散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

川越を歩く(3)

時の鐘
最近の2度は耐震化工事施工中だったためのため、見学できなかった『時の鐘』。実に久しぶりに全体を拝むことができた。タイミングが良くなかったのか、『赤いきつねと緑のタヌキ』の鐘の前で収録したCMが流れていたのに、ご本尊は姿を隠したままだった。
久しぶりに晴れ姿を見せている所為か、鐘つき通りも観光客で賑わっていた。ここからでも、鐘も撞木棒もはっきり見えるんだ。

時の鐘_1
時の鐘_2
時の鐘_3
真下に立つと、この『時の鐘』がかなりの高さであることが実感できた
時の鐘_4
時の鐘_5
裏側には急こう配の階段があった。たとえ特別に許可されても、絶対に上りたくない感じだった。
時の鐘_6
撞木棒がかなり後方に突き出していたのが印象的
時の鐘_7

服部民俗資料館
こちらもなぜか、内部を見学しないままに通り過ぎてしまっている。きちんと見れば、面白い展示内容なのだと思うが、…。
服部民俗資料館
埼玉県川越市の幸町にある服部民俗資料館は、もとは照降商(てりふりしょう、傘や下駄を扱う靴屋)と薬種商(やくしゅしょう、薬を調合・販売する薬屋)を営んでいた商家・服部家住宅でした。
建物は江戸時代後期の商家の面影を残す切妻造り平入り。川越大火の直後、明治26年(1893)に上棟式を行なったと伝えられています。昭和59年(1984)に服部民俗資料館を開館し、代々同家に伝わる商家の民具を中心に一般公開(無料)しました。館内には下駄や雪駄、薬の広告看板などが陳列され、座敷には帳場が置かれています。これらの民具は集めたものではなく、服部家で実際に使用されていたものです。春になると、江戸時代の人形師・仲秀英(なかしゅうえい)の手になる名品、嘉永5年(1852年)の銘を持つひな人形が特別公開されます。


埼玉りそな銀行川越支店
前身である第八十五国立銀行は、明治11年(1878年)に川越藩の御用商人横田五郎兵衛・黒須喜兵衛らによって、設立願いが提出され全国で八十五番目にできた銀行。現在の建物は、大正7年(1918年)に旧国立八十五銀行本店として建てられ、国の登録有形文化財の指定を受けている。設計は保岡勝也。3階建てのインパクトがある佇まいは、時の鐘と共に川越のランドマーク的な存在。
この建物を設計した保岡勝也は、明治・大正・昭和と活躍した建築家。丸の内の赤煉瓦オフィス街を初め多くの住宅建築を手がけているそうだ。川越では4つの作品を設計していて、旧国立八十五銀行本店、旧山崎邸、山吉デパート、川越貯蓄銀行がその建築で、その内川越貯蓄銀行以外が現存している。
明治期の建物が多い蔵造の街並みにあって、大正期の建築が堂々と聳えている。これはこれで素敵なものだ。

埼玉りそな銀行川越支店_1
埼玉りそな銀行川越支店_2

旧山吉デパート
川越の住んでいる人ならば知らない人はいないといわれる「丸広百貨店」。丸広がスタートしたのは、現在の新富町「クレアモール」ではなく、今や観光地として賑わう蔵造りの街並み。前述の埼玉りそな銀行川越支店の説明の登場した建築家「保岡勝也」の最後の作品だそうだ。
昭和11年に建てられたこの「山吉ビル」を借り、川越初のデパートとしてオープンしたのが始まり。今では地下1階、地上10階の丸広百貨店は、この3階建ての小さなビルからスタートしたのだそうだ。
近くでよく観察すると、明治、大正時代の建物にも引けを取らない立派な昭和の建物だ。

