再び浦賀を歩く(5) - 再び浦賀を歩く_2015_Jan
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再び浦賀を歩く(5)

マリーナのレストランで昼食
お昼だったし、十分撮らせていただいた感謝の気持もあったので、此処で昼食を食べた。美味しかったし、たまたま同行させていただいた方との話も楽しく、贅沢な時間を過ごせた。
マリーナのレストランで昼食_1
マリーナのレストランで昼食_2
マリーナのレストランで昼食_3
燈明堂
向かう道筋で
レストランでたっぷり休憩を取り、元気回復。道端にはまたもや八重咲きの日本水仙が。
向かう道筋で_1
こちらも彩りが綺麗だなと思って撮ってみた。アオキの実かな。
向かう道筋で_2
燈明堂
燈明堂_1
燈明堂_2
燈明堂_3
天正18年(1590年)の、徳川家康の江戸城入城後、江戸を中心とした水運は急速な発展を見せるようになった。水運の発展に伴い、東京湾入り口に近く、浦賀水道に面する入江である浦賀は港として大きく発展し、浦賀港に入港する船の安全を図る必要に迫られた。また浦賀水道を通行する船の増大は、夜間に浦賀水道を通過する船の安全策を講ずる必要性も高まってきた。
慶安元年(1648年)、江戸幕府は浦賀港入り口の岬に和式灯台である燈明堂を建設した。燈明堂は篝火ではなく堂内で油を燃やすことによって明かりを得ており、堂内には夜間は燈台守が常駐していた。当時は夜間に明かりがほとんどなかったこともあって、燈明堂の明かりは対岸の房総半島からも確認できたと言われている。建設当初は江戸幕府が燈明堂の修復費用を負担し、当時の東浦賀村と浦賀港の干鰯問屋が灯火の費用を負担していたが、元禄5年(1692年)以降は浦賀港の干鰯問屋が修復費用も捻出するようになった。
海に突き出た岬上にある燈明堂は、台風などの暴風や大地震による津波によって建物や石垣が崩されることがあった。しかし東京湾を通行する船の安全を守る役割を果たしていた燈明堂は、建物が破損してもただちに仮設の燈明堂を建設し、明かりが絶えないように努力がなされた。

燈明堂から浦賀方面を望む
浦賀湾は天然の良港のようだ。江戸時代から盛んに利用されていたのも首肯できる。
浦賀方面を望む_1
左側が川間ドック跡になる。浦賀ドックとは目と鼻の先で壮烈な受注競争を展開していたようだ。
浦賀方面を望む_2

以上で、『再び浦賀を歩く』シリーズは終了です。最後までご覧頂きありがとうございました。
AzTak
Posted by AzTak
投稿 2015年01月31日
最終更新 2015年01月31日

14 Comments

There are no comments yet.

makira  

こんばんは!

AzTakさん、こんばんは!
お疲れ様でした!
今まで頭の中で、横須賀と浦賀の区別が曖昧でしたがスッキリです♪
1枚目のサラダに乗っかっているのはクジラのベーコンでは?
美味しいですよね~♪
おっと、いけない!AzTakさんに似てきてしまった 笑)

2015/01/31 (Sat) 01:29

cobo-fe  

燈明堂・・・こうした施設は必須なのですね。
最後にレストランの昼食あり、スイセンの花ありで
ホッとししました浦賀レポート、楽しみました。
海岸に大きなマンションでしょうか・・・
当然のことながら、私がうろついているころは
想像もできない今の風景です(*^^)v

2015/01/31 (Sat) 07:18

のんびり熊  

こんにちは
美味しそうですねえ
眼の薬、体に毒?美味しいものは止まりません。
どんどん戴きましょう!!
写友?散歩友?偶然の出会いも「同志」とは気が合いますねえ。
幕府もさすがに海の安全には気を使っていたでしょうが、財政難には勝てず、地元の有力者に修繕費用などを持たせたようですね。

2015/01/31 (Sat) 12:43

keiko  

こんにちは<(_ _)>

美味しいそうなスパゲティですね。歩いた後のお食事はさぞかし美味しいんでしょうね?(*´▽`*)

