再び浦賀を歩く(4) - 再び浦賀を歩く_2015_Jan
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再び浦賀を歩く(4)

川間ドック跡
この川間ドックは、浦賀船渠の設立とほぼ同時期に東京石川島造船所が浦賀分工場として設立した施設。激しい受注合戦の展開がおき、それに伴う経営の悪化で共倒れが懸念される状況に陥った。その後、浦賀船渠が買収し、以後、同社の川間分工場になった経緯がある。
この経緯は、田町にあった千代田瓦斯と浜松町にあった東京瓦斯との関係に似ているかもしれない。
世界に4カ所しか現存していないとうレンガ積みドライドックの内の一つで、そのうちの2カ所が日本国内にあり、いずれも明治期に造られた横須賀市内の浦賀ドックとこの川間ドック跡とである。

マリーナに買収されて、水を入れた状態になっている
入渠及び出渠するときは、水がある状態にするが、その他の時は、水が抜かれた状態で作業を行う。だからこそのドライドックなのだが。大型船などがなかった明治半ばの構築物だが、それなりに大きなものだ。
川間ドック跡_1
川間ドック跡_2
川間ドック跡_3
川間ドック跡_4
川間ドック跡_5
川間ドック跡_6
川間ドック跡_7
川間ドック跡_8
川間ドック跡_9
川間ドック跡_10
レンガ積みのドライドックだということが一番わかるショット
川間ドック跡_11
川間ドック跡_12
川間ドック跡_13
マリーナ
優雅なマリン・ライフを楽しんでいる人も少なからずいるんだなあ
マリーナ_1
マリーナ_2

(株)東京石川島造船所が、大型船の建造修理のため、当時、取締役会長であった渋沢栄一の提案により、明治二十八年(1895)十月に浦賀分工場として建設に着手し、同三十一年に営業を開始しました。同三十五年には浦賀船渠(株)が買収し、以後、同社の川間分工場になりました。
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1894年(明治27年)に中島三郎助の意志を継ぎ、荒井郁之助・榎本武揚・塚原周造が中心となり、1897年(明治30年)に浦賀船渠が設立され、かつての浦賀造船所と同じ場所に工場が建設された。同時期に同じ浦賀に建設された東京石川島造船所の浦賀分工場との間で、艦船建造・修理の受注合戦が繰り広げられたという。この競争はダンピング合戦を生み、両社の経営を悪化させた。ほどなくして石川島の浦賀分工場を浦賀船渠が買収、自社工場とすることで決着した。

川間ドックとを取り上げた記事(1)へjump
川間ドックとを取り上げた記事(2)へjump

AzTak
Posted by AzTak
投稿 2015年01月30日
最終更新 2015年01月30日

14 Comments

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HARU  

こんばんは。

川間ドッグは、知らないと入り江の運河に見えます。ススキが縁まで迫って、ここで船が作られていた様子を想像するのが難しいくらいの時間の経過を覚えますね。でも、たしかに手間のかかったレンガ積みの名門ドッグの名残があります。近くのヨットハーバーとの対比。時の流れを感じます。

2015/01/30 (Fri) 00:42

cobo-fe  

私の乏しい知識では建造物などの耐久性はコンクリートが一番かと思っていましたが、レンガはすごく耐久性があるのですね。。
明治のレンガ造りの建造物が健在なんて素晴らしいですね。
(あちこちにあるか・・・皆さんご承知で、私だけが認識不足?・・)
さすが浦賀は幕末からの歴史が詰まっていますね。

2015/01/30 (Fri) 07:51

S-masa  

こんにちは。

レンガ造りのドックは当時としてはかなりの大工事だったのでしょうね。
大型船の修理で火花が飛び散る光景が目に浮かびます。

当ブログの写真掲載NGご指摘ありがとうございました。
自宅のモニターには映って今したので気付きませんでした。
解像度を下げて貼り直しましたので今度はOKと思います。

2015/01/30 (Fri) 13:01

のんびり熊  

こんにちは
ドライドックは水を抜けばまだ使用できるんでしょうか?
使用しなくなれば一気にダメになりますね。
素敵なボートがたくさんありますね。
マリンスポーツをして見たいですけれども、船酔いするんから駄目です。

2015/01/30 (Fri) 13:19

makira  

こんにちは!