旧山吉デパート_1
旧山吉デパート_2
旧山吉デパート_3

田中屋ビル
旧山吉デパートと隣り合う田中屋ビル。一見鉄筋コンクリート造りの建物のように見えるが、実際には木造モルタル塗りの土蔵造りのビルだそうだ。本当にそうなのか確認したいところだが、私の目では確認できていない。
田中屋ビル
川越の蔵造り通りには黒漆喰塗りの和風商家のほか、旧八十五銀行本店など大正から昭和初期に建てられた洋風建築が数多く現存していますが、この田中屋もその中のひとつです。
もとは輸入自転車の販売店として大正4年に建てられたそうですが、西欧の古典建築をベースにしながら玄関脇に施されたルネサンス風のモチーフが簡略化したデザインなどは、いかにも大正期らしいものであります。先に紹介したように竣工当初は輸入自転車の販売店ということで、施主やこの建物を造った棟梁は、皆の注目をいかに集めるかということに知恵を絞ったのではないかと思える建物であります。竣工より九十数年経った現在でも、そのインパクトは失われていない川越の誇る洋風建築の一つと言えるのではないでしょうか。

 

川越を歩く(2)

蔵造りの街並みのど真ん中
壮観なことこの上ない屋根
いかがだろうか。圧倒されるような感じがしないだろうか。屋根ばかりでは能がないので、下部をもご覧いただきたい。
壮観なことこの上ない屋根_1
壮観なことこの上ない屋根_2
壮観なことこの上ない屋根_3
壮観なことこの上ない屋根_4
壮観なことこの上ない屋根_5
時の鐘交差点付近
陶舗やまわ(原家住宅)
蔵造りの街並みでもひときわ目立つ。風格のある建物。NHK連続テレビ小説「つばさ」で多部未華子さんが演じるヒロインの実家として撮影にも使われた。食器を売って100年以上、川越に来てからも55年以上という歴史あるお店だそうだ。
陶舗やまわ(原家住宅)_1
陶舗やまわ(原家住宅)_2
陶舗やまわ(原家住宅)_3
陶舗やまわ(原家住宅)_4
陶舗やまわ(原家住宅)_5
陶舗やまわ(原家住宅)_6
宮岡刃物店(まちかん刃物店)
陶舗やまわに隣接している。屋根は陶舗やまわよりも若干高い。堂々たる建物なのだが、両端を非常に目立つ隣接店舗に接していることと、商っているもののせいで、地味な店舗に見える。商っているのは、こういう商店街では異色の刃物専門店。観光客におもねる商売ではないが、評判では素晴らしい商売をしているようだ。
宮岡刃物店(まちかん刃物店)_1
宮岡刃物店(まちかん刃物店)_2
宮岡刃物店(まちかん刃物店)_3
フカゼン(小谷野家住宅)
絶対に見落とすことがない建物だろう。なぜかといえば、下の写真を見れば一目瞭然。深善美術表具店。隣の刃物店とともに商売が成り立つのか心配になるが、どうなのだろうか。
フカゼン(小谷野家住宅)_1
フカゼン(小谷野家住宅)_2
平岩・水飼家住宅
現在は、床屋「銀パリ」と本屋「太陽堂」とが店を構えている。案外地元の人向けの店舗が並んでいるんだ。いいなあ。
平岩・水飼家住宅
熊重酒店(滝島家住宅)
通りの反対側には、この建物。時の鐘を一刻も早く見たいところだが、意外なところで足止め続きだ。
熊重酒店(滝島家住宅)_1
熊重酒店(滝島家住宅)_2

 

川越を歩く(1)

所属している団体のウォーキングイベントを川越で行った。何の事はない。歩く距離は最小で、昼食を楽しむというごくごく楽ちんなイベント。その合間に撮った写真と現地解散後に撮った写真とを取り上げる。

菓子屋横丁
平日で朝が早い所為なのか、お客さんはまばら。不思議なもので、客も腰を引き気味だ。これが、人手があると、次々と客が入るのだろうが。
菓子屋横丁_1
菓子屋横丁_2
菓子屋横丁_3
菓子屋横丁_4

