散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

秋の日本民家園(6)

6.佐々木家住宅
正面入口から進むと、最初に登場する国指定重要文化財の建物。大きいし、きれいな建物であるのに驚かされる。ナカノマからザシキ、オクザシキとL字型に配置された3室からなる接客の場が形成された。その形状から『鍵座敷』と呼ばれる。東日本の上層農家で多くみられる形式の屋敷なのだそうだ。
屋外の様子
中二階の採光のために屋根の東側を「かぶと造」としている
屋根の東側は「かぶと造」
縁側には、券売所にも吊るしてあった枯露柿があった。こちらの方が似合うが、信州と甲州とで喧嘩しないものだろうか。
縁側には、券売所にも吊るしてあった枯露柿があった_1
縁側には、券売所にも吊るしてあった枯露柿があった_2
縁側には、券売所にも吊るしてあった枯露柿があった_3
縁側には、券売所にも吊るしてあった枯露柿があった_4
奥の建物も国指定の重要文化財。仲良く枯露柿を吊るしていた。
奥の建物も国指定の重要文化財de仲良く枯露柿を吊るしていた
屋外に設置してある男性用小便器
屋外に設置してある男性用小便器
佐々木家の間取り
佐々木家の間取り
ドマからみた屋内の様子
村の寺子屋としても使われていた中二階への階段
中二階への階段
ミソベヤ
ミソベヤ
ウマヤ
ウマヤ
ドマの天井
ドマの天井
オカッテの囲炉裏
オカッテの囲炉裏
ドマからオカッテ、チャノマなどを見た様子。煙で先がよく見えない。
ドマからオカッテ、チャノマなどを見た様子
チャノマから上がってみた屋内の様子
機織り機。豪農でも質素な生活を送っていたようだ。
機織り機_1
機織り機_2
チャノマ
こちらの囲炉裏は主に暖房用のものだったのだろうか。火棚などを設置しないところを見ると、木炭を使用したのかもしれない。
チャノマ
ナカノマ
接客用のナカノマ、マエデノザシキ、オクザシキの三間がL字形になっていて、『鍵屋敷』と呼ばれたのか。畳の間はやはり贅沢なものの位置づけだったのだろう。
ナカノマ
マエデノザシキとオクザシキ
マエデノザシキとオクザシキ
オクザシキ
オクザシキ
マエデノザシキの外から、ナカノマ、チャノマ、オカッテを見る
マエデノザシキの外から、ナカノマ、チャノマ、オカッテを見る

国指定重要文化財
 旧所在地:長野県南佐久郡佐久穂町畑
 建物区分:農家(名主の家)
 構造形式:寄棟造、一重、一部中二階、茅葺、桁行24.1m、梁行7.3m
 建築年代:享保十六年(1731)、延享四年(1747)に座敷普請
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建築工事の古記録が残る名主の家
この建物は名主(なぬし)の家で、長大で軒(のき)が高く、中二階の採光のために屋根の東側を「かぶと造」としています。こうした外観の特色のほか、普請帳(ふしんちょう)や記録によって家の歴史がわかる点で重要な民家です。
まず、享保十六年(1731)の新築願から建築した年がわかり、寛保三年(1743)の普請帳から千曲川(ちくまがわ)氾濫の影響によって移築されたことがわかりました。延享四年(1747)の普請帳は座敷の増築を伝えています。上手の二室(マエデノザシキとオクノザシキ)がこれにあたり、客用の便所や風呂を備えていることからも、村内で相当な地位についたことがわかります。農家ですが紺屋を営んだ時期があり、中二階は村の寺子屋としても使われていました。
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見どころポイント!
 入口の便所は男性の小用で、土足のまま使えるようになっていました。
 風呂場は来客の行水用で、浴槽はありませんでした。

