散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

川崎市立日本民家園(14)

(17)伊藤家住宅(いとうけじゅうたく)《神奈川の村》
私が行った日には、この建物は囲炉裏に火を入れての床上公開の対象建物ではなかった。上がってじっくり見てみたい建物だっただけに、残念でならない。
国指定重要文化財
旧所在地:神奈川県川崎市麻生区金程
建物区分:農家(名主の家)
構造形式:入母屋造、茅葺、桁行16.4m、梁行9.1m
建築年代:17世紀末期〜18世紀初期
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民家園誕生のきっかけとなった川崎の民家
土間(どま)はミソベヤとダイドコロに分かれています。ヒロマ境の一番奥は板の間を張り出して炊事場(すいじば)とし、「すわり流し」 と水がめが置かれています。ヒロマは家の中心となる部屋で、囲炉裏(いろり)の後方は台所、前方は日常生活や接客の場として使われました。ここは竹簀子でできた床です。
ヒロマの上手にはデイ(座敷)とヘヤ(寝室)が続きます。デイは正式な座敷で、出入りには土庇(どびさし)に置いた縁台(えんだい)を使いました。なお、正面の格子窓(こうしまど)は「シシよけ窓」などと呼ばれ、関東の古民家に一般的なものです。
なおこの住宅は、民家としては神奈川県で最初に重要文化財に指定されました。この家の保存運動をきっかけに誕生したのが日本民家園です。

外観
右の外に物を置けるような台らしきものがあるところがデイと思われる。と思ったら、あれは縁台で、ここから直接出入りできるようにしてあったようだ。左側の開口部は大戸口だろう。
外観_1
チラシが置いてある手前が瀬戸口で、チラシの背後に座り流し台(後述)があるようだ。
外観_2
内部
ドマ、ヒロマ、ミソベヤ
最初は、ドマに出張って床が張られている理由がわからなかったが、後述する『すわり流し』があったからのようだ。決して上り框ではないようだ。そして、採光のために『無双窓』があったのか。北側でも眩しいくらいに光が差し込む。炊事もしやすかったことだろう。機能的に考えられたものだ。
ドマ、ヒロマ、ミソベヤ
ミソベヤ
一応ドマとは区切られている。左手前の道具で大豆を潰したり、餅をついたりしていたのだろうか。これならいくら量があっても大丈夫だ。便利な道具だなあ。
ミソベヤ
ドマ、ヒロマ
ドマ、ヒロマ
端に食器棚が設えてあり、床は竹簀子だ。秦野も麻生区もそう離れたところではないから、同じような方式を採用しているのだろうか。
端に食器棚が設えてあり、床は竹簀子だ
すわり流しと無双窓
床上公開の対象建物ではなかったため、実際に詳しく確認することはできなかった。たぶん、上の写真の食器棚の隣のところだと思う。
座って調理したのか。うーーん、大変だなあ。

すわり流しと無双窓
ヒロマ
かなり広い
ヒロマ_1
確かに竹簀子の床だ
ヒロマ_2
火棚は使われていなかった。平屋なので煙を無理に拡散させる必要がなかったのだろうか。
ヒロマ_3
ドマ
当然ながらダイドコロを兼ねていた
ドマ
デイ
こちらには火鉢が置いてあったんだ。客用だったのだろうか。
デイ_1
デイ_2
伊藤家の間取り

Comments

おはようございます。 
土間も広間も広くて、雨の日など子供たちはこの中で走り回っては、親に走るでないと、叱られていたのではないかと想像しました。現代の住宅は機能やプライバシー優先でそれぞれの部屋が小さく閉ざされていますので、家の中でかくれんぼや鬼ごっこができるなど夢のようなハウスに見えるかも。建物の構造で人の考え方や生き方が変わることは十分理解できます。
AzTakさん 
こんにちは
こちらでの旧い家では、縁側から出入りしてましたね。
玄関などは、無かったです。
・・・・熊も旧いなあ・・・・
「ミソベヤ」は「味噌蔵」と言い、野沢菜漬けなど冬の保存食の貯蔵庫でしたよ。
こんにちは 
竹簀子、よく見ると竹の下はそのまま地面なのですね。
夏は風通しが良さそうですが、冬は寒そうですね^^;
Re: おはようございます。 
HARUさん、こんばんは。

> 土間も広間も広くて、雨の日など子供たちはこの中で走り回っては、親に走るでないと、叱られていたのではないかと想像しました。現代の住宅は機能やプライバシー優先でそれぞれの部屋が小さく閉ざされていますので、家の中でかくれんぼや鬼ごっこができるなど夢のようなハウスに見えるかも。建物の構造で人の考え方や生き方が変わることは十分理解できます。

ドマもヒロマもだだっ広い感じでした。ドマでは間違いなく雨の日は子どもたちが走り回っていたかもしれませんね。ただし、ヒロマの方は竹簀子ですから走り回ると竹が折れてしまったり、筵から埃がたったりするかもしれず、相当厳しく言い含められていたかもしれませんね。
以上のことは多分この家の子供だけでしょう。他家の子が名主様の家で走り回ったりしたら、大変な目にあったような気がします。私の田舎でも、船主の子と、船乗りや商売人の子とでは、後者は前者に対してかなりの遠慮があったような話を聞きました。

この家の印象ですが、冬はむちゃくちゃ寒い家だったと思いますが、夏は通風状況が良くて、涼しく感じられたのではないでしょうか。
Re: AzTakさん 
> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> こちらでの旧い家では、縁側から出入りしてましたね。
> 玄関などは、無かったです。
> ・・・・熊も旧いなあ・・・・

あれまあ。確かに農家には縁側があって、そこで話をして、長引くときはそこから座敷に上がったりしていましたね。玄関の有無はともかくとして、普通の通用口でしたね。

> 「ミソベヤ」は「味噌蔵」と言い、野沢菜漬けなど冬の保存食の貯蔵庫でしたよ。

味噌ばかりでなく、野沢菜などもつけてありましたか。うーん、よだれが垂れそうです。
Re: こんにちは 
モカさん、こんばんは。

> 竹簀子、よく見ると竹の下はそのまま地面なのですね。
> 夏は風通しが良さそうですが、冬は寒そうですね^^;

竹簀子を引っ剥がすようなことはしませんでしたが、床下まで何もなかったと思います。
多分、冬は寒かっただろうと思います。ボランティア説明員は寒い時には筵の下に茅を敷いたりすると言っていましたが、…。
こんばんは 
本当に広いですね~~
昔の家は土地も広々とあったせいか
大きい家が多かったように思います^^
僕の田舎のおじいちゃんの家も大きかったな^^
トイレが外にあって怖かったです(^^;
Re: こんばんは 
土佐けん さん、こんばんは。

> 本当に広いですね~~
> 昔の家は土地も広々とあったせいか
> 大きい家が多かったように思います^^

そうなんでしょうね。

> 僕の田舎のおじいちゃんの家も大きかったな^^
> トイレが外にあって怖かったです(^^;

父の実家などは、便所も風呂も井戸もすべて屋外。本当のいなかやで、多少怖いと思う気持ちがなくはなかったでしょうが、楽しいことがてんこ盛りだったような記憶が。

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