養寿院
川越といえば、喜多院や蓮馨寺などが有名だ。だが、この養寿院も見逃すことができない古刹ではなかろうか。菓子屋横丁の直ぐ近くにある。
川越の地名の由来となった、河越氏の当主・河越経重が開基で、歴代川越城主の信仰も篤い寺院であったからである。この河越氏は、もともとは平氏の流れであるが、波乱万丈の生き方を貫いたようだ。主題からどんどん逸れるので、細かいことには立ち入らないが、かなり面白いものがある。
山門
養寿院_1
養寿院_2
養寿院_3
養寿院_4
本堂
養寿院_5
養寿院_6
庫裡
養寿院_7
養寿院_8
伝河越太郎頼重の墓
墓も此処だと伝えられるのみで、定かではない。一族が滅亡すると権力者の足跡をたどるのも困難になるんだなあ。
養寿院_9
養寿院_10
養寿院は、埼玉県川越市にある曹洞宗の寺院である。山号は青竜山。
寛元(1244年)、河越氏の当主・河越経重が開基となり、大阿闍梨円慶法師が開いた寺。密教の古道場であったが、天文4年(1535年)に天台宗から曹洞宗に改められた。徳川家康の関東入国の際に、家康から御朱印十石を賜った。家康は鷹狩りで立ち寄っている。
本堂には河越氏が京都東山新日吉山王社に寄進した文応元年(1260年)銘の銅鐘(国の重要文化財工芸品)が保存されている。鐘には「武蔵国河肥庄新日吉山王宮」と「河肥」の文字があり、歴史的に貴重なものである。
墓地内には河越太郎重頼の墓があり、寺には岩手県雲際寺にある源義経と重頼の娘である正室の位牌の写しが安置されている。また江戸時代に河越藩主・秋元喬知に仕えた名家老・岩田彦助の墓もある。

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養寿院は曹洞宗に属し、寛元元年(1243年)、秩父平氏の末裔河越次郎経重公(遠江守)が開基となり、大阿闍梨阿圓慶法師が開いた古刹である。
本尊は釈迦牟尼如来(華厳の釈迦如来)、脇侍に観世音菩薩・弥勒菩薩を配し、「三世佛」の扁額を掲げる。
開創当初は台密の寺(天台系密教寺院)であったが、天文4年(1535年) 時の住職隆専上人「年老いて任に堪えず」、曹洞宗太源派下扇叟守慶和尚の道風を慕い寺を付属し禅宗寺院となった。
三世尭室存舜和尚の時代、徳川家康公ご来駕の折、御朱印十石を賜るなど、歴代川越城主の信仰も篤く多いに栄え、かつては曹洞宗専門僧堂(修行道場)として多くの人材を輩出した禅寺である。


大沢家住宅
国指定の重要文化財。私と大沢家住宅とは、徹底して縁がないようだ。この日こそはと思って行ったのだが、『午前中、臨時休館』のつれない表示が。う~~ん。
大沢家住宅_1
あてが外れた客の顔が印象的。チョット真面目に見ようと思っている人には、必見の住宅なのに。
大沢家住宅_2
大沢家住宅(おおさわけじゅうたく)は、埼玉県川越市にある蔵造り建築。明治26年(1893年)の川越大火の焼失を免れた川越最古の蔵造りで、現存する関東地方最古の蔵造りでもある。国の重要文化財の指定を受けている。現在の屋号から「小松屋」とも呼ばれている。
寛政4年(1792年)に近江国出身で呉服太物の近江屋を営んでいた豪商・西村半右衛門が建てた蔵造りの店舗建築。川越大火で例外的に焼失を免れ、そこから川越商人が蔵造りの町家を次々に建設する契機となった。昭和46年(1971年)に国の重要文化財の指定を受け、また、平成元年(1989年)より5年間を費やし大規模な修理が行なわれ、創建当時の姿に甦った。


祭り会館に展示されている山車
良い展示内容だし、説明なんだけど、…。館内の撮影可の扱いならば、、説明の合間に撮影しやすくする工夫があればと思った。
説明が終わった後は、もう少し証明を明るくしてくれると有難いのだが、暗いままだった。
祭り会館に展示されている山車_1
祭り会館に展示されている山車_2
祭り会館に展示されている山車_3

 

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