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佐々木家住宅の旧所在地である八ヶ岳の東、千曲川の流れに沿った長野県南佐久郡八千穂村は山あいの高冷地で、決して豊かな土地柄ではなかった。佐々木家は旧上畑村の名主を交替で勤める有力農家であった。当家には普請に関する古文書が多数伝えられ、それによって現主屋の新築に至る経緯から、その後の移築、そして増築の過程がかなり克明にわかる、きわめて珍しい例である。
享保16年(1731)、当家より代官所宛に、家屋が破損したので古材を用い、また不足の分は自山の唐松を伐り出して新築したい旨を記した「普請願書」が提出された。この願い出は許可され、早速普請に取りかかったものと思われるが、現主屋を見る限り、主要部材に古材は用いられていないから、決して贅沢な家屋でないことを強調するためにこうした表現が使われたのであろう。ところが新築10年後の寛保2年(1742)、千曲川の大氾濫によって上畑村は大きな被害を受け、その結果村をあげて山寄りの高台に移転することになった。佐々木家は幸い流出を免れたが、翌年他の村民とともに新しい土地へと移転した。この時、主屋は解体して移築したようである。そして延享4年(1747)に座敷の妻側に2室続きの客座敷を増築した。民家園への移築にあたってはこの延享4年の状態に復原されている。
さて、創建当初の規模は現状からザシキ及びオクザシキを取り除いたものと考えればよい。つまり床上4室からなる整形4間取(田の字型平面)を基本としていた。オカッテも現在のように広くはなく、おそらく囲炉裏を中心とした後半部だけが土間に張り出していたものと想像される。したがって今のナカノマが当初の客座敷で、その妻側には床の間が設けられていた。そして延享4年の増築工事によって接客空間が格段に充実する。つまり増築されたオクザシキには床の間のほかに違棚が設けられ、そしてナカノマからザシキ、オクザシキとL字型に配置された3室からなる接客の場が形成された。こうした形式は鍵座敷と呼ばれ、江戸時代後期の東日本の上層農家で多くみられる形式であるが、当家は南佐久地方における鍵座敷成立の時期を明らかにするものとして貴重である。なお、客座敷に付属する形で上便所や風呂場が設けられたのは、当家が名主という立場上、代官所の役人などを接客する機会が多かったことを示すのだろう。
増築の結果、桁行は14間という長大なものになった。屋根は茅葺の寄棟造だが、土間の妻側は兜造にしている。兜造は群馬県や埼玉県西部など、養蚕の盛んな地方に多くみられるが、佐久地方の兜は厩の上部を下男部屋などに用いるために中2階を設け、そこに光を採り入れるための工夫であったから、これらとは少々系統を異にしている。また、床上部の前面及び背面には石置き板葺屋根の庇を設けている。
当家の構造上の特徴は、差物を多用して柱の省略がかなり進んでいることである。特にオカッテとチャノマ・コザシキの境には長さ4間という長大な差物を用いており、これは他の八千穂民家にも見られない特色である。
以上のように、佐々木家住宅は創建から移築・増築までの過程が詳細に判明する数少ない民家であり、また当初の南佐久地方の最も進んだ間取り及び構造技法を有する、たいへん貴重な民家である。

Comments

AzTakさん 
こんにちは
信州の家の軒先に枯露柿、いいじゃありませんか。
大きな枯露柿と小さな市田柿、どちらも甘くて美味しいんですよ。
八千穂村にこんな立派な家が有ったなんて知りませんでした。
家の改修にも許可が要ったんですか?。
 
佐々木家は、茅葺屋根の立派な建物ですね。
農家とはいえ流石名主ともなれば立派な佇まいですね。

昔新潟に旅行した時、豪農の家を訪ねたことを思い出しました。
此方は何十人もの使用人を抱えていたそうですが、そこまでは行かないにしても実際に見ると立派建物なのでしょうね。

軒先の吊るし柿が美味しそうです。
こんにちは。 
外の小便器、インパクトあります。後の紹介がメインなのに、気になって何度も見てしまいました(笑)。これって、もともと囲いなしの吹きさらしですか。大の方は囲いあるんですよね。見学者のなかに、こそっとここで済ますやんちゃな猛者もいるかも。僕も野外慣れしているので、きっとそんなヤツいると思います(笑)。
 
昼間、拝見して説明を読んでいたら来客で途切れてしまいました。
お風呂どうだっけ?ともう一度です(笑)
風呂桶がないということは水浴びするか体を拭くということなのでしょうか?
石川県でみた豪華な武家屋敷から考えると豪農とはいえ、やはり
質素堅実ですね。このほうが私は好きかもしれません。
こういう家屋には吊るし柿が似合いますね。
インパクトのある柿の画、好きですよ。
佐々木家住宅 
今日は。