灯りはこういうので、とっていたんですね。今の電灯というところでしょうか?じゃ、今の電気会社のようなお仕事のかたが、おられたのでしょうね~そうやって考えると、進歩はしてるものの、生活は、似てるところもあるのだなーと思いました。( ´艸`)

2015/01/31 (Sat) 13:21

ijin  

再び浦賀を歩く

「再び浦賀を歩く」を通読させて頂きました。

再び、この辺りの旧い歴史に想いを馳せました。
特に江戸期以後重要な水路として、「燈明堂」が建設されて。。

地形を観ればそれくらい解かりそうなものですが、
当時は釣りキチ。頭の中は魚だけ。

三浦半島側が乗船場所でしたが、時には房総側の洲崎沖からは大型のイサキ狙い。。
富津からは「イイダコ」を釣りに出ました。

房総側からは、明治以降造船会社が出来るなど、
羨ましい眼で浦賀当たりを眺めてのでしょう。多くの人の関心を集め、
生活の場を与えたのですね。

マリーナのレストランでの昼食。
美味しそうです。上は魚が見えますが、加熱処理してサラダに?

八重の水仙。私のディスクはないような。。珍しい水仙です。

毎毎の散策記。もっと時間をかけて拝見したいと念じながら叶いません。
度々のご訪問とコメントを有り難うございます。

2015/01/31 (Sat) 14:33

千一也  

こんばんは

燈明堂は夜間に浦賀港を航行する船には無くてはならなかったでしょうね。
何処から中に入るのか階段があったのでしょうけど。
強風に備えて四隅の支えの柱は念が入っていますよね。

それはともかくおいしそうな昼食です>
サラダのベーコンらしきものが効いていますしスパゲティも美味そうです(^0_0^)

2015/01/31 (Sat) 18:55

AzTak  

Re: こんばんは!

> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、こんばんは。

> お疲れ様でした!
> 今まで頭の中で、横須賀と浦賀の区別が曖昧でしたがスッキリです♪

三浦郡に浦賀村と横須賀村とがあったようです。それぞれ町になり、さらに、横須賀市になったのです。

> 1枚目のサラダに乗っかっているのはクジラのベーコンでは?
> 美味しいですよね~♪

クジラのベーコンに見えましたか。薄くカットしたカブにドレッシングをかけたものなんですが、きれいな色に見えますね。

> おっと、いけない!AzTakさんに似てきてしまった 笑)

食べ物に興味を持つことは人生の大きな楽しみの一つですよ。

2015/01/31 (Sat) 19:11

AzTak  

Re: タイトルなし

cobo-feさん、こんばんは。

> 燈明堂・・・こうした施設は必須なのですね。
> 最後にレストランの昼食あり、スイセンの花ありで
> ホッとししました浦賀レポート、楽しみました。
> 海岸に大きなマンションでしょうか・・・

そうですね。マリーナ付の川間の高級リゾートマンションです。その端の方に例のドライドックがあります。

> 当然のことながら、私がうろついているころは
> 想像もできない今の風景です(*^^)v

そうでしょうね。浦賀もだいぶ変わったかもしれませんね。変わるついでに、住友の社宅を壊して、浦賀奉行所を復元させないものでしょうかね。

2015/01/31 (Sat) 19:29

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 美味しそうですねえ
> 眼の薬、体に毒?美味しいものは止まりません。
> どんどん戴きましょう!!

いつも外出先では1-2コイン程度の食事ですが、今回は、連れがいたし、他にお店がないところなので、マリーナ内のレストランに入りました。追い出されもせず、気持ちよく休むことができました。

> 写友?散歩友?偶然の出会いも「同志」とは気が合いますねえ。

思いがけない出会いでしたが、いい感じの人でラッキーでした。

> 幕府もさすがに海の安全には気を使っていたでしょうが、財政難には勝てず、地元の有力者に修繕費用などを持たせたようですね。

修繕費用の前に、燃料代も負担させていたんですよ。ちょっと押し付けすぎですよね。

2015/01/31 (Sat) 19:48

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは<(_ _)>

keikoさん、こんばんは。

> 美味しいそうなスパゲティですね。歩いた後のお食事はさぞかし美味しいんでしょうね?(*´▽`*)

