称名寺ほかを歩く(5) - 称名寺ほかを歩く_2015_Mar
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称名寺ほかを歩く(5)

称名寺市民の森(1)
まずは、北条顕時・北条貞顕公御廟脇の登り口から上り、観音広場を経て、金沢山の八角広場に行く。そこから稲荷山休憩所を経て、北条実時公御廟に行く。そんな行き方をしてみた。
『百番觀世音霊場登口』の標識
確かに急勾配の坂を登った先に『百観音』があるんだ。してみると、此処が正式な登り口になるのか。
『百番觀世音霊場登口』の標識
市民の森の案内図
市民の森の案内図
いきなりかなり急な上りが長々と続く
いきなりかなり急な上りが長々と続く
暫くすると『百観音』に
みえてきたのは、西国三十三霊場の観音群のようだ。この他に、坂東三十三霊場、秩父三十三霊場もあって『百観音』としているようだ。何を見て歩いていたのか、坂東三十三霊場、秩父三十三霊場の分は見落としてしまった。息が切れて酸素不足で、ぼーっとしていたのだろうか。うーーん、残念。
百観音_西国三十三霊場の観音群_1
百観音_西国三十三霊場の観音群_2
百観音_西国三十三霊場の観音群_3
百観音_西国三十三霊場の観音群_4
百観音_西国三十三霊場の観音群_5
百観音_西国三十三霊場の観音群_6
海中出現観世音
金沢山の市民の森山頂に八角堂がある。それは、北条660年忌を記念して、博文館社主であり金沢文庫の再興にも貢献した大橋新太郎氏が百観音とともに寄進したものだそうだ。話が長くなるが、そのお堂に一時期、『海中出現観音』が祀られていたそうだ。想像がつくかもしれないが、心ない者に壊され現在は祀られていないとのこと。非常に残念な話だ。
この石塔は、その頃の案内標識だったようだ。

海中出現観世音の案内標識
こんなものも
こんなものも_1
こんなものも_2
こんなものも_3
更に上を目指す
更に上を目指す
途中からの眺望
八景島シーパラダイスが見えた
途中からの眺望_1
途中からの眺望_2
やっと八角堂広場に
やれやれ急な坂道だった。内田康夫の『横浜殺人事件』では、この八角堂に死体があったという設定に。そんなことがあってもおかしくない雰囲気がした。何せ、途中でだれとも出会わないのだから。その話はさておき、ちょっと樹木が成長し過ぎ、自慢の眺望に支障がある感じに。
やっと八角堂広場に_1
やっと八角堂広場に_2
やっと八角堂広場に_3
やっと八角堂広場に_4

海に近い、金沢三山の金沢山を中心とした森。
国の史跡指定の称名寺境内をぐるりと取りまいた山林。
金沢山のてっぺんの八角堂広場からは四方が見渡せて、海の公園・野島・房総半島・円海山がいい眺め。
称名寺は、13世紀半ばに建てられた金沢北条一族の菩提寺。
北条実時公御廟から下る坂は桜が見事。
阿字ヶ池のまわりには、樹齢800年を越えるイチョウの名木古木がとりまく。
有名な金沢文庫のほか、鎌倉時代随一の浄土庭園も復元され、ふとした道ばたの石仏にも古い歴史の香りが漂う、しみじみ散歩道。

AzTak
Posted by AzTak
投稿 2015年03月28日
最終更新 2015年03月28日

10 Comments

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hiro  

お早う御座います!

相変わらず色々な所へお出かけになっていますね。
この場所はハイキングコースになっているのでしょうか?
私も若い頃は良く山へ行きましたが、線維筋痛症になってからは登り下りは駄目になってしまいました。
平地は可成り歩けるのですが・・・・・


2015/03/28 (Sat) 09:23

のんびり熊  

AzTAkさん

こんにちは
称名寺に限らず、この辺りの小山、丘?の見晴らしの良さそうな所は、昔からなにかしらの施設を作ったようですね。
何処に行っても何かが有りそう。
古い土地柄なんですね。

2015/03/28 (Sat) 12:35

cobo-fe  

石仏と観音様と同じなのか知識の無い私にはわかりませんが、古人の信仰心は素晴らしいですね。現代でのこうした石像さんは制作されているのでしょうが、信心で製作なのか商業ベースでの製作なのかそのあたりが私にはよくわかりません(^^;