AzTakさん、こんにちは!
私には「へえ~、そうだったのか!」で、
そのままスルーしてしまうところを
詳細な解説を加えられることが素晴らしいですね!
世界に4カ所しか現存していないとうレンガ積みドライドックのうち
2か所が日本国内にあるということは、相当貴重なんでしょうね!
現在、使用している施設なら別ですが、
こんな貴重な施設を民間企業が有しているんですね!
国が買い取って、きちんと管理保存すべきではないでしょうか?
どうなんでしょう?

2015/01/30 (Fri) 13:35

keiko  

こんにちは<(_ _)>

へぇー。こういうところで、修理など、建設をするんですね~波の影響もなく都合よく作業できそうですね。(*´▽`*)

2015/01/30 (Fri) 14:03

AzTak  

Re: こんばんは。

HARUさん、こんばんは。

> 川間ドッグは、知らないと入り江の運河に見えます。ススキが縁まで迫って、ここで船が作られていた様子を想像するのが難しいくらいの時間の経過を覚えますね。でも、たしかに手間のかかったレンガ積みの名門ドッグの名残があります。近くのヨットハーバーとの対比。時の流れを感じます。

渋沢栄一が命じて作らせた施設なんです。皮肉なことにリニューアルして再発足した浦賀船渠と、目と鼻の先にほぼ同時期に、こちらは新規発足したのです。当初から激しい受注合戦の応酬で、共倒れになりそうになりました。そんなこんなで、競争相手だった浦賀船渠に買収されました。
まあ、川間の所属員はあまりいい思いをしなかったのではないかと見ています。最後の頃は橋梁などを作っていたようです。

2015/01/30 (Fri) 20:40

AzTak  

Re: タイトルなし

cobo-feさん、こんばんは。

> 私の乏しい知識では建造物などの耐久性はコンクリートが一番かと思っていましたが、レンガはすごく耐久性があるのですね。
> 明治のレンガ造りの建造物が健在なんて素晴らしいですね。

この前に1859年(安政6年) 日本初のドライドックが建造されたようです。その翌年、現在の米軍基地内にある現役のドライドックが完成しました。米軍基地内のものは、天然石で作られています。これが現存する日本最古のドライドックでしょう。
そしてずっと年月が過ぎて、明治30年以降に2つのレンガ積みドライドックが作られたようです。
案外長もちしていますよね。

> (あちこちにあるか・・・皆さんご承知で、私だけが認識不足?・・)
> さすが浦賀は幕末からの歴史が詰まっていますね。

詰まっていたのですが、皆過去のものになってしまいました。せめて、その後を保存するようなことをしてくれれば有難いのですが、行政の動きは緩慢もいいところです。

2015/01/30 (Fri) 20:55

AzTak  

Re: こんにちは。

S-masaさん、こんばんは。

> レンガ造りのドックは当時としてはかなりの大工事だったのでしょうね。
> 大型船の修理で火花が飛び散る光景が目に浮かびます。

大工事だったのでしょうね。当時のレベルでは大型船の建造や修理を行っていたのでしょう。でも、現在の巨大な船舶の時代には対応できるものではありません。段々、一線からチオの居てしまったのは仕方ないことだったかもしれません。

> 当ブログの写真掲載NGご指摘ありがとうございました。
> 自宅のモニターには映って今したので気付きませんでした。
> 解像度を下げて貼り直しましたので今度はOKと思います。

すみません。舌足らずでした。S-masaさんの方には当初から全く問題がなかったと思います。(__)
私が使用しているメインのコンピュータがどうにも具合が悪くなっている所為だと思います。仕方なく、新しいものを注文しました。凝りもせず、安物路線です。データの移動が済んだら、まっさらにして見ようかと思います。それで調子が戻れば、めっけ物ですが。

2015/01/30 (Fri) 21:03

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> ドライドックは水を抜けばまだ使用できるんでしょうか?
> 使用しなくなれば一気にダメになりますね。

