散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

浦賀の幕末前後の遺跡を回る(6)

西浦賀(5)
愛宕山公園
入口付近
以前は『浦賀園』と称していたようだ。この段階では階段をせいぜい200段も上れば到着すると思っていた。
愛宕山公園入口付近_1
愛宕山公園入口付近_2
愛宕山公園入口付近_3
上がり始めて間もなくの階段からの展望
なかなか見応えがあった。この時はまだ余裕があった。
上がり始めて間もなくの階段からの展望_1
上がり始めて間もなくの階段からの展望_2
上がり始めて間もなくの階段からの展望_3
上がり始めて間もなくの階段からの展望_4
上がり始めて間もなくの階段からの展望_5
上がり始めて間もなくの階段からの展望_6
階段は延々と続く
この時ももうすぐおしまいだと思っていた
階段は延々と続く_1
階段は延々と続く_2
途中から到着点を考えるのをやめてしまった
途中から到着点を考えるのをやめてしまった
『咸臨丸出港の碑』
これで終わりだとぬか喜びをした。この碑はサンフランシスコにある『咸臨丸入港の碑』と対を成しているとのこと。サンフランシスコにそんなものがあったかなあ。なお、碑の裏には、艦長の勝海舟をはじめ、福沢諭吉、ジョン万次郎などの乗組員の名が刻まれているそうだ。そんなこととはつゆ知らず、見ずに通りすぎた。せめて福沢諭吉先生の名前だけでも見ておくと、我が財布にあと2枚位は常時余計に入っていたかもしれないのに。
『咸臨丸出港の碑』_1
『咸臨丸出港の碑』_2
途中で断念
実際にはさらに延々と続いた。このまま頑張ると、先にいけなくなりそうだった。
さらに延々と_1
さらに延々と_2
途中で自動車道と合流した。まだまだ先が続きそうなので、一番上の地点まで上るのを断念して下に降り始めた。その途中にこんなものがあった。
標高60m地点に台座を含めて高さ40mもの巨大な龍馬像を建てるという立て札が。天辺は標高100mになるんだ。龍馬像からはこういう景色が見えるはず。龍馬もこの景色を見たかったと思う。この浦賀の地に隣接する横須賀市大津の信楽寺(しんぎょうじ)におりょうさんの墓がある。まさか、彼女を追いかけてきたわけではないとは思うが、因縁を感じてしまった。

巨大な龍馬像を建てるという立て札_1
巨大な龍馬像を建てるという立て札_2
この辺りにペリーが率いた船が停泊したようだ
この辺りにペリーが率いた船が停泊したようだ
あの山の上に浦賀城があったのか。里見水軍を見張るには具合が良かったのかもしれない。
眺望_1
眺望_2
眺望_3
眺望_4
少しだけ前の位置から望遠レンズで見た
渡船の東浦賀側乗り場近辺
渡船の東浦賀側乗り場近辺_1
渡船の東浦賀側乗り場近辺_2
渡船の東浦賀側乗り場近辺_3
渡船の東浦賀側乗り場近辺_4
義兄も利用していたマリーナ
義兄も利用していたマリーナ_1
義兄も利用していたマリーナ_2

愛宕山公園は、明治24年(1891)に開園した市内で一番古い公園です。ペリーの浦賀来航の際に交渉に当たった浦賀奉行組与力・中島三郎助の招魂碑を建立した時に、公園として整備されました。
昭和35年(1960)には日米修好通商条約の締結100年を記念して咸臨丸出港の碑が建てられています。碑の裏には、艦長の勝海舟をはじめ、福沢諭吉、ジョン万次郎などの乗組員の名が刻まれています。
与謝野鉄幹・晶子夫妻の歌碑もあり、園内から一望できる浦賀港の風景も魅力です。

Comments

AzTakさん 
こんばんは
愛宕山の階段はどこもどうしてこんなに急なんでさよしょうね。
京都が急からなんでしょうかね。
福沢諭吉さんとは、なかなか仲良くしてもらえません。
困ったものです。
Re: AzTakさん 
> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 愛宕山の階段はどこもどうしてこんなに急なんでしょうね。
> 傾斜が急だからなんでしょうかね。

愛宕山も対岸の八幡山も海からすっと急斜面になっています。これがために海中に沈まなかったのですから文句は言えませんが、大変ですよ。
前回取り上げた東福寺もかなり高いところにあって、階段の手すりをしっかり握って登らないと極めて危険です。

> 福沢諭吉さんとは、なかなか仲良くしてもらえません。
> 困ったものです。

あまりお金を持っていると、其れもまた困ったことが多いでしょう。飢えない程度に暮らしていくのが一番かと。
改めて、浦賀の歴史上の役割を知ることが出来て 
うれしかったです。ペリーが来たときの事ばかり
印象に残ってましたが、船での商いにとっても重要な
場所だったんですね~
日本の歴史の中でも記念すべきもののいくつかが
形をとどめていないのも残念ではあります。
三浦市からその先へゆっくりと旅して見たくなりました。
こんにちは、AzTakさん、またお邪魔します。
Re: 改めて、浦賀の歴史上の役割を知ることが出来て 
kozoh55さん、おばんです。

> うれしかったです。ペリーが来たときの事ばかり
> 印象に残ってましたが、船での商いにとっても重要な
> 場所だったんですね~

恥ずかしながら、私も実はあまり承知していませんでした。元の横須賀市民と称していますが、生まれ育ったのが福島県で、横須賀は住んでいただけでした。

> 日本の歴史の中でも記念すべきもののいくつかが
> 形をとどめていないのも残念ではあります。

関東大震災でかなりやられましたから。それより前に台風でやられたり。ペリーの時から始まった歴史ではなかったということなんでしょうね。

> 三浦市からその先へゆっくりと旅して見たくなりました。
> こんにちは、AzTakさん、またお邪魔します。

探せば何かしらあるものですねえ。歴史が相当にあったのは本当に意外でした。
ゆっくり歩いて見る価値が有るかもしれませんね。

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