散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

川崎市立日本民家園(9)

前回までで中部地方の民家が終わり、今回からは関東地方の民家ゾーンに入る。どんなものが登場するか、興味津々で歩を進めた。

(11)作田家住宅(さくだけじゅうたく)《関東の村》
国指定重要文化財と書かれてあったが、外観を一目見て、大したことが無い家だと早合点してしまった。
ところが、内部に入ってみると、びっくり。それなりの格式を備えていた。

国指定重要文化財
旧所在地:千葉県山武郡九十九里町作田
建物区分:漁家(網元の家)、分棟型
構造形式:主屋=寄棟造、茅葺、桁行13.0m、梁行11.1m、風呂場及び便所付属 土間=寄棟造、妻入、茅葺、桁行11.5m、梁行5.6m
建築年代:主屋=17世紀後期、土間=18世紀後期
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イワシの地引網漁で栄えた網元の家
この建物はイワシ漁で栄えた九十九里にありました。漁具小屋は海岸近くにあり、この家そのものは内陸に立地していたため、漁村の家の雰囲気はありません。 外観は二棟が軒を接しているように見えます。これを分棟型と呼び、クリの木の半割丸太をくり抜いた大きな雨樋が二つの屋根をつないでいます。居室部は囲炉裏のある広いカミがまず目に入ります。床の間の前身である押板(おしいた)や仏壇を備え、網元としての生活に使われた格式のある部屋です。その上手は畳敷の部屋がつづき、座敷としては最高の扱いとなっています。背後には便所と風呂が付属し、座敷と同様に上層民家の接客部分を伝える貴重な建築です。

外観
外観_1
板の外壁が白く見えるのは、何らかの塗料を塗布したのだろうか
外観_2
屋内
ニワ
大戸口を入った辺り。この建物は『分棟型』であり、画面左端の上の方(照明灯の背後)にクリの木の半割丸太をくり抜いた大きな雨樋が、縄でくくりつけられて二つの棟の屋根をつないでいるのだが、おわかりになるだろうか。おわかりでないときは、直後に入れたイラストを参照いただきたい。
梁の松材の組み合わせは見事なものだ。

ニワ
分棟の雨樋
棟と棟の間に取り付けられた木製の雨樋
分棟の雨樋
ニワの片隅には竈がしつらえてあった。後ろは背戸口というのだろうか。
ニワの片隅には竈が
その背後にあるのは『カスワク』。イワシのかすを肥料にするために入れておく木枠だったようだ。饐えた臭いが充満し相当にくさかったのではなかろうか。
カスワク
チャノマ
ニワから見て右側の部屋。このチャノマにもカミ二も囲炉裏の真上に火棚を吊ることはしていないようだ。あれは、茅葺き屋根の維持管理に必須アイテムかと思っていたが、平屋だし、必須とまではいかなかったのだろうか。
チャノマ
カミ
ニワから見て左側の部屋。主たる居住空間だったと思われる。奥にはゲンカンとナカノマとが見える。押板は認識しないままに出てきてしまったようだ。残念。
カミ
ゲンカン、ナカノマ、オク
ゲンカンの様子がどうにも思い出せない。何を見ていたのだろうか。困ったものだ。
ゲンカン、ナカノマ、オク
フロバ、ベンジョ
廊下を伝っていった先には、フロバやベンジョもあった。一応は、屋敷内にあったといえるのかなあ。
フロバ、ベンジョ_1
フロバ、ベンジョ_2
カミの様子
ナカノマ越しにカミを見る
カミの様子
オク
本格的な客間だったようだ
オク
作田家間取り
作田家間取り

(12)沖永良部の高倉(おきのえらぶのたかくら)
関東の建物ゾーンに入ったと書いたばかりだが、ここだけは、例外。遠く離れた沖永良部からの移築とのことだ。
ネズミ等の侵入を防ぐため、柱の頭部を鉄板で巻いているそうだ。ネズミ返しの一点繋がりで、スペインの巡礼路で見たオレオという穀物倉庫のことを思い出してしまった。

川崎市重要歴史記念物
旧所在地:鹿児島県大島郡和泊町
建物区分:倉
構造形式:寄棟造、茅葺、桁行2.7m、梁行2.5m
建築年代:19世紀後期

沖永良部の高倉

Comments

AzTakさん 
おはようございます
さすが網元の家ですね。
格式のある素晴らしい造りです。
囲炉裏が小さいようですが寒冷地との違いでしょうか?
囲炉裏によって暖と煙の殺虫効果が期待されますが、暖はあまり必要なかったんでしょうか?
 
