散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

寿福寺と英勝寺(4)

英勝寺(3)
禅宗様方三間裳階(もこし)付なのか。方三間は1辺の長さが3間(約5.45メートル)である正方形ということで、1間×1間が1坪だから、9坪の広さということになるようだ。1周した感じは確かに正方形のように思えた。私もそう感じた1人だが、『おお豪華』と思わせる効果を期待したのだろう。
三代将軍家光にとっても英勝院は将軍になるよう取り計らってくれた大恩人。その恩を片時も忘れることはなかったことなのだろう。

後で調べたら、周辺の裳階の部分を受ける都合上、四面は五間の長さがあるが、(周辺の裳階の部分を除いた)中心の部分が三間なので、建造物の分類としては『三間仏堂』で、さらに、屋根が二つあるので、『二重仏殿』として分類されているそうだ。なるほど。
英勝寺の仏殿は、1636年(寛永13年)に建てられた禅宗様方三間裳階付の建物で「宝珠殿」(ほうじゅでん)と呼ばれる。
円覚寺舎利殿(旧太平寺仏殿)や、旧東慶寺仏殿(現三渓園)を参考にしているともいわれているが、両仏殿に見られるような屋根の反り上がりは見られない。
本尊は、阿弥陀如来立像。徳川三代将軍家光の寄進で運慶作といわれている。
2013年(平成25年)、山門・鐘楼・祠堂・唐門(祠堂門)とともに国の重要文化財に指定された。

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仏殿 - 方三間、裳階付の禅宗様仏堂。屋根は寄棟造、瓦棒銅板葺き。棟札には寛永13年(1636年)に英勝院が建立とあるが、殿内梁牌には「寛永二十年八月 正三位権中納言源朝臣頼房敬立」の銘があり、当初英勝院が建立し、これを徳川頼房が現在の形に改築したものと考えられる。扁額は後陽成天皇の弟である曼殊院良恕法親王の揮毫。粽(ちまき)付きの円柱、貫(ぬき)の多用、詰組の組物、桟唐戸、花頭窓、石敷きの床など本格的な禅宗様になる。ただし、屋根の隅棟や軒先の線に反りがなく、屋根の形を直線のみで構成するのは独特の意匠である。軒下の蟇股は十二支の彫刻で飾る。堂内は身舎小壁に瑞鳥、天井に迦陵頻伽の彩絵を施すほか、水戸徳川家の三つ葉葵、太田家の桔梗などの装飾が施されている。国の重要文化財。
本尊 - 仏殿内部の本尊、阿弥陀三尊像は徳川家光の寄進。

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裳階(もこし)は、仏堂、塔、天守等で、軒下壁面に付いた庇状構造物。別名:雨打(ゆた)。通常、本来の屋根の下にもう一重屋根をかけるかたちで付ける。裳層とも書く。元来は風雨から構造物を保護するために付けられたもの。構造は本屋より簡素であり、建物を実際より多層に見せることで外観の優美さを際立たせる効果があるため、特に寺院建築で好んで利用された。
仏殿
外観
通用門を入るとすぐ見えてくる
仏殿外観_1
仏殿外観_2
仏殿外観_3
仏殿外観_4
仏殿外観_5
仏殿外観_6
重要文化財の山門の背後から見た仏殿。つまり、仏殿の正面。
仏殿外観_7
仏殿外観_8
重要文化財の祠堂門(唐門)越しにみた仏殿
仏殿外観_9
仏殿外観_10
仏殿の内部
引き戸を少しだけ開けられるようになっている。そこから撮っても構わないか迷った。同じ疑問を称名寺でも持ったのだが、今回は遠慮せずにフラッシュ無しで撮ることにした。正面にあるのが、徳川三代将軍家光の寄進で運慶作といわれている本尊阿弥陀如来立像だろうか。
仏殿の内部
蟇股の彫刻
十二支になっているとのことだ。馬鹿正直に撮って回ったが、確かに十二支が揃っていた。