佐々木家住宅は国指定重要文化財。
移設前は佐久穂町。

私がここ7年ばかり毎年8月八王子から暑さを避けて避難する処が佐久穂町。
最初のの頃は「八千穂村」と呼んでいました。
その前は当主が南牧村の村長を務めた蔦谷旅館。
松原湖畔の一番古い旅館でした。

私の宿泊するペンションは東京府中から、遣って来たよそ者。

佐々木家とは接点ありませんが、佐々木家がどの辺りに有ったのかは
興味があります。
ペンション経営者も知らないでしょう。

佐々木家は農家で名主。

大きな住居。
客室がL字型に配置された3室。
江戸時代後期の東日本の上層農家で多くみられる形式で。
当家は南佐久地方における鍵座敷成。

驚きました。

長野県は芸術家が多く輩出し、佐久穂町にも美術館があります。
元元、民度の高い県なのでしょう。
教育が熱心な県とも聞きました。

千曲川もあの辺りではそれ程大きな川にはなっていませんが。。。
氾濫すれば大きな被害が出るのですね。

現地に馴染むものとして、興味深く拝見。
来年も行けたら、少し勉強してみます。

有り難うございました。
 
こんばんは(゜∀゜ゞ)

あらーっ、柿がいいですね!美味しそうな…
柿がつるしてある上の屋根に、押さえる石がおいてありますが、あぶなくないんでしょうかね?( ´艸`)
こんばんは 
つるし柿、秋の風物詩ですよね^^
都会ではトンと見かけませんが
子供の頃、田舎では良く見た風景です^^
柿、美味しそう♪
Re: AzTakさん 
> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 信州の家の軒先に枯露柿、いいじゃありませんか。
> 大きな枯露柿と小さな市田柿、どちらも甘くて美味しいんですよ。

甘いモノは大好きなんですが、当分甘いものの摂取は我慢しなくては。グレーゾーンからんかなか抜け出せない状況なので。(´Д⊂グスン

> 八千穂村にこんな立派な家が有ったなんて知りませんでした。

戦後も今で言うような大規模農業法人のようなものの設立を主導したとかで、相当なやり手なんでしょうね。慕われてもいることなんでしょう。

> 家の改修にも許可が要ったんですか?

たぶん、何でも難癖をつける徳川幕府の目が光っていましたから。我々のようなうさぎ小屋は別として、…。
Re: タイトルなし 
花さか爺サンさま、こんばんは。

> 佐々木家は、茅葺屋根の立派な建物ですね。
> 農家とはいえ流石名主ともなれば立派な佇まいですね。

そうですね。本当に大きく立派な家屋でした。

> 昔新潟に旅行した時、豪農の家を訪ねたことを思い出しました。
> 此方は何十人もの使用人を抱えていたそうですが、そこまでは行かないにしても実際に見ると立派建物なのでしょうね。

さすがに新潟の豪農に比べれば負けちゃうかもしれませんが、それでも、立派なものです。
この佐々木家の立派なところは、建物だけのとどまらなかったようです。上にそつなく対応するだけでなく、寺子屋擬きの私塾を作ったり、戦後は、農業法人のようなものを主宰したりして、地元の発展にも寄与しているらしいのです。決して威張ってばかりのわからんじんではなかったようです。

> 軒先の吊るし柿が美味しそうです。

あはは、そうですね。
Re: こんにちは。 
HARUさん、こんばんは。

> 外の小便器、インパクトあります。後の紹介がメインなのに、気になって何度も見てしまいました(笑)。これって、もともと囲いなしの吹きさらしですか。大の方は囲いあるんですよね。見学者のなかに、こそっとここで済ますやんちゃな猛者もいるかも。僕も野外慣れしているので、きっとそんなヤツいると思います(笑)。

外の小便器は使用する勇気が持てません。私がそこに住んでいたとしたら、ちょっと手前で用を足してくることでしょう。
ちなみに、カンボジアあたりで、そんなことをするのは非常に危険なことのようです。1個数十円で出来てしまう超軽量の地雷がいっぱいあるんです。地雷を除去したはずなのに、雨季になると流れだして、安全だったはずのところが安全じゃなくなってしまうんです。局部を露出したまま、吹き飛ばされたくはないです。
Re: タイトルなし 
aunt carrotさん、こんばんは。

> 昼間、拝見して説明を読んでいたら来客で途切れてしまいました。
> お風呂どうだっけ?ともう一度です(笑)
> 風呂桶がないということは水浴びするか体を拭くということなのでしょうか?

