

まあ、暇を持て余しているだけです。

> どこか懐かしい半商半農の酒屋でしたか!
> 間口が広く、今は園内の売店の役目も兼ているのですね♪
> 低い2階建ては「つしにかい」ですか♪
> 「中二階」とはよく言ったものです。

次回取り上げる凄い住宅が真横の一画に見えているので、こちらは気がそぞろ。ざっと見ただけで、一刻も早く次に行きたい気持ちがありありでした。

> 十能も懐かしい!田舎にありましたが、最近はとんと目にしませんね!

私は、自宅に火鉢を買い込み十能も用意しようと画策したのですが、私以外の賛同を得られず、簡単に却下されてしまいました。(^_^;)
気密性の良い家が増えてきて、そういう時代ではないのかもしれませんね。
田舎の家には、十能も消し壺も炭籠もありました。アワビなどは、調理するまで、炭籠の木炭に吸い付かせておきました。

2015/06/16 (Tue) 22:38

AzTak  

Re: AzTakさん

> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> おかしいなあ
> 熊は見ただけですよお・・・ボヤキが聞こえちゃったかなあ
> それに熊は下戸(本人はそう思っている!!)だし・・・

下戸なんですか。私はかつてはかなりイケたほうだと認識していたのですが、脂肪肝になってからは、二日酔いどころか、三日酔い、四日酔いなどに苦しむようになりました。もちろん、お酒が美味しくなくなり、暫く控えていました。
今も酒量は低止まりです。浴びるほどではなくても、もう少し量を飲んでも大丈夫なように戻したいものです。

> そうか十能はそんなに偉いのか。
> 気軽に使っていました。

五徳と五十歩百歩でしょう。焚き火で焼き芋を焼いて、焼きあがったら、十能に入れて、弟のいないところまで運んで、悠々と食べる。それが私には一番ありがたい使い道でした。もちろん、十も使い道は思い浮かびません。

2015/06/16 (Tue) 22:46

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