網元の家ですか?漁を終えた漁師さんが毎日のように訪れ、酒を酌み交わしている情景が感じられます。
平屋ながら広い屋敷のようですね。
瓦屋根もあって、最近まで使われていた家なのでしょうか。
こんばんは 
さすが、栄えた網元の家、大きいですね~~
こんな大きな家、良いな~と言うと、
隣で助手が「掃除が大変・・・」と言います(^^;
それでも囲炉裏のある部屋は良いよね~と
二人で盛り上がりました^^
こんばんは 
雨樋は2つの棟を繋げてあるのですね~
梁の松材の組み合わせも本当に見事ですね。
それにしてもお部屋が広いですね!
Re: AzTakさん 
> おはようございます

のんびり熊さん、こんばんは。

> さすが網元の家ですね。
> 格式のある素晴らしい造りです。

そうですね。時代は違いますが、自分の故郷の親戚の船主たちの豪勢な御殿のような屋敷を思い出してしまいました。それほど贅を尽くしたとは思わないのですが、細く長く頑張るためには、あまり獲り過ぎず、生活の程度も控えめで、このくらいが良かったのかなと思いました。

> 囲炉裏が小さいようですが寒冷地との違いでしょうか?
> 囲炉裏によって暖と煙の殺虫効果が期待されますが、暖はあまり必要なかったんでしょうか?

九十九里町ですから、黒潮が流れ温暖な地だったと思います。それほど強力な暖をとらずとも済む環境だったかと思います。
Re: タイトルなし 
masaさん、こんばんは。

> 網元の家ですか?漁を終えた漁師さんが毎日のように訪れ、酒を酌み交わしている情景が感じられます。

九十九里は当時は鰯漁で食べていたようですね。今と違って、大量に獲れたとは思いますが、当時は大衆魚の最たるもので、冷蔵技術などなく、それほど大儲けする状況にはなかったのではと思っています。その分、土地に人たちと気楽にやれていたのではないかと思います。

> 平屋ながら広い屋敷のようですね。
> 瓦屋根もあって、最近まで使われていた家なのでしょうか。

『昭和42年12月寄贈』と書かれていましたが、どうだったんでしょう。そのときまで使われていたのでしょうかね。座敷はまだしも、風呂や便所は旧式すぎて、使い続けていたとすると、相当に我慢していたのかもしれません。
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> さすが、栄えた網元の家、大きいですね~~
> こんな大きな家、良いな~と言うと、
> 隣で助手が「掃除が大変・・・」と言います(^^;

そう見えますかねえ。超広角レンズ多用はいけなかったかもしれません。決して狭くはありませんが、馬鹿でかいという程じゃありません。掃除もさほど困難ではないでしょう。
そちらの鰹と違って、こちらは当時の超大衆魚、鰯です。ぼろ儲けできるはずもなかったと思います。
すこし、庶民よりは贅沢な暮らし向きだった。そういうところじゃないかと思います。

> それでも囲炉裏のある部屋は良いよね~と
> 二人で盛り上がりました^^

そうですね。囲炉裏はいいですね。今の家では煤けて大変でしょうが。

Re: こんばんは 
モカさん、こんばんは。

> 雨樋は2つの棟を繋げてあるのですね~

この雨樋がゴミなどで詰まると、家中水浸しで大変なことになってしまいます。維持管理は大変だったと思います。

> 梁の松材の組み合わせも本当に見事ですね。

そうですね。『ニワ』と呼ばれるスペースは作業場だったり、宴会場だったり、ちょっとしたユーティリティ・スペースだったのかもしれませんね。

> それにしてもお部屋が広いですね!

そう見えるだけでしょう。畳部屋の畳の数などから見てもばかでかい屋敷ではありません。地方に行くと良くあった名士の家というところだと思います。

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