2015/03/28 (Sat) 14:55

Meguru  

こんにちは

石像を見るたび、こんなにうまく彫刻できるものだなぁと思いますわ。
おそらく機械のようなものの無い時代ですから、タガネと金づちのようなものでコツコツ削ったのでしょうね。
木像でさえ難しそうなのに・・・。

2015/03/28 (Sat) 15:10

AzTak  

Re: お早う御座います!

hiroさん、こんばんは。

> 相変わらず色々な所へお出かけになっていますね。
> この場所はハイキングコースになっているのでしょうか?

『市民の森』という名前がついています。でも、階段が急勾配で長く続くので、年配の方や身体をお悪くしている人は無理に行かない方が無難かもしれません。凄く気持ちがいいし、眺望もあるのですが。

> 私も若い頃は良く山へ行きましたが、線維筋痛症になってからは登り下りは駄目になってしまいました。
> 平地は可成り歩けるのですが・・・・・

そうですね。無理なさらない方がよいでしょう。その分、平地は頑張っていきましょう。

2015/03/28 (Sat) 18:57

AzTak  

Re: AzTAkさん

> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 称名寺に限らず、この辺りの小山、丘?の見晴らしの良さそうな所は、昔からなにかしらの施設を作ったようですね。
> 何処に行っても何かが有りそう。
> 古い土地柄なんですね。

ここは三浦半島の付け根になります。三浦半島は、低いものの、山また山の土地ですから、小高いところも何らかの利用がなされたのでしょうね。意外な謂れのあるところが少なくありません。
先日取り上げた鷹取山からも見えます。あちらは神武寺がありましたし、そんなに古くはないものの磨崖仏もありましたね。
称名寺市民の森からは、海の公園・野島・房総半島・円海山がいい眺めだそうです。私もそう思いました。

2015/03/28 (Sat) 19:16

AzTak  

Re: タイトルなし

cobo-feさん、こんばんは。

> 石仏と観音様と同じなのか知識の無い私にはわかりませんが、古人の信仰心は素晴らしいですね。現代でのこうした石像さんは制作されているのでしょうが、信心で製作なのか商業ベースでの製作なのかそのあたりが私にはよくわかりません(^^;

ここにあるのは百観音というものです。1935年(昭和10年)、北条660年忌を記念して奉納されたものだそうです。
本物を持ってくるわけにはいかなかったでしょうから、そのイメージを石仏にして奉納したのだと思います。
古からの信仰というのではなく、記念事業の産物だったようです。それにしてもものすごい信仰心があったことなのでしょう。今から80年ほど前の話です。
金沢山の市民の森山頂に八角堂がある。それは、北条660年忌を記念して、博文館社主であり金沢文庫の再興にも貢献した大橋新太郎氏が百観音とともに寄進したものだそうだ。…

2015/03/28 (Sat) 19:27

AzTak  

Re: こんにちは

Meguruさん、こんばんは。

> 石像を見るたび、こんなにうまく彫刻できるものだなぁと思いますわ。
> おそらく機械のようなものの無い時代ですから、タガネと金づちのようなものでコツコツ削ったのでしょうね。
> 木像でさえ難しそうなのに・・・。

これは、昭和十年(1935年)、北条実時660年忌に奉納されたものだそうです。今から80年前。まだまだ信仰心があったころなのでしょうか。機械彫りではなさそうです。ため息が出るほど、雰囲気があるように感じました。

2015/03/28 (Sat) 19:35

sonomi  

ひとつひとつかが味わい深いですね
もう緑が濃くてびっくりです

2015/03/28 (Sat) 20:30

AzTak  

Re: タイトルなし

sonomiさん、おはようございます。

> ひとつひとつかが味わい深いですね
> もう緑が濃くてびっくりです

そうですかね。
何でもない森を、実時と絡めて80年前に660年忌として行ったようです。その時の財産のようです。
今年は、740年忌という事なのd須賀、何も行わないのでしょうね。
北海道から比べれば緑が濃く思われるかもしれませんが、これからの季節、もう一段緑が濃くなるものと思います。

2015/03/29 (Sun) 05:01

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