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散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

富士山五合目での野鳥観察(4)

ルリビタキの幼鳥
ここにいる内に成鳥になって、下界に降りる。したがって、下界ではルリビタキの幼鳥を見ることは無いと思われる。ゴマフアザラシ、あるいは、ツグミのような風貌だ。
比較的よく撮れたもの
比較的よく撮れたものを冒頭で取り上げる。
比較的よく撮れたもの_1
比較的よく撮れたもの_2
比較的よく撮れたもの_3
連続写真
今度は自信を持って言えそう。相変らずはっきりしない写真が多く、申し訳ない。
連続写真_1
連続写真_2
斑点が目立つ
連続写真_3
連続写真_4
連続写真_5
連続写真_6
連続写真_7
あらよっ、とばかりに飛び上がった。当たり前だが、さすがは鳥さんだ。
連続写真_8
連続写真_9
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こういうふうに周囲を見渡せる深さが一番だとか。あまり深いと敵に侵入に気づくのが遅れる。命の危険があるかもしれないのだとか。
連続写真_20
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好奇心が旺盛なように見える。オスの場合、青色がきれいになるには相応の年数がかかる。注意深くないと。なかなか生き延びることができないそうだ。好奇心の旺盛さが仇になることもあるんだとか。
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背景のシャクナゲの葉と比較すれば、大きさがわかるだろうか
連続写真_32
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連続写真_40

 

京都と大阪とへの小旅行(18)

建仁寺(3)
方丈の大雄苑
実に美しい石庭だ。それほど以前から存在したものではなく、1940年(昭和15年)に造られた枯山水式庭園だそうだ。中国の百丈山の眺めを模して造られたと言われているとか。
方丈の大雄苑_1
方丈の大雄苑_2
方丈の大雄苑_3
右側は方丈。左側は、向唐門。勅使門のように見えなくもないが、それはもっと立派。
方丈の大雄苑_4
向唐門
唐破風が正面に向いていて豪華な彫刻装飾の施されているものは、「向 (むこう) 唐門」と呼ばれる。簡単に言えば、妻入の唐門のことだ。
方丈の大雄苑_5
法堂
仏殿を兼ねた禅宗様仏殿建築。「拈華堂」(ねんげどう)と呼ばれ、1765年(明和2年)上棟。天井画は、日本画家小泉淳作による「双龍図」で、2002年(平成14年)に創建800年を記念して描かれたもの。これは実に立派な作品で、何があっても見逃すべきではない。但し、あまりに巨大すぎて、下手な私にはうまく撮ることができない。
本尊釈迦如来坐像と脇侍迦葉尊者・阿難尊者が安置されているが、ちょっと遠すぎてうまく撮ることができなかった。
法堂_1
法堂_2
法堂_3
法堂_4
法堂_5
法堂_6
法堂_7
外観
外観は特に変わった感じはない。禅宗様仏殿建築だ。
法堂_8
法堂_9
三門(望闕楼)
その先に放生池と勅使門とがある。空門・無相門・無作門の三解脱門。江戸時代末期の建築物といわれ、静岡県浜松市の安寧寺から1923年(大正12年)に移築されたもの。『望闕楼』(ぼうげつろう)とも呼ばれ『御所を望む楼閣』という意味があるそうだ。楼上には釈迦如来、迦葉・阿難両尊者と十六羅漢が安置されている。
三門(望闕楼)_1
今一つ平板な撮り方になってしまったので、PDF画像をも借用する
三門(望闕楼)_2
勅使門
方丈とともに重要文化財に指定されている。寺の南側正面、八坂通りに面した四脚門。平教盛の館門(平重盛の館門とも)を応仁の乱後に移築したものと伝えるが定かでない。様式的には鎌倉時代末頃の建築だそうだ。何度も行っているのに、勅使門は一度も見たことがなかった。なんたることだ。
くたびれ果てて、見に行かなかった。PDF画像を借用する。
勅使門
帰り道
特にコメントをつけない。
帰り道_1
帰り道_2
帰り道_3
帰り道_5
帰り道_6
帰り道_7

 

京都と大阪とへの小旅行(17)

建仁寺(2)

