池上本門寺(2) - 池上本門寺_2012_July
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池上本門寺(2)

空襲で多くの建物は焼かれてしまったが、五重塔(前回紹介済)の他に、経蔵と石段が残った。

経蔵
空襲による焼失をまぬがれた建物の1つ。輪蔵形式の内部には回転する八角形の書架があり、天海版一切経が収められていた。現在は別途保管。1784年(天明4年)に建立。第二次大戦後、大堂再建に伴う旧宗祖奉安殿移設により、元の場所よりやや北側の現在地に移された。どういう理由か知らないが、大田区指定有形文化財にとどまる。
経蔵_1
経蔵_2
最近、盗難事件が発生したようだ。まったく罰当たりな輩がいるものだ。
http://honmonji.jp/00index/tonan.pdf

此経難持坂(シキョウナンジザカ)
池上本門寺の表参道96段の石段坂。膝の靭帯を損傷する前だったらいざ知らず、今の私にはきついだけの坂にしか思えない。それでも経文を読誦しながらでなくとも、十分に上れるはずで、やや大げさなネーミングのように思える。こちらも大田区指定有形文化財。

熱心な法華信者で築城家としても有名な、加藤清正公の築造寄進になる。同公は、慈母の第七回忌にあたる慶長11年(1606)、その追善供養のため、祖師堂を建立寄進し、併せて寺域も整備しているので、その折の築造と考えられる。第14世日詔聖人のときである。第22世日玄聖人代の元禄年間(1688-1704)に大改修されているが、清正公当時の原型を残す貴重な石造遺構である。
なお、名称の由来は、『妙法蓮華経』見宝塔品第十一、此経難持の偈文96字にちなむ。すなわち、末法の世に法華経を受持することの至難を忍び、信行することの尊さを石段を上ることの苦しさと対比させ、経文を読誦しつつ上れば自然にのぼれる、と言い伝えられている。

此経難持坂(シキョウナンジザカ)

以下は、新しいものばかり。前回述べたが、建物が由緒あるか新しいかが重要なのではなく、信仰の場であるということが重要なのだろう。

日蓮聖人像(説法像)
宗祖七百遠忌記念として昭和58年奉納された。制作は、北村西望。アルミニウム製の像。
日蓮聖人像(説法像)_1
日蓮聖人像(説法像)_2
『ブリリンパパの写真館』の中で取り上げられた井の頭公園にある北村西望の快傑日蓮像と比較して見るのも面白いかもしれない。
http://blpapa.blog.fc2.com/blog-date-20120703.html

総門
ただの寺域への入り口に過ぎないと思うが、池上本門寺のWEBサイトではやけに持ち上げた説明がなされている。
第22世日玄聖人代の元禄年間に建立されたと伝えられる。扁額「本門寺」は門より古く、寛永4年(1627)本阿弥光悦の筆になるそうだ。残念ながら扁額に何が書いてあるか見てこなかった。
総門

仁王門(三門)
昔の三門と仁王尊は凄かったが、戦後再建されたものは、それなりのもの。仁王尊は勿論木造であるものの、今の三門は鉄筋コンクリートのもの。建物としては、有難くも何もなさそうだ。こんなものかという感じ。
仁王門(三門)_1
仁王門(三門)_2

大堂(祖師堂)
同様に鉄筋コンクリート製のもの。
大堂(祖師堂)_1
大堂(祖師堂)_2

お会式の様子はいずれ日を改めて取り上げることとする。
以下にパブリックドメインの画像を使用する。
広重
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2012年07月23日
最終更新 -0001年11月30日

2 Comments

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りら  

AzTakさん

三門のお写真
とてもコンクリート造りとは 思えない美的溢れる建物に見えます
素敵に撮影されていると思います

2012/07/23 (Mon) 22:00

AzTak  

Re: AzTakさん

> 三門のお写真
> とてもコンクリート造りとは 思えない美的溢れる建物に見えます
> 素敵に撮影されていると思います

国宝に指定されていた旧山門が残っていれば、言う事無しなんですが、無いものねだりをしても始まりません。
建物で驚かそうなどという了見を持ちたくとも持てなくなっただけ、却って良かったのかもしれません。

PS.『Lensを通して・・・Part2』がやっとアクセスできるようになったようですね。FC2のサーバ不調が続き、makiraさんもさぞかし困っていらっしゃるんでしょうね。

2012/07/23 (Mon) 22:20

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