行水するということでしょうね。さすがに夏以外はお湯をかぶったものと思います。
脱線しますが、日本人神父で何十年も南米で頑張っていらっしゃる新婦さんが、式夏目のためにたまに帰国することがあります。その折に温泉にご招待したことがあったのですが、湯船に入らず、シャワーでさっぱりしただけで終わりでした。
当時の旅人は、似たような生活をしていたのかもしれませんね。

> 石川県でみた豪華な武家屋敷から考えると豪農とはいえ、やはり
> 質素堅実ですね。このほうが私は好きかもしれません。

信州は手堅い人達が多い土地柄なのかもしれませんね。

> こういう家屋には吊るし柿が似合いますね。
> インパクトのある柿の画、好きですよ。

私は写真そっちのけで食べたかったですが、まだ渋が抜けていないようで、…。
Re: 佐々木家住宅 
> 今日は。

ijinさん、こんばんは。
突如寒くなったり、一転してかなり暖かくなったり、気温が一定しません。風邪など引いておられませんか。斯くいう私めは鼻風邪でくしゃみを盛大にしていて、周囲の顰蹙を買っています。(^_^;)

> 佐々木家住宅は国指定重要文化財。
> 移設前は佐久穂町。
>
> 私がここ7年ばかり毎年8月八王子から暑さを避けて避難する処が佐久穂町。
> 最初のの頃は「八千穂村」と呼んでいました。
> その前は当主が南牧村の村長を務めた蔦谷旅館。
> 松原湖畔の一番古い旅館でした。
>
> 私の宿泊するペンションは東京府中から、遣って来たよそ者。
>
> 佐々木家とは接点ありませんが、佐々木家がどの辺りに有ったのかは
> 興味があります。
> ペンション経営者も知らないでしょう。
>
> 佐々木家は農家で名主。
>
> 大きな住居。
> 客室がL字型に配置された3室。
> 江戸時代後期の東日本の上層農家で多くみられる形式で。
> 当家は南佐久地方における鍵座敷成。
>
> 驚きました。

ささきけは戦後も農業法人のようなものを主催して、地元で頑張っていらっしゃるようです。もしかしたら、ペンションのオーナーさんもご存知かもしれません。

> 長野県は芸術家が多く輩出し、佐久穂町にも美術館があります。
> 元元、民度の高い県なのでしょう。
> 教育が熱心な県とも聞きました。

そうなんでしょうね。あの中二階でも私塾を開いていたようです。お金などもらわなかったのでしょうね。

> 千曲川もあの辺りではそれ程大きな川にはなっていませんが。。。
> 氾濫すれば大きな被害が出るのですね。

そうなんですね。ちょっと驚いてしまいますよね。ダムがなかった頃はどこでも水量がかなりあったようですから、雨が続くと、…。

> 現地に馴染むものとして、興味深く拝見。
> 来年も行けたら、少し勉強してみます。
>
> 有り難うございました。

私は白樺囃子を見に行ったことがあるだけです。素晴らしいところなんでしょうが、今までは縁がありませんでした。
Re: タイトルなし 
> こんばんは(゜∀゜ゞ)

keikoさん、こんばんは。

> あらーっ、柿がいいですね!美味しそうな…

いかにも農家の風情が出ていて、思わずホコっとしてしまいますね。

> 柿がつるしてある上の屋根に、押さえる石がおいてありますが、あぶなくないんでしょうかね?( ´艸`)

あれまあ、あの軒の部分だけ、板葺きで上から石で抑えていたんですね。あれは、伊那だけの話かと思いきや蓼科方面でもそうでしたか。多分大丈夫なんでしょう。転がりそうな石ではなく、平べったい石を使ったでしょうから。
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> つるし柿、秋の風物詩ですよね^^
> 都会ではトンと見かけませんが
> 子供の頃、田舎では良く見た風景です^^
> 柿、美味しそう♪

以前の家には庭があり、柿も植えてありました。それが渋柿だったら、私が干し柿を作っていたと思います。残念ながら甘柿だったんです。痛むともったいないという理由で、すぐ食べつくしました。ちなみに栗もありましたが、こちらも栗ご飯1回分で終わり。
本格的に農業をしている方には敵いませんね。
川崎市は大都市もいいところなのに、生田のはずれの方は、のんびりしていて、こういう状況がよく似合う感じです。

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