拝観案内図
拝観案内図
渡り廊下と両側の庭
方丈の庭(潮音庭)
紅葉の季節には美しいことだろう
渡り廊下と両側の庭_1
庭園名称不明
もしかしたら特段の名称はないのかもしれない。奥にある小間は『唐子の間』で、木陰に見えているのが『納骨堂』だと思われる。
渡り廊下と両側の庭_2
渡り廊下と両側の庭_3
渡り廊下と両側の庭_4
渡り廊下
渡り廊下と両側の庭_5
小書院の襖絵
こちらも鳥羽美花さんの作品で『舟出』だ。目が覚めるような鮮やかな色遣い。前出の『凪』に劣らない凄い作品だ。
小書院の襖絵_1
小書院の襖絵_2
唐子遊戯図
唐子の間にあった。何度か来ているのに、ここの部屋は見落としていたようだ。"Choo Choo TRAIN"のような図案だ。
唐子遊戯図_2
唐子遊戯図_3
美意延年
心配事もなく楽しい心のまま生きれば、自然と長生きできるという意味。「美」は楽しむ、「意」は心のことで、「延年」は長生きすること。私も斯くありたいが、心配事だらけだ。
美意延年

いよいよ見どころの多い方丈に入る

納骨堂
方丈を取り巻く裏側の廊下から納骨堂とその前の庭が見えた。なかなかきれいだ。この庭は、『北庭』と呼ばれるようだ。
納骨堂_1
納骨堂_2
納骨堂_3
女子用手洗い
実際に使用しているトイレか否かわからなかった。雰囲気を損なわない感じに作られているものだと思った。瓦には、『建仁禅寺』と刻印されたモノが使われていた。
女子用手洗い
方丈と大玄関
方丈を撮ったショットがなかったので、PDF画像を借用。東側に設けられた大玄関を介して本坊と連結する。
方丈と大玄関
大玄関
こちらは自前のショット。『最初禅窟』と大書されているので、この寺院が日本最初の禅窟であると誤認する向きがあるようだが、正しくは、栄西が開基となった博多の聖福寺が最初の禅寺だとのことだ。
大玄関
方丈の絵画
素晴らしい作品がずらりと並ぶ。特に説明を入れないで見ていただく。
方丈の絵画_1
方丈の絵画_2
方丈の絵画_3
方丈の絵画_4
方丈の絵画_5
方丈の絵画_6
方丈の絵画_7
方丈の絵画_8
方丈の絵画_9
方丈の絵画_10
方丈の絵画_11
方丈の絵画_12
方丈の絵画_13
方丈の絵画_14
方丈の絵画_15
方丈の絵画_16
方丈の絵画_17
説明板から
方丈にはもと、海北友松(かいほうゆうしょう)の筆による障壁画が納まっていたが、昭和9年(1934年)9月、室戸台風の為に方丈が倒壊した際、幸いに無事故で損傷を免れ、その後50幅の掛軸に改装され常は京都国立博物館に寄託されている。
昭和13年に再建された現在の方丈には、昭和15年に制作された、橋本関雪画伯の「生々流転(しょうじょうるてん)」「松韻(しょういん)」「伯楽(はくらく)」等の襖絵がはめられている。


方丈
重要文化財。室町時代の建物で、もと広島の安国寺にあり、安国寺恵瓊が慶長4年(1599年)に建仁寺に移築したもの。東側に設けられた大玄関を介して本坊と連結する。
創建当初は杮葺であったが、1736年に瓦葺きに改められた。建物の外周すべてに建具が入り、壁が少ない構造のためか、1934年の室戸台風で倒壊し、1940年に創建当初の杮葺で復旧された。その後1962年に銅板葺きに改められていたが、2013年に杮葺に復した。
各室には桃山時代の画壇を代表する画家の一人である海北友松の水墨障壁画があったが、現在は襖から掛軸に改装され、京都国立博物館に寄託されている。台風被害の復旧後は、日本画家橋本関雪による障壁画『生生流転』(しょうじょうるてん)『伯楽』『深秋』『蕭條』『松韻(寒山子)』(計60面、1940年完成)が設置されている。

 

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