蟇股の彫刻_1

蟇股の彫刻_2

蟇股の彫刻_3

蟇股の彫刻_4

蟇股の彫刻_5

蟇股の彫刻_6

蟇股の彫刻_7

蟇股の彫刻_8

蟇股の彫刻_9

蟇股の彫刻_10

蟇股の彫刻_11

蟇股の彫刻_12

仏殿の詳しい解説をしたお勧めのサイトにjump

棟名:仏殿
ふりがな:ぶつでん
員数:1棟
種別:近世以前/寺院
時代:江戸前期
年代:寛永20年
西暦:1643
構造及び形式等:桁行三間、梁間三間、一重もこし付、寄棟造、瓦棒銅板葺
創建及び沿革:
棟礼、墨書、その他参考となるべき事項:
指定番号:2597
国宝・重文区分:重要文化財
重文指定年月日:2013.08.07(平成25.08.07)
国宝指定年月日:
追加年月日:
重文指定基準1:(一)意匠的に優秀なもの
重文指定基準2:(三)歴史的価値の高いもの

Comments

 
おはようございます<(_ _)>

仏殿の窓が、鐘の形になっているんですね。良くあるんでしょうかね?
おはようございます 
正方形の建物美しく感じます。
干支の彫り物もいいですね!
自分の干支を見ると嬉しくなります^^
おはようございます。 
いやいや、面倒がらず十二支彫刻を撮っていただいてありがとうございました。華やかな彩色はありませんがよく見るとなかなか味わい深く面白く拝見させていただきました。十二支の動物と植物など背景の組み合わせも面白いですね。なかなか、現場では見たという思いだけで後からじっくり見直すこともできないので。こういうときの記録の仕方ってあとでしまったと思うことがよくあります。
 
こんにちは
なるほど、寺院建築にしては珍しく、屋根に反りが有りませんねえ。
神社、仏閣も沢山見ている訳ではありませんが、直線で構成された建築はとても新鮮に感じます。
表現の仕方が分りませんが、「毅然」といった様なものを感じます。
こんにちは 
仏殿、こう言う建物、好きなんですよね~
蟇股の彫刻、十二支になっているんですね!
感動しました^^
 
AzTakさま こんにちは

「寿福寺」・「英勝寺」といい名刹寺院ですね。
寿福寺は、本尊は釈迦如来、開基(創立者)は北条政子で、それに北条政子と源実朝の墓と伝わる五輪塔があると聴けば是非訪れてみたい名所ですね。
英勝寺は、徳川家康の側室の英勝院が創建した浄土宗の尼寺で、水戸徳川家とのゆかりが深く、同家の姫が代々の住持を務めたとのことですが、さすが将軍家ゆかりのお寺ですね。
仏殿内部には、徳川三代将軍家光の寄進で運慶作といわれている本尊阿弥陀如来立像や「蟇股の彫刻」 十二支が彫刻されているのはとても珍しいのではないでしょうか。
こんな素敵な寺院が大勢の人の目に触れることなく、ひっそりと佇んでいるのはもったいない気もしますが、かえってこの方が趣があるような気がいたします。
こうして写真で紹介していただくと本当に勉強になります。
Re: タイトルなし 
> おはようございます<(_ _)>

keikoさん、こんばんは。

> 仏殿の窓が、鐘の形になっているんですね。良くあるんでしょうかね?

火灯窓・花頭窓(かとうまど)とか言われています。元は、中国から伝来したもので、禅宗様の窓として使われていたが、安土桃山時代頃にそのデザイン性から、禅宗以外の仏教寺院でも使われるようになったようです。また、仏教建築ではない神社や天守などの城郭建築、書院造の邸宅に使われた例もあるそうです。
結構普通に見られるようになりましたから、今度気をつけてみてください。どこかでお目に掛かると思います。
 
簡素な建物でありながらも豪華さを感じさせる建築方法に
当時の人達は苦心したんでしょうね。
十分立派に見えると思います。
Re: おはようございます 
モカさん、こんばんは。

> 正方形の建物美しく感じます。

そうですねえ。仏殿なんかに多いですねえ。スッキリしていて美しく感じますね。
今は三渓園にある旧・東慶寺仏殿と似ているというか、あちらも参考にしながら建てたようです。見た時、どこかで見た感じだなあと思ったのですが、その時は思い出せませんでした。