美味しかったです。それよりも空腹を解消し、疲れた体を休めることができて有難かったです。

> 灯りはこういうので、とっていたんですね。今の電灯というところでしょうか?じゃ、今の電気会社のようなお仕事のかたが、おられたのでしょうね~そうやって考えると、進歩はしてるものの、生活は、似てるところもあるのだなーと思いました。( ´艸`)

明治の初めのころはガス灯がありました。それが街燈にとってかわられました。
ガス灯までは、燃料を燃やして明かりをとっていたんですね。

2015/01/31 (Sat) 19:59

AzTak  

Re: 再び浦賀を歩く

ijinさん、こんばんは。

> 「再び浦賀を歩く」を通読させて頂きました。
>
> 再び、この辺りの旧い歴史に想いを馳せました。
> 特に江戸期以後重要な水路として、「燈明堂」が建設されて。。
>
> 地形を観ればそれくらい解かりそうなものですが、
> 当時は釣りキチ。頭の中は魚だけ。
>
> 三浦半島側が乗船場所でしたが、時には房総側の洲崎沖からは大型のイサキ狙い。。
> 富津からは「イイダコ」を釣りに出ました。

ふふふ、釣り一本やりも男らしくていいじゃありませんか。

> 房総側からは、明治以降造船会社が出来るなど、
> 羨ましい眼で浦賀当たりを眺めてのでしょう。多くの人の関心を集め、
> 生活の場を与えたのですね。

浦賀では飯が食べられるということで、生活の場をここに移した人もいたことでしょうね。

> マリーナのレストランでの昼食。
> 美味しそうです。上は魚が見えますが、加熱処理してサラダに?

写真がよくなかったのですかね、野菜だけなんですよ。

> 八重の水仙。私のディスクはないような。。珍しい水仙です。

そうでしたか。ijinさんが見たことがないのなら、私が気が付かなくてもおかしくはないですね。しょっちゅう歩いていたところなのに、何を見ていたのでしょうか。恥ずかしい話です。

> 毎毎の散策記。もっと時間をかけて拝見したいと念じながら叶いません。
> 度々のご訪問とコメントを有り難うございます。

丁寧なあいさつ有難うございます。気軽に見てくださいね。

2015/01/31 (Sat) 20:19

AzTak  

Re: こんばんは

千一也さん、こんばんは。

> 燈明堂は夜間に浦賀港を航行する船には無くてはならなかったでしょうね。
> 何処から中に入るのか階段があったのでしょうけど。
> 強風に備えて四隅の支えの柱は念が入っていますよね。

しょっちゅう壊されて、その都度大至急補修をして、使い続けたようですよ。
徳川家康も良いところに目を付けたものですね。

> それはともかくおいしそうな昼食です>
> サラダのベーコンらしきものが効いていますしスパゲティも美味そうです(^0_0^)

美味しいことは間違いなく美味しかったのですが、其れよりも2時間くらい歩きつづけていましたから、たっぷり休憩をとることができました。そちらの方が何倍もありがたいものでした。

2015/01/31 (Sat) 20:25

土佐けん  

こんばんは

こちらではよく美味しそうなお料理の画が出てきますね~~
僕たちは撮影に出かけるとランチは大抵、駅うどんですw
たまにはこう言うところで食べてみたいな!

2015/01/31 (Sat) 21:42

AzTak  

Re: こんばんは

土佐けんさん、おはようございます。

> こちらではよく美味しそうなお料理の画が出てきますね~~
> 僕たちは撮影に出かけるとランチは大抵、駅うどんですw
> たまにはこう言うところで食べてみたいな!

たまたまです。人家もなくなった辺りですから、ここで食べないと他で食べるところがありませんでした。少し高いお金でしたが、居心地が良い場所でゆっくり休憩できたので、疲れた体をいたわるには十分な時間が確保できました。
ちなみに自分だけだと、呑まず、食わず、休憩せずで、最後に大バテするパターンです。若くはないので、無茶なことは止めたいのですが、性分なんでしょうかね。

2015/02/01 (Sun) 05:32

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