使おうと思えば使えるようには思いますが、メンテをしていないでしょうから、ポンプも何もかも修理しなくてはいけないんだと思います。水を抜いて、近代産業遺産の展示スペースにしたらと思うのですが。

> 素敵なボートがたくさんありますね。
> マリンスポーツをして見たいですけれども、船酔いするんから駄目です。

本当にいっぱいありますね。私は不思議と船には強いんです。大好きといえる感じです。悲しいかな、マリンスポーツを楽しむには、全くお金がありません。
多分、浦賀水道を東京湾に入っていくのではなく、太平洋に出楽しむのでしょうね。大島くらいまでなら軽く往復できる船ばかりのようです。

2015/01/30 (Fri) 21:11

AzTak  

Re: こんにちは!

> AzTakさん、こんにちは!

makiraさん、こんばんは。

> 私には「へえ~、そうだったのか!」で、
> そのままスルーしてしまうところを
> 詳細な解説を加えられることが素晴らしいですね!
> 世界に4カ所しか現存していないとうレンガ積みドライドックのうち
> 2か所が日本国内にあるということは、相当貴重なんでしょうね!

貴重だと思います。これより30年ほど古いドライドックが米軍基地内にあります。そちらは、煉瓦積みではなく、石で作られたものです。

> 現在、使用している施設なら別ですが、
> こんな貴重な施設を民間企業が有しているんですね!
> 国が買い取って、きちんと管理保存すべきではないでしょうか?
> どうなんでしょう?

そうなんですよねえ。行政の怠慢ではないかと思ってしまいます。

2015/01/30 (Fri) 21:16

AzTak  

Re: タイトルなし

> こんにちは<(_ _)>

keikoさん、こんばんは。

> へぇー。こういうところで、修理など、建設をするんですね~波の影響もなく都合よく作業できそうですね。(*´▽`*)

水を張った状態で入渠させ、水を抜いて、修理を行うんですね。そして修理完了後に、再び水を張り、出渠するんです。いろいろな意味で作業しやすいことと思います。
昔の大型船を扱うことができたようですよ。でも今の超巨大船舶に時代には、間尺に合わないものになってしまいました。
消え去る運命なんですが、中途半端な状態で残されています。

2015/01/30 (Fri) 21:22

kozoh55  

浦賀には

日本の海運の歴史があるんですね。
渋沢栄一さんが関連しているとは知りませんでした。
でも、よく考えたら海運で渋沢系と三菱が大値引き合戦をして
大変だった時代があると聞いてまして、
その話だったのかなあと感じたりしました。
浦賀は幕末の歴史にも非常に大きな役割を演じてますし、
こんな美しいドッグ、それも世界に数カ所しかない
煉瓦ドックを見れるなんて、凄いものです。
また行きたい場所が増えました、ありがとうございます。
お晩です、AzTakさん、またお邪魔します。

2015/01/31 (Sat) 20:39

AzTak  

Re: 浦賀には

kozoh55さん、おはようございます。

> 日本の海運の歴史があるんですね。
> 渋沢栄一さんが関連しているとは知りませんでした。
> でも、よく考えたら海運で渋沢系と三菱が大値引き合戦をして
> 大変だった時代があると聞いてまして、
> その話だったのかなあと感じたりしました。
> 浦賀は幕末の歴史にも非常に大きな役割を演じてますし、
> こんな美しいドッグ、それも世界に数カ所しかない
> 煉瓦ドックを見れるなんて、凄いものです。
> また行きたい場所が増えました、ありがとうございます。
> お晩です、AzTakさん、またお邪魔します。

川間のドック跡はいつでも自由に見ることができますが、水を張った状態なので、ドライドックの全貌がつかめるわけではありません。
どうしてもドライドックが見たければ、4月下旬に行われるだろう『咸臨丸フェスティバル』を待たねばいけないのでしょうね。『中島三郎助まつり』でも見せてくれるはずだったのですが、今年は立ち入り禁止でした。
何が理由かわかりませんが、横須賀市のつれない仕打ちにがっかりしました。『咸臨丸フェスティバル』でも、同じ仕打ちを繰り返さないことを望むだけしかありません。

そんな状況です。

2015/02/01 (Sun) 05:25

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