> 干支の彫り物もいいですね!
> 自分の干支を見ると嬉しくなります^^

今の彫師と違い、十二支の実物を見た人が殆んどいなかったかもしれません。実在の動物と感じが少し違うかもしれませんね。
Re: おはようございます。 
HARUさん、こんばんは。

> いやいや、面倒がらず十二支彫刻を撮っていただいてありがとうございました。華やかな彩色はありませんがよく見るとなかなか味わい深く面白く拝見させていただきました。十二支の動物と植物など背景の組み合わせも面白いですね。なかなか、現場では見たという思いだけで後からじっくり見直すこともできないので。こういうときの記録の仕方ってあとでしまったと思うことがよくあります。

下手な写真で恐縮です。仏殿の裏手には蝉の形の金具などが付けられているそうです。見落としも多いし、見て感動した素晴らしさが写真に全く出ていなくて、かなりショックです。m(_ _)m
十二支は、実在の動物でも見たことがないものが殆どだったでしょうから、彫り上げるのは大変だったことでしょうね。その苦心作なんでしょう。一生懸命彫った感じは十分感じられました。
Re: タイトルなし 
> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> なるほど、寺院建築にしては珍しく、屋根に反りが有りませんねえ。
> 神社、仏閣も沢山見ている訳ではありませんが、直線で構成された建築はとても新鮮に感じます。
> 表現の仕方が分りませんが、「毅然」といった様なものを感じます。

この直線多用の建て方は、徳川初期の徳川家に縁のある寺院に特に見られるようです。案外、家康の好みだったのかもしれませんね。
Re: こんにちは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 仏殿、こう言う建物、好きなんですよね~
> 蟇股の彫刻、十二支になっているんですね!
> 感動しました^^

最初は英勝院が質素なものを建てたのでしょうが、その7年後(英勝院死去の1年後)に、水戸徳川家初代の徳川頼房が現在見られるような立派な仏殿に改築したようです。おそらく見違えるほどのものにしたのは、頼房がしたことでしょう。
英勝院はかなり倹約家で無駄遣いをするような人物ではなかったようです。
『彫刻は徳川家得意のものですから。それくらいは贅沢しても構わないでしょう。』…そう頼房は亡き英勝院に語りかけたのではないでしょうか。
Re: タイトルなし 
> AzTakさま こんにちは

花さか爺サンさま、こんばんは。

> 「寿福寺」・「英勝寺」といい名刹寺院ですね。
> 寿福寺は、本尊は釈迦如来、開基(創立者)は北条政子で、それに北条政子と源実朝の墓と伝わる五輪塔があると聴けば是非訪れてみたい名所ですね。
> 英勝寺は、徳川家康の側室の英勝院が創建した浄土宗の尼寺で、水戸徳川家とのゆかりが深く、同家の姫が代々の住持を務めたとのことですが、さすが将軍家ゆかりのお寺ですね。
> 仏殿内部には、徳川三代将軍家光の寄進で運慶作といわれている本尊阿弥陀如来立像や「蟇股の彫刻」 十二支が彫刻されているのはとても珍しいのではないでしょうか。
> こんな素敵な寺院が大勢の人の目に触れることなく、ひっそりと佇んでいるのはもったいない気もしますが、かえってこの方が趣があるような気がいたします。
> こうして写真で紹介していただくと本当に勉強になります。

こちらに出てくる機会があれば、是非ともこの2つのお寺さんをお訪ねください。それくらいの価値はあると思っています。
英勝寺さんは、いまのところ知名度はそれほどでなくひっそり閑とした佇まいですが、マガジンなどで取り上げられると、超有名寺院に格上げされてしまうのは時間の問題かもしれません。
Re: タイトルなし 
ララさん、こんばんは。

> 簡素な建物でありながらも豪華さを感じさせる建築方法に
> 当時の人達は苦心したんでしょうね。
> 十分立派に見えると思います。

目で見ると相当立派に見えます。私も相当に感動した1人です。
ですが、光線の関係や敷地の狭さなどから思うように写真が撮れませんでした。
ララさんが撮り直したものを見せていただければ、本当に嬉しく思います。
多分、空いているのはそんなに長い期間ではないのかなと思っています。

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