散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

浦賀の幕末前後の遺跡を回る(7)

西浦賀(6)
奉行所跡
此処が浦賀奉行所跡。今は住友重機械工業株式会社の社宅になっていた。愕然とするほど何もない跡地。少しくらい往時の痕跡を残しても罰が当たらなかったと思うが、…。此処の奉行所は極めて短命の奉行所だと思っていたのだが、なんと150年もの歴史があったようだ。初代から最後の土方出雲守まで53人が勤めたのか(奉行が2人のときもあった)。
奉行所跡_1
奉行所跡_2
奉行所跡_3
奉行所跡_4
奉行所跡_5
奉行所跡_6
昔の姿はこんなだったようだ
奉行所_昔の姿
享保5年(1720)に奉行所が下田から浦賀へ移されました。
その業務は、船改めをはじめとして、海難救助や地方役所としての仕事などを行いました。
また、文化・文政(1804~1830)のころから、たびたび日本近海に出没するようになった異国船から江戸を防備するため、海防の最前線として、さらに重要な役割を果たすようになりました。
享保5年から、江戸幕府が終わる慶応4年(1868)までの約150年間に、奉行は2人制の時期もありましたが、初代の堀隠岐守から最後の土方出雲守まで53人が勤めました。
また、奉行所には、与力10騎・同心50人の役人たちも勤めていました。
現在では、奉行所をとり囲む堀の石垣と表門の前にかかっていた石橋の伊豆石が4~5枚あるだけで、当時の様子を偲ぶことはむずかしくなっています。

陸軍桟橋
陸軍の桟橋として本来の目的は別にあったのだろう。が、終戦に際して、最後の役目は引揚船の着桟場所だったのだろう。
56万人がここから上陸したのか。引揚者はみな命からがら逃げてきたのだろう。コレラ騒ぎまであって、大混乱したことが容易に想像できる。
大したこと無い桟橋のように見えるが、それなりの大きさの船舶が着桟できる深さがあったのだろう。それにしても岸壁の長さが異常に短い。荷物など殆どなしに、身一つで逃げてきたのだろうか。

西浦賀の渡船場から川間方面に少し歩くと、通称「陸軍桟橋」と呼ばれるL字型の桟橋があります。太平洋戦争終了後、南方や中国大陸からの引き揚げ者約56万人が、懐かしい日本の地に第一歩を印したところです。
浦賀港の引き揚げの歴史を後世に伝えようと平成18年10月に記念碑が設置されました。
周辺はボードウォークが整備され、浦賀港を隔てて東叶神社を望む東屋もあり、一休みすることができます。

陸軍桟橋_1
陸軍桟橋_2
陸軍桟橋_3
陸軍桟橋_4
陸軍桟橋_5
陸軍桟橋_6
陸軍桟橋_7
対岸の東浦賀
対岸の東浦賀_1
対岸の東浦賀_2
対岸の東浦賀_3
対岸の東浦賀_4
対岸の東浦賀_5
右端に東叶神社が見える。そのすぐ後ろの山が八幡山。浦賀城址などがある山だ。上らなくて良かった。あの辺りの高いところ伝いにずーっと曲輪が続いた様だ。
6
東叶神社が見える
対岸の東浦賀_7
周辺の様子
周辺の様子_1
周辺の様子_2
周辺の様子_3
周辺の様子_4
周辺の様子_5
周辺の様子_6
周辺の様子_7
船番所跡
船番所跡
同時に此処は、その昔は、船番所跡だった。昔の姿はこんなふうだった。
船番所_昔の姿_1
船番所_昔の姿_2
陸軍桟橋の前の駐車場の地が浦賀奉行所の出先機関であった番所が置かれていたところです。
番所では、江戸へ出入りする船の荷改め(検査)を行い、それは江戸中の経済を動かすほどの重要なものでした。
その業務は昼夜を通じて行われ、三方問屋と呼ばれる、下田と東西浦賀の回船問屋100軒余が実務を担当していました。

Comments

 
AzTakさん、こんにちは♪

船番所跡の立て札にある「入鉄砲に出女」という言葉
入鉄砲は想像が付きましたが、出女って???と・・・
気になったので調べました。
AzTakさんの記事のおかげでまた一つ知ることが出来ました。
昔の女性は色々と大変だったんですね。
今では、海をも飛び越えてあちこちに~♪(笑)

浦賀港、ボードウォークもあってのんびり出来そうなところですね。
こんな綺麗な海の近くに住めたら、お散歩が楽しいだろうな^^
おはようございます! 
AzTakさん、おはようございます!
丁度、「落日の宴」勘定奉行川路聖謨を読んでいた時なので
随所の写真がリアルに内容とマッチしました♪
下田はまだしも江戸に最も近い浦賀を開校した幕府の決断に想いを馳せることが出来ました♪
近代日本の先駆けとなった浦賀奉行所やその出先機関で大変な思いをした船番所跡が
保存されていないとはほんとうに残念なことだと思います。
それにしても、夏のシーズンが終わったせいかもしれませんが
海の水のキレイなことに驚きを感じました!
工場が少ないのでしょうか?
いや~、感動の力作に敬意を、ありがとうございます。
AzTakさん 
こんにちは
浦賀奉行所跡は土地があるだけですか。
見事なくらい何も無いんですね。
ここで幕府の海防を担っていたんですか。
海を見ていると平和が有り難いです。
Re: タイトルなし 
> AzTakさん、こんにちは♪

Mikaさん、こんばんは。

> 船番所跡の立て札にある「入鉄砲に出女」という言葉
> 入鉄砲は想像が付きましたが、出女って???と・・・
> 気になったので調べました。
> AzTakさんの記事のおかげでまた一つ知ることが出来ました。
> 昔の女性は色々と大変だったんですね。
> 今では、海をも飛び越えてあちこちに~♪(笑)

本来は大名の身内の女性を江戸から出て行かないように江戸から外に出て行く女(「出女」)、特に注意して取り締まられたようです。要は、限りなく人質に近い扱いを行うことにより、幕府への謀反防止をはかったようです。

> 浦賀港、ボードウォークもあってのんびり出来そうなところですね。

横須賀市はボードウォークが好きなようで、ヴェルニー公園、観音崎遊歩道などにもあるんですよ。歩くと非常に気持ちが良い感じです。

> こんな綺麗な海の近くに住めたら、お散歩が楽しいだろうな^^

ここから久里浜方面へだと道もそれなりに広く、豪華なマリーナなどもあって、楽しいことだろうと思います。浦賀駅に戻る道筋には、2003年に閉鎖された浦賀ドックがあります。日本の造船史を飾る由緒あるドックでした。
いずれ公開されることがあると思います。見落とさなかったら、ぜひ行ってみたいと思います。
Re: おはようございます! 
> AzTakさん、おはようございます!

Makiraさん、こんばんは。

> 丁度、「落日の宴」勘定奉行川路聖謨を読んでいた時なので
> 随所の写真がリアルに内容とマッチしました♪

川路聖謨ですか。Makiraさんの幅広い好奇心の発揮ぶりに、今更ながら驚かされます。
相当有能な人だったようですね。天寿をまっとうするまで、日本の役に立たせたい人物だったように思います。

> 下田はまだしも江戸に最も近い浦賀に奉行所を開設した幕府の決断に想いを馳せることが出来ました♪
> 近代日本の先駆けとなった浦賀奉行所やその出先機関で大変な思いをした船番所跡が
> 保存されていないとはほんとうに残念なことだと思います。

施設や設備は残っていないんですが、人材は明治に入ってからも活躍したようです。特に海に関しては、エキスパートでなくてはやっていけない部分があったのでしょう。そして、それが浦賀ドックに結びついていきます。

> それにしても、夏のシーズンが終わったせいかもしれませんが
> 海の水のキレイなことに驚きを感じました!
> 工場が少ないのでしょうか?

本当ですね。見た瞬間に泳ぎたくなったくらいですから。
最大の浦賀ドックが2003年に閉鎖してしまいました。他には浦賀には大きな工場がないようです。ということで、海水汚染の心配はないようです。

いま、川間地区に大きなマリーナができ、新しいリッチな層が流入し始めたようです。そちらが盛り上がりを見せているようです。
問題は旧来の地区ですよね。浦賀ドックに勤めていた人や取引のあった人も少なくなかったことでしょう。このままでは経済基盤がなくなってしまいます。早晩、由緒ある建物も崩壊してしまうでしょう。
せっかくの観光資源があるのですから、横須賀市の積極的な関与が必要なように思います。

> いや~、感動の力作に敬意を、ありがとうございます。

あと2回ほど、我慢してお付き合いください。(^_^;)
Re: AzTakさん 
> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 浦賀奉行所跡は土地があるだけですか。
> 見事なくらい何も無いんですね。

今は綺麗サッパリですね。結構奥まったところなんですよ。もう少し海に近いところに美行書をつくっても良かったのではと思うほどです。

> ここで幕府の海防を担っていたんですか。
> 海を見ていると平和が有り難いです。

そうですね。いまは、尖閣諸島の海域ばかりでなく、高値で売れる日本の珊瑚を狙って、中国の密漁船が小笠原の排他的経済水域にうじゃうじゃいるようです。こじれてドンパチなどが起きないといいのですが。
 
今日、お天気が良かったので海岸線を夫とドライブしてきました。
このあたりも通りました。
愛宕山公園入り口を通ったとき、AzTakさんをいじめましたね、って
めっ!しておきましたよ(笑)
ボードウォークなどができて本当に綺麗な海になりましたね。
釣り人の姿も多くて、楽しそうでした。
奉行所跡が跡形もないとは、横須賀市としてはちょっと恥ずかしいですね。
Re: タイトルなし 
aunt carrotさん、こんばんは。小椋佳の『生前葬』コンサートの放送を聞いていて、遅くなりました。

> 今日、お天気が良かったので海岸線を夫とドライブしてきました。
> このあたりも通りました。
> 愛宕山公園入り口を通ったとき、AzTakさんをいじめましたね、って
> めっ!しておきましたよ(笑)
> ボードウォークなどができて本当に綺麗な海になりましたね。
> 釣り人の姿も多くて、楽しそうでした。
> 奉行所跡が跡形もないとは、横須賀市としてはちょっと恥ずかしいですね。

愛宕山は何も悪くはありません。ただ単に私の足腰がひ弱になっただけです。
カメラ以外の荷物は駅のコインロッカーにあずけておけばよかったのですが、久里浜に出る計画だったので仕方なく、PCやな何やら重い荷物を抱えて歩いたのです。予想通り、へばりました。
でもどうしても燈明堂まで行きたくて、せっせと歩きました。
奉行所が痕跡をほぼ留めない姿なのは寂しい話です。住友重機械の社宅も工場閉鎖で居住者は殆ど居ないことでしょうから、復元するなら今がチャンスなんでしょう。浦賀ドックだって、結構な観光資源になるでしょうに。放置するなんてもったいない話ですよね。
海はほんとうに綺麗でしたね。沖縄あたりの海かと思うくらいに。

今日は横須賀から上京して増上寺に行き、徳川家の墓所を見、二天門、御成門と国指定重要文化財の見学をしてきました。徳川家ゆかりの建物も、庇護者が居ない所為か、かなり傷みが激